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邪神アベレージ  作者: 北瀬野ゆなき
【邪之章外伝】
29/82

外伝08:ある魔王姫の交友

 大扉が開いていく。

 目の前に広がるのは謁見の間に似た広い部屋、そして奥の一段高くなった場所には玉座が据え付けられている。


 玉座には、この場の支配者であろう一人の黒髪の娘が座っていた。

 黒いローブを纏ったその娘は真っ直ぐに入口に立つ私を見据えていて、遠く離れていてもその視線は明確に感じ取れた。

 彼女と目が合った瞬間、私の中の本能が逃げろと叫ぶ。どっと汗が吹き出し、血の気が引いていくのを感じる。きっと今の私の顔は青褪めるのを通り越して真っ白になっているだろう。手足が勝手に震えだし、歯がカチカチと音を立てるのを何処か他人事の様に感じていた。そしてそれに気付いた時、漸く自分が感じている感情が何なのかを理解した。


 ──恐怖、いや絶対的な強者から受けるこれはむしろ畏怖と呼ぶべきか。

 父である魔王陛下すら凌駕する存在感に、私は無力な兎のように委縮するしかなかった。


 まずいまずいまずい……私は何という相手に無礼を働いてしまったのだ。

 無責任な噂に振り回され相手のテリトリーに侵入した上、番人であったノーライフキングを倒してしまった。仮に魔王城で同じことをされたら、我らは絶対に相手を赦したりはしない。必ずや血祭りに上げ、相手が国であれば戦争も辞さないだろう。



 ……国?


 そのことに気付いた時、ガンッと頭を殴られたような衝撃が走った。

 そうだ、事は最早私個人で済む話ではない。魔王の血脈である私が行った行為は魔族領の総意と受け取られかねない、いやむしろそう受け取る方が自然だろう。自身の軽率な行動を後悔するが、後の祭りだった。

 魔王の娘である私にこれだけの畏怖を感じさせる相手だ、この力が国に向かえばどれだけの災厄となるか、想像も出来ない。

 何としてもこの場で怒りを鎮めて貰わなければならない。その為ならこの身を差し出すことも躊躇ってはいけない、それが魔王の血脈として生まれた者の責任だ。



 入口で立ち止まったままだったが、このままここで立ち尽くしていたら相手の機嫌を損ねてしまう恐れがある。逃げ出したくなる気持ちを必死で押さえながら、私は部屋へと立ち入った。


 一歩足を進めるごとに、突き付けられる圧迫感が増していく。激流を流れに逆らって進むかのような苦行の中、使命感とそして恐怖に突き動かされるままに必死に足を前へと動かす。歩くだけで体力と精神力が削られていった。

 玉座から少し離れた場所で、私はこれ以上前に進めなくなった。

 ダメだ、もう無理だ……幸いにして声は十分に届く位置だから、この場所で話すことにしよう。

 これまでの行動で既に心象が悪いのだ、第一声が非常に重要になるだろう。


「はじめまし「申し訳ございませんでした!」……て?」


 その場で床に両手と膝を付き、頭を深く下げる。

 嘗ての召喚勇者達によって伝えられた最大限の謝辞を示す姿勢──土下座だ。

 って、しまった! 相手の言葉に被せてしまった、これはこれで無礼になってしまう。

 ええい、ここは畳み掛けるしかない。


「あの「ご無礼の数々、深くお詫び致します! 私に出来ることであれば何でもします! ですから、どうか……どうか国の者達にはお慈悲を!」」


 ま、また!?

 うう、何て運が悪いんだ、私は……。


「いや、だから「何卒制裁は私だけで収めて頂きたく」……話を聞け」



 ───────ッ!?

 冷たい言葉と共に投げ付けられたナイフが目の前の床に突き刺さった。私は恐怖に思わず声にならない悲鳴を上げていた。

 まずい、絶対に機嫌を損ねてはいけない相手を怒らせてしまった。


「頭を上げて、立って」

「し、しかし……」

「いいから」


 強い言葉で言われてこのままの姿勢は逆効果だと悟り、私は弾かれるように立ち上がった。機嫌を損ねてしまったことを何とか弁解しようとするが、その前に彼女の方から話し掛けてきた。


「私は怒ってない」

「え?」


 何を言われるかと戦々恐々としていたが、思いもよらぬ言葉に思わず呆けた声を上げてしまった。


「制裁もする気は無い」

「ほ、本当ですか!」


 淡々とした言葉だが、幼子に教え諭すような雰囲気で言われて、漸く彼女に敵意が無い事を理解出来た。安堵のあまり、涙が出てきた。これで、国も滅ぼされずに済む。


「それで、10階層のボスの話だけど……」

「は、はい! 勿論誠心誠意務めさせて頂きます!」

「しなくていい」

「はい?」


 国への制裁を免れる代償として私自身は従属もやむ無しと覚悟を決めていたのだが、思い切りスカされてしまった。いや、助かるのだが、それでいいのかと不安になる。


「代わりに頼みたいことがある」

「な、何なりと!」


 や、やはりそうすんなりとはいかないか。代わりに何かをさせられるらしい。

 いや、私自身のことで済むのなら安いものだろう。私の軽挙妄動が原因だったのだから、たとえどんな屈辱的なことや苦痛であっても甘んじて受けなくてはならない。

 さあ、何だ。私に何を望む!?




