帰って来た大どろぼう
「さあて。船を待つ間、ここらで、ひと休みしよう」
川のほとりまでやって来た死神が、連れてきたどろぼうに言った。
「船? 船で、川下りでもするのか?」
「とんでもない! 川を渡るんだよ、どろぼう」
死神たちがやってきたのは、大きな川のほとりの、船着き場だった。
「この川を渡れば、いよいよ、あの世だ」
そうだ。死神は、どろぼうをあの世へ送り届ける仕事の最中なのだ。
どういうわけでこうなったかだって?
まあ、そういう面倒な話は省略しよう。
ただ、死刑になったわけではない。
まあ、酔っ払い運転とか、心臓まひとか、色々想像してみてもらえばいい。
「で、それまで、このレストランで食事でもしようっていうのか?」
「そうだ。船の時間まで、まだ、少しある」
というわけで、死神は、どろぼうを従えて、まずは、「レストラン・サンズ」という店でフランス料理を食べ、それから、「スナック・メイド」で、ビールを飲み、カラオケを歌いまくった。
ふたりは、さまざまなうわさ話、たとえば、近々、どこどこの国の大統領がやってくるとか、世界的な有名女優が来るらしい、といった話を耳にした。
「死ぬ時は、みんな一緒さ!」
「スナック・メイド」のマスターがつぶやいていた。
「みんな、死神に連れられて、この川を渡るんだ」
このあたりには、似たような名前の店が多かった。
「冥途寿司」からは、「へい! メイド!」という威勢のいい声が響いていた。
どろぼうは、「メイド・カフェ」の前で足を止めたが、「そっちの意味じゃないぞ!」と、死神に言われて、スルーした。
で、そろそろ、船の時間が近づいたので、死神とどろぼうは、盛り場をあとにして、船の乗り場へと向かった。が、そこで、死神が、突然、顔色を変える。
「し、しまった! カネがない!」
「カネだと?」
「レストランとスナックで、みんな使ってしまった!」
「まだ、カネなんて、使うのか?」
「ああ。船のチケット代だ」
「川の渡し賃か」
「ああ、そうだ! ちょうどいい。お前、どろぼうだったな」
「何? まさか……」
「ああ、その、まさかだ。しかたあるまい。カネを盗むくらい、お前なら簡単だろう。もっとも、お前が、カネを持っているなら、わざわざ盗むこともないが……」
「何だと? 俺のような大どろぼうは、宵越しの銭は、持たねえものよ。それが、東京どろぼう協会の掟だ! 欲しい時には、いつでも盗めばいいってわけよ」
そうそう。どろぼうは、東京どろぼう協会の会長だったのだ。
「いよっ! 大どろぼう! さすが、会長!」
「いや、今は、もう会長じゃないよ。クビになったんだ」
「なんだ。そうだったのか」
「ああ、ここのところ、たいした働きがなくて。この業界も、なかなか厳しいんだ」
大どろぼうは、ちょっと、寂しそうに死神に話す。これで、どろぼうが、死刑になったわけではないということがおわかりだろう。
「まあ、気にするな。会長なんて、どうでもいい。立派な大どろぼうなんだからな」
死神がなぐさめる。
「実は……」
と、死神が続ける。
「実は、俺は、会長なんかじゃないけれど、死神をクビになりそうなんだ」
「なんだって?」
「ここのところ、失敗続きでな。もし、お前を無事にあの世に届けられなかったら、クビどころか、死刑になるかもしれない」
「なんだって? 死神が死刑に?」
「ああ。えんま大王も、相当、お怒りだからな」
「なんだかわからないけれど、お前の業界も、大変なんだな」
「ああ。とにかく、俺の運命は、お前にかかっているんだ」
と、死神がどろぼうに打ち明けながら、死神用の栄養ドリンク「アノヨA」を飲んで、気合をいれた。
「そんなわけだから、頼んだぞ。お前は、天下の大どろぼうだ。さっそく、腕前を見せてくれ」
と、いうわけで、どろぼうは、船のチケット代のために、もうひと働きすることになった。
どろぼうは、「リバーサイド・ホテル」で休憩中だった大金持ちをねらった。大会社の社長だったこの大金持ちが、たった今、ホテルにやってきたという噂を、どろぼうは、例の「スナック・メイド」で耳にしていたのだ。
「金を出せ!」
