19:兵糧攻め
ダンジョンを訪れる侵入者達の目的は様々だが、大別するならば金と名誉の2つとなる。
ダンジョンマスターの討伐に成功すれば多大な報酬が得られるし、そのダンジョンの難易度が高ければ高い程に攻略すれば名声となって広まる。
邪神の噂が流れて収入源……じゃなかった、侵入者が減るんじゃないかと心配していたが、そんなことはなく逆に増える傾向にあった。
どうやらギルドも一向に進まないダンジョン攻略に業を煮やしたらしく、報酬の上乗せを行ったらしい。
金貨100枚という報酬に釣られて、毎日平均的に10パーティ程がダンジョンに挑戦するために訪れては、上層フロアで力尽きては入口に放り出されている。
今のところ、再配備したノーライフキングまで辿り着けたパーティは居ない。
ところが、3日前からパタリと侵入者が来なくなった。
毎日武器やアイテムが次々と回収されて送られて来るため仕分けに四苦八苦していたのだが、唐突に何も送られて来なくなった。
気になってダンジョン内の各階層を見てみてるが、居るのは魔物ばかりで侵入者の影は何処にも見えない。
初日は「まぁ、偶にはそんな日もあるか」と気楽に考えていた。
2日目には「何かおかしい」と思い始めた。
そして3日目である本日、異常事態であると判断してテナにダンジョンの周囲を密かに探って貰うことにした。
「アンリ様、大変です!
ダンジョンの周りが封鎖されてます!」
裏口から出てダンジョンの周りを調べていた筈のテナが血相を変えて飛び込んできた。
「封鎖? 誰が何のために?」
冒険者ギルドがこのダンジョンを危険と考えて封鎖したのだろうか。
しかし、このダンジョンは未だ1人の死者も出していない、ある意味世界で最も安全なダンジョンだ。
ギルドがそんな行動に出る理由は無いように思える。
「分かりません!
ダンジョンの入り口に人が集まって何か作業をしていて、その内の何人かが街道を封鎖して街から来る冒険者を無理矢理追い返しているんです!」
ダンジョンの入り口で作業?
少なくとも冒険者を無理矢理追い返している以上は冒険者ギルドの仕業ではなさそうだ、ギルドなら報酬を取り下げれば済む話だし。
駄目だ、話だけ聞いていても状況がちっとも分からない。
直接自分の目で見れば何か分かることもあるかも知れないと思い、私は仕方なく重い腰を上げる。
裏口に転移しようとしたところで、以前レオノーラに闇魔法を教えて貰った中に離れた場所を見る手段があったことを思い出す。
あれを使えばわざわざ外に出る必要も無い……って、それならテナに見に行って貰う必要も無かったのか。
久し振りに外に出る機会になる筈だったが、私の引き籠もり生活は延長されることになる。
運動不足で太りそうだ。
あ、さっき言った「重い腰」と言うのは物理的な話ではないので、勘違いしないように。
これから太ってしまうかもという話であって、今時点の私が太っているわけではない。
お腹だってこの通り……ぷにっ……あ……。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
魔力で構築した鴉をダンジョンの裏口へと転移させる。
ダンジョンコアの機能による画面ではなく、闇魔法によって構築された鏡が鴉の見聞きしたものを映し出す。
見ることが出来る範囲がダンジョン内に限定されない利点があるが、代わりに鴉を見たい場所に移動させる必要があり瞬時にと言うわけにはいかないし、ダンジョンマスターの能力よりも費やす魔力は多い。
ただ、後者の魔力については私の魔力値からすれば微々たるものなので、然程気にならない。
裏口から飛び出した鴉は空へと飛び上がるとダンジョンの入り口が見える場所へと移動し、そこにあった樹に停まる。
鴉の視界が映し出された鏡には、テナの言っていた通りにダンジョンの入り口周辺で何かの作業を行っている人達が映っていた。
このダンジョンは街道から続いた先の湖畔の脇にある小高い丘を入り口としている。
入口の周囲は少し広い平地となっているのだが、特に整備もされていないため草が生え放題の荒れ果てた状態だ。
いや、荒れ果てた状態「だった」と言うべきだろうか。
恐らくはこの3日の間にだろうが、草は刈り取られ本数は少ないものの確かに生えていた筈の木も切り倒されていて、さながら広場のような姿になっていた。
そしてその場所で何やら土地を計測している者達の姿や積み込まれた資材などがあちらこちらに散見された。
……まるで建築現場のようだけど、よりにもよって私のダンジョンの周りに何を造るつもりなんだ。
『ハーヴィン様! 土地の測量が完了致しました』
『よくやりました。
結果を設計班に伝えてから休憩に入りなさい』
『はっ!』
あ、作業をする人の中に見たことがある者が居た。
周囲に居る者に指示を飛ばしているのは、先日のサバトを取り仕切っていた金髪の青年司祭だ。
ってことは、まさかこの建築現場で作業しているのは邪教徒達なのか。
何か凄く嫌な予感がしてきた。
『冒険者達が封鎖を無理矢理突破しようとしてます!』
『!? すぐに行きますからもたせなさい!
