13:絶体絶命
侵入者が襲来したことを示すアラームが響き渡る。
鳴る条件を4階層への侵入に切り換えて以降、久しく聞く事が無かったその音に私は緊張を高めた。いつも通り執務室の椅子に座り映像を表示して侵入者の様子を見ると、そこには4人のパーティが映っていた。その内2人が女性だ。
侵入者パーティのステータスを確認すると、そこには驚愕すべき事項が表示されていた。
名 前:アーク
種 族:人族
性 別:男
年 齢:25
職 業:剣士
レベル:38
称 号:聖剣の勇者
名 前:ジオ
種 族:人族
性 別:男
年 齢:28
職 業:剣士
レベル:33
称 号:なし
名 前:フレイ
種 族:人族
性 別:女
年 齢:24
職 業:魔導士
レベル:33
称 号:なし
名 前:ウィディ
種 族:人族
性 別:女
年 齢:19
職 業:修道士
レベル:31
称 号:なし
勇者……?
先頭を歩く短い金髪をしたイケメン剣士の称号に驚愕する。
いや、こんなファンタジー世界なのだから勇者が居ることは然程おかしくないのかも知れないが、いざ目の前に登場すると矢張り驚かざるを得ない。加えて、称号として表示されているということは「何か」に正式に認められているということだろう。それが神なのか国なのかは分からないが。これまで100人近い侵入者が居たが、称号持ちは皆無だった。
しかし、名前負けでない証拠に勇者本人はもちろん、他のパーティメンバーもこれまで訪れた者達とは一線を画すレベルの持ち主だ。
これはもしかして絶体絶命のピンチなのでは……。
ダンジョンの階層は既に27階層まで増えているが、果たして彼らを止められるだろうか心配になってきた。仮に彼らがここまで到達した場合、私はどうなる、何をされる。勇者が持つよく斬れそうなギラリと輝く剣を見ていると、背中を嫌な汗が流れる。私は彼らがここまで来ないことを祈りつつ、探索している彼らの道程を監視し続けた。
『そろそろ結界の効果が切れる頃なので結界を掛け直しますね』
『ああ。頼むよ、ウィディ』
シスター服を纏ったウィディがアークに対して進言すると、彼等は広めの部屋に立ち止まった。ウィディが呪文を詠唱するとパーティの全員が一瞬白い光に包まれた。発光は一瞬で収まったが、よく見ると彼らの全身が淡く光っているように見えた。
『これでまたしばらくはこの厄介な瘴気を防げるな』
『4階層目まで来ると大分濃くなってきているし、ウィディの結界が無ければとても進めないわね』
『ふふ、お役に立てて幸いです。
アーク様は聖剣の加護があるから意味が無いかも知れないですけど』
『いや、助かるよ。
幾ら聖剣の加護があるとはいえ、こんな邪悪な瘴気に包まれていると思うとあまり気分が良くないし』
邪悪で悪かったな。
それにしても、修道士なら瘴気を防ぐ手段もあるのか。これは重要な情報だ。アークが持つと言う聖剣の加護と言うのも気になる。
『それにしてもこのダンジョン、出来たばっかりなんだよな。
一体何階層まであるんだ』
『普通は何年も掛けて成長するものですからね』
勇者パーティは結界を貼り直すために立ち止まったのを契機として今居る部屋で休憩をするつもりのようだ。周囲への警戒に気を配りながら、部屋の中に座り込んで話し始めた。
『それなんだが、ここには元々ダンジョンマスター討伐済の3階層のダンジョンがあったらしい。
今回のダンジョンマスターはそのダンジョンを乗っ取って元にしていると言うのがギルドの見解だ』
『それでも、この階層が4階層目であることを考えると、短期間で成長しているのは間違いないわね』
『確かにな』
『まぁ、流石に2桁ということは無いだろう。
ここのダンジョンマスターがいつダンジョンを乗っ取ったか知らないけど、長く見積もっても一ヶ月は経って居ないという話だし』
いや、27階層だ。
彼らが楽観してくれている方が都合がいいので敢えて言わないが。
『ダンジョンマスター、か』
『どうした、フレイ』
『いや、このダンジョンのダンジョンマスターがどんな相手なのかと思ってね。
どうにも印象がチグハグで……えげつない瘴気を放っているかと思えば、罠は非致死性の物ばかりだし』
妖艶な魔導士のお姉さんが考え込むところを見たアークが尋ねると、彼女はそんな疑問を口にする。確かに傍から見るとチグハグに見えても仕方ないか。瘴気なんて好きで放っているわけではないし、私からすれば方針は終始一貫しているつもりなのだけど。
『そう言えば、この「邪なる追剥の洞窟」では今のところ一人の死者も出ていないと聞くな。
魔物にやられて気絶しても、武器やアイテムだけ奪われて入口に放り出されているらしい』
『ああ、だから「追剥」なんですね』
