アスペルガーアイドル
「そろそろ行くよっ」
「はーい」
みんながいっせいに返事をする。
さっきまであわただしいだけだった舞台の袖に緊張が走る。
メイクも衣装も完璧。
胸が高鳴る。
「いつもどおりやれば大丈夫っ!」
リーダーが大きな声を出す。でも、いつもより顔がこわばってるよ。やっぱ胡桃でも緊張してるんだ。そう思うと、少し気が楽になる。
「うん」
わたしは笑顔で答える。
音楽が止まり・・・・
静まりかえる舞台・・・・
観客席も水を打ったように・・・
『それでは、新メンバーを紹介します』
場内にアナウンスが流れる。
もう、いくっきゃないっ。
「がんばってねっ」
安城さんがわたしの背中をポンと叩く。それを合図にわたしたちは眩しい光の中に駆け出した。
いきなり舞台中央に魔獣のCGが浮かび上がる。
そう、最新の映像技術。ただの映像じゃなくて、実体だ。
むずかしいことはわからないけど、素粒子とかをくっつけて本当の魔獣を作り出すらしい。
わたしたちがシュミレーションに使っている機械だ。
でも、本物と違って核を壊せば、消滅する。
それに、本物ほど強くない。って言っても、実体だから攻撃が当たれば怪我をするし、訓練を受けたわたしたちじゃないと太刀打ちできない。
よい子はまねをしないでねって感じかな。わたし達は魔獣を華麗にやっつける。その姿をお客さんに見てもらいキャラの価値を高め、そして歌う。
「おつかれさま~」
舞台が終わって、楽屋に引き上げる。
先輩たちは個室だけど、わたしたちは5人一緒。
出迎えてくれる安城さんにみんなハイタッチを決める。
もう、喉がカラカラ。
初めて舞台で歌ったり、踊ったりして、
緊張の後の脱力感と充実感を感じながら、椅子に身体を沈める。
みんな思い思いの格好でくつろぐ。
「お疲れ~」
わたしの頬に冷たいペットボトルが当たる。
それを手で受け取ると、胡桃が微笑みながらわたしの横の椅子に腰をかける。
「うん、お疲れっ」
笑顔を返す。
まぁ、ちょっと間違えたけどまあまあの出来かな。
水のペットボトルの蓋を回して開け、口をつける。
おいしいっ。
胡桃はダンス中心だけど、わたしはソロとかもあるし、歌要員かなっ。
みんなと比べて戦闘力も劣るし・・・・。
でも、まあ、あこがれの舞台に立てただけでも満足。
そう、ずっと、ラブウィチーズのメンバーになることを夢見ていた。
うぅん、それしか夢はなかったのかもれない。
だって、私達は皆、アスペルガー症候群。
普通に生まれたかった。
無理もない。アスペルガーの多くは軽度自閉症傾向なのだ。社会ではどんなに努力しても落ち込こぼれに属する。頑張ってスキルを磨いても、その時間に費やした分だけ人間関係を蔑ろにするから、人との付き合い方も分からなくなる
頑張て何かを成そうとすれば、噛み合わなくて、孤立する。アスペルガー持ちになれば、人とはマジで付き合えないって気持ちになる。
世の中にはその自閉症傾向がうまい具合に作用して、興味ある世界に自閉して超集中力を発揮して、社会的に成功する人もるが、そんなのは稀である。
健常者の多くにも当てはまるのだろが、アスペルガーも多くの障害者と同じで、生まれてきた理由、役割を強く求める。わたし達はたまたまそれが、アイドルの分野だっただけのこと。
アイドルを目指すまでは、わたし達は皆、孤立していた。
わたしの場合は、皆の様に上手く友達付きあいできないのを気にして、不登校するようになってた。被害妄想なのだろうが「あなたはいらない、クラスに必要ない」と皆に言われている様な気がして、苦しく学校に行けなくなった。
いわゆる「イジメの実態がない無言のイジメ」
当事者にしか責任はなく、当事者にしか原因がないから、弱音は吐けないし、助けも求められない。
孤立した現実に欝めいたそんな時、テレビ画面に現れたのが、アイドル卑弥香さんの率いるラブウィッチーズ・・・
アスペルガーではないが、手や足のない障害を持ったアイドルグループ・・・・
ダンスして歌うだけでなく、演劇や漫才、声優もする・・・・
たちまち、彼女たちはテレビ画面を埋め尽くした・・・
歌番組、トーク番組、ドキュメンタリー・・・・
出すCDやDVDは全部ミリオンセラー・・・・
ラブウィッチーズが求める人材は障害者であること。
そして、ラブウィッチーズのメンバーになることだけが、わたしの夢になった。
わたしたちに他の夢なんてありえないし・・・
第5期メンバーの美耶子さんの存在がわたしの夢に拍車をかけた。
わたしと同じで、人間関係に向き合うのが怖くなった人で、卑弥香さんみたいな圧倒的なカリスマじゃないけど、なんにでも一生懸命で、前向き。
美耶子さんのDVDを何回もみて、歌もダンスも全部できるようになった。
あとは、美那子さんのグループに入れれば最高なんだけど・・・・
ラブウィッチーは250人で構成される。
コンサートとかレコーディングとかの時はみんな集まるんだけど、
基本的には3人一組のユニットとなって行動する。
ウィッチーズは主に4つのグループに分けられる。
お子様グループ、お色気グループ、総合グループ、新人グループの4つに分けられている。そこから更にマイナーな地方別にグループにわけられる
定期的にメンバーの入れ替えをするのだが、入りたいグループがある場合、尊重され、グループのオーディションが受けられる。
今日は、その為にメンバーの集まりがある。体育館のような場所を貸切り、総勢100人が集まり、メンバー移動が大規模に行われる
とか思ってるうちに。
美那子さんが会場に入ってくる・・・・
「お疲れ様です!」
みんな立ちあがって挨拶をする。
ここらへんは体育会系のわたしたち・・・・
上下関係はしっかり教え込まれている・・・
「うん、お疲れっ・・・」
言いながら美那子さんがこっちに近づいてくる・・・・
やっぱ美那子さんチーム???