我らが神に捧げる神殿の建造、邪魔をさせてはなりません!』
『承知致しました!』
げ、やっぱり。
どうやら嫌な予感が早速当たってしまった。
演技で信仰に励めとは言ったけど、神殿を建造って頑張り過ぎだろう。
一体どれだけのお金と時間を注ぎ込むつもりなんだ。
見た目20代前半なのに集団のリーダーとなっていることを不思議に思ってたけど、あの青年司祭は何処かの豪商か貴族出身なのだろうか。
そもそも彼らは邪神に何を求めているのだろうか。
レオノーラの話ではそんな神はこの世界に居ないと言うことだから、彼らがこれまで何度先日のようにサバトを開き生贄を捧げてきたかは知らないが、得られた物は何も無いだろう。
全くもって無駄な努力でしかない。
って、そのせいかぁ!?
これまで何1つ反応を返さなかった信仰対象(偽)が供物を受け取り言葉と宝物を与えたものだからはりきっているのだとすれば、今の暴走っぷりも頷ける。
『手前ぇがこいつらのリーダーか!?
俺達はダンジョンの攻略にきた冒険者だぞ、何で邪魔しやがる!』
『畏れ多くも我らが神に挑む愚か者、我らが神に代わって私が誅罰を下します。
信仰の証として賜ったこの神器に誓って、何人たりとも通しません!』
封鎖しているバリケードを乗り越えた冒険者に対して立ち塞がる青年司祭。
一触即発の空気が漂う。
『くそ、狂ってやがる!
おい、こいつら畳んじまうぞ!』
『ああ!』
『愚か愚か愚かーー! 神罰の代行者、教主ハーヴィン参る!』
それにしても、この司祭ノリノリである。
『喰らいやがれ!』
『笑止!』
斬り掛かってきた冒険者に対して、青年司祭──ハーヴィンはその手に持った杖で合わせる。
両者の武器が衝突した次の瞬間、甲高い音を立てて冒険者の持つ剣が中程から折れ飛ぶ。
『ば、ばかな……』
『我らが神の神威を見よ!』
呆然とする冒険者をヤクザキックで蹴り飛ばすと、ハーヴィンは杖を高く天に掲げた。
杖から黒い電撃が走り、冒険者達を撃ち抜いていく。
『ぐあああぁぁぁーーー!』
『ち、ちくしょう……』
何人かは倒れずに堪え切るが、そこにハーヴィンは走り寄って杖を振り下ろす。
『神罰!』
『ぐぎゃっ!?』
『覿面!』
『ごふっ!』
『神罰神罰神罰ーーー!』
『……っ!』
電撃のダメージで上手く動けない冒険者達をハーヴィンは次々に殴り倒して気絶させていく。
息を荒げた彼が止まった時には全ての冒険者達が地に伏せていた。
『おお、流石はハーヴィン様!』
『我等が教主よ!』
周囲の信徒は尊敬の目で彼を見ていた。
誰も突っ込んでくれないから私が突っ込むけど、こいつ司祭の癖に前衛職だったんかい!
電撃を放っていたけど詠唱していなかったし、あれはおそらく杖の力だろう。ハーヴィン自身は肉弾戦しかしていない。てっきり魔導士か修道士だと思って杖を渡したのに……詐欺だ。
って、ステータスを見てから渡せば良かったのか。
『全ては我らが神のお導きです。
貴方達もより一層の精進をなさい』
『はっ!』
導いてない、導いてないよ。
少なくとも私はそんなことしていない。
『さぁ、彼らはバリケードの外にでも放り出しておきなさい』
『承知致しました』
そう言って気絶した冒険者達を追い出すように指示すると、彼は神殿建設の指示に戻った。
それにしてもハーヴィンが予想以上に強い。
流石にレオノーラよりは劣ると思うが、下手をすると勇者(笑)と同じくらいの強さなんじゃないだろうか。
この調子だと、冒険者がどれだけ来ても彼に排除されてしまいダンジョンに辿り着くことは無さそうだ。
神殿の建造にどれくらい掛かるか分からないけど、少なくとも年単位の期間が必要だろう。
収入源、じゃなかった侵入者が皆無だと神殿が出来上がるよりも私が干上がる方が早そうだ。
仮に神殿が先に出来上がったとしても侵入者はよりダンジョンに入れなくなるだけだから、結局は同じこと。
ひ、兵糧攻めとは卑怯な……っ!
レオノーラの台詞を借りてみたが、彼らはそんな気なしに善意でやってるから尚更性質が悪い。
また邪神として演技をして止めろと言えば止めると思うが、神殿を造るのを止めろと言う上手い理由が見付からない。
困ったな、打つ手がない。
そうだ、こんな時こそ勇者の出番だろう。
忌まわしき邪教徒達の企みを打ち砕いて私の平穏を取り戻して欲しい。
あいつら何処行った。
私は勇者パーティがやってきて神殿建造の野望を打ち砕いてくれることに一縷の望みを託しながら、着々と進む工事を恨めし気に見ていた。