どろぼうは、別の死神に付き添われた大金持ちに出刃包丁を突きつけて金を要求した。
「船賃なら、渡すわけにはいかん! 刺すなら刺せ!」
「殺されてもいいのか?」
「俺は、もう、死んでいる」
大金持ちにそう言われたどろぼうには、返す言葉がなかった。ここでは、強盗の基本が全く通用しないということに気づいたどろぼうは、力無く、包丁を落とした。
「ここで働くのか?」
「ああ。しかたがない」
死神とどろぼうは、船賃を稼ぐため、「レストラン・サンズ」で、皿洗いのアルバイトをすることになった。
ところが、どろぼうたちがアルバイトを始めてまもなく、盛り場に、ただならぬ噂が広がり始めた。何と、川の向こうから、えんま大王の使いとして、鬼がやって来るというのだ。何でも、最近、船賃が払えずに、盛り場に長期滞在する者が多くなっているので、鬼は、実態を調べに来るらしいというのだ。
「まずいな。こんなところを見つかって、死神の隊長に知られたら、死刑になってしまう。そうでなくっても、クビは、まぬがれないな」
死神は、ひどく、心配した。が、鬼が向かったのは、「バー・リュウグウ」という店だった。噂では、この店の女主人の、プリンセス・オトは、かつては、ある国の王女だったが、不運にも、交通事故に逢って、この盛り場へやってきたのだが、あいにく、お金の持ち合わせがなく、船賃を稼ぐために、このお店を始めたということだった。何でも、プリンセス・オトと「バー・リュウグウ」の人気は、大変なもので、ちゃんと船賃の払えるはずの人達が、「バー・リュウグウ」でお金を使い果たして、それで、盛り場で働くことになる者が後を絶たなくなってしまったということで、その情報が、鬼のもとにも届いていたのだ。
鬼は、店をやめさせようとして、「バー・リュウグウ」へはいって行った。
「まあ、なんて男前な鬼さんでしょう?」
美しいプリンセス・オトに、いきなり、そう言われた鬼は、悪い気はしなかったので、怒鳴るのはやめて、とりあえず、オトが差し出すグラスを受け取って、特製のワインを飲み干した。が、飲んだら最後。この一杯は、鬼の人生最大の失敗となった。と言っても、毒薬で死んでしまったというわけではない。ワインを飲んだ鬼には、オトが、ますます美しく見え、次々とオトが差し出すワインを断ることができなくなってしまったのだ。
鬼は、「リバーサイド・ホテル」に泊まって、来る日も来る日も、オトの店に通い、ワインを飲みまくった。その飲みっぷりのあまりのすさまじさに、盛り場の人々は、口々に「まるで鬼のようだ!」と言ったが、本当に鬼なのだから、まあ、それはしかたない。しかし、えんま大王から預かってきたお金をあっというまに使い果たしてしまったのは、ちょっと、まずかった。それどころか、鬼は、「バー・リュウグウ」に、たくさんの借金を作ってしまったのだ。
「払えないのなら、えんま大王に、請求書を送りますよ!」
と、オトに脅された鬼は、「バー・リュウグウ」で、強制的に働かされることになった。
鬼の仕事は、ショータイムの、鬼の役だった。ショータイムが始まると、鬼は、鬼の格好で、つまり、そのままの格好で、鬼のように、フロアーを暴れ回り、プリンセス・オトに襲いかかろうとする。すると、バーの客たちが、金属バットや、鉄パイプで、鬼に殴りかかり、しまいには、鬼のこん棒まで奪い、鬼をボコボコにして、オトを助けて満足する、というわけだ。
「もう、勘弁して下さいよ」
鬼は、三日めで、早くも、ねをあげた。が、プリンセス・オトは、甘くなかった。
「それじゃあ、やっぱり、請求書、えんま様に……」
「あ! ま、待ってくれ! それだけは……。やるよ。やればいいんでしょう?」
プリンセス・オトに脅されて、鬼は、やむなく、この、とんでもない労働を続けることにした。
「とんでもないブラックバイトだ!」
鬼は、悔しがったが、これが、現実なのだ。
ショーは、大好評で、バーの客は、どんどん増え続け、盛り場じゅうの人達が、鬼を殴りにやって来た。「バー・リュウグウ」は、しゃば(この世)で発行される旅行ガイドにも紹介され、「鬼殴り」は、あの世への旅路の最大の名物になってしまった。「レストラン・サンズ」でアルバイトをしていた死神とどろぼうも、鬼を殴りに、バーまでやって来た。
