外伝09:ある教主の信仰
幼い頃、私の世界は色付いて見えました。
貴族の家柄に生まれ華やかな世界で過ごす日常に、その頃は何の疑問もなく生きてきました。
長男ではなかった為に家を継ぐことは出来ませんが、家の爵位は高かったので男子の居ない他家に婿入りすることになるだろうと思ってましたし、実際当主である父はそのように考えていました。
フォルテラ王国の貴族は大きく分けて3つの派閥に分類されます。1つ目は王党派、王と王族に対して忠誠を誓う貴族の集まりです。2つ目は諸侯派、貴族の利益の追求を主眼に置いた派閥でしばしば王党派と対立しています。そして最後が教会派、聖光教と関わりの深い貴族の集まりであり、先に述べた王党派と諸侯派の対立には中立の立場を取っています。
勢力的には諸侯派が一番多く4割程、続いて王党派が3割、教会派が2割、残りの1割はその他の雑多な派閥に属していたり、あるいは個人主義で全ての派閥から距離を置いている貴族達です。
私の家は教会派の有力貴族であったため、幼い頃から聖光教に入信してましたし教会関係者との交流も多々ありました。幼い私はただ純粋に教えられたことを信じて聖女神へと信仰を捧げていましたが、成長と共に増えていく教会関係者との交流の中で私は現実に気付いてしまいました。
横行する賄賂に漁色、教徒から搾取することしか考えていない肥え太った教会上層部、表向きの姿とは異なる低俗な実態がそこにはありました。
同時に、その頃には私も「こんなことはおかしい」と声を大にして叫ぶことに意味がないことを理解できる程度には成長していました。不正の主体である教会上層部は聞く耳を持たないでしょう。教会派貴族も信仰心の強い貴族というわけではなく、教会の後ろ盾を用いて王国内での利益を求める者達の集まりであり、信仰心など持ち合わせている方が少数派です。そんな中で不正を暴こうとしたところで、黙殺されることが目に見えています。
孤立を恐れた私は思ったことを心の中に留めて外に出さないようにしました。そして、その内に私の心からは信仰心が消えていきました。
色付いていた筈の私の世界は、ただ虚飾で塗りたくられただけの灰色の世界でした。
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貴族や教会関係者との関わりが億劫になった私は、表向きの付き合いは続けながらもしばしば家を抜け出すようになりました。と言っても、明確な目的地はありません。ただ色のある世界に触れたくて、平民の格好を装い街にくり出して過ごしました。貴族社会や教会関係と違い、街は未だ色がある世界に見えたのです。
身分を隠して冒険者ギルドに登録したのはそんな時のことでした。元々、教会派貴族の嗜みとして幼い頃からメイスの扱いを仕込まれていた私は、すぐにギルドの中でも頭角を現すようになりました。いつの間にか一緒に依頼をこなす仲間も出来て、日々が楽しく再び世界が色付きました────仲間が依頼中に負った怪我で死ぬまでは。
大怪我ではありましたが、決して助からない怪我ではありませんでした。教会に運び込んで修道士の治癒術を受けられれば命を長らえることが出来た筈です。問題だったのは、高位の治癒術を使える司教が教会派貴族の治療に駆り出されて、一冒険者の治療など後回しにされたことでした。その教会には司教を除けば修行中の若い修道士しかおらず、満足な治療は望めませんでした。
私が家名を出せばこちらを優先させることも出来たかも知れませんが、それは同時に私の素性を明かすことでもあり、これまでのように仲間と過ごす事が出来なくなるのは明白でした。仲間を助ける為に仲間との絆を捨てなければならない、その二律背反に私は悩み決断を下せませんでした。悩んだ末に素性を明かそうとした時には、既に仲間の息は止まっていました。
世界は再び灰色に戻りました。
自分の都合で仲間を見捨てた私は、これまで通りの生活など出来ませんでした。嘆き後悔しましたが、仲間の命は戻りません。
