11:注文の少ない迷宮
ダンジョン運営を始めて8日目、とうとう初めて侵入者が訪れた。
階層追加によって12階層に移動した居住区で食後のお茶を堪能している私の耳に、侵入者があった事を示すアラームが響き渡ったのだ。なお、ノーライフキングは10階層に配置したままだ。居住区を守るボスとして配置したが、今後も階層を追加していくことを考えると10階層というキリの良い階層に中ボスとして君臨して貰った方が良いかと思った為だ。ちなみに、中ボスは居ても大ボスは居ない。いや、私戦う気ないし。
ノーライフキングには10階層から11階層に降りる階段の前に必ず通らねばいけないボス部屋を作りそこで構えて貰っている。
なお、簡単にボスに挑まれても味気ないので、RPGでよく見るような同じ階層内から石板を集めて正しい配置にするとボス部屋に入れる謎解きを用意してみた。10階層の最奥にある台座に太陽と月と星の3種類の石板を嵌め込むと壁が開きボス部屋に入れる仕組みだ。ご丁寧に台座には「不死者の玉座に挑む者よ、正しき星辰を揃えよ」のメッセージ付き。最早謎解きでは無くなっている気もするが、様式美というものだろう。
さて、10階層の件はいいとして今回の侵入者について見なければいけない。私はテナが淹れてくれた紅茶のカップを持ったまま執務室に移動する。
執務室には椅子と小テーブル、そして台座のみが置いてあり、台座の上にはダンジョンコアが安置されている。私は椅子に腰掛けると、ダンジョンコアに手を翳して侵入者の様子を映し出すように念じる。ウィンドウが開きダンジョン内の映像が映し出される。1階層を映したそれには2人の冒険者らしき男が映っており、目を向けると彼らのステータスが表示された。
名 前:ルフリー
種 族:人族
性 別:男
年 齢:25
職 業:剣士
レベル:14
称 号:なし
名 前:ベネト
種 族:人族
性 別:男
年 齢:16
職 業:剣士
レベル:4
称 号:なし
ダンジョン内で私とテナ以外の人物にあったことが無かった為今まで知らなかったが、ダンジョンコアを通せばダンジョンの侵入者のステータスも見れるようだ。但し、自分やテナのステータスと異なりスキルや装備などは見れなかった。
それにしても、コンビにしては随分と年齢やレベルの差があるように思える。ルフリーの方は金属製の鎧を着ているのに対して、ベネトの男は革製の軽装鎧を装備している。2人ともロングソードを手に持っているが、ベネトの持つそれよりルフリーの持つ剣の方が格段に業物の雰囲気を放っている。年齢などだけではなく、装備の面でも差があることが見て取れた。年長者が新人をサポートしながら経験を積ませるために連れてきた、といったところだろうか。
よくよく考えてみれば、このダンジョンの変貌が未だ広まっていないなら彼らは「初心者ダンジョン」のつもりでここに来た筈だし、その想像が正しそうだ。実際、彼らは様変わりしてしまったダンジョンの様相に入口で留まって困惑している。しかし、やがて中の様子を探ることにしたらしく2人組は警戒しながら奥へと足を進めた。
入口のある部屋から通路を慎重に進む2人の前に、レイスと黒鋼ゴーレムが1体ずつ姿を現す。驚愕に硬直する2人だが経験の差かルフリーの方がいち早く我に返り、ベネトの方に向かって何か叫ぶと同時に剣を構える。
しかし、ベネトの方は恐怖に竦んでおりその叫びに反応出来なかった。
レイスが闇の塊を放つと、ルフリーは咄嗟に横に飛んで直撃を躱すがベネトは反応出来ずに弾き飛ばされて壁に叩き付けられる。ルフリーはずるずると崩れ落ちるベネトの方を気にしながらも油断せずに剣を構え直す。
そこに黒鋼ゴーレムが近付いて拳を振り降ろす。ルフリーはその拳を剣で斜めに受け流しながら右に躱すと、両腕で弧を描くように黒鋼ゴーレムの左脇へと剣を叩き付けた。しかし、その結果はルフリーの持つ業物の剣が呆気なく折れると言う無残なものだった。剣を振り切ったルフリーは自分の持つロングソードが中程から折れ飛んだ事に呆然とする。
そこに先程受け流された腕をそのまま横に振るう黒鋼ゴーレム、自失していたルフリーはかわすことが出来ず、まともに胴体に直撃を受けると5メートル程も吹き飛ばされ地面に叩き付けられた。何とか身を起こそうとするルフリーだが、そこへレイスが再度闇の塊を放ち、地面に倒れて咄嗟に動けなかったルフリーは横殴りに再度吹き飛ばされた。今度は完全に意識を刈り取られたらしく、立ち上がることは無かった。
気絶した2人に黒鋼ゴーレムが近付くと彼らの持つ武器とアイテムそしてお金を回収し、彼らをダンジョンの入口のある部屋の前まで引き摺るとそこから部屋の中に向かって投げ込んだ。
なお、入口のある部屋は居住区と同じように魔物の立入禁止場所になっているため、黒鋼ゴーレムは部屋の中には入れない。各階層からの転移陣の行き先もこの部屋となっている。
気絶した侵入者を放り出した黒鋼ゴーレムは先程回収したアイテムを拾うと、1階層の物品転移陣に向かって歩き始めた。直に彼が回収したアイテムがこの居住区に送り届けられるだろう。
一先ず、今回の侵入者については撃退が完了したと見て良さそうだ。