「死神! きさま、死神だな!」
「それが、どうした?」
「きさまにまで……」
鬼は、うだつのあがらない死神にまで殴られて、ひどく、悔しい思いをした。が、えんま大王に知られるよりはよっぽどましだと考え、耐えに耐えたのだ。
「こ、腰が……。もう、動けない!」
毎日逃げ回りながら、ある日、とうとう、鬼は、腰を痛めて、動けなくなってしまった。
「本当に痛そうね」
「あたりまえですよ」
「お医者さんを呼びましょう」
プリンセス・オトは、店員に命じて、お医者さんを連れて来させた。
「腰が痛んでいますねえ」
「当然ですよ」
「腰を取ってしまいましょう」
「は?」
鬼が、あぜんとしている間に、お医者さんは、大きな釘抜きで、えいっと、鬼の腰をひっこ抜いてしまった。
「どうですか?」
「痛くなくなりました」
「当然です。痛んでいた腰を取ってしまったんですから」
ところが、痛みは無くなったものの、鬼は、腰が抜けて、動けなくなってしまった。
「当然です。腰をひっこ抜いたんですから」
「そんな、無責任な! 何とかして下さい!」
店の経営がかかっているプリンセス・オトは、のんきそうにしているお医者さんにくってかかった。
「しかし、……」
当惑しているお医者さんに、店員のひとりが近づいて、何か、耳打ちした。お医者さんは、うんうんとうなずいて、それから、プリンセス・オトに、言った。
「ご心配無く! 明日には、動けるようにしてごらんにいれましょう!」
オトは、安心して、ワインを飲み、その夜は、早々と、椅子にすわったまま眠ってしまいました。プリンセス・オトが眠ってしまったのを確かめた店員は、お医者さんに合図をし、すぐに、手術が始まりました。お医者さんは、オトの腰の一部を切り取って、それを、鬼の抜かれた腰の位置に埋め込んだのだ。
「手術は、成功です!」
「やったあ!」
喜んだのは、店員だ。
「これで、プリンセス・オトの重い腰も、少しは軽くなるでしょう」
「何? 重い腰だって?」
「そうですよ、先生。プリンセス・オトの腰の重さといったら、もう、私たちがうんざりするほどだったんですよ」
「ふむ……」
「なにしろ、一度腰をおろしたら滅多なことでは、腰を上げず、用事は、みんな、私たち店員に押しつけるんです」
「そうでしたか……」
店員に喜ばれて、お医者さんも満足そうだった。ところが、話は、そう都合よくはいかないものだ。目を覚まして立ち上がった鬼のようすが、予想以上に、良すぎたのだ。腰が治った鬼は、うれしさのあまり、飛んだりはねたりしてはしゃぎまわり、壁の上を横に歩いたり、天井の上(下?)をさかさまに歩いて見せたりするありさまだ。
「ああ、腰が軽くなった、軽くなった!」
この鬼の言葉に、ぎくっとしたのは、店員だった。
「まさか、先生、腰が軽くなったということは……?」
「うむ。鬼の腰に埋め込んだ腰は、どうやら、マイナスの重さ、つまり、軽さを持っていたようだな?」
「何だって? ということは……?」
「つまり、プリンセス・オトの腰から切り取った部分の重さが、マイナスだったということです」
「ということは……」
「そうです。プリンセス・オトの腰は、前よりも重くなったということです」
「そ、そんなあ……!」
店員が、悲鳴に似た声をあげた時、ちょうど、プリンセス・オトが、目を覚まし、さっそく、店員に、自分の椅子の位置を直すように命じた。店員たちは、三人がかりで、懸命に、オトのおそろしく重い腰をわずかに持ち上げ、四人めの店員が、そのすきに、椅子の位置を直した。その後しばらくの間、店員たちは、立ち上がることもできなかった。プリンセス・オトの腰のあまりの重さに、疲れたのだろう。
さて、腰が治った鬼は、喜んだのもつかの間、また、その日から、厳しい鬼叩きショーに出演しなければならなかった。お客たちは、前よりも、鬼の逃げ足が速くなったのを見ると、ますます気合いを入れて、いよいよ、鬼のように、鬼を殴るようになり、鬼は、毎日、気絶寸前になるまで、殴られ続けた。
