12:邪神の追剥
冒険者ギルドの調査団と思しきパーティを追い返した翌々日から侵入者が一気に増えた。大体1日に平均して3〜5組のパーティが襲来してくる。その度にアラームが響き渡って辟易させられたため、設定を変更して4階層まで到達したら鳴るように変えた。今のところ侵入者の8割が1階層で倒れ、残りの大半も2階層で倒れている。3階層まで到達したのは再挑戦してきた先日の調査団パーティだけで、4階層への到達者は居ない。
『ぎゃあああぁぁぁー!』
『ち、ちくしょう……こんなところで……』
なお、ダンジョンコアを通しての監視については結構な魔力を費やす必要があったが音声も聞き取れるように変更出来た。
その結果、調査団のパーティが2階層で調子を崩した理由が判明した。どうもこのダンジョンの中には瘴気が漂っているらしい。確かに言われてみればダンジョンの属性の中にそんな単語があったような気が朧気にするが、あくまでダンジョンとしての特性であって私のせいではないと信じたい。瘴気とかって何か臭そうだし、断じて否定したい。
『なんて禍々しいダンジョンなんだ。
こりゃ、ダンジョンマスターも相当ヤバい奴だぞ』
『ああ、気を引き締めていかないとな』
ちなみに、彼らの会話を盗み聞きしたところ、瘴気にも色々と種類があるそうなのだが、このダンジョンの瘴気は毒みたいに物理的な効果はなく精神に対して影響するそうだ。簡単に言ってしまえば恐怖心を増大させるものであり、ただでさえ警戒しながら進まなければいけないダンジョンにおいては一気に精神を疲弊させることになるという厄介な代物だ。あくまで精神的なものであって物理的にどうこうするものではないので気をしっかり持てば大丈夫なようだが、そうやって気を張っていること自体も精神的疲労を助長するのだから性質が悪い。
『く、瘴気が濃過ぎる! これ以上は危険だ!』
『まだ2階層だぞ!?
こんな浅い階層でこれなら、下はどれだけヤバいんだよ!?』
1階層は外に繋がっているせいか殆ど影響が無い程瘴気が薄いのに対して、2階層以降は階層を増すごとに濃くなっていく。
……やっぱり私が最深部に居るからか?
いやいや、邪神オーラは人間に対しては効果が薄い筈だから、他の原因だろう。だから私は悪くない。
襲来する冒険者の数に比例して、回収されるアイテムの量も増えている。正直、送られてくる回収品の仕分けで結構な時間を取られてしまっている。ぱっと見ても何だかよく分からないものも混ざっているため、アイテムボックスに一度放り込んで名称を確認して……とやっていると意外に時間を喰ってしまうのだ。
そして、一生懸命仕事をしてはいるものの、悲しい事に時間を掛けて仕分けをする割には要らない物が多い。量産品の剣など何十本も持っていても仕方ないので街に持って行って換金したいところなのだが、ダンジョンで喪失した筈のものを売りに来た人間が居たら確実に怪しまれるだろうから出来ない。それならば回収するのを止めればいい話なのだが、一旦始めてしまった以上途中から変更するのも変な憶測を生みそうで二の足を踏んでいる。
お金だけ回収するようにしとくんだった、剣とかもう見るのもウンザリだよ。
『ああ……ダメだ、意識が……。
こ、この剣だけは……2年も金を溜めて漸く買ったこの剣だけは……』
と言うわけで、宝箱を置いてみることにした。
ダンジョンクリエイトのスキルで宝箱生成ボックスというものが設置出来たのだ。宝箱生成ボックスとは中に入れたものをダンジョン内にランダムに宝箱として設置してくれる優れ物だ。通常のダンジョンマスターは侵入者をダンジョン内で殺害して魔力を奪うことを目的としている為、獲物をおびき寄せるための客寄せとしてこの宝箱生成ボックスを使用する。強力な武器や高価な宝石などを宝箱に入れておき、欲に釣られてやってくる侵入者を獲物とするのだ。
うちの場合は回収品の中で不要なものばっかり放り込んでいるので、まるで廃品回収みたいだけど。
尤も、不要品とは言え武器なんかはそれなりの値段で売ることが出来るだろうから、客寄せの効果もないわけでもない。それに、こうやってダンジョン内で失われたものが宝箱から回収出来ることが広まれば、そうやって回収したと見せ掛けて換金も可能になる。まぁ、数が多いと流石に不自然なので、数本ずつ売るようにしないといけないけど。
なお、はずれの不要品だけだと微妙かと思ったので、10本に1本くらいの割合で加護付与した当たりの品を混ぜておく。呪われてるかも知れないが、私の短刀を見る限り性能はいい筈だ。
『こ、この剣は!?』
『こりゃあ教会に報告しないと拙いな』
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「ただいま戻りました」
「おかえり」
街へと買い物に行って貰っていたテナが帰ってきた。
なお、訪れる冒険者の数が増えたため裏口を作ってテナにはそこから出入りするようにさせた。多少偏見が混ざっているかも知れないが、冒険者の半数くらいはガラの悪い男だ。街中なら兎も角こんな人通りの無い場所でテナのような女の子と遭遇すると絶対に絡んで来ると容易に想像出来る。
勿論街中でも絶対大丈夫とは言い切れないため、彼女には街で自分用にローブを買ってあまり顔を見せないように指示しておいた。
「買い込んできた食糧については食糧庫に入れておきました」
「ありがとう。
それで、例の件は?」
「はい、こちらをご覧下さい」
テナには、買い物のついでに冒険者ギルドでこのダンジョンのことがどう扱われているか、それとなく様子を見てくるように頼んでいた。その結果について聞くと、彼女は一枚の羊皮紙を差し出してくる。
そこには、こんな記載がされていた。
依頼:リーメル南の新ダンジョン「邪なる追剥の洞窟」のダンジョンマスター討伐
報酬:金貨30枚
条件:ダンジョンコアの提出
期限:無期限
「邪なる追剥の洞窟?」
他にも新しくダンジョンが発見されたのだろうか?
「どうも冒険者ギルドでは、このダンジョンのことをそのように名付けたらしいです」
って、このダンジョンのことか。考えてみれば冒険者もギルドもダンジョンの正式な名称なんて知る術が無いのだから、別の呼び名を付けることは当然と言えば当然だ。
それにしたって「追剥」って……いや、確かに侵入者からアイテムやお金を奪って放り出しているから「追剥」と言えないこともないが、他のダンジョンに比べればまだ良心的な筈なのに印象が酷い。
「この依頼は通常の依頼と異なり受注不要で、条件さえ満たせば報酬が受け取れるそうです。
依頼用紙が各パーティに配られてました」
それは最早依頼と言うよりは賞金首といった方が正確なのではないだろうか。まさか、私が賞金首になるとはこの世界に来た当初は想像も……出来ないこともなかったか、スキルの説明とか見た時に。
報酬の金貨30枚は結構な大金だから、侵入者が一気に増えたのも頷ける。攻略が進まなければギルドは報酬額を引き上げるだろうから、今後も侵入者は増える一方だろう。
普通のダンジョンであれば侵入者は途中で倒れればまず命が無いが、このダンジョンではよっぽどの不運が重ならない限り命を落とすことはまず無い。つまり、他のダンジョンと異なり諦めなければ再挑戦が可能なので侵入者は増えることはあっても減ることは少ない。
何としても最下層まで突破出来ないようにダンジョンを強化しなければ。そう決意すると、私は執務室に戻ることにした。