03:よくある出来事
森の中を全身真っ黒の不審な少女が無言で歩いている……私だけど。
色々とショックなことがあったが、考えても仕方ない為まずは動くことにした。
今は兎にも角にも人里に辿り着きたい。
先程確認したスキルを見る限りあまり良い思いは出来無さそうだが、それでもこのままでは餓死一択となってしまうため他に道は無い。
スキル説明に書かれていた『人間には効果が薄い』という言葉に賭けてみるしかない。
なお、懸念していた短刀とローブの呪いだが、装備から外せないというのは「手放しても一定時間で戻ってくる」ことと「他の物を装備しようとしても弾かれる」という代物だった。
試しに短刀をアイテムボックスに仕舞ってみたところ、仕舞うこと自体は出来た。
しかし、30分程経つと勝手に飛び出してきて右手に納まる。
また、外している間に木刀サイズの木の枝を持ったところ、今度は時間を待たずに短刀が飛び出して私の手から木の枝を叩き落とした。
……ヤキモチ焼いたみたいでちょっと可愛いと思ってしまった。
なお、武器にならないような短い枝は持っても大丈夫だった。
流石に誰も見ていないとはいえ脱ぐ気にはなれなかったのでローブの方は実験していないが、おそらく似たようなものだろう。
しかし、そうだとすると私は他の服を着れないことになる。
お洒落を楽しむ趣味はないが、着た切り雀は嫌だな。
呪いを解く方法があることを切に祈ろう。
靴が無い為に裸足のまま歩かざるを得ない。
最初は地面の石や木の枝で血塗れになるのではないかと恐る恐る歩いたが、不思議と痛みは無かった。
邪神の言っていた身体能力は運動能力だけではなくて身体の頑丈さなども含んでいるのかも知れない。
自分の身体が知らぬ間に人間のものではなくなっているかも知れないと思い恐怖が湧くが、今は考えないようにする。
それにしても視界が悪い。
鬱蒼と茂った樹木で死角だらけだ。
表情には出ないが、内心は樹の影から突然獣が襲い掛かってくるのではないかとビクビクしている。
いや、ただの獣ならまだ良いかも知れない。
この世界のファンタジー感からして魔物なんかが出てくる可能性も十分あり得る。
当てもなく彷徨う少女をいつの間にか取り囲むオークやゴブリンの群れ。
哀れ薄倖の美少女は慰み物に……うん、ないな。
我ながらあり得ない妄想をしてしまった。
今の私にそんなヒロイン展開があるなら、元の世界でも色恋沙汰があったっておかしくなかった。
しかし実際には恋人など出来る気配もなく、勝手に忠誠を誓った舎弟が増えるばかり。
うん、改めて考えてもないな。
スキルから考えても、オークやゴブリンに傅かれる光景しか想像出来ない。
そんな心に突き刺さるイベントはこなしたくないので、さっさと森から出るようにしよう。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
心持ち急ぎ足で森の中を進んでいくと、唐突に樹が途切れた。
20メートル程の間を空けて樹木が姿を見せている。
舗装はされていないが街道なのだろう、左右に伸びた道は平らに均されており土には多数の轍や蹄、足跡が残っている。
そして、右側には馬車が停まって……停まってる?
森の中の道でわざわざ停まっていることに疑問を感じてよく見ると、馬車の周りには明らかに堅気ではない男達が10人程、それぞれの手に剣やこん棒を持って取り囲んでいる。
って、もしかしてあの馬車、盗賊に襲われている?
よりにもよって私が森から出てきたこの時この場所で?
何でこんなベタな場面に私が遭遇しなきゃならないんだ、まさかあの邪神が何か仕組んでいるのか。
色々と不審な点は多いが、取り合えず今はどうするか考えなければ。
取り合えず選択肢としては3つ──
(1)正義感の強いアンリちゃんは義憤に駆られて馬車を助けに割って入る
(2)長いものには巻かれるアンリちゃんは盗賊に取り入って一緒に馬車を襲う
(3)事なかれ主義のアンリちゃんは見なかったことにしてこの場を離れる
いつの間にか改竄された名前を使ってしまっていた……ちなみに選択は勿論(3)一択。
え? ここは(1)を選ぶ場面じゃないのかって?
