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嘘つきカレン

作者:小宮山蘭子
この作品は「犯罪が出てこないミステリー企画」にて大賞をいただきました。
ありがとうございました☆

商店街の隅に、『ヴィータ』という名のピザ屋がある。
青いストライブの大きな日よけがあり、その下に三人掛けのウッドチェアーがあった。
客はそこに座って、通りを眺めながらピザが焼きあがるのを待つ。
店先には古いカセットデッキが置かれていて、一日中カンツォーネが流れていた。
初めて耳にするようなマイナーな歌から、『帰れソレントへ』や『サンタルチア』といった有名どころまで。
CDにはないこもった感じの音が新鮮で、なんとなく心地よかった。
が、テープの片面が終わってしまうと、ガチャッ!と再生ボタンをはじき返して止まってしまう。
すると、店主のカレンさんが出て来て、テープをひっくり返して入れなおし、またスタートボタンを押すのだ。
鷹揚(おうよう)なメロディが再び流れ出す。


今日も僕は、道を挟んだ向かいの2階からぼんやりそれを見ていた。
カレンさんが僕に気づき、
「お勉強は? 休憩中なの?」
と、微笑んだ。遠目でもはっきり見えるほど、そばかすだらけの顔。
「ええ、まあ」
すると真顔で、
「わからないことがあったら、私に聞いていいわよ。これでも、ハーバード大学出てんのよ、私」
と、言った。
(はいはい、今日は『ハーバード大』ですか)
僕は心の中でそう吐き捨て、軽く愛想笑いを浮かべて会釈すると、すぐに部屋に引っ込んで受験勉強を再開した。

カレンさんの『嘘』を聞かされるのは、珍しいことじゃない。


わずか150メートルほどの通りに、魚屋・肉屋・八百屋・大衆食堂など10数店がひしめきあっている『光町商店街』
母がその一角で父の遺した小さな文房具屋を営んでおり、一人息子である僕は今年受験に失敗し、自宅から予備校に通いながら浪人生活を送っている。
勉強に疲れると、2階の出窓に腰掛けて商店街の往来を眺めている。
カレンさんが向かいの空き屋に『ヴィータ』を開店したのは、1年前のことだ。
カレンさんの手作りピザを店頭で売っている。メニューはだいたい5〜6種類。
店員は彼女一人きりだから、デリバリーはしない。
と言っても、味は上々なので、わざわざ足を運ぶ固定客がたくさんついているようだ。
ウッドチェアーにはいつも誰かが座っていて、ピザを待っている。
カレンさんは夕方7時になると店を閉め、ママチャリで帰っていく。
以前あとをつけた人もいたけど、駅前あたりで必ず見失うらしく、未だに自宅がどこなのか誰も知らない。家族や友人らしき人が訪ねてきたこともない。
なんとなく謎めいていたので、最初は商店街の中でいろいろな噂が立った。
どこかのお金持ちの愛人? とか、指名手配者では? とか。
正義感が強い母さんは「変な噂立てるもんじゃないわよ」と眉をひそめ、カレンさんに進んで声をかけ、彼女がこの光町商店街になじむよう気遣っていた。

ある日、八百屋の女将・田上さんがカレンさんのピザを買いに来て、出身や家族構成などさまざまなことを尋ねた。すると、
「出身はシチリア島。両親は亡くなりました。二人の兄がニューヨークに。母は京都の人でしたが、父親はイタリアのカルロス王朝の末裔です」
と、真顔で答えた。
「あははは。面白い人ね、」
「……本当ですよ」
少し不愉快な顔になった。田上さんはあわてて、
「あら、ごめんなさい。す、すごいのねぇ」
ひきつった顔でそう言うと、カレンさんは微笑んで、
「ありがとうございます」
……まさか。
信じられない、嘘に違いない……商店街は騒然となった。
だって、カレンさんはどこからどう見てもコテコテの日本人。
色白で鼻筋は通っているけど、細い一重瞼の目に、そばかすだらけの頬。
いつもおさげにしている髪は、カラスの羽のように真っ黒。
やせ細った貧弱な骨格には欧米人の香りなど微塵も感じられない。
ハーフだけならなんとか思い込もうと努力できても、どこから出てきたのか『カルロス王朝』
どうしても過去をしゃべりたくないなら、何を聞かれても黙っているだろ?
田上さんに収穫がないことも、みんなには想定内のことだったし。
なのに、大のオトナが真顔で堂々と嘘をつくなんて……みんなどん引き。

