14:天敵
一夜明けると私は身体に掛けていたローブを羽織って洗面所に向かう。取り合えず触れていれば呪いによる強制着衣は発動しないため、寝る時には布団の中で毛布代わりにローブを掛けるようにしている。
顔を洗って眠気を取ってから台所に併設させたダイニングへと向かうと、台所では既にテナが朝食の準備をしてくれていた。
「おはよう」
「あ、おはようございます、アンリ様」
声を掛けると元気良く返事が返ってくる。
ダイニングのテーブルに着くと、あっと言う間に目の前に朝食が運ばれてくる。焼いたパンに目玉焼き、サラダにスープと健康的な朝食の姿だ。欲を言うと朝は和食にしたいのだけど、米も味噌も無いので無理を言っても仕方ない。
同じメニューを向かいに用意し、テナもテーブルに着いた。頻りに固辞されたためこうやって一緒に食事をして貰うまでに一苦労だったが、今では基本的に毎食一緒に食事を摂っている。私は王侯貴族ではないので、後ろに立たれて1人だけ食事するとか精神的に辛い。
「いただきます」
「いただきます」
はむはむ、美味しい。素朴ではあるがテナの料理は普通に美味しい。テナがまだ村に居た時にどんな暮らしをしていたかは敢えて聞いていないが、彼女の性格からして真面目に親の手伝いもしていたのだろう。
「そう言えば」
「はい、何でしょう」
「聖女神ソフィアと聞いて何か分かる?」
「聖女神様ですか?
勿論知ってますけど……」
食べながら話を聞いてみると、この世界のスタンダードな宗教である聖光教により崇拝されているのが件の聖女神様らしい。この世界を創造した神様であり、世界を破壊しようとする邪神と戦っている光の神として、加護や啓示を齎して人々を導くそうだ。特に強い加護を受けた者は勇者となり、邪神によって生み出され人族に災厄を齎す魔王を倒す存在となるとのこと。
「あ、あの……勿論今はアンリ様に忠誠を誓っています!
聖女神さ、いえ聖女神のことは何とも思ってません!」
「別に聖女神様と呼び続けても構わない」
考え事をして黙った私に妙な勘違いしたのか焦ったテナがフォローしようとする。命を助ける代償とは言え邪神の加護なんてものを付与をしてしまったテナには、その力が邪神に由来することは説明しなければならないと考えて話しておいた。異世界からのトリップとかは省いたが。
ただ、生憎と私は邪神に余計な力を植え付けられただけの人間であって別に聖女神様とやらに隔意は無いし、私に害が無いなら寧ろ頑張ってあの邪神を殴り飛ばして欲しい。
「勇者については何か知ってる?」
「勇者さ……いえ、勇者ですか?
聖女神によって加護が与えられた特別な人で魔王を倒す為に戦うって聞いてます。
あと、確かお婆ちゃんのお母さんが子供の時に、勇者が魔王を倒したため国を上げて盛大なお祝いが行われたと聞いたことがあります」
え? 魔王討伐済み?
