四次元将棋セット【ぶどうとネクター】
手数ルールを追加したので、62話の手数将棋から先にお読みください。
村人は炉場たかひろさん、傭兵はまのいさん、勇者は砂糖87さんに描いていただきました。
転載禁止。
「カレンダー将棋ってボードが全部で12枚あるのよね。使うのが1枚だけなのはもったいなくない?」
「ではこういうルールはどうでしょう」
先生がテーブルにカレンダーを3枚並べた。
「なにするつもり?」
「名づけて『四次元将棋』です」
「四次元!?」
「ディメンション・4・チェスゲーム!」
略して『D4C』だ。
3つのボードと名前からしてまともなゲームではないのがわかる。
「これ、どこが四次元なの?」
「四次元から三次元を見ると、三次元空間の時間の流れを俯瞰できるそうです」
「あー、四次元生物には三次元空間の現在・過去・未来が同時に見えるんだっけ? たしか『ネバー17』でそういうネタがあった気がする」
「どうやってプレイするのデスか?」
「一手でプレイヤーが動かせるのは過去・現在・未来のどれか一つだけ。過去・現在・未来のどの時間軸でもいいので、相手のキングを取れば勝ちです」
「これも神々が人間を駒にしてチェスを指しているイメージだな」
ボードの名前は現在、過去、未来。
ギリシャ神話の運命の三女神モイライの名前だ。
北欧神話の三女神ノルンの現在、過去、未来でもいいかもしれない。
「過去の駒を取ったら現在と未来はどうなるのデスか?」
「過去の駒を取れば現在と未来の駒も一緒に取られます」
「過去で成ったら現在と未来も成るんですよね?」
「少し違いますね。ポーンである村人がボードの端まで移動すると傭兵に成り、傭兵が成ると勇者に成れます」
「第三形態!?」
村人
傭兵
勇者
「3つの時間に分かれてますから、駒は3段階に成れるように設定しました。過去の村人がプロモーションできる位置に移動した場合、現在と未来の村人が成ります」
ホワイトボードにルールをわかりやすくまとめる。
過去の村人
成れない
現在の村人
過去の村人が成る位置に移動すると傭兵に成れる
未来の村人(傭兵)
過去・現在・未来の村人が成れる位置に移動したら、未来の村人は傭兵に成れる(未来だけはその場で上位の駒に成れる)
現在・未来の傭兵が成れる位置に移動したら勇者に成れる
過去よりも現在や未来のほうが詰みやすいということだ。
「将棋にしても面白くない? 時間を超えて持ち駒打てるし」
「……意味わかってるか? 未来で奪った駒を過去に打つってことは、同じ時間軸に自分が2人いて殺しあうってことだぞ」
「あ、そっか」
「ゲームの処理も難しくなりますね」
「たいむぱらどっくす」
さすがに自分同士で殺し合いをさせるのは無理がある。
過去の駒を取られると現在と未来の駒はいなくなるわけだが、過去に敵から奪った駒を打った場合、現在と未来にどう反映されるのかも考えると処理が難しい。
過去に打ったのだから『現在と未来の同じマスに現れる』はず。
しかしすでにその場所に他の駒がいたら、その場所に現れることはできなくなる。
□□□
□□歩←持ち駒
□□□
過去
□□□
□□歩
□□□
現在
※過去に持ち駒を打てば、現在や未来の同じマスにその駒が出現する
□□□
□□●←敵、もしくは味方の駒
□□□
現在(または未来)
※同じ場所にすでに駒がいる場合、持ち駒は盤上に出現することはできない
現在にその駒を打つことができなければ、未来でも打つことはできない。
このようにゲームの処理がどんどん複雑になるので、基本ルールはチェスにしたほうがいいだろう。
「そもそも歴史改変系のネタを突き詰めたら、現在でキングを取られても過去で相手のキングを取れば歴史変えられるからな」
「それだと現在と未来の存在意義がなくなっちゃうわね」
「そうですね。現在や未来で負けても、過去でキングを取れば勝ちになるわけですから」
「……うーん。破綻なしに歴史改変する方法ない?」
「ではクーポン制にしまショー」
「くーぽん?」
「回数券、つまり手数将棋ですね」
「いえす」
「なるほど。各プレイヤーには手数を50個ずつ配って、一手指すごとに石を一個消費する。相手にキングを取られても、そのキングが現在か未来なら、過去のキングを取ることで歴史を変えることができるわけだ。ただし手数制だから、石がなくなったらもう動かせない」
「手数が尽きて始めて勝利が確定する。いい落としどころですね」
ただし過去のキングを取ったらその時点で勝ちになる。
『過去よりも過去のボードはない』ので、過去のキングを取られたら歴史改変ができなくなるからだ。
相手のキングを取ったら、過去のキングを取られないようにタイムリミットまで逃げ回ることになるだろう。
とことんカオスな設定のゲームだ。
まあ、カレンダー将棋の時点ですでに神々の遊びなのだが。
なお、お互いに手数が尽きたらサドンデスである。
どの時間軸でもいいので、相手のキングを取ったら勝ちだ。
「喉乾いたからネクタルちょうだい」
「みーとぅー」
「あいよ」
ネクタルはギリシャ神話に出てくる不老不死の飲み物だ。
日本ではネクタルにあやかって『ネクター』という濃厚なフルーツジュースが各社から発売されている。
昔は果肉が一定量以上ないとネクターとは名乗れなかったらしいが、現在ではそういう規格は存在しない。
三途の川ステュクスの水や『黄金のリンゴ』も不死をもたらすとされている。
古代ギリシャにはわりと不死者があふれていたのかもしれない。
「じゃあ指してみましょ」
「そうだな」
今までにないルールなので、さてどうなるものかと試してみたところ、
「二重王手」
「ぎゃー!?」
過去で成れば現在と未来でも成れるので、複数の時間軸で同時に王手をかけることができた。
二重王手をかけられたら、どちらかのキングが絶対死ぬ。
過去のキングを取られたら負けなので、現在のキングを逃がすのかと思いきや……。
「……このままだと過去もやられちゃうわね。だったらこうするまでよ!」
「なっ!?」
過去のキングを見殺しにし、ダンッと新しいカレンダーをテーブルに叩きつた。
「ふふふ。カレンダーは全部で12枚。つまり最大で9枚の過去を追加できるのよ! 手数さえあれば何度でも仕切りなおすことができるんだから!」