けれどその後も、面白がっていろいろ尋ねる人がいたら、カレンさんはこんな感じの話を放ちまくった。

「豪華客船で世界一周したことありますよ。楽しかったわ」

「小さい頃、エリザベス女王にお会いしたことがあるんです」

「母の形見に1億のダイヤをもらったのですが、物騒なので貸し金庫に」

「脇役だけど、映画に出たことがあります。有名な作品じゃないから恥ずかしいけど」

「体に大きな傷があるので、もう水着は無理です」

「でも、ここに来る前は、銀座でナンバーワンのホステスでした」

「車はほとんど運転しませんが、セスナ、操縦できるんですよ。でも、披露する機会はなさそうね」

少しでも突っ込んだ質問をすると、
「ああ、ごめんなさい。ピザが焦げちゃいそう。またいつか」
とかなんとか言って、店の奥に引っ込む。
尋ねた人は「やっぱりね」と、呆れ顔で『ヴィータ』を出てくる……というのが、いつものパターンだ。
そんなスーパーウーマンなら、こんな小さな商店街でピザなんて焼いてるわけないじゃん。
とんでもない嘘つき。妄想癖のある頭のおかしな女。
「でもさすがに、宇宙人とか超能力者とかは言わないんだな」
僕が笑いながらそう言うと、母さんは不機嫌そうに、
「だから何よ。嘘には変わりないんだから」
最初はやさしく接していた母さんも、今はろくに挨拶もしないほどカレンさんを敬遠しており、1年経った今、彼女に気安く声をかける人はいなくなっていった。
それでも、カレンさんは黙々とピザを作り続け、黙々とカンツォーネのカセットテーブをひっくり返した。
なんといってもピザは美味しいので、客だけは切れなかった。


ある春の日の夜、けたたましいサイレンが商店街に鳴り響いた。
あわてて窓をあけ、通りを見下ろすと、救急車が『ヴィータ』の隣のたばこ屋の前に停車したところだった。
そこに、カレンさんが立っていた。
「この店の奥です」
と、隊員を誘導していたので、救急車を呼んだのはカレンさんだと思われた。
しばらくすると、数人の救急隊員がタンカーを持って出てきた。
たばこ屋のアキばあちゃんが横たわり、酸素マスクをつけていた。
アキばあちゃんは一人暮らし。とうの昔にダンナさんと死別し、不幸なことにたった一人の子供も早死にしてしまって、身寄りはない。
カレンさんが通報したということは、具合が悪くなったときにそばにいたのだろうか? 
でも、どうして彼女が?
時計は9時を回っていた。『ヴィータ』は閉まっていている時間なので、普段なら彼女はこのあたりにはいないはずなのに。
いつのまにかたばこ屋の前には数人の野次馬が出ていて、みんなカレンさんのことを不思議そうに見つめていた。
その中にパシャマ姿のうちの母さんもいた。
肉屋の『伊吹』のオヤジが、「どういう状態?」と尋ねると、隊員の一人が「心臓発作のようですね」と答えた。
母さんや他の奥さん連中が、
「ああ、そういえば、ばあちゃんはもともと心臓弱いって言ってたわ」
と、心配そうに話している。
皆で集まって相談した結果、光町商店街の組合長である伊吹のオヤジが、ばあちゃんに付き添うことになった。
本来なら付き合いの深い母さんの役回りだが、パジャマを着替える時間はなかった。
救急車が去った後、母さんがカレンさんに近づき、「あなたが見つけたの?」と問うと、
「ええ……おばあちゃんを訪ねたら、返事がなかったので中に入ると、廊下でうずくまっていたんです」
「どうしてアキばあちゃんの所へ?」
「時々、おばあちゃんにお料理を届けていたんです。一人暮らしで不自由だろうと思って…」
「え? そんなことしてたの? 全然知らなかったわ。アキばあちゃんから聞いたことなかったし、届けるところを見たこともなかったし」
母がいぶかしげにそう言うと、カレンさんはしばらく黙っていた。
その間、ほんの数秒間だったけれど、近くにいた人たちは皆、彼女がまた本当のことを言わず、嘘をつくかもと不安になったようだ。実際、僕がそうだったから。
『人様の緊急事態にふざけたことを言うようなら、怒鳴りつけてやるぞ』
自転車屋の竹さんがそう言わんばかりに、彼女の真横でじっとにらんでいた。
やがて彼女は、
「届けたのは、ほんの2〜3回です。意味はありません。本当に不自由だろうと気になっていただけで」
と、小さく言い、
「おばあちゃん、私の煮つけがおいしいととても喜んでくれて……私、もう母がいないから、そういうことに憧れてて……」
と、涙声になった。
それは、今までに見たことのないカレンさんだった。
とても自然な感じで、肩すかしを食ったみたいだった。
竹さんも「コホン」と咳払いをし、そっと後ずさりした。
他のみんなもなんとなく拍子抜けしたのか、すぐに散り散りになり、家に入っていった。
母さんは僕を見上げ、「あんたもさっさと勉強に戻りなさいよ」と、当たるように荒い声で言った。
カレンさんは一人残り、救急車の去った方を見つめてしばらく佇んでいたが、やがてママチャリにまたがり商店街の外に消えて行った。

