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喫茶店で遭いましょう 作者:豆腐屋ふうか
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1品目 喫茶なみはな

 海の見える町にある喫茶店『喫茶なみはな』に今日も朝が訪れる。
 店主はカフェエプロンを着けると、店内をてきぱきと掃除していく。

 掃除を終えたのか店主は店先に看板を出し、店先を竹箒で掃き始めた。

 店先の掃除を終えると、店主は店内に戻り、退屈そうにカウンターに備え付けてある椅子に腰を掛け、溜め息を吐く。

 二時間ほど経った頃、人っ子一人入ってこなかったドアが開き、ドアについたベルがからんころんと間の抜けた音を発する。店に入ってきたのは、全身を黒で固めたそれはそれは見目麗しい男だった。
「やれやれ、今日も貸し切りかい?」
「……いらっしゃいませ」
 男の皮肉に店主は耳を貸す様子もなく淡々と男を窓際の席に案内し、薄く切ったレモンと氷の入った水をテーブルに置いた。
「転職することをお勧めするよ。この辺りなら求人広告も出ているだろう」
「する予定もない転職の心配よりも、(ヒイラギ)さんが外に出て客寄せのひとつでもしてくれる方が俺は一万倍助かるんですがね」
「はは、面白い冗談だな。私を客寄せパンダに使おうとするだなんて」
 柊と呼ばれた男は楽しげに笑う。
「さて、何を貰うとするかな」
 そう言って、柊はテーブルに乗っていたメニューを手に取り、出された水を飲みながらじっくりと読み始めた。

 「御注文はお決まりですか、柊さん?」
 頃合いを見た店主が声を掛けると柊は品書きから顔を上げ、肩を竦める。
「毎度のことながら種類が多すぎて決められない。アメリカンコーヒーと何か……そうだな、値段は気にしないから君が合うと思うものを一つ出してくれないか」
「甘いものかそうでないものかだけでも決めていただけると助かるんですがねえ……」
「それも任せる。……出来ないだろうか?」
 柊は店主を試すようにニヤリと笑う。
「……畏まりました」
 店主は微かに息を吐いてから小さく頷いた。その様子を見て柊も上機嫌でうんうんと頷く。

