第七章 “If You Please,”〔7〕
賑やかな声が飛び交う、キャンプファイヤーの周囲の人ごみに紛れて、タカシは立っていた。さっき私に告白したその場所で。唯一タカシだけが、棘のある空気をかもし出していた。
私の姿を認識するなり、タカシが不愉快な表情をあらわにする。近くまで行った私は手首をつかまれ、強引に連れて行かれた。その手の力は、痛いほどに強い。
いつかこんな風に、先生に手をひかれ連れて行かれたことがあった。けれどもタカシの手は、先生のそれよりもずっと乱暴だった。
「またアイツ……月原かよ」
人気のない裏庭に着いたところで、タカシが苦々しげにもらす。ようやく解放された私の手首は、少しだけ赤くなっていた。
タカシの声が 愛しい名前を紡いだことに、どきりとする。けれど図書室でのことは、知られているはずがない。そう自分に言い聞かせ、私は冷静を装う。無表情のまま黙っている私に、タカシがたたみかけてきた。
「何考えてんだよ……。もう何度も言ってるけど、あいつは教師だぞ」
「私が誰を好きでも、タカシに関係ないでしょ?」
揺るぎない私の声は、タカシの神経を逆なでしたらしかった。タカシの苛立った声が少し大きくなり、私にふりかかる。
「どうしてわかんないんだよ! あいつは教師で、おまえは生徒だ。ちょっと考えれば、どうなるかわかるだろ!?」
一番言われたくない、痛いことだった。それでも揺らがない私の心。今さら納得して先生を好きなことをやめられるくらいなら、あんな苦い思いをしてまで 想いを貫こうとなんてしない。
私が表情を動かさないので、タカシも少し冷静さを取り戻した様子だった。けれどもまだ強い視線で、タカシは私をとがめるように見ていた。
「お前にふられて、あきらめようとも思った。だけど見過ごすことなんてできない。お前が好きだから……そしてお前の好きな相手が、他の誰でもなくアイツだから。だからお前に嫌われても、オレは絶対に許さない」
言い終わると同時に、タカシはズボンのポケットからスマートフォンを取り出し、私に向かってその画面を突き付ける。見せつけられた画面の中の写真を認識すると同時に、息がとまるほどの衝撃を覚えた。
声にならない声が、上手く出せないまま喉のところで引っかかる。それは、ついさっきの図書室の場面だったのだ。抱きしめられた私の背中。私は後ろ姿だから誰かわからないけど、制服はしっかりと映っている。図書室は二階なのに、窓の外から巧妙にズームで映してあるようだ。
告白された後、後をつけられていたのかもしれない。あのシーンをどこから目撃したのかはわからないけど、窓から室内が見える位置まで移動し、撮影したんだろう。
とにかく過程なんてどうでもいい。写真に正面から映ってしまったのは私じゃない。この写真が出回って、被害を受けるのは私じゃない。被害を受けるのは私でなく、ほかならぬあの人――……少しぼけてはいるけれど、見れば月原先生だとわかってしまう。
勝ち誇ったような目をして、タカシが意地悪い笑みを浮かべる。
「勤務中に女子生徒と。こんな写真、公表されたら失職は間違いないね」
「やめて!」
いつもよりも強い口調で、私はタカシを制した。自分の顔が強張っていくのを感じながら、私は恐怖していた。何よりも恐れていたことが今、目の前に突きつけられている。
タカシの手からスマートフォンを奪おうとしても、あっけなくかわされる。どうしたらいいのだろう。あんな写真、すぐに消してしまいたいのに。
「窓際であんなことするなんて、迂闊だったな」
「……」
無力な私は、タカシを睨みつけることしかできない。けれどもこんな卑怯な手まで使っておいて、タカシは私に睨まれただけで 簡単にひるんだようだった。
「オレのこと、悪役だって思ってるんだろ。だけどオレからしたら、あいつのほうが悪役だ。被害を受けるのは教師だけじゃない。問題を起こした生徒がどんな目にあうか……お前なら想像できるだろ?」
苦々しさを吐き出すように、少しうつむき加減でタカシが言った。タカシは私のことを思ってやっているのかもしれないけど、こんなやり方、信じられない。
私がどうなろうと、そんなことはどうでもよかった。だけど先生は違う。誰よりも愛しくて、そして誰よりも――大切なひとなのだ。
「約束しろよ。これを公にされたくなかったら、二度とあいつに近寄るな」
タカシの冷たい声が、宣告のように私にふりかかってきた。