アキばあちゃんは10日ほど入院して、すぐに戻ってきた。
軽い心筋梗塞を起こしていたらしいが、命に別状はなく、黙って座っているだけの店番にもすぐに復帰できた。
周辺の人たちはすぐにアキばあちゃんのところへ飛んでいき、あの夜のカレンさんの言葉に嘘はないか裏づけを取った。
「そうだよ。カレンさんは時々肉じゃがとかシチューとか届けてくれてねぇ。やさしい人だよ。あの人がいなかったら、あたしゃ死んでたかもしれないよ、ホント」
と、手を合わせた。
「あの人を疑うなんて、失礼だよ、まったく……そんなんじゃなくて」
ばあちゃんは言葉を続けた。
「あの日の夕方、来ただろ、あいつら。あたしゃ、あれで気分が悪くなったんだ」
「ああ、あいつらか。来たよ、うちにも」
伊吹のオヤジ、竹さん、大衆食堂の店主・ツネさんが頷いた。
「アキばあちゃん、倒れたのはあいつらのせいか! 慰謝料請求してやれ!」
「全くしつこいよな。胸くそ悪い」
『あいつら』とは、ここの商店街の立ち退き話を勧めている建設会社のやつらだった。
この光町商店街を全部取り壊し、大型のマンションを建設するという話が持ち上がったのは、去年のことだ。
建設業者と商店街の組合で何度か話し合いが持たれたが、物別れに終わっていた。
どの店も立ち退きには応じないという意見で一致していた。
「もしも、地上げ屋みたいなのが押しかけてくるようになったら、どうしようかと不安になってね」
ばあちゃんが目を伏せて言うと、
「そんなもん、みんなで追い返せばいいさ」
ふとっちょのツネさんが腹を揺すって笑ったが、みんな黙り込んだままだった。
二階の窓でそんなやりとりを聞いていた僕は、ふっと『ヴィータ』に目を移した。
ちょうどテープ取替えのために、カレンさんが店先に出てきたのだ。
彼女はすぐに店内に戻らなかった。
たばこ屋の前の井戸端会議に、じっと耳を傾けているようだった。
(カレンさんも、やっぱり立ち退きのことは気になるのかな……)
彼女はアキばあちゃんの病院にも何度か見舞いに行っていたようだ。たばこ屋が再開した日もばあちゃんと談笑している姿をみかけた。
その後、カレンさんが身寄りのないアキばあちゃんに優しくするのは「遺産目当てじゃないか?」という人もいたらしいが、そんな噂もすぐに立ち消えた。
ばあちゃんは年金とたばこの売り上げで細々と暮らしているという感じで、狙われるような財産はないらしい。

「嘘つきカレンさん、案外いい人なんじゃない?」
僕がそう言うと、母さんは計算機を叩きながら、
「さあね。あいかわらず言ってることは大袈裟だけどね。昨日もピザを買いに来た女子高生に『子供の頃、白いライオンの赤ちゃんを飼ってた』って言ってたわ」
そして、手を止め、
「ほんっとに謎だわ、あの人」
と、ため息混じりにつぶやいた。
でも、僕はぼんやりと思っていた。
ホントのことを言って涙ぐんだあの夜のカレンさんが、一番ミステリアスに見えたんだって。