『だからと言って油断するわけにはいかない。
出没する魔物は気を抜いたらあっさり全滅しかねない強敵ばかりだし、罠だって非致死性と言っても下手をすれば一気に窮地に陥る危険な代物だ。
それに、万が一聖剣を奪われたりしたら聖女神ソフィア様に顔向けできない』
『邪悪な存在が聖剣に触れることが出来るとは思いませんが、そうですね』
聖女神ソフィア、か。それがこの世界で信仰されている神様の名前なのか。そう言えば、リーメルの街の教会に行った時に礼拝堂の奥に女神像があったような気がする。あの時はそれどころじゃなかったので細部までは覚えていないけど。
元の世界では神様なんて信じていなかったけれど、あの邪神が居る以上は神様が居ても不思議ではない……と言うか、邪神しか居ないのは嫌なので居て欲しい。まぁ、実際に修道士が力を行使出来ている以上、少なくとも神の力は実在するのだと思う。
アークの称号と先程の話からすると、その女神に聖剣を授かったということなのだろうか。聖剣と言うからには聖なる力を宿しているのだろうし、アンデッドが多いこのダンジョンでは天敵とも言える存在だ。
教会の結界に拒絶されたことを考えると私も痛い目に遭いそうだ。勿論そうでなくても斬られるのは御免だが。
『ま、どんな奴かは分からないけれど性格が捻じ曲がっているのは間違いないな』
『あはは、全くだね。
金にがめついみたいだから、格好も成金みたいに着飾ってるかもよ。
きっと外見も太った醜い肉達磨みたいな奴さ』
『アンデッドが多いみたいだから逆にガリガリの骨が出てくるかも知れないぞ』
『ふふ、そうですね』
むかっ。 な、殴りたい……。
軽口のつもりなのだろうけど、幾らなんでも乙女に対して酷過ぎる言い草ではないか。私は沸き立つ怒りのままに4階層に現在出没している魔物を彼らの元に向かわせると共に、魔力を注ぎ込んで5階層以降の魔物の出没速度を倍増させた。
映像越しに怒りに燃える私に気付くこともなく、勇者パーティは休憩を切り上げて再び探索に向かった。
スカウトが居ない彼らがどうやって罠を避けているのかと思ったが、どうも勇者が勘1つで事前に察知しているらしい。あるいはこれも聖剣の加護とやらなのだろうか。会話を聞く限りではその可能性が高いが、随分と万能な性能の剣だ。と言うか、それは既に「武器」の範疇を超えている気がする。
流石の高レベルパーティと言うべきか、私の操作によって密度の増した魔物の襲撃も軽々と退けられている。スケルトンロードはアークに聖剣で斬り伏せられ、黒鋼ゴーレムの鉄拳もジオの盾で防がれる。レイスはフレイの放つ炎や吹雪で消し飛ばされ、カオスエレメンタルすらウィディの放つ光魔法で浄化されてしまう。
勇者パーティは全くの無傷と言うわけではないものの大きな怪我を負うこと無く順調に探索を進めており、1階層当たり大体2〜3時間程で攻略している。現在は7階層まで到達しているが、既に深夜と呼べる時間帯であり流石に彼らの疲労も大分溜まってきているらしく、動きに精彩を欠く様子が見て取れた。特に体力的に劣る後衛の女性陣は今にも倒れそうなくらいふらついている。
いや、よく見ると勇者だけは元気なままだな。聖剣の加護なのか、素なのかは分からないけど。
『少し休まないか、アーク』
女性陣の疲労を見て取ったジオが広めの部屋でアークに対して進言する。
『そうだな、このダンジョンに入って既に半日以上だ。
まさか、ここまで深いとは思わなかったから野営の準備は足りないが、交代で仮眠を取ろう』
アークの言葉にフレイとウィディは深く安堵して座り込む。
『た、助かったよ』
『…はぁ…ひぃ……』
ウィディに至っては既に言葉も出ないようだ。
1階層2時間としても入口から私の居る27階層までは2日以上掛かる計算になる。ダンジョン内で野営することを予め想定して準備していなければ、攻略は難しいだろう。そう考えると、取り合えず今回彼らに攻略されることはなさそうだ。少しホッとした。
なお、本当に余談となるが各階層の最初の部屋にトイレを設置することにした。このダンジョンでここまで長時間の探索をしているのは彼らが初めてなので、その問題には気付かなかったのだ。
おかげで金髪イケメン勇者の用足しという嫌な場面を目撃してしまった……言っておくが指の隙間から覗いたりしてはいない。
女性の場合は更に深刻であり、美少女シスターの顔を真っ赤にして半泣きで告げる姿に本気で同情したため、設置に踏み切った。休憩時の彼らの軽口には腹が立っていたが、それでも同性としての同情の方が勝った。
こんな親切なダンジョン、他には無いよ?
一先ず朝までは彼らも動かないだろうし、私も今日は寝ることにしよう。