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邪神アベレージ  作者: 北瀬野ゆなき
【前篇~邪之章~】
20/82

20:神殿戦争

「アンリ、居るか!?」


 テナやリリと一緒に紅茶を飲んでいた時に突然飛び込んできたレオノーラに、私は驚いて彼女の方を向いた。

 うっかり目を合わせてしまった結果、彼女は魔眼の効果で真っ青になってその場で土下座を始める。

 私は慌てて視線をそらすと、テナにレオノーラを起こして彼女の分もお茶を淹れる様に頼む。


「い、いきなり酷い目にあった」

「ごめんってば」

「いや、まぁ私が目を合わせてしまったのが悪いのだが」


 席にお茶を飲んで一息付いたレオノーラが溜息を吐く。

 以前に彼女が滞在した時には居なかったリリのこともレオノーラに紹介する。

 リリは最初人見知りを発動してテナの後ろに隠れていたが、害の無い人物だと理解したのかすぐに普通に話せるようになった。……私は同じ部屋に居ることすら数日かけてやっとだったのに、不公平だ。

 なお、リリが私から逃げ回っていた理由はこのダンジョンに充満している瘴気だった。私やテナに影響がないから気付くのが遅れたが、居住区といっても勝手にそう呼んで区別しているだけでダンジョン内なのだから当然瘴気は放たれている。邪神オーラのスキルと恐怖を煽る瘴気の合わせ技で、私が物凄く恐ろしいモノに見えていたらしい。勿論、瘴気はダンジョンの特性なので止めようと思っても止められるものではない。よって、この問題は居住区から瘴気を吸い出して他の階層に撒くように循環を弄ることで解決した。その分他の階層の瘴気が濃くなったかも知れないが、まぁ仕方ないことだろう。

 原因が分かって居住区の瘴気を追い出すことで、リリは漸く逃げないでくれるようになった。それでも目を合わせると矢張り逃げられてしまうけど。


「それで、突然どうしたの?

 先程の様子からして何か用事があったみたいだけど」

「ああ、そうだった。

 旅先で不穏な噂を聞いてな、慌てて引き返して来たのだ」

「不穏な噂?」


 その言葉自体が既に不穏で続きを聞くのが怖くなる。

 そう言えば、邪神の噂を聞いたのもレオノーラからだったか。


「リーメルの近くのダンジョンに邪神の信徒が集まっているという話が広まっていてな」

「ああ、そのこと」


 私は思わず安堵した。

 わざわざ旅先から知らせる為に戻ってきてくれたレオノーラには悪いが、その件であれば既に認識している。

 期待した勇者(笑)パーティは動いてくれず、ダンジョンの入り口で勝手に進められている神殿の建造は未だ基礎部分を築いている状態だが、着々と進行している。

 確かに厄介な問題ではあるが命を狙われる類ではないので、ゆっくりと対策を考えている。

 それにしても、口振りからしてレオノーラはダンジョンの周囲を直接見てはいないのかな。彼女には裏口のことも教えてあったため、そちらから入って来れば確かに封鎖されている場所を通らずにここに辿り着ける。


「む、やはり事実なのか。

 そうすると例の噂もいよいよ真実である可能性が出て来たな」

「今の話が不穏な噂ではないの?」

「いや、邪神の信徒が集まっているという話はあくまで前提だ。

 私の聞いた不穏な噂とはな、集まっている邪神の信徒を討伐する為に聖光騎士団が結成されたというものだ」


 聖光騎士団?


「そ、そんな…っ!?」

「………………?」


 テナが何か知っているようで青褪めたが、リリは流石に幼過ぎるのか話しがよく分からないようで、そんなテナの姿を見て首を傾げている。


「随分と余裕だな、これがどういうことかはお前も分かっているだろうに」

「いや、聖光騎士団って何?」


 私が質問するとレオノーラとテナはガクッと突っ伏した。


「お、お前な……聖光騎士団を知らんだと?

 以前から思っていたが、本当に人族なのか?」

「アンリ様……聖光騎士団とはその名の通り聖光教の要請によって結成される騎士団です。

 教皇のみが要請する権利を持ち、各国の騎士団によって構成されます」


 つまりは元の世界の十字軍のようなものだろうか。

 あと、レオノーラは失礼なこと言うな、この世界の事情を知らないのは不可抗力だ。


「理解し切れていないようだから付け加えるが、人族の国家は総て聖光教を国教としている筈だ。

 聖光騎士団の標的になるということは、すなわち人族全てを敵に回したようなものだ」


 ほわっつ?