冗談ではない、私は戦うなんて真っ平御免だ。
骨の髄まで文化系の私にそういう体育会系のノリを求めないで欲しい。
それに、あんなケダモノの群れの前にのこのこ出ていくなんて、狼の群れに飛び込む羊みたいなもの。
同じ理由で(2)も却下、そもそも流石に盗賊に加担する程外道でもない。
(3)でも外道? いやいや、レベル1の虚弱少女に10人以上の盗賊と戦えと言う方が外道だろう。
馬車の中の人──お姫様か商人辺りだろうか──には悪いが、運が悪かったと諦めて私を巻き込まないでくれ。
私は盗賊や馬車の人に気付かれないようにそろそろと森の中に戻ろうとする。
定番ではこう言う時に木の枝を踏んで音を鳴らして気を引いてしまうものだが、私はそんなミスはしない。
馬車の方向に目を向けながらも足元に気を付けて……げ、目が合った。
「ひっ!?」
馬車を取り囲む盗賊の中で一番後ろ、つまり私に一番近い場所に居た男が私の方を見て悲鳴を上げる。
って、おい。
「な、なんだ?」
「お、女? いや……」
連鎖的に他の男達が私の方を向いては後ずさる。
「いや」ってなんだ、これでも一応生物学上は女であることは確かだぞ。
「………………」
「………………」
30メートル程の距離を置いて、私と盗賊達は無言で向かい合う。
張り詰めたような沈黙が周囲を満たす。
「………………」
沈黙に耐えかねて、私は思わず何でも良いから喋ろうと口を開く。
しかし、その瞬間に破裂するように緊張感が弾けた。
「うわああああーーーーー!!!」
「た、助けてくれーーーーー!!!」
「ま、待ってくれ!」
途端に盗賊達は蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
私はその後ろ姿を多々呆然と見遣っていた。
ハッと気付くと盗賊達の姿は既に消えており、そこには馬車だけが佇んでいた。
いや、気付かなかったがよく見ると馬車の傍に1人だけ残っている男が居る。
盗賊の逃げ遅れかと思ったが、先程見た盗賊達と異なりまともな格好をしている。
恐らくは彼がこの馬車の持ち主で、盗賊に襲われていたところなのだろう。
間一髪といったところだが、殺されずに済んだようだ。
計らずも私が助けたような形になってしまったが、どうしたものか。
先程の盗賊達の反応を見る限り、人間にもしっかりとスキルが発揮されていることは間違いない。
となると、この男からも恐れられる可能性が高い。
これ以上心を抉られるのは正直勘弁願いたいが、しかし友好的に接触出来るかも知れないこの機会を逃すのは惜しい。
そう、何もせずに勝手に盗賊達が逃げただけだが、彼からすれば私は命の恩人と言っていい筈だ。
友好的に話し掛ければきっと大丈夫、そう思って私は男の方に近付いていく。
おっと、下手に刺激しない様に短刀はアイテムボックスに仕舞っておこう。
後は友好的に接触するためには笑顔が重要だ、スマイルスマイル。
しかし、私が必死に笑顔を作ると、元々青褪めていた男の顔色が目に見えて悪くなった。
何か失敗した?
首を傾げる私に向かって手に持っていた革袋を投げ付けき……へぶっ!?
「お、お助けーーーーー!!!」
革袋には金属製の何かが入っていたらしく、固くて重いものが私の顔面にぶち当たる。
突然の仕打ちに混乱している間に、男は慌ただしく御者台に飛び乗って馬に手綱を引き、馬車を走らせた。
馬車は滑るように走り出し、あっと言う間に森の道を進み、やがて姿を消した。
私は顔面から手元に落ちてきた革袋を抱えたまま、その場に立ち尽くした。
………………痛い。