01:些細な願い
自分の容姿で最も好きな部分は髪だ。
日本人として平均的な黒髪だけど、手入れは欠かしていないし櫛の通りも滑らかだ。
烏の濡れ羽色なんて表現だって強ち誇張表現ではないと密かに自慢に思っている。
なら逆に自分の容姿で最も嫌いな部分はと聞かれたら、即答で目だと返す。
数少ない友人からは全体的に美少女なのにその目付きが全てを台無しにしているとよく言われた。
だけど思う──
「その目が気に入ったんだ。
この世のありとあらゆる負を呑み込んだようなその澱んだ目がね」
そこまで言われる程酷くない……多分。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
光源が1つもない真っ暗な空間にもかかわらずハッキリと姿が見える長い黒髪の少年。
絶世の美少年、と言いたいところだが私と同じ──いや、私以上に酷い目をしている。
気が付いたら私はこの空間に居て、そこに姿を現した彼に「君には異世界に行って貰うよ」と一方的に宣告された。
「……嫌」
「君の意見は聞いていないよ」
こんにゃろう。
内心で青筋を立てるが、私の表情は変わらない。
我ながらあまり好きではない無表情っぷりだが、今は有難い。
見るからに普通じゃない相手に真っ向から喧嘩を売るのはあまりにリスクが高い。
明らかに尋常ではない空間で「異世界に行って貰う」ときた、目の前の少年は神様とかの類とでもいうつもりだろうか。
それにしても、分からない。
「なんで私?」
「その目が気に入ったんだ。
この世のありとあらゆる負を呑み込んだようなその澱んだ目がね」
そこまで言われる程酷くない。
それと、お前が言うな。
青筋が1つ増える、但し心の中で。
「それにしても、僕と直接相対して正気で居られるなんてね。
流石に僕が見込んだだけのことはある」
正気じゃなくなる可能性もあったのか。
さり気無く危機一髪だったらしい。
「まぁ、こちらの都合で行って貰うわけだし、少しは優遇してあげるよ。
身体能力と魔法の力、アイテムボックスはデフォルトとして、
あと何か1つ、希望を叶えてあげる」
身体能力は兎も角として、「魔法」に「アイテムボックス」?
一体私は何処に放り込まれるんだ。
それに、いきなり希望とか言われても──
「何でもいいよ?
例えば、胸を大きくしてくれとか」
私が貧乳だと申すか……否定は出来ないけど余計な御世話だ。
正直心を揺さぶられる部分が無きにしも非ずだが、ここで頷いたら色々と負けな気がする。
それに両親から貰った身を変えてくれと願うのも親不孝というものだ。
「じゃあ、何も望まないのかな」
「目と気配を『普通』にして」
え? 両親から貰った身はいいのかって?
それはそれ、これはこれだ。
胸が小さくても得する部分が無いだけで害は無いが、目付きと気配は実害があるのだ。
幼い時から私はその目付きと気配のせいで周囲から無意味に怖れられてきた。
何をしたわけでもないのに私と目が合うと誰もが目を逸らす。
不良で有名な先輩も私が近付くと脱兎の如く逃げ出す。
ヤクザっぽいパンチパーマの人に土下座されたことすらある。
「『普通』?」
「特別じゃなくていい、せめて『平均的』にして欲しい」
「ふ〜ん、まぁいいや。
その願い、聞き届けたよ。
それじゃ、行ってらっしゃい」
その声と共に、目の前の少年から周囲の闇を塗り潰す程の漆黒の気配が放たれる。
身体がその気配に包まれると、意識が遠退いていくのを感じた。
ああ、今更だけど出来ればもう一つ。
せめて、服を寄越せ。