「私の友人になって欲しい」



 ………………は?


 ユージン?

 ああ、友人か────って、友人!?


「ゆ、友人……?」


 わ、私と友人になりたいだと!? 彼女は一体何を考えているのだ。

 自慢ではないが、私は生まれて16年間一度たりとも友人など居たためしが無いのだ。友人になりたいと言われても、どうしていいか分からない。私が悪いわけではない、魔王姫という身分に生まれたせいで対等な関係などそもそも築く事が最初から無理なのだ。決して私の容姿や性格が悪いわけではない、と思いたい。


 って、いかん。どのみち私には要請を受ける以外の選択肢はないのだ。正直、部下になれと言われたり鞭で打たれたりする方が遥かに気がラクだったが……。


「わ、分かりました!

 友人にならせて頂きます」

「友人だから敬語は要らない」

「分かりま……分かった」


 頼むから、これ以上難易度を上げないでくれ!



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 場所を31階層のアンリの居住区に移して、歓待を受けることになった。

 名前と同時に人族であることも聞いたが、正直信じられない。信じられないのだが、冒険者カードの種族も人族となっているので事実と認めざるを得ない。当人は邪神にスキルを植え付けられたと言っており、私が感じた威圧については視線を外して貰ったら恐怖が和らいだので、スキルが原因であることは確認出来た。視線の他に恐怖を齎す気配も放たれているらしいが、そちらの方は少し寒気がするぐらいでそれほど問題無いようだ。

 目を合わせなければ普通に話せる様になったが、何分友人というものは初めてなので距離感が良く分からない。


 しかし、出来たばかりの友人にいきなり風呂に叩き込まれるのが普通でないことは私でも分かる。

 それはまあ、ダンジョンを探索していたのだからあちこち血や砂埃で汚れているし匂いも気になっていたが、あからさまにそれを言われると胸に突き刺さる。尤も、有難かったのも事実だ。まさか、ダンジョンで風呂に入れるとは思わなかった。

 私が知る風呂は両手で抱えられる程度の大きさの浴槽に湯を張ったものだが、ここの風呂は何と部屋の半分が浴槽になっており、わざわざ湯を張らずとも常に満たされているのを見て、思わず唖然としてしまった。


 私は胸甲を外してからドレスを脱いで裸になり、浴槽へと身を沈めた。


「………………ふぅ」


 思わず嘆息が漏れてしまった。湯の温かさが全身に沁み渡り、極上の心地だ。様々な事があったせいで自分の思っていた以上に疲れが溜まっていたらしく、思わず意識が薄れていった。


 コンコンというノックの音で微睡みから引き戻されて、湯に沈みそうだった顔を慌てて上げた。危ない危ない、溺れるところだった。どれほど意識が飛んでいたかは分からないが、指のふやけ方を見る限りは短い時間ではなかったようだ。


「失礼します」


 言葉と共に金髪の美しい娘が浴室に入ってきた。先程のノックは彼女によるものだったのだろう。黒い変わった服を着ている彼女はテナといい、アンリの従者だと紹介されていた。


「お着替え、ここに置いておきますね」

「ああ、ありがとう」


 私の着替えを持って来てくれたようだ。先程まで着ていたドレスも大分汚れているからどうしようかと思っていたところだ。風呂に入るまではあまり気にしていなかったが、こうしてサッパリした後に汚れた服をもう一度着るのは気分が良くないので、素直に有難い。


「着ておられた服は洗濯しておきますが、構いませんか?」

「すまない、頼めるか」


 何から何まで申し訳なくなるが、私は洗濯などしたことがないので頼むしかなかった。

 テナは私の着ていたドレスと甲冑を持って、浴室から出ていった。


 浸かったまま思わず寝てしまっていたので、きちんと身体を洗えていなかった私は、髪から順番に身を清めていった。

 その後、もう一度浸かってから名残を惜しみつつも浴槽から出ることにした。

 用意された着替えの横にいつの間にか置かれていた布で身体を拭い、水気を落としてから着替えを身に付け……











 って、このフリルだらけの服、私が着るのか!?

実はガールズトークの間ずっとフリフリだったレオノーラ様

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