 しばらくすると厨房から甘い香りと珈琲の香りが漂ってくる。外を眺めていた柊もそれに気付いたのか、厨房に目を向ける。
「何が出てくるのやら」
 甘い香りが漂いはじめてから程無くして、店主が柊のもとにやって来た。
「アメリカンコーヒーとフレンチトーストでございます」
「へぇ……中々旨そうじゃないか」
 柊は満足げにコーヒーとフレンチトーストを交互に見る。きつね色のフレンチトーストには雪のように粉砂糖が振りかけられ、同じ皿に乗った生クリームには苺の果肉がゴロゴロと入ったジャムとミントが添えてあり、色彩も華やかである。
「ごゆっくりどうぞ」
 店主は一礼すると、テーブルから離れた。
「さて、いただくとしよう」
 コーヒーを一口飲んでから、柊はまだ盛んに湯気を出しているフレンチトーストを一口大に切り分ける。それを口に運ぼうとしたところでピタリと手が止まった。
「おっと、忘れるところだった」
 柊は一度フォークを置くと、小さな瓶に入ったメープルシロップをフレンチトーストにかけてから、生クリームとジャムを乗せて口に運んだ。
「ん……」
 ゆっくりと咀嚼し飲み込む。そして、二口目、三口目と立て続けに口に運んでいく。
「……うん」
 うまいともまずいとも言わず、柊はただ黙々と食べ進めていた。
「幸せそうなアホ面だな、ニャル」
 突然柊の目の前に青年が現れた。特徴的な赤い癖毛とどこか可愛らしさを感じる中性的な顔立ちをした彼は、ニヤニヤと柊を眺めている。
「喚ばれてもないのに人間の前でその名を呼ばないでくれ。聞かれていたらどうする」
 柊は青年にそっと耳打ちをする。
「お前の名前多すぎて覚えられねえんだよ。今は誰なんだ? 神父?」
「……今は柊と名乗っている」
 青年の返事に柊は呆れながら返した。
「それで? 私に何か用があるんじゃないのか?」
「別に用は無ぇ。ただ見かけたからからかってやろうと思って」
 頬杖をついて柊を眺める青年の目は、どこか楽しげである。対照的に、柊は呆れた顔で大きな溜め息を吐いた。
「……暇な奴だ」
「あ゛?」
「聞こえなかったか? 『暇な奴だ』と言ったんだ」
「聞こえてんだよ!」
 青年は勢い良く立ち上がると、柊を睨み付ける。
「君に構っているほど私は暇じゃない」
「食ってるだけじゃねえか」
「冷める前に食べたいんだ。君に構うのはそれからでもいいだろう」
 柊がそう答えると、青年は不満げな顔をする。
「……飯ぐらい、冷めても食えるだろ」
「冷めてしまっては味が落ちる」
「食えりゃいいじゃんか」
 青年は柊が何を言いたいのか理解できない様子である。
「君も人間の作る料理は一度食べてみるべきだ。飽きないどころか食べる度に新しい発見があって実に面白い」
「食事に面白いも何もねぇだろ」
 自分を食物より下に置かれたような気がしたのか、青年の機嫌はすこぶる悪い。
「嘘だと思うなら食べてみるか?」
「へ?」
「騙されたと思って、ほら」
 柊は立ち上がると、甘い香りを漂わせているフレンチトーストを青年の口元に近づけていく。一瞬躊躇ったが、青年は口を開いた。
 フレンチトーストを口にいれてすぐ、青年の目が丸くなる。そのまま何回かもきゅもきゅと咀嚼した後、喉が小さく動いた。
「…………む」
「気に入った、みたいだな」
 フレンチトーストを飲み込んだ時、青年の顔が一瞬緩んだのを柊は見逃さなかった。
「だ、誰がこんなもの!」
「そうか……君が食べたいと言うならもう一口やろうかと思ったんだがなぁ」
 そう言って、柊は青年の前でフレンチトーストを刺したフォークを左右に振る。
「いらねえって」
「そう言う割には目で追ってるじゃないか」
「うぐ……い、いらないって……!」
 図星だったのか、青年はばつが悪そうに柊から顔を背ける。
「そうか、本当に要らないか。それじゃあ私がすべて食べてしまおう」
「うぐぐぐぐ……。うぅ……」
 椅子に座ると青年に見せつけるようにフレンチトーストを食べる柊。始めは目を背けていた彼も柊の口に一切れ、もう一切れと吸い込まれていくフレンチトーストに段々と釘付けになっていた。そうこうしてる間にフレンチトーストは残り一切れになってしまう。
「本当に要らないんだな? 食べるぞ?」
「ぅ……い、いる……」
 青年は蚊の鳴くような声で呟く。
「……やれやれ。つまらない意地を張らずに最初から欲しいと言えばいいだろうに。ほら、座れ」
「うるさい」
 青年は怒ったような声音を出しつつも柊の言う通りに椅子に座り、差し出されたフレンチトーストをとても美味しそうに食べた。

 フレンチトーストの皿が空になった頃、店主が柊のいるテーブルにやって来た。
「柊さん、お皿下げても……ってあれ? 新しいお客様ですか?」
「わ、私の友人だ。鐘がなったのに気づかなかったんだろう」
「そうでしたか。今お水をお持ちいたします」
 店主は空になった皿を持つと、青年に軽く会釈をしてキッチンに戻っていった。
「ああもう、君がちゃんとドアから入らないから余計な気を回す羽目になったじゃないか」
「余計な気なら回さなくてもいいだろ」
「君は人間というものをわかってない……」
 柊ががっくりと肩を落としていると店主が水を持って現れ、青年の前にそっと置いた。
「気付かなくてすみません。ご注文お決まりになりましたらお呼びください」
「……なぁ」
「はい、何でしょうか?」
 青年は彼に頭を下げて去ろうとした店主を呼び止める。店主は注文を取ろうと伝票を用意しながら振り返った。
「俺にもこいつ……柊と同じものを」
「かしこまりました。えっと…アメリカンコーヒーとフレンチトーストでよろしいですか?」
 青年は頷く。
「……やっぱり気に入ったんじゃないか」
「気に入ってない。もう少しだけ食べたくなった、それだけだ」
 柊が茶化すと、青年は少しムッとして返す。
「その言葉をそのまま彼に言ってやるといい。きっと喜ぶ」
「フン、気が向けば、な」