それから一ヶ月ほど経った頃、また新たな事件が光町商店街を揺るがした。

母さんに店番を頼まれたので、僕は店先で英単の暗記をしていた。
そこへ、母さんと親しい豆腐屋の奥さん・秀子さんが駆け込んできた。
「ちょっと、聞いてちょうだいよ!!!」
かなり取り乱していた。
「母さんは今出てるけど……どうしたの?」
「あんたでもいいわ。聞いてよっ! ウチの人に……女がいたのよぅぅぅ」
秀子さんはそう言うと、いきなりオイオイ泣き出した。
「ホステスなの。私たち夫婦に別れてほしいって言い出したらしくて……今日、乗り込んでくるのよぉ」

帰宅した母さんは、秀子さんに付き添って豆腐屋に向った。
面白そうなので、僕もそっとあとをつけてみた。
ご主人の武夫さんは、奥の畳の間で布団を被って寝ていた。
「最近帰りも遅いし、貯金も減ってると思ってたら、その女の店に通い詰めてたのよ! このバカ!」
「うるせぇ! ただの浮気だよ! 遊びだ! 男の甲斐性だろうが!」
「相手の女はあんたと一緒になる気なんでしょ?! 何が遊びよ!」
二人は激しくののしり会い、つかみあった。
母さんや、駆けつけてきた伊吹のオヤジが引き離した。
「落ち着けよ!」
その瞬間、
「ごめんください。武夫、いる? マナミよー」

豆腐屋の狭い和室に、武夫さんと秀子さん、相手の女・マナミと、伊吹のオヤジ、うちの母さんが顔をつき合わせて座っていた。
マナミという女が、煙草をふかしながら武夫さんに言った。
「女房と別れて、私と一緒になるって言ったわよね」
武夫さんは背中を丸めて、「い…言ったかな?」と小さくこぼした。
「言ったわよ。何もかも私にくれるって、言・い・ま・し・た」
すると秀子さんは、鬼のような形相で、
「あー、どうぞご自由に。その代わり、何もかもとは行きませんよ、慰謝料として、この店は私がもらいますから、あんたは荷物まとめて、ここからさっさと出て行ってちょうだい」
「ちょっと秀子さん、そんなこと!」
母がいさめると、秀子さんは
「こんなバカ、このあばずれに熨斗(のし)つけてくれてやるわよ!」
「秀子ぉ」
さっきまでの勢いはどこへやら、武夫さんは哀願するような声。
「俺はおまえと別れる気は……」
今度はマナミが声を荒げ、立ち上がった。
「なんですって!? 私を騙したの?」
そして「きぃー!!!」と奇声を発しながら、近くにあった灰皿やら湯飲みやら投げ散らかした。
僕は、それを豆腐屋の店先からニヤニヤしながら見ていた。
(うわ〜修羅場だぁ……)
すると後ろから
「文房具屋さん、お客さん来てるみたいですよ」
と、声がした。振り返ると、カレンさんが立っていた。
「あ、そうですか……」
(いいとこなのになぁ)……僕がすぐには動かないでいると、
「どうしたの?」
カレンさんはつま先立って、僕の肩越しに豆腐屋を覗き込んだ。
そして、ハッと驚いた表情になり、突然ずんずん豆腐屋の中に入っていった。
(え?)
カレンさんは暴れている女に近づくと、いきなり髪をわしづかみにし、その頬を平手打ちした。
「マナミ、なにやってんの?!」
(えーーー!?)
皆、静止し、ぽかんとして二人を見た。
(知り合い?)
マナミは肩で息をしながら、じっとカレンさんを見つめ、
「カレンさん? どうしてここに?」
「私のことはどうでもいいのよ。あなた、みっともないまね、やめなさい」
「だって……私、武夫のことホントに好きになっちゃったんだもの。奥さんになりたいんだもの」
と、涙をポロポロこぼして膝をついた。
カレンさんは静かに言った。
「わかってるでしょう? お客さんを好きになってその家庭を壊すなんて、一流のホステスがやることじゃないわ」
「ナンバーワンでモテモテだったカレンさんには、私の気持ちなんてわかんないわ」
(えーーーーーーーー!?)
「ナンバーワン?!」
伊吹のオヤジが、素っ頓狂な声を挙げた。
母さんも豆腐屋夫婦も、水でも浴びたようにびっくりした顔で固まっている。