 段違いに危険度が増したぞ。

 確かに教義を聞く限りでは邪神の信徒は教敵と言えるだろうが、いきなり大袈裟過ぎないだろうか。

 集まっていると言っても多く見積もっても数百人程度の集団に対して、人族総出で出張るというのか。

 そう聞いてみると、レオノーラは然もあらんと言った感じで頷く。


「確かに、邪神の信徒だけであればそこまで大規模に動員するのは不自然だ。

 当然、それ以上の目的があると見るべきだろうな」

「それ以上の目的ですか?」

「噂になっている邪神の調査、そして討伐あるいは封印といったところか」


 成程、信徒だけでなく邪神も標的にしているなら大袈裟な動員も頷ける。

 人族全てが敵になって襲ってくるなんて邪神って人も大変だなぁ。


「分かってると思うが、お前のことだぞ」


 分かってるよ、こんちくしょう。

 現実逃避くらいさせて欲しい。


「私は邪神じゃない」

「この際それは問題じゃない。

 真実がどうであろうと、人族の間でそう認識されていれば同じことだ」


 確かに、私が邪神であろうとなかろうと各国や聖光教の上層部に邪神と思われてしまえば討伐対象から外れることはない。

 しかし、何でそんな認識になるのかが謎だ。


「各国や聖光教の上層部は邪神が架空の存在と知ってる筈」

「む、言われてみればそうだな……」


 以前のレオノーラの話では、邪神と言うのは聖光教が権威付けのために広めた架空の敵対者だ。

 一般人や下っ端は兎も角、上層部は邪神など存在しないと知っているのだから、邪神出現の噂など一笑に付すだろう。


「あるいは偽物だと分かっているからこそ、かもな。

 邪神を名乗っているだけの偽物なら討伐も容易と考えてもおかしくない。

 それに偽物であろうと一般人や信徒が本物だと信じているなら、それを討伐すれば権威を高めることが出来る」


 名乗った覚えは無いのに。

 でも、レオノーラの考えは正しいと私も思う。

 傍迷惑な話ではあるが、本物か偽物かに関係なく民衆がそれを信じているなら放置は出来ないということだろう。


「それで、聖光騎士団はいつ頃来るの?」

「そこまでは分からんが、各国が準備を整えて合流してからということを考えれば最低数ヶ月、場合によっては1年は掛かるのではないか」


 流石にそこまでの大規模な軍事行動になるとすぐには動けないか。

 頭が痛くなる話ではあったけど、まだ余裕があると言うのは僥倖だ。

 状況的にとても安心は出来ないけれど、時間があるのだからじっくりと最善の対策を考えることにしよう。







 そんなふうに考えていた時期が私にもありました。


「レオノーラ」

「わ、私のせいではないぞ!?」


 以前も使った鴉による偵察でダンジョン外の光景が鏡に映し出される。

 そこに映っていたのはダンジョンに繋がる街道を行軍する兵士達の姿。

 邪教徒による封鎖に対して相対するように陣が敷かれ始めているが、後から後から人数が増えており戦力差は比べるのもおこがましい程になっている。


「あれからまだ半月……話が違う」

「だ、だから私のせいではない。

 大体おかしいだろう!?