鬼叩きが、どんどんエスカレートするにつれて、盛り場は、その話題でもちきりとなり、今まで無関心だった人達も「バー・リュウグウ」にやって来るようになり、ある人は、鬼を殴り、また、ある人は、あまりにもかわいそうだと言って、鬼を助けようとした。それで、店は、ますます、繁盛していった。
「これは、いけるかも知れない!」
ある日、プリンセス・オトは、新しいショーを思いた。ショーと言っても、今度は、店の中でのショーではない。何と、河原での、昼の、鬼叩きショーだ。
「バー・リュウグウに行って、鬼を助けましょう!」と書かれた立て看板の前で、アルバイトの鬼叩きが、逃げ回る鬼を金属バットと鉄パイプで殴る、というもので、鬼叩きのアルバイトに雇われたのは、どろぼうと死神だった。なにしろ、彼らは、今までの客たちの中でも、一番激しく鬼を殴ったので、プリンセス・オトに認められたのだ。
「くそう! こんな所でまで、お前らに殴られるとは……」
鬼は、ことのほか、くやしそうだったが、えんま大王に知られるよりは、まだ、ましだと思って、がまんした。
「まあまあ。俺達も、あんたと同じアルバイトなんだから、立場は同じじゃあないか?」
どろぼうが、鬼に話しかけたが、鬼には、とても、同じ立場には思えなかった。
しかし、新・鬼叩きショーの効果は、てきめんだった。その日から、鬼を助けようという人達が、大金を持って、店での、夜の鬼叩きショーにやって来た。客は、鬼を殴る客にお金を渡して、殴るのをやめさせ、ほっとして帰るのだった。すると、次の日には、「鬼を殴りに行くと、お金がもらえる」という噂が、盛り場じゅうに広がり、「バー・リュウグウ」の客は、ますます、増えていったのだ。そして、鬼は、今度は、背中を痛めてしまった。
「これは、ひどい!」
診察したお医者さんは、驚いて、鬼の背中に、固い甲良を付けることにした。
「死にそうになったら、頭や手足も、甲良の中に隠しなさい!」
お医者さんは、鬼に、そう忠告し、その日から、鬼は、背中に甲良をしょった、新しい動物になってしまった。今では、この動物は、亀と言われている。
さて、治療代がかさんだ鬼は、さらに、アルバイトを続けることになり、盛り場のにぎわいは、とどまるところを知らなかった。労災保険もないのか? そして、そんなある日、盛り場に、大変な噂が流れた。何と、えんま大王が、じきじきに、この盛り場にやって来るというのだ。
「大変だ!」
いち早く噂を耳にした死神は、すぐに鬼叩きのアルバイトをやめて、後を近所の子どもたちにまかせ、自分は、どろぼうを連れて、身を隠した。鬼は、どうすることもできず、頭と手足を甲良の中に引っ込めてびくびくしていたが、その姿のあまりの変わりように、さすがのえんま大王も、鬼には全く気づかなかった。
えんま大王は、盛り場のあまりの堕落ぶりに、激しく怒り、川を氾濫させて、「バー・リュウグウ」の店ごと海に流して深い海の底に沈めてしまった。それでも、かろうじて流されずにすんだ鬼と、鬼叩きの子どもたちは、そのまま、アルバイトを続けたということだ。えんま大王は、鬼が見あたらないので、代わりに、お医者さんを捕まえて、新しい子分として、あの世へ連れて行った。何でも、釘抜きで腰をひっこ抜くことが特技だったお医者さんは、えんま大王に雇われてからは、腰の代わりに、うそつきの舌をひっこ抜く仕事をしているそうだ。
さて、あやうく、洪水からも逃れ、また、ようやく、船賃も稼ぎ出すことができた死神とどろぼうは、船に乗って川を渡り、いよいよ、あの世へとやって来た。あの世へ着くと、死神は、どろぼうを連れて、バスに乗り、それから、列車に乗って、しまいには、飛行機にまで乗って、とある街までやって来た。
「ここが、これからお前が暮らす国だ」
死神が、どろぼうに言った。
「国だって?」
「ああ」
「何ていう国だ?」
「えんま王国だ」
「そうか。えんま大王の国だな」
「そうだ」
「だが、お前は、何で、こんな所まで俺についてくるんだ?」
どろぼうが、死神にたずねた。
「お前の、これからの仕事の世話をするのも、死神の仕事なんだ」
「これからの俺の仕事だって?」
