02:平均的な結果
気が付いたらそこは森の中だった。
鬱蒼と茂る樹木や草花、木の葉の合間から差し込む光で昼間であることは分かるが、それでも薄暗い空間。
うつ伏せに倒れた状態で顔だけ上げて周囲を観察していた私は、周りに誰も居ないことを確認して立ち上がる。
身体の前面に付いてしまった砂利や葉を手で払って落とす。
あの神様(仮)、結局服をくれなかった。
仮にも乙女を裸で放り出すか、普通。
漫画や小説で異世界に飛ばされる話は数多いが、ここまで酷い扱いは聞いたことがない。
こんな格好では街にも入れないし、迂闊に街道も歩けない。
と言うか、ここが森の中で本当に良かった。
取り合えず誰も居ないとしてもせめて何か身体を隠す物を、と思うが今の私は明らかに何1つ持ち物が無い。
周囲を見渡しても、身体を隠せそうな大きめな葉すら見当らない。
途方に暮れながら、あの神様(仮)が与えると言っていたものを思い返す。
確か、私が望んだもの以外に身体能力と魔法の力、アイテムボックス……アイテムボックス?
ゲームでよくある倉庫の様な能力だとすれば、その中に何か入っていないか。
しかし、使い方が分からない。
取り合えず……
「アイテムボックス」
試しに唱えてみると、半透明のディスプレイが目の前に浮かび上がってきた。
ショートダガー ×1
皮のローブ ×1
おお、中身があった。
明らかに初期装備っぽい名前だけど、それはこの際どうでもいい。
喉から手が出るほど欲しかった服がここにある。
どうにかして取り出したい。
ディスプレイのその部分に触れようとするが、見えているだけで触れなかった。
どうやらタッチパネルのような操作は出来ないみたいだ。
取り合えずローブ出ろ〜と念じてみると、私の影から濃い茶色のローブがヌッと出てきた。
って、この影がアイテムボックスなのか。
何か物凄く悪者っぽい仕様に見えるが、取り合えずそれは置いておいて出てきたローブを着こむ。
安物っぽいザラザラとした感触だし、中は相変わらず裸なのでスースーする。
しかし、一先ず身体を隠せたことでホッと一息吐くことが出来た……心の中で。
落ち着く事が出来たため、目の前に表示されているディスプレイを検証してみる。
ローブを取り出したことで中身はショートダガーだけとなっている。
試しに足元の石を拾い、仕舞うことを意識しながら影の上に落とす。
石は影にヌルっと飲み込まれ、ディスプレイには『ただの石×1』が追加された。
「………………」
次にアイテムボックスを閉じることを意識するとディスプレイがフッと消滅した。
その状態で石を取り出すことを念じてみると、影から石が姿を現した。
再び石を仕舞うことを考えると、石はそのまま影に沈んでいった。
ふむ、どうやらディスプレイは開かなくても中身が分かっていれば出し入れが出来るみたいだ。
何が起こるか分からないため、ショートダガーを取り出して右手に持つことにした。
ここまでのことから察するに、どうもゲームのようなシステムがある世界らしい。
だとしたら……
「ステータス」
予想的中、先程とは異なるディスプレイが浮かび上がった。
名 前:アンリ
種 族:人族
性 別:女
年 齢:17
職 業:魔導士
レベル:1
称 号:邪神の御子
魔力値:3031504
スキル:邪神オーラ(Lv.5)
悪威の魔眼(Lv.5)
加護付与(Lv.7)
状態異常耐性(Lv.6)
闇魔法(Lv.6)
アイテムボックス(Lv.4)
装 備:ショートダガー
皮のローブ
突っ込み処が多過ぎて何処から突っ込んでいいか悩むが、まず一つ言いたい。
私の名前は安里だ。
いや違う、間違えた。
それは名字だ、名前じゃない。
勝手に改竄された名前を何とかしようとディスプレイのその部分に触れようとするが、先程のアイテムボックス同様に触れなかった。
変われ〜と念じても一向にそのまま。
しばらく試行錯誤したがどうにもならず、私は諦めて他の項目に目を向けた。
種族や性別、年齢はいい、レベルだって特に何もしていないから1で当然だ。
勝手に魔導士なんて職業にされているけど、私は自分のことを肉体派とは思っていないのでこれも別にいい。
しかし、この魔力値とやらは数値がおかしい。
いや、平均値が分からないから確かなことは言えないが、数値的に明らかに普通ではないように思える。
しかしそれ以上に気になるものがある。
「邪神の御子?」
何で私にそんな禍々しい称号が付いているのか。
心当たりは私をこの世界に放り込んだあの神様(仮)くらいしかない。
邪神だったのか、あれ。
まぁ、あの私以上に澱んだ目といいどう見ても聖なる存在には見えなかったので、そう言われれば納得感はある。
称号のところに目を向けていると、その部分がクローズアップされ補足説明が表示された。
<邪神の御子>
邪神によって生み出された闇の祝福を受けた御子
こんな厨二設定を私に与えて何がしたいんだ、あの邪神。
さて、現実逃避はこれくらいにしてそろそろ問題の部分に目を向けよう。
スキル欄にある「邪神オーラ」と「悪威の魔眼」。
オーラ=気配、魔眼=目と考えれば、私が希望として挙げたものと対応しているのが分かる。
しかし、私は『普通』にしてくれと頼んだ筈だ。
それが何故こうなる、納得がいかない。
スキル欄に目を向けて、補足説明を表示する。
<邪神オーラ>
邪神の放つ悍ましい気配。
気配を放つだけで物理的な効果は無いが、効果範囲内に居る者に恐怖を与える。
Lv.5は平均的な邪神のレベルであり、ドラゴンが裸足で逃げ出す程度の効果。
なお、魔物と比べて人間は感覚が劣る為、効果が低くなる。
分類:常時発動 オンオフ:不可 ハイロウ:不可
但し、所持者の精神状態によって効果が増減する
<悪威の魔眼>
目を合わせた者に対して恐怖を与える魔眼。
Lv.5は平均的な邪神のレベルであり、魔王が土下座して命乞いする程度の効果。
分類:常時発動 オンオフ:不可 ハイロウ:不可
但し、所持者の精神状態によって効果が増減する
Lv.5は平均的な邪神のレベルであり──
平均的な邪神──
平均的──
って、誰が『邪神基準で』普通にしろと言った!