実のところ、殺さないように命令したとはいえ見ていてヒヤヒヤした。手加減はする筈だが、それでも攻撃している以上は当たり所が悪ければ死んでしまう可能性はゼロには出来ないからだ。侵入者がある程度の実力者であれば致命傷を避けるように反応出来るだろうからそんな事故が起こる確率は大分低くなる筈だが、今回は明らかに初心者が居た為心配で仕方無かった。
私はすっかり冷めてしまった紅茶を思い出したように飲み干すと執務室を出て倉庫に隣接する物品転移陣のある部屋へと向かった。
通路を歩きながら、先程の2人組の冒険者について考える。今はまだ1階層の入口のある部屋に横たわっているだろうが、彼らはこのダンジョンの異変を認識した。意識を取り戻せば街に戻り、冒険者ギルドにこのダンジョンの変貌を報告するだろう。
その場合、冒険者ギルドの対応としては2つ考えられる。
1つは調査のためにより高レベルな冒険者を送り込んでくること、もう1つは公示して攻略者を募ることだ。ただ、攻略者を募るにしても難易度が分からなければ難しいため、おそらく最低一度は調査団が派遣されてくると予測している。今回とは異なり、それなりに高レベルのパーティが送られてくるだろう。何れそうなるとは覚悟していたが、いざその時が来ると不安で押し潰されそうだ。
物品転移陣のある部屋に入ると、丁度回収された剣とアイテムが送られてきたところだった。冒険者を撃退してアイテムを奪う……深く考えるまでもなく強盗と変わらない行為だ。ただ、倒れても武器とアイテム、お金を奪われるだけで生きたまま入口に戻されるというのはダンジョンとしては破格の扱いでもある。これが他のダンジョンであれば確実に死んでいるのだから、感謝しろとは言わないがまだマシなのだと思って欲しい。
なお、武器は奪っても防具を奪わないのは慈悲……などではなく、悪臭に耐えられないからだ。入浴が一般的でないこの世界、男性が何日も水浴びすらせずに身に付けている防具から醸し出される臭いは、想像するだけで身の毛がよだつ。
今回の戦利品はロングソードが2本(但し片方は折れている)と銀貨3枚と銅貨25枚、薬草が4枚、そして冒険者カードが2枚──って、冒険者カード!?
拙い、これを奪ってしまうのは流石に悪いし、そもそも冒険者カードもお金も奪ってしまうと彼等は街に戻れなくなるので、予定が色々と狂ってしまう。
私は慌てて入口の部屋に転移すると、彼等が未だ意識を取り戻していないことを確かめて冒険者カードを手早く返した。何とかフォローが間に合ったことに安堵しながら、私は元の部屋に転移する。後で、冒険者カードだけは回収しないようにダンジョン内の魔物に命令しておかないといけない。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
最初の侵入者があってから2日後、再びダンジョンにアラームが響き渡った。どうやら、冒険者ギルドから調査のために派遣されてきた冒険者達が侵入してきたらしい。
2人組を叩き出したのが2日前の昼過ぎ、街に戻った彼らが冒険者ギルドに報告、対応を決めたギルドが翌日1日掛けて人集めと準備、そして今日調査団を派遣してきた……うん、タイミングも符合する。
私は足早に執務室に向かうと、以前と同じ様に椅子に座りダンジョンコアに手を翳した。
1階層を映した映像には4人の男性が映っていた。
名 前:ヴァイフ
種 族:人族
性 別:男
年 齢:32
職 業:剣士
レベル:25
称 号:なし
名 前:バナード
種 族:人族
性 別:男
年 齢:29
職 業:剣士
レベル:22
称 号:なし
名 前:セオドル
種 族:人族
性 別:男
年 齢:29
職 業:魔導士
レベル:20
称 号:なし
名 前:エセル
種 族:人族
性 別:男
年 齢:26
職 業:スカウト
レベル:19
称 号:なし
今度はかなりバランスの取れたパーティのようだ。加えて一番レベルが低いエセルですら先日のルフリーよりレベルが高い。
おそらく、リーメルの街の冒険者ギルドが即座に動かせる中で最も高レベルのパーティなのだろう。流石にベテランらしくスカウトを先頭に立てて罠の有無や索敵を行い、慎重かつ安全に探索を行っている。
途中で遭遇した黒鋼ゴーレムに対しても、剣士が防御を固めている間に魔導士が土の魔法でゴーレムの足元を崩して動きを止めて対応するなど、役割分担がキッチリ決まっているパーティだ。
彼らは順調に1階層を探索すると階段を見付けると2階層へと降りた。
2階層目も最初は順調に探索を行っていた彼らだが、何故か途中から急激に精彩を欠くようになった。立ち止まってしきりに議論を交わしているが、表情に焦りを感じる。
話している内容が分からないので、彼らにとって都合が悪い事が起こっていることしか分からない。ダンジョン内の映像を見ることが出来るのは非常に便利なのだが、音声を聞く事が出来ないのは不便なので何とか出来るものなら改善したいな。
その後も探索を続けていた彼らだが、集中を乱していたエセルが麻痺ガスの罠を踏んでしまい後ろに居たセオドルを除いた3人が麻痺。その間隙を突くように黒鋼ゴーレム2体に襲われて呆気なく全員が倒れた。