「そうだ」
「あの世に来てまで、働かなくっちゃいけないのか?」
「そうだ。あの世も、そんな甘いところではない」
「しかし、仕事といっても、俺に出来るのは、どろぼうだけだぞ」
「ああ。わかっている。だから、それをやればいい」
「それって、どろぼうのことか?」
「もちろん。なにしろ、お前は、どろぼうなんだからな」
「しかし、それなら、なにも、お前の世話になんかならないぞ」
「いいや。誰が大金を持っているかだけ、教えておく」
「何だって?」
「いいか。乞食をねらえ!」
「何? 乞食だと?」
「乞食にも色々ある。俺が、大金持ちの乞食を教えてやる」
死神に連れられてやって来た豪邸の玄関には、「乞食」と書かれた表札が、ちゃんと、かかっていた。
「どうだ? わかっただろう?」
「ううむ」
半信半疑だったどろぼうも、ついに、この乞食を狙う決心をした。
「だが、乞食の豪邸は、警備も厳重だから気を付けろ」
死神は、どろぼうに、そう、忠告し、どろぼうは、ますます、やる気を強めていった。なにしろ、どろぼうは、東京どろぼう協会の会長だった大どろぼうだったのだから。
「まずは、敵の警備の点検だ」
どろぼうは、別のどろぼうが押し入るのを待って、乞食の豪邸の警備の様子を探ることにした。
「もう、現れたな」
張り込みを始めてから三日目に、早くも、誰かが、塀を乗り越えて、乞食の豪邸に忍び込もうとした。
「まさか! あいつ……」
なんと、乞食の豪邸に忍び込もうとしたのは、他ならぬ、えんま大王その人だった。
「えんま大王が何で?」
どろぼうは、傍らの死神にささやいた。
「金が無くて困ってるんだよ」
「えんま大王がか?」
「ああ」
死神は、平然と答えた。
「子分の鬼は、いなくなってしまうし、代わりの医者は、うそつきの舌をひっこぬくこと以外には役立たずだし。えんま大王も、生活、苦しいんだ」
驚いて見守るどろぼうの目の前で、えんま大王は、塀から中へはいったようだった。が、それとほとんど同時に、乞食の豪邸の中からけたたましいサイレンの音が鳴り響き、続いて、拳銃の発射音、さらには、大砲の音までとどろき、まもなく、ロープで縛られたえんま大王が、塀の外に放り出されてきた。
「大王! 大丈夫ですか?」
死神とどろぼうは、えんま大王の縄を解き、けがの手当をして、家まで送り届けた。えんま大王の家は、壊れかけた、古いアパートの一室だった。
「くそう! 乞食め!」
えんま大王は、ひどく、悔しがり、乞食の財産を奪った者を大臣に任命すると言った。
どろぼうと死神は、さっそく、えんま大王から、乞食の豪邸の中の様子を聞き、強盗の作戦を練り始めた。ふたりは、国中から、えんま大王の軍隊を召集し、また、昔のどろぼうの仲間たちも呼び寄せた。武器も、光線銃から、大型爆弾、そして、ミサイルまで、あの世でも最強の軍備を整えた。ただし、核兵器はない。そこだけは、この世よりマシかもしれない。
「久しぶりに大仕事だ!」
どろぼうの子分たちは、眠っていたどろぼうの血を踊らせて、気合いをいれた。
いよいよ、突入の日、どろぼう軍は、ダイナマイトで、乞食邸の塀を爆破して、戦車隊を先頭に進軍、乞食軍も、大砲部隊で応戦、やがて、両軍の死闘は、どんどん、エスカレートし、爆撃機や、宇宙戦艦まで登場する大戦争が何日にもわたって続いた。戦火は、えんま王国だけでなく、周辺の国々にも及び、「あの世ジャーナル」などのマスコミは、連日、戦況を一面で伝えた。
ほとんど廃墟と化した乞食邸でも、戦いは熾烈をきわめていた。乞食を追いつめたどろぼう側は、先祖同士が知り合いであったよしみで味方につけた豊臣秀吉軍を投入、これに対し、乞食側は、乞食警護隊の秘密部隊であった明智光秀軍を前面に出して対抗、光秀は、「この世の敵!」と叫んで、自ら、竹槍で秀吉を討ち、優位に立った。が、それもつかのま、光秀は、どろぼう側が繰り出した切り札、織田信長に、これまた、「この世の敵」とばかり、火炎放射器で焼き消されて、あの世でも、三日天下に終わった。あの世も残酷なのか? ここは、まだ、本当のあの世ではないのか? 人は、何度死ねば平和になれるのだろう?