 暫くして店主がコーヒーとフレンチトーストを持ってくると、柊は立ち去ろうとする店主を呼び止める。
「どうせ他の客も居ないんだし、君も少し休憩したらどうだ? 面白いものが見れる」
「面白いもの、ですか?」
 店主は首をかしげつつ隣の卓から椅子を一つ持ってきて柊の隣に座る。
「先程一口食べさせてみたんだが、大層気に入った様子でね。食べている様子を見せたくて呼び止めたんだ」
「そうなんですか、気に入っていただけたのなら良かった」
 柊に促され、店主は青年の様子を注視する。丁度彼は目を輝かせながらフレンチトーストを切り分け、一口目を口にしたところだった。一瞬幸せそうな表情を見せたが、柊と店主の視線に気付いたのか慌てて表情を元に戻す。
「……何ジロジロ見てんだよ」
「いや、君は気にせずに食べたらいい」
「そう言われても気になるもんは気になるだろ」
 青年は軽く溜め息を吐くとフレンチトーストを食べるのを再開した。青年の表情は少し居心地が悪そうで、それでいて嬉しそうで、楽しげだった。

 「……ああ、もう終わりか」
 十分もかからずに青年の前に置かれた皿は空になり、青年は少し名残惜しそうにコーヒーを飲み干した。
「気に入っていただけてよかった」
「……おう。あの、う、うまかった」
 青年が顔を真っ赤にしながら感想を告げると、店主は嬉しそうに微笑む。
「さて、そろそろ出ようか。お勘定よろしく」
 柊はそう言うと、伝票を二枚持って立ち上がった。
「待てよ、何で俺の分まで」
「君に話があるから君のペースで店を出られると困るんだ」
「話って何だよ」
 柊は後で後で、と言い、カウンターに伝票を持っていく。
「お二人で千四百円ですね」
「はい、これでちょうどだ」
「自分の分くらいちゃんと払うってば」
 申し訳なさそうに財布を出す青年を片手で制しつつ、柊は店主から伝票を受け取る。
「ありがとうございます」
 店主は笑顔で柊に一礼すると、何かを柊に渡す。
「またお越しくださいませ」
「また来るよ、おいしかった」
 そう言って、柊は青年を連れて店を後にした。

 店から出て少し歩いた人気のない道で、柊は立ち止まった。突然前を歩いていた柊が止まったため、青年は勢い余って柊の背中にぶつかる。
「何だよ急に止まって……?」
「……さて、クトゥグア。今私が何を考えているか分かるか?」
 周囲を軽く見渡してから柊は少し低い声で言う。
「どうしたんだ怖い顔して」
「君は人間に対して理解が薄い」
「理解?」
 柊は首をかしげる青年の両頬を少し強めにつねった。
「にゃう! いひゃい! いふぁい!」
「人間は肉体的にも精神的にも脆い、君が喚ばれただけで灰になるし、私の姿を直視しただけで廃人になる。人が突然現れたり消えたりするのだって彼らにとっては恐怖を感じうる現象なんだ」
 だから、と一旦区切り、柊は続ける。
「人間に触れたいなら自覚するべきだ、理解するべきだ。我々の日常は人間の非日常であると」
 青年は頬をつねられたまま、柊の言葉を黙って聞いている。
「君がわざわざやって来たってことは、人間に興味があるってことだろう?」
 柊の両手の力が少しだけ弱まった。
「君が人間に興味を持つことを咎めるつもりは無い。むしろ喜ばしく思ってる。だからこそ、人間について色々と知ってもらいたいんだ。今の君は見た目だけなら何ら人間と変わらないわけだし、人間らしく振る舞わないとむしろ不自然だろう?」
 青年が小さく頷くと、柊はほっとしたように微笑み、頬をつねっていた手を離す。
「ああそうだ。君はその姿で名乗る名前はあるのか? まさかクトゥグアと名乗るつもりじゃないだろうね?」
「ええ? やっぱりそういうの考えるべきなのか? 名乗る機会も予定もねぇぞ」
「今日の喫茶店、三回くらい行くと名前聞かれるけど?」
 柊の返しに青年は少し驚いた顔をする。
「あの人は常連客の名前全部覚えているらしいからね」
 柊はだから考えておいた方がいい、と付け足す。
「俺そういうの苦手なんだよ」
「得意そうには見えないな、確かに」
 少し考えてから、柊は妙案を閃いたとばかりに手をポンと叩いた。
「カガリ、なんてどうだろう? 明るい松って書いて明松(カガリ)
「カガリ?」
「この辺の人間の使ってる言葉で、松明とか篝火とかそういう意味だったはずだ」
 篝火、と聞いて青年はふーんと言いながら二回ほど頷く。
「ま、俺の炎は篝火なんてチャチなモンじゃあないが、折角考えてくれたわけだし、使わせてもらう」
「はは、ありがとう。それじゃあよろしく、明松」
 明松はなんとなく嬉しそうな、恥ずかしいような笑顔を柊に向けた。
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