この世界の平均寿命は知らないけれど、テナの曾祖母が子供の時なら少なくとも50年以上前ではあると思う。今このダンジョンに侵入して来てる勇者パーティは年齢的に違う筈だ。それなら、彼は何のために加護を与えられたのだろう。もしかして他にも魔王が居るのかな。
「魔王って沢山居るの?」
「いえ、少なくとも私は1人しか聞いたことないです。
ただ、倒してもやがて復活するって村に教えに来てくれた神父さんは言ってました」
成程、50年前に倒された魔王が復活して、それに対抗するためにアークは「今代の」勇者として選ばれたのか。
「魔王って何処に居るか知ってる?」
「分かりません、魔族領の何処かに魔王城があってそこに居ると言われてます」
「魔族領?」
「あ、はい。 この大陸の西側の魔族が支配している土地のことです。
東側の人族領は幾つかの国に分かれていますが、魔族領は魔王が全て支配していると言われてます」
その後細かく聞いてみると、リーメルの街が属するフォルテラ王国は大陸の丁度中央部に位置するらしい。大陸の中央と言えば聞こえが良いが、東西で人族と魔族に分かれて統治されているのなら中央は最前線ということになる。勇者パーティは魔王を倒しに魔族領に向かう途中でリーメルに立ち寄ってダンジョンのことを聞き付けたりしたのだろうか。
と言うか、こんなとこに寄り道せずにとっとと魔王討伐に向かって欲しい。はよ行け。
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朝食を終え、洗い物を始めたテナに紅茶だけ淹れて貰うと、ティーカップを持って執務室に向かう。
映像を確認すると、勇者パーティは既に簡易な野営を片付けて探索を再開していた。彼等が今居るのが7階層だから順調に行けば夕方頃に10階層のノーライフキングが守る部屋へ到達する見込みだ。
正直、素人の私にはどちらが強いかなどサッパリ分からないのだが、もしもボスが敗北するようなら色々と考えないといけない。
今回彼らはダンジョンの階層がもっと浅いと思っていたためあまり準備してきていないということで、ここまで辿り着くことはないと思うが、次があれば万端の準備を以って攻略に掛かるだろう。ノーライフキングに勝てないなら構わないが、もしも倒せるようであれば何れはここまで来てしまう可能性が高い。
彼らが再びこのダンジョンを訪れる時までに対策を整える必要がある。緊張しながら探索を監視する私を余所に、彼らは順調に階層を攻略していった。
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私の予想通り夕方になって10階層に到達した勇者パーティだが、私の予想と異なり10階層のボス部屋の前で足止めを喰らっていた。彼らが首を捻って考え込んでいるのは以前私がノーライフキングの部屋の前に様式美として設置した台座。
『「不死者の玉座に挑む者よ、正しき星辰を揃えよ」か。
一体どう言う意味だ?』
『このダンジョンはアンデッドが多いですから、「不死者の玉座」とはこのダンジョンの主であるダンジョンマスターを意味していると思います』
不思議そうな顔をするジオに、ウィディが答える。
そうそう、そう思ってくれると私は凄く嬉しい。そして、ノーライフキングを倒して満足して帰ってくれるともっと嬉しい。
『成程、そうするとダンジョンマスターと戦いたければ「正しき星辰を揃えよ」ってことか。
正しき星辰って何だろう』
『星辰は星のことだね。
多分この台座にあるマークは星を指していると思うんだけど』
あ、そう言えば太陽と月と星のマークを付けたけど、この世界で通じるかどうかまでは考えなかった。元の世界では当たり前のように通じるが、この世界では何のマークだか分からないようだ。
まぁ、推測で星だと分かってくれたから問題ないか。
『このマークをどうにかして揃えればいいのか?
……動かねえぞ』
『魔力を籠めてみても駄目だね』
え? いやいや、貴方達1枚だけだけどちゃんと石板拾ってたでしょうに。
もしかして忘れてる? それとも、石板のマークをちゃんと見てないのか?
『アーク様、聖剣の導きで何か分かりませんか?』
『済まない、特に何も……』
『い、いえ! 無理を言って済みません!』
罠を見抜けるチート剣も流石にこんなしょうもない謎解きには対応してないか。ホッとしたような微妙に残念なような。
『聖女神様から授かった聖剣でも無理なのかよ。
かなりの難問だな。
肉体労働専門のオレには荷が重いぜ』
『んなこと言ってないで、一緒に考えなさい!』
あれ…? どうも雲行きが怪しいぞ。様式美と思って設置したボーナス問題だった筈なんだけど、本気で頭突き合わせて悩まれてしまった。階層内から石板を集めてくるのが面倒だけど、謎解き自体は2秒で終わるものだと思っていたのだが。
こら、台座を斬ろうとするな。
石櫃でもないから蓋なんて開かないってば。
やめんか、脳筋!
『駄目だ、どうすればダンジョンマスターが出てくるのかサッパリ分からない。
浅い階層のダンジョンだと思ってたから準備も足りない。
悔しいけれど、ここは一旦引き返すことにしよう』
『クッ、ダンジョンマスターを目の前にして引き下がるしかないなんて……っ!』
え? そこまで来ておきながらボスと戦わずに帰るとかあり得ないでしょう。
私としてもノーライフキングとどちらが強いか分からないと色々困る。
ちょ、待った。 本気で帰るな。
せめて手に入れた石板を置いてけ、ドロボー!