これ詰んでないか。
明らかに前の世界に居た時よりも悪化している。
正直、鏡を見るのが怖い。
これまでだって周囲から遠巻きにされてきたことを考えると、今後まともに過ごせそうにない。
手と膝を地面に突いて落ち込む……心の中で。
しばらく落ち込んだ後、気を取り直して残りのスキルに目を向ける。
あの邪神はいつか殴ると心に誓ったが。
<加護付与>
触れたものに対して邪神の加護を与える。
魔力付与の上位スキルであり、魔力付与が一時的なのに対して加護付与は永続的。
対象の生物・非生物は問わないが、生物に与える場合は対象が受け入れることを必要とする。
Lv.7は中級神レベル。
分類:常時発動 オンオフ:不可 ハイロウ:可
意識的に行使すれば瞬時に付与されるが、常時発動による無意識の付与は一時間触れ続ける必要がある。
<状態異常耐性>
毒や混乱等の状態異常に対して高い抵抗力を有する。
Lv.6は魔王クラスの攻撃であっても無効にする。
<闇魔法>
大いなる闇の力を源として行使する魔法の体系。
攻撃や相手の能力を減衰させる系統に優れている。
時間帯によって効果が増減し、夜間に最も威力を発揮する。
Lv.6は大魔王レベル。
<アイテムボックス>
大量の容量を持つ格納庫。
中に入れられる物は非生物に限定される。
なお、アイテムボックスの中に格納している物に対しては加護付与は当たらない。
Lv.4の容量は家1軒程度。
アイテムボックスは良いが、それ以外は禍々しいことこの上ない。
状態異常耐性は一見まともだが……どうもこのラインナップだとボス属性に見えて仕方ない。
加護と言うのがいまいちイメージ出来ないが、邪神の加護など碌なものではないだろう。
改めて自分のステータスを眺めて思う……何このラスボス臭。
『皮のローブに加護を付与しました』
?
何処からか唐突に声が聞こえてきた次の瞬間、私の身が闇に包まれた。
いや、正確には私ではなく私が身に着けていたローブに、だ。
闇が吸い込まれるように晴れると、そこには濃い茶色のローブではなく高級感漂う漆黒のローブがあった。
加えてローブの下にワンピースまで……流石に下着は無いが。
先程の声から推測すると、これが加護付与スキルの影響なのだろうか。
スキルの説明では無意識の場合は1時間程触れ続ける必要があると書かれていた。
時計が無いので正確な時間は分からないが、革のローブをアイテムボックスから取り出してからそれくらい経っている。
なんにせよ、有難い。
おかげで裸にローブという変質者スタイルから、まだまともな格好になった。
碌なものではないなんて思ってごめんなさ──
『ショートダガーに加護を付与しました』
ローブの時と同じ様に右手に持っていたダガーに闇が集まる。
闇が晴れた時、そこには禍々しい漆黒の短刀があった。
装備:悪鬼の短刀 [New]
邪神の黒衣 [New]
<悪鬼の短刀> [New]
鋼鉄の鎧すら紙の様に切り裂く凄まじい切れ味を持った短刀。
追加効果として毒、麻痺、混乱、睡眠、詠唱不可、即死。
呪われていて装備を外せない。
<邪神の黒衣> [New]
最上位の邪神官に与えられるローブ
4属性無効、闇属性吸収、光属性耐性を持つ上に物理防御能力も高い。
但し、装備中は回復魔法でダメージを受ける。
呪われていて装備を外せない。
やっぱり碌でもなかった。