やさしく微笑む美那子さんにわたしも微笑み返してしまう・・・・
でも、視線はすぐにわたしから外れる・・・・
「胡桃っ、わたしのユニットだよ。」
胡桃の緊張した顔が笑顔に変わる。
「えっ、わたし?」
「うん、がんばってねっ。わたしのチーム、案外きついよ。」
「がんばります!よろしくおねがいします。」
よかったね。胡桃っ・・
次に入ってきたのは、睦美さん。 お子様向け番組とかビデオで絶大な人気を誇る・・・。 わたしより背が小さいけど、23歳。
「おーい!」
両手を振って・・・・
わたしたちを注目させる・・・・
子供番組は運動系な分野なので、運動系な私を必要としているのかもしれない。
振動。
身長の小さいグループで、ダンスのオーディションをしている。小さいけどすごい迫力が伝わってくる。
わたしだけぽつんと残った感じになる。目標だった美那子さんチームには入れなかった。これからどうしよう
その時乱暴にドアが開く・・・・
そこに立っているのは愛莉さん。天然キャラでクイズ番組とかで活躍している。
っていっても、クイズが得意っていうんじゃなくて、
ほとんど正解できないおバカキャラとして。そのチームリーダー沙耶香さんは女王キャラで、トーク番組とかで、コメディアンの人たちをびびらせてる。
研修生の中ではバラエティユニットって言って、いちばん人気のないユニット・・・
沙耶香さんは厳しい人らしい。腕力もウイッチーズの中で最強といわれる。愛莉さん以外のメンバーは1期毎に変わっている。
そして、あんまり、活躍しているビデオとかない・・・
見ていたら 愛莉さんから 、お誘いが来た。
わたしの前に来て、手を差し出す。テレビで見るより、ずっと美人だ・・・・
握手する
手が震えそう。 迫力に 押される
ユニットのリーダーは大概、人を束ねるのが得意で積極的な人がなりやすい。
だから、 愛莉さんはリーダー向きなのだろけど、リーダーではない。つまり、 沙耶香さんは、もっと迫力あるということ。
愛莉さんのテレビでの印象はボーッとした感じの人。だけど、それだけでは、ウィッチーズのメンバーにはなれない。
「じゃあ、沙耶香さんのとこに行こうかっ。」
「はい」
わたしがうなづくと、愛莉さんはわたしの手をとって歩き出す
わたしはそれに付き従った。
「海崎美月です。よろしくお願いします。」
脚を組んで座ってる沙耶香さんの前で頭を下げる。
正直言って、恐いくらいの迫力。
何も言わずに、わたしをじっと見ているだけ。
愛莉さんは心配そうにわたしと沙耶香さんを交互に見る。
そういえば、研修の時に聞いた話。
沙耶香さんに気に入られなかった子。
3ヶ月で脱退したとか。
絶対、ここって場違いな感じするし。
そして、沙耶香さんが微笑む。
それにつられてわたしも微笑む。
ひきつってるけど。
「珍しいわね。普通の子がうちのユニットに来るなんて。」
「わたしも普通だよ。」
愛莉さんがふくれる。
一瞬で空気がかわったみたいになる。
「ごめん、ごめん。ここ、バラエティ組だから。」
沙耶香さんが大きく笑う。
もしかして思っていたのと違うのかも。
わたしも、ちょっとリラックスして。
「わたし、沙耶香。一応、このユニットのリーダー。あなたのことは安城から聞いてるわ。よろしくね。」
ゆっくりと手を差し出す。
わたしはその手を握って、微笑んだ。
そういえば、沙耶香さんってすごく歌が上手いんだった。
とくにバラード・・・
コンサートの中盤にソロで歌うのを何度も聞いたことがある。
アルバムとかにも必ず一曲は入っている。
基本的には卑弥香さんが作詞とか作曲とかしてるけど・・・
沙耶香さんも何曲か書いている。
そういう人と一緒に仕事できるんだって、
すごく感動かも。
それと愛莉さんも・・・・
バカだとか言われてるけど、踊りとかすごいし・・・・
すごい綺麗だし、
あこがれてる友達もたくさんいた。