 何故こんな早く兵が動かせるんだ!」


 誤魔化すように八つ当たり気味に気勢を上げるレオノーラ。

 まぁ、私も心配してダンジョンに滞在してくれていた彼女を責めるつもりはないのだけど。

 確かに彼女の言う通り、幾らなんでも早過ぎるように思える。


「いや、待て。

 陣を敷いている兵士達の姿をもっと大きく映せるか?」


 レオノーラが何かに気付いた様子で私に問い掛けてくる。

 私は頷くと鴉を陣に近付くように操作する。

 レオノーラは鏡に映る兵士達の姿をジッと見詰めていたが、やがて納得したらしく1つ頷く。


「成程な、カラクリが分かったぞ。

 今行軍しているのは総てフォルテラ王国の兵士だ」


 フォルテラ王国とは確かこの地が属する国家だった筈。

 全て王国の兵士? 聖光騎士団とは連合軍なのではなかったのか。

 それともあれは聖光騎士団とは別口なのだろうか。


「おそらくは先遣部隊といったところだろう。

 連合軍の編成には時間が掛かるので、すぐに動ける軍で偵察と布陣を進める腹積もりだ。

 フォルテラ王国は立地上、足が早いからな」


 成程、フォルテラ王国が望んだのか押し付けられたのかは分からないが、そういった役回りなら当事国が担うのは自然だ。

 レオノーラの言っている王国の立地とは魔族領に隣接していることを言っているのだろう、そういう環境ならば一定規模の常備軍を設けていても不思議ではない。


「それならすぐには襲って来ない?」

「彼らが役割に徹していられる程、敬虔ならな」


 レオノーラが引っ掛かる物言いをする。

 私は言葉の真意を問うように、銀色の髪を流した彼女の美貌を見詰める……目を逸らされた。


「フォルテラ王国からすれば、聖光騎士団の本隊が動く前に片付けたい筈だ。

 ここが王国領である以上、このダンジョンのことは本来であればフォルテラ王国が対処すべき問題。

 如何に邪神が人族共通の敵とはいえ、自国の問題を聖光教や他国に対処されれば借りを作ることになる」


 成程、借りを作れば今後の外交においてマイナス要素になるだろうから、避けたいのは当然だ。


「加えて、あの光景を見れば誰が見ても本隊を待つまでもなく対処可能に思えるだろうからな。

 この状態で何ヶ月も手を出さずにジッとしているのは難しいのではないか」

「確かに」


 フォルテラ王国の軍勢が何人居るか正確なところは分からないが、少なく見積もっても数千人、下手をすれば万を超える。

 それに対して邪教徒達は建築作業を中断して布陣しようとしているが数百人程度……お話にならない。

 加えて、王国軍が常備軍なら全て職業軍人だが、邪教徒側の戦闘要員はせいぜい数十人で残りは一般人。

 はっちゃけ教主がどれだけ頑張ってもこの戦力差を覆すことは不可能、まさに焼け石に水。


 王国軍の優位は揺るぎないし、本隊を待つ意味など何処にもないと私でも思う。

 むしろこの状況では、逆に手出ししないと臆病者の謗りを免れないのではないだろうか。


「布陣が終われば戦闘が始まる可能性が高いな。

 それで、どうするのだ?」

「………………」


 どうするかなんて私が聞きたい。

 こんな早く来ると思ってなかったら、何も考えてない。

 私は嫌なことは後回しにしたい普通の人間なのだ、食べ物だけは逆に好きなものを最後に食べるが。

 数ヶ月あると聞いていたので、来月くらいに考えれば良いかと考えていた。


 選択肢としては大別すると3つくらいか。


 (1)たたかう:我が眠りを醒ませし愚か者共よ、死の報いをくれてやろう!(徹底抗戦)

 (2)こうふく:ど、どうか命ばかりはお助け下さい!(全裸土下座)

 (3)にげる :あばよ、とっつぁん!(脱兎)


 取り合えず(2)は無しの方向で。

 全裸土下座なんかする気は無いし、たとえしたとしてもその後に待ち受けるのは悲惨な運命だろう。

 (3)には物凄く心惹かれるのだが、何処に逃げれば良いのかという問題がある。

 人族領全体を敵に回しているようなものなので、避難先として可能性があるとすれば魔族領か。

 レオノーラの伝手で亡命とか出来ないだろうか。

 私は一縷の望みを掛けてレオノーラの方を見るが、彼女はそれを意見を求められたと思ったようで続きを話し出した。


「流石に真っ向からは数の差で圧し負けそうだからな、私としてはダンジョンの地の利を活かして籠城戦が有効だと思うが」


 あ、ダメっぽい。 彼女は完全に戦う気だ。

「どうする」というのは「どうやって戦う」だったのか。

 そう言えば、勇者(笑)パーティよりはマシとはいえレオノーラも結構脳筋族だった。

 こんな状況でも一緒に居てくれるだけ心強いけど、魔族領に亡命させてとか言ったら軽蔑されて見捨てられそうだ。

 魔族領もダメとなると(3)も無理……(1)しか無いのか。

 痛いのも殺されるのも、ついでに私が無事な範囲で誰かを殺すのも勘弁願いたいのだが。


 いや、考えてみれば私は王国軍や聖光騎士団の本隊を倒すのが目的ではないのだから、別に真っ向から戦う必要はないか。

 こんな状況になってしまった以上、私にとってベストな結果はこちらが強大だと思って彼らが軍を引いた上で、今後も手出しを控えてくれることだ。

 たとえ力尽くで目の前の王国軍を追い払うことが出来たとしても、今後も何度も攻め続けられるのでは意味が無い。

 派手なパフォーマンスでこちらの力を実態以上に見せ掛けて、とても敵わないと思い込ませる……これが最善の道だ。


 ……ハッタリ以外の何物でもないけど。


 戦っても勝てないという認識が広まれば、和平交渉の可能性も出てくるだろう。

 私は交渉なんて出来ないから、その場合は誰かに押し付けるつもりだが。


 幸いにして派手なパフォーマンスに関しては心当たりがある。私は考えをレオノーラに説明すると、すぐに準備に取り掛かることにした。

 正直レオノーラは良い顔をしないと思っていたけれど、意外にも賛同してくれた。先程はああ言ったものの、正攻法では勝ち目がないことは彼女も流石に分かっていたのだろう。目の前の王国軍だけなら兎も角、後から来る聖光騎士団には数の暴力で押し負けてしまう。覆すチャンスは今だけだ。


 さぁ、一世一代の大博打を始めよう。

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