『ここに来る前は、銀座でナンバーワンのホステスでした』
あれは、嘘じゃなかったのだ。

結局、カレンさんはマナミを別室に連れて行き、懇々と説教をし、身を引く決意をさせたのだった。
マナミは「お騒がせしました」と、しおらしく頭を下げた。
そして、武夫さんに「さようなら」と囁くように言って、豆腐屋を出て行った。

僕は追いかけ、商店街の端でタクシーを拾おうとしているマナミに声をかけた。

「カレンさんが店にいたのはほんの一年くらいだったけど、私、ずいぶん可愛がってもらったわ。辞めたあと行方はわからなかったけど、こんなところないたなんてね」
「本当だったのか……彼女、売れっ子だったんですか?」
「ええ。性格も良かったし、今はノーメイクで別人みたいな感じだけど、当時はとってもお洒落で綺麗だったしね。ハーフだし」
「うーん……ハーフに見えないけど」
「だからぁ、お化粧すると全然違うのよ。色っぽいし。いいとこの出って感じで、品もあったし」
「いいとこの出なら、なんで水商売してたんだろ。今もピザ屋だし」
「そのときは『ここで人を探してる』って言ってたわ。急に辞めちゃったのはその人が見つかったからじゃない? って、みんなで話してたのよ」
「誰を探してたんだろ……」
「すごく恩のある人って言ってた。命の恩人みたいな感じじゃない?」
「人探しなら、警察とか探偵とかに頼めばいいのにな」
「私もそう言ったの。そしたら、『私がその人を探してることを誰にも知られちゃダメなの』って。よくわかんないけど。その人、ここにいたのかな」
「この商店街に?」
「うん……自分のことで精一杯で、聞き忘れちゃった。あ、タクシー!」
マナミさんはさっさとタクシーに乗り込み、去って行った。
そして、二度と現れることはなかった。

アキばあちゃんに続き、豆腐屋夫婦の危機もカレンさんに救われた。
しかも、『銀座のナンバーワンホステス』が、真実だった。
光町商店街の人たちのカレンさんを見る目は少し変わっていたが、『元ホステス』という過去はオバチャンたちには受け入れがたいようだった。
あのマナミさんと同じようなタイプかも、いつかウチのダンナが……なんて、変な心配にかられる人もいるようだった。
でも、豆腐屋の秀子さんは毎日のようにピザを買いに来たし、伊吹のオヤジも
「これ、昨日の残り物だけど、よかったら使ってくれよ」
と、ハムやウィンナーを持ってくるようになった。
でも、カレンさん本人は変わることなく、飄々(ひょうひょう)とピザをこね、カンツォーネを流し続けた。

ある日、僕は意を決して『ヴィータ』に足を運んだ。
これまでも何度かカレンさんのピザを食べたことはあったが、いつもは黙って代金を渡し、すぐに家に引き返していた。
だがその日は、少し彼女と話をしてみようと思った。
英語のテキストを持って行った。

「え? 英語の問題?」
「はい。どうしてもわからなくて……カレンさんなら解けるかなぁって」
僕は一つの問題を指差した。
去年のセンター試験に出た筆記の問題で、最も正解率の低かった難題だった。
カレンさんは黙って目で文字を追い、ものの2〜3分で次々に答えを書いていった。
「すごいですね」
「そうでもないです。それより、今日はどのピザにする?」
「あ、そうでした……シーフードを」
カレンさんは「ちょうど釜から出したところよ」と言いながら、シーフードピザを鉄板からはがした。そして、唐突に、
「ねえ、立ち退きの話って、進んでるの?」
と、尋ねてきた。
「どうかな。あまり詳しくは知らないんですけど」
「ふぅん」
「カレンさんも立ち退きには反対ですか?」
「さあ、よくわからないわ」
「あの……それはそうと、前から聞いてみたかったんですけど……」
そうは言ったものの、僕の頭の中にいろんな言葉が飛び交い、一瞬どれをチョイスしていいか迷った。
「ん?」
「どうして、カンツォーネばかりかけてるんですか? イタリアって感じで、ピザのイメージにあうから?」
「ああ、それはね…」
カレンさんは手を止め、宙を見つめた。
「もともと聴いてはいたんだけど、昔の彼が好きだったから、私もこればっかり聴くようになってね」
「昔の……どんな人ですか?」
「素敵だったわよ。ふられちゃったけどね。で、私と別れたあと、ハリウッドの女優と結婚したわ。悲しかった」
「そ、そうですか」
「向かいで音楽流してるの、勉強の邪魔にならない?」
「いや、全然。僕も気に入ってます」
「それならよかった」
カレンさんは唇の端をちょっとつりあげて、薄く笑った。

