ある契約
「どうして殺したんですか?」
「…………」
「もう一度聞きます。なぜ殺してしまったんですか?」
「すべてを終わりにしたかったから」
「どうして? 彼はあなたに良くしてくれたはずだ。殺す理由などどこにもないはず、そう思いませんか?」
「あんたに何がわかる? 人に会えば、口を開けば、みんなみんなあいつのことばかり。わたしは──わたしのことも少しでいい、見てほしかっただけだ」
「驚きましたね。嫉妬ですか?」
「嫉妬? 何を言ってるんだね、馬鹿馬鹿しい。確かにわたしは彼のことが妬ましかったかもしれない。しかし、私は子守りじゃない、あいつがいると他の自分のことができないんだよ。もううんざりなんだよ」
「金だけ手に入れば用済みですか」
「何を言うんだ! 人聞きの悪い」
「後悔してますか?」
「後悔しても遅い。死んだものは生き返らない」
「時間を巻き戻したいと思いませんか?」
「きみは何が言いたいんだね?」
「私と“契約”すれば彼を生き返らせることも可能です」
「“魂”でも差し出せというのか?」
「ずいぶん古風な言い回しですねえ。まあ、捉えようによってはそうかもしれませんね」
「…………」
「あなたが殺したあの男はそうとうな有名人だった。ファンだって多い。このままではあなたの罪はこの先一生、いや、あなたが死んでからも世間から攻め続けられますよ? いいんですか、それでも?」
「私は彼を滝壺に突き落としたんだぞ! 既に溺死か、全身打撲、バラバラ……どうしてそんなヤツが生き返る?」
「大丈夫、なんてったって彼は頭脳明晰。乗り越える術を知っていたということにして。ではドイルさん、次回からは私どもの出版社で“ホームズ”を書いて頂けますね?」