外伝05:あるギルドマスターの憂鬱
「初心者ダンジョンに異変、ですか?」
「はい、ルフリーさんからの報告です」
執務室で上がってきた報告書に目を通して、私は思わず首を傾げました。
初心者ダンジョンとはこのリーメルの街から程近い場所にあるダンジョンで、既にダンジョンマスターは討伐済なのですがダンジョンコアを見付けることが出来ずに、ダンジョンとしては休眠状態ではあるものの死んではいないという中途半端な状態となっている場所です。
元々3階層という低レベルなダンジョンですし、出現する魔物も設置される罠も危険度が低いものばかりであるため、この冒険者ギルド・リーメル支部が管轄下に置いて初心者の訓練場所として活用していました。ダンジョンマスターの居ないダンジョンはそれ以上成長することがなくなりますが、ダンジョンコアが破壊されていない間は自動的に魔物が出現し罠が設置され続けますので、訓練場所としては中々に有効でした。
「ダンジョン内の内装や雰囲気の変化に、出現する魔物の強力化ですか」
以前の初心者ダンジョンでは出現する魔物はスライムとコボルトのみでした。しかしルフリーからの報告を読む限りでは、レイスに黒い鋼鉄製のゴーレムが出没したということです。ルフリーは中堅の域に差し掛かった冒険者ですが、全く歯が立たなかったと報告されています。
「これはダンジョンマスターの復活……いえ、新たなダンジョンマスターが誕生したと見るべきですね」
ダンジョンマスターは自然発生したダンジョンコアと魔物や動物、あるいは人族や魔族が契約することで誕生します。ダンジョンマスターはダンジョン内で殺害した獲物から魔力を奪い、その魔力を用いてダンジョンを成長させます。放っておけばダンジョンは制限なく成長していくため、ダンジョンマスターは即討伐対象となっています。いつの間にか街や都が飲み込まれていた、なんてことになりかねないですからね。
初心者ダンジョンはダンジョンコアが健在だった筈なので、そのダンジョンコアに何者かが接触して新たなダンジョンマスターになったのでしょう。
しかし、気になるのは出没する魔物が強力なこと、それからダンジョン内に漂っていたという禍々しい気配です。どちらも新たなダンジョンマスターが相当強力な存在であることを示しています。強力な魔物か、あるいは……魔族。
「ヴァイフ達を呼んで貰えますか」
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「わざわざ名指しで俺達を呼ぶなんて珍しいな、ギルドマスター」
翌日、私は要請に応じて執務室を訪ねてきた4人組の冒険者パーティを出迎えました。彼らはこのリーメルの街のトップランカーであり、現状私が動かせる中では最もレベルの高いパーティです。
「貴方達にこの件の調査を依頼したいのです」
そう言うと、私はルフリーからの報告書をヴァイフに手渡しました。ヴァイフはそれに一度目を通すとパーティメンバーに回しました。
「あの初心者ダンジョンに異変、か。
わざわざ俺達に依頼するのは何故なんだ?」
「私の勘ですよ。この件は厄介な予感がします」
「やれやれ、アンタの勘は当たるからな」
最優先事項はこの『元』初心者ダンジョンの脅威度の調査です。中堅に分類されるルフリーが歯が立たないとなると、相応の強さのパーティでないとダンジョンの脅威度も分かりませんので、出し惜しみは禁物です。
「細心の注意を払って調査を行って下さい」
「了解した、任せておいてくれ」
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「で、結果がこの報告ですか」
「……面目ない」
ヴァイフからの報告を読み終えて、私は目の前に居る彼に話し掛けました。依頼の時とは異なりパーティメンバー達は同席していません。ヴァイフは依頼の結果に大分落ち込んでいるようですね。
「別に責めているわけではありません。
ダンジョンの脅威度の調査としての目的は果たせていますから、依頼は達成で構いませんよ」
ただ、その調査結果が予想以上に厳しい結果だっただけです。まさか、このリーメルの冒険者ギルドのトップランカーが2階層で倒れるとは、夢にも思いませんでした。
強力な魔物に厄介な罠、それに……
「瘴気ですか」
「ああ、精神に影響する厄介なやつだ。対策無しではとても深層までは潜れない」
瘴気とは邪悪なる存在が放つ気配であり、毒の様に身体を蝕むものもあれば、今回のように精神に悪影響を齎すものもあります。ダンジョンの場合はダンジョンマスターの性質によって、ダンジョン内に撒き散らされていることがあると確認されています。一般的に瘴気の放たれているダンジョンのダンジョンマスターは高位の存在であることが多く、特に精神に影響する瘴気はその傾向が強いです。
修行を積んだ修道士による結界や、聖光教で聖別されたアイテムである程度は防ぐことが出来ますが、厄介であることに変わりはありません。
「それにしても、よくダンジョン内で倒れて無事でしたね」
「確かに、普通はそのまま魔物に喰われて終わりだからな。
その辺は報告にも入れておいたが……」
気絶させられた後、武器とアイテムだけを奪われて気付いたらダンジョンの入口に放り出されていたそうです。この報告は先日のルフリーの報告とも一致します。正直、意味が分かりません。『元』初心者ダンジョンに新たなダンジョンマスターが誕生したのは既に確定だと思いますが、ダンジョンマスターの目的はダンジョン内で獲物を殺害して魔力を奪うことの筈です。気絶させて武器やアイテムだけ奪い、生かして返す……こんなケースは初めてです。
「で、どうするんだ?」
ダンジョンマスターの思惑などこの場で考えても結論は出そうにありません。それよりもヴァイフが聞いてきたように、これからどうするかを考えるべきでしょう。彼としては、屈辱な結果に終わった調査の再挑戦をしたいのでしょうけど。
「そうですね、新ダンジョンへ対策するため広く依頼を出そうと思います。
報酬は金貨30枚といったところでしょう」
「金貨30枚!? ……いや、確かにそれくらいの報酬は必要か」
正直、出来たばかりのダンジョンの討伐依頼としては破格の報酬ですが、私はこれが多いとは思いません。ヴァイフも驚きはしたものの、すぐに納得しました。この冒険者ギルドのトップランカーは彼らですが、それでも踏破が難しそうである以上は、余所からの戦力に期待するしかありません。この金額であれば国中から挑む者が出てくるでしょう。
「依頼を出す以上、ダンジョンの名称を考えなければいけませんね。
既に、初心者ダンジョンとは別物です。
そうですね……『邪なる追剥の洞窟』としましょうか」
「言い得て妙だな」
凶悪な瘴気が放たれていることと、冒険者の武器やアイテムを奪うことを目的としているとしか思えない不可思議な対応を鑑みての命名です。
さあ、依頼を出すと共に、他の街の冒険者ギルドへも連絡しないといけません。
これから、忙しくなりそうです。
まさか、この命名のせいで邪神に睨まれる羽目になるとは、この時は想像もしていませんでした。