僕はその夜、インターネットで『イタリア・カルロス王朝』を検索してみた。
確かに、19世紀までは存在していたそうだか、その末裔についてはどこにも詳しい記載はなく、何もわからなかった。
ハーバード大学の卒業生名を調べる術もなかった。
(やっぱり直接聞けばよかったんだよ)
セスナでも豪華客船でもライオンでも、尋ねることはいっぱいあったのに、よりによってどうしてカンツォーネのことなんか…
(しくじったな)と、頭をかいた。
まあ、結局はかわされて、何もわからなかったかもしれないけど。
やがて、トントンとノックする音。すぐに母さんが入ってきた。
慌てて数学の問題集を広げた。
「ねえ、私見ちゃったのよ」
「何を?」
「今日の夕方、カレンさんが、駅前の喫茶店で男の人と会ってたのよ」
「男の人?」
「その男……立ち退き話にくる、業者の男だったのよ。間違いない」
「なんで? カレンさんがそんなとこで」
「あそこなら、ここの人たちに見られないのよね」
「どんな感じだった?」
「笑ってたのよ。だから気になったんだもの」
「にこにこ?」
「にやり……って感じかしら」
母さんは顎を引いて、じいっと僕を見つめた。
「ねえ、もしかして……」
僕も黙って見返した。二人とも、同じことを考えていた。
もしも、彼女が業者とつながっていたら?
つまり、地上げ屋からスパイとしてここに送り込まれたのだとしたら?
ありえない話じゃない。
カレンさんが『ヴィータ』を開店したのが、ちょうど1年前。立ち退き話が持ちあがった直後だ。
「思えば、彼女一度も立ち退きの話し合いに来たことないのよね」
「アキばあちゃんにやさしくしたり、豆腐屋夫婦を助けたりしたのは、みんなに取り入って、立ち退きをそそのかすため……」
「でも、それならなぜあんな嘘ばっかり? かえって、顰蹙(ひんしゅく)かってるわよ?」
「素性がハレないよう、煙に巻くため……とか」
「でも、ホステスだけはホントだったじゃないの」
「それだけがホントで、あとはウソとか」
「そうねぇ。ホステスはありそうだものね」
「少なくとも頭はものすごくいいよ。ハーバートかどうかは確認できないけど」
アキばあちゃんが倒れた日、業者が訪ねてきていた。その日、カレンさんもばあちゃんの家へ。
マナミさんの話によれば、カレンさんは恩人を探していた。その相手がマンションの建設業者で、恩返しのため協力している……という展開も想像できる。
その『人探し』は公にできないと言ってたらしいから、何か危ないこと……裏社会とか闇業者とかに絡んでいる可能性もある。
「確か、体に傷があるって言ってたよね」
「ああ、そうそう。それを理由に、商店街の温泉旅行断ってきたんだもん」
「それって、なんかヤバい傷だったりして……」
「ええー? まさか極道の妻みたいな感じ?!」
そうやって、母さんと僕はどんどん妄想を膨らませて行った。
けれども母さんは最後に、「もうしばらく様子をみてみようか」と言い、カレンさんと業者が会っていたことはしばらく黙っているつもりだと付け加えた。
そのかわり、暇さえあれば、まるで刑事の張り込みみたいに『ヴィータ』を観察するようになった。

僕は、なんだかとても落胆していた。ひどい裏切りにあったような気分だった。
カレンさんが本当にスーパーウーマンで、皆を救う善人であってほしい……僕の中にそんな感情が芽生えはじめていたのだと思う。その矢先の出来事だったから。
以来、それまで心地よく感じていたカンツォーネも、とても不愉快に思えるようになった。
僕はのっそりと立ち上がり、窓をガーンとたたきつけるように閉めた。