ギルドに顔を出すのもやめて、酒場で安酒を飲んでばかりの日々が続きました。
そんなある日のこと、酒場で知り合った男に誘われて私はとある集会に参加しました。集団に名前はありませんでしたが、元々教会との関わりが深かった私にはすぐにその正体が分かりました──聖光教徒から邪神と呼ばれる神を崇める信徒の集会です。昔の私であったら唾棄して近付かなかったでしょうが、半ば捨て鉢になっていた私は集会に参加しました。
そして私は生涯二度目の、そして最後の信仰と出会いました。
集会で語られたのは聖光教の不正、そして聖女神と対立する神の存在でした。
前者についてはかつて私が同じ思いを抱き、誰にも言えずに胸に仕舞い続けていたことでした。初めて共感を得られる居場所を見付けられ、私は歓喜しました。
後者の神の存在については聖光教でも邪神として述べられていますが、聖光教においてその神はただただ理由もなく世界を破壊せしめんとする邪悪な存在と言われています。否、聖光教では神が世界を崩壊させようとする理由を教えることが出来なかったのでしょう。
この世の人々が堕落した時に破壊を以って救済する真なる神、堕落した聖光教にとって都合が悪い存在であることなど明白です。彼らと彼らが崇める聖女神は自身の堕落を隠蔽する為、都合の悪い神を邪神と呼び迫害してきたのです。
私は真なる信仰を捧げる相手を見付けました。
実家の権力、財力を密かに活用し、疎んでいた聖光教との繋がりも逆用しながら、私は教団にて立場を高めていきました。
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とあるダンジョンに我らが神が降臨されたという噂が流れました。聖光教からの情報でしたが、彼らにとっても重要なことであるため、虚偽とは考え難いです。もしも真実なのであれば、我らが神をお迎えせねばなりません。
貢献が認められこの地方の統括に任ぜられていた私は、信徒に対して指示を出しダンジョンのあるリーメルの街へと向かうことにしました。
聖光教徒に嗅ぎ付けられると邪魔が入る為、分散してダンジョンの入口へと向かい、時間までに集結する手段を取りました。幸いにして、夜のダンジョンに来るような冒険者は居らず、我々の他には誰も居ません。
1階層に広い部屋があった為、この部屋を儀式の場とすることにしました。信徒達に篝火と鍋、そして祭壇の準備を手配して私は儀式までの間に集中力を高める為に瞑想に入りました。
しばらくして、信徒達の集結が完了し儀式が開始されました。
精神を高揚させる効果のある香を焚き、集中力を高めることで神に対して訴えるのです。私自身はこの場を取り仕切るために司祭服を着ていますが、他の者達は邪魔な衣服を脱ぎ捨てることで世俗のしがらみを排除しています。中には信徒同士交わることでその陰気を神への供物とする者も居ます。
その場の信仰心の高まりを感じ、場が整ったと見た私は、部屋の中央へ進み出ると右手を高く掲げました。熱狂の渦にあった信徒達は一斉に静まりかえりますが、その熱気は依然として……いえ、より一層の高まりを見せています。
「これより贄の儀を始める!」
私の叫びと共に、信徒達から歓喜の声が上がりました。
石の祭壇が用意され、生贄とする為に買われてきた少女が祭壇へと寝かされました。
「んーーーーーっ!!」
涙を零して暴れる少女の姿に心が痛みますが、これも信仰の為です。貴女の魂は我らが神により回収され、新世界の礎となることでしょう。
「我らが神よ、どうか供物をお納め下さい」
その言葉と共に、私は振り上げた短刀を少女の心臓目掛けて振り下ろしました。
嘗て冒険者時代に味わった肉を割く感触と共に鮮血が飛び散る……筈が、次に私が感じたのは固い物に突き立った感触と火花でした。
私が振り下ろした短刀は石造りの祭壇を僅かに削り、折れ飛びました。短刀をその身に受ける筈だった少女の姿は何処にも見えません。
一体、一体何が起こったというのでしょう!?
生贄の少女は何処に行ったのですか?