だんだん気持ちが切り替わってくるわたし。
現金なもんだって自分でも思う。
そのとき、ふいに沙耶香さんの携帯が鳴る。
題名は思い出せないけど、クラシックの曲。
髪の毛をかきあげて、携帯を耳に当てる。
「はい」
沙耶香さんの声・・・・
愛利さんとわたしの携帯も鳴る。
メール着信の音楽。
もちろん、ラブウィッチーズの新曲。
まだ、ファンの気分が抜けてないわたし。
携帯を開くと、本部からのメール。
指令内容が簡潔に書いてある。
『ユニット4出動要請
場所、夢の原公園』
仕事のスケジュールだ。今組んでいる新人ユニットとの最後の公演になるかもしれない。
沙耶香さんと愛利さんは、現状のユニットメンバーを続けるつもりなのだろうが、そうなると、これから脱退する予定になったメンバーと一緒に仕事するのだろうか? 気まずそう…
と、それはマネージャーが考える仕事だ。 沙耶香さんと愛利さんのメインの仕事はテレビだし、バラバラに出演する事も多い。脱退メンバーはかち合わない様に配慮されているのかもしれない。
仕事に向かうために
エレベーターを降りると大きなワゴン車が止まっている。
黒にネオン字でラブウィッチーズのロゴが大きく書かれた窓のないワゴン。
それに乗り込む。
中に入るとスタイリストとメイクの人・・・
てきぱきとわたしたちの衣装やメイクを調える・・・
そう、わたしたちのライブは戦いと同じ。
舞台上は常にビデオで撮影されている。
公演中に編集されて、公演後に即その場でDVDとして発売される。
ワゴンが止まる。
目的地に着いたみたい・・・
スライドドアが開けられ、
わたしたちは外に飛び出す・・・・
騒然としている公園・・・・
何人ものスタッフがあわただしく動き回っている
カメラの準備をする人
スタッフはみんな同じ制服とヘルメットで、表舞台に出ることはない
ハンドマイクでしゃべっているスタッフ。年齢は30くらい
黒いフレームの眼鏡
長髪に痩せた身体・仕事の気疲れでやつれたのかもしれない。
「ご苦労様、あとは任せて・・・」
現場マネージャーが疲れた表情のスタッフの肩をぽんと叩き交代する、
そういえば今回やる戦隊劇は、過激路線だ。
戦闘相手は魔人タイプで大金槌や鞭を武器に持っている。
リアルな演技ができるように殴られた場合、それなりに痛みを感じる。怪我をする程の物ではないが、リハーサルの段階では、怖くて逃げ出しそうになった。
練習通りに立ち回って、あとは歌って踊ればいいだけ。いつものようにやるだけさ。
だけど、その日は違った。立体造形装置が不具合していて、魔獣を映像化できなかった。戦闘演劇はできなくなり、わたし達は、歌って踊って、お客さんに不備を謝罪した…
立体造形装置の不具合は、わたし達の所だけでなく、全ての装置に不具合が起こった。
世界中の装置が同時刻に壊れ
メーカーはクレームの嵐でパニックしたという。
その最中のこと、突然、立体造形装置は動き出した。勝手に起動して勝手に造形し始めた。
報道では最初に生み出されたものは槍で近くにいた人々が、串刺しにされたそう。
家庭用の比較的安価な立体造形装置は、その様な誤作動はなかったが、最新機器を持っていた富裕層や、施設に備え付けられた装置は共通して誤作動を起こした。
私には仕組みは分からないが、あんな玩具で人が死ぬなんて、正直信じられない。
問題はその装置がこの先使えない事でアイドルとしての、活動範囲が狭くなること。
戦闘シーンでお客さんを魅了できないとなると、、他のアイドルとの競争に負けてしまう。
はっきりいって、他のアイドルと比べたら私達は三流だ。
障害分野という人口数の狭い範囲からの寄せ集めなのだから。容姿端麗な一流アイドルに勝てる筈がない。
私たちは、落ちていき、元の冴えない存在になった。
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