戦いは、信長に石を投げつけて逆転した乞食と、自ら、出刃包丁を持って現れたどろぼうとの一騎打ちとなった。どろぼうは、石を投げ尽くした乞食に迫り、出刃包丁を突きつけて、思わず、「死にたいか?」と叫びそうになったが、すぐに、その手は通用しないということに気づいた。なにしろ、川を渡る前に、一度、失敗していたから。
「やい、乞食! 生き返りたいか?」
どろぼうの予想外の言葉に、乞食はひどくあわてた。
「な、何だって? 頼む。それだけはやめてくれ。金は出すから、死だけは奪わないでくれ!」
こうして、乞食から全財産を奪って、戦いに勝ったどろぼうは、廃墟にテントを張ってこしらえたえんま大王の宮廷に招かれ、約束通り、えんま王国の大臣に任命された。死神も、どろぼうを助けた功績により、えんま大王の推薦により、死神隊の副隊長に昇格し、クビの危機を脱したのだ。
「なあ、死神」
大臣になってしばらくしたある日、どろぼうが、死神に言った。
「大臣なんて、退屈だなあ。昔のように、また、ひと働きしたいものだ」
「ひと働きって……?」
「そう。もちろん、俺の本当の仕事は、どろぼうだ。なにしろ、俺は、どろぼうなんだからな。最近、誰が金持ちか、教えてくれ!」
「そうだな。海に沈んだ、プリンセス・オトかな」
「プリンセス・オトだって? あの、バー・リュウグウの?」
「ああ、そうだ。海に沈んでも、相変わらず、店は、繁盛している」
「そこに行くにはどうすればいいんだ?」
「案内しよう」
こうして、どろぼうは、死神に案内されて、海辺にやって来た。そこで、どろぼうが見たのは、一匹の亀を集団で殴っている子どもたちだった。
「あの子どもたちをやっつけたら、バー・リュウグウに行ける」
死神に言われたどろぼうは、さっそく、出刃包丁を振り回して、子どもたちを追い払った。すると、突然、亀が起きあがり、背中の甲良を脱ぎ捨てて、正体を現した。亀の正体は、鬼だった。
「お前、あの時の?」
「そうだ。最近は、あの世のほうが景気がいいらしいんで、俺の仕事場も、こっちになったのさ。さあ、お礼に、お前を、バー・リュウグウへ連れていくぞ!」
鬼は、そう言うと、どろぼうを捕まえて、腕ずくで、海の方へと連れて行った。
「おい、鬼!」
「何だ? どろぼう」
「お礼って、子どもたちを追い払ったことのお礼か?」
「それだけじゃあない。川の向こうでさんざん殴られたことにも、お礼をしなくちゃな。まさか、忘れたわけではあるまい」
こう言うと、鬼は、むりやり、どろぼうを引きずって、海の中へ連れて行った。
こうして、あの世の海に沈んだ大どろぼうは、一段とパワーアップして、この世に復活するのだった。