突然のことに混乱していた私ですが、すぐに理由に気付きました。
少女は縛られた状態で私の目の前に居ました、彼女には逃れる力はないでしょうし、他の誰かが助けたのであれば私が気付かない筈がありません。
もしそんなことが出来る存在が居るとすれば、それは我らが神に他なりません!
これまで信仰を捧げてきましたが、我らの力と信仰が足りず、神からの反応を得ることが出来ませんでした。
しかし、しかしです! 今日この時、初めて神が我らの儀式に反応を示して下さったのです!
ああ、噂は正しかった! 我らが神はやはりこの地に降臨なさっていたのです!
私は歓喜のままに、信徒達へと告げました。
「皆も見届けたであろう!
我らが神は供物を受け取って下さった」
私の言葉で信徒達も漸く事態を理解したのか、歓喜の声が広がっていきました。私はその様子に満足すると、我らが神がこちらをご覧になっているであろう方向を向き、お言葉を待ちました。
『……不味い』
が、あまりにも予想外な言葉が返ってきた。しかも、声は幼さの残る女性の声です。神の性別についてはこれまで何処にも述べられて居ませんでしたが、女神なのでしょうか。
いや、そんな考察は後だ。御満足頂けなかったのであれば、忠実な下僕として謝罪をせねばなりません。
「え? あ……申し訳ございません!
その、お口に合わなかったのでしょうか?」
『人族や魔族は口に合わない。
牛、豚、鶏、山羊──動物推奨』
おお、神よ。貴女は私に肉屋に買い物に行けと仰っているのでしょうか。
「し、承知致しました!
あ、あの……大変恐縮ですが、我らが神に相違ないでしょうか?」
不遜であることは重々承知していたが、どうしても聞かずには居れませんでした。これまで一度としてお言葉を下さった事のない神と話す名誉を賜ったのです、これは私の命に代えても確認せねばなりません。
『いかにも』
「おお! お言葉を賜り光栄の極みに御座います!」
やはり、やはり我らが神なのですね!
歓喜と感動が私の全身を満たしていくのを感じました。
『口に合わぬ物だったとは言え、供物を捧げた信仰は大儀。
故にこの杖を授ける』
思わぬお褒めの言葉と共に、祭壇の上に一本の杖が置かれました。
この世の闇を凝縮した様な漆黒の杖、シンプルでありながら洗練された意匠を施されたその杖は触れずとも凄まじい力を放っていることが感じられます。
「こ、これは!?
ま、まさか神器を授けて頂けるとはっ!」
この圧倒的な力、間違いなく神器です。
私は賜ったその杖を手に取り、歓喜に打ち震えました。
ああ、私の人生は今この時の為にあったのです。
『以降も信仰に励むように』
「ははっ!」
勿論です、仰られるまでもありません。この身の信仰と忠義は総て貴女の為に。
私は賜った杖を掲げ、信徒達に向けて叫びました。
「今この時より、私は教団の教主となり皆を導くことを宣言します!
我らが神より賜ったこの杖が、私の信仰の証です!
異論のある者は名乗り出なさい!」
教団内の下剋上とも言える宣言でしたが、神から神器を賜ったという事実はこれまで教主であった者にも否定出来ません。いえ、否定などさせません。
我らが神は私に信仰に励めと仰ったのです、たとえ『元』教主であろうと私の信仰の邪魔はさせません。
「教主ハーヴィンの名に置いて、この地に我らが神を奉る神殿の建造を行うことを宣言します!」
さあ、これから忙しくなりますね。
ああ、世界はかくも色付いています!
なお、後ほど『元』教主や各地の統括者から私が教主を名乗った事を非難されましたが、私が神から直接信仰を認められた事を証明すると、最早私が教主となることを止められる者は居なくなりました。
なにしろ、神器は私以外の者が持つことが出来ず、手放しても私の元へと戻ってくるのです。これは私の信仰を認められた証に違いありません。
おお、我らが神よ! 何処までも付いていきます!