けれどもそれから数日後、カレンさんを取り巻く環境は一変し、一連のことは劇的な幕切れを迎えることになった。

『ヴィータ』の定休日は毎週水曜日だった。
ところがその週は、『しばらくお休みします』という貼り紙がされ、店はずっと閉まったままだった。
先週末あたりから、カレンさんはチラリとも姿を見せなかった。
業者とつながっていることが他の人たちにもバレて、ここにいられなくなって逃げたか?
母さんとそんなことを話したが、みんなも「どうして?」と噂しあっていたようだから、理由は他にありそうだった。

ある昼食時、アキばあちゃんがフラリとうちにやってきた。
ばあちゃんもカレンさんのことはずいぶん気にしていて、
「熱でも出して、寝込んでるんじゃないだろか」
と、不安気に言った。そして、
「事故なんかにあってないといいけど……あの人見てると、不思議と陽子を思い出すんだよ」
陽子さんは、アキばあちゃんの亡くなった娘さん。
「もうすぐ7回忌だよ」
「もう6年も経つのね。あんた、陽子ちゃん覚えてる?」
母さんに聞かれて、僕は
「うん、おぼろげだけど」
10年位前まで、だはこ屋に住んでいた陽子さん。幼い頃、遊んでもらった記憶がある。
背がすらりと高くて、とても綺麗なお姉さんだった。
「雨の日に高速道路なんて走るもんじゃないね。年とってからやっと授かった子だったのにね。先に逝っちまうなんて、親不孝者だよ」
ばあちゃんは顔をくしゃくしゃにしてつぶやいた。
雨の夜、東名高速でスリップ事故を起こし、フェンスに激突。
亡くなったときは、まだ30歳だった。
「それでね、ちょっとあんたたちに見てほしいものがあるんだよ」
ばあちゃんは一通の封筒を差し出した。中には、
「お嬢様の7回忌法要によせて」
という短いメッセージカードと、100万円の小切手が添えられていた。
「100万?!」
「ああ、あたしもびっくりして、また発作がおきるかと思ったくらいだよ」
「いったい誰から?!」
僕たちも驚いて小切手の名義人を見た。
それは、ばあちゃんも初めて見る名前だという。
「陽子さんの生前の知り合いとか?」
「あたしもそう思って調べたんだけと、どこにもそんな名前はなくて……」
母さんと僕は顔を見合わせた。
「ただ、ちょっと思い当たることがあってね」
ばあちゃんはもう一通、手紙を差し出した。
「この字と、似てないかい? あんたたちに確かめてもらおうと思って」


その翌週の土曜日、急遽、光町商店街の寄り合いが開かれることになった。
でもそれは、これまで商店街の人たちが自発的に開いていた会合ではなく、外部からの働きかけによって招集されたものだった。
うちにもその案内文書が届けられた。
差出人は『弁護士 片岡慶介』
「マンション建設の関係だよ、きっと」
僕も母さんと一緒にその寄り合いに出席することにしたが、アキばあちゃんは「立ち退きのことは気になるが、なんとなく行きたくない」と、言っていた。

そして、予想通り、話し合いは立ち退きの件についてだった。
ところが……

寄り合いの会場であるツネさんの食堂の二階は、商店街の人たちで満杯になった。
そこでは、スーツ姿に縁なし眼鏡をかけた紳士が、みんなを待っていた。
「突然のご案内にもかかわらず、たくさんの方にお集まりいただき、誠にありがとうございます。私が弁護士の片岡です」
僕は母さんの耳元でささやいた。
「カレンさん、やっぱり来てないね」
だが、母さんは返事もせず、じっと弁護士の声に耳を傾けていた。
「あんた、誰に頼まれてみんなを集めたんだい?」
伊吹のオヤジがちょっと強い口調でそう尋ねると、片岡弁護士は穏やかな表情のまま、委任状を取り出して提示した。
「申し遅れました。私は『加賀美 麗子』という方の代理人です」
「誰、それ?」
みんな首をかしげた。
だが、僕にはその瞬間、雷に打たれたような衝撃が走った。
母さんも同じだったと思う。僕の手をつかみ、
「ちょっと、まさか」

片岡弁護士の話に、ツネさんの小さな食堂は大きく揺れた。
「私の依頼者である加賀美さんが、立ち退き業者と直接会って交渉された結果、ここにマンションを建設するという話は白紙になりました。光町商店街のみなさまは、これまでどおりここで営業を続けていただけることになりました」
いっせいに歓声があがった。でも同時に、大きな動揺も走った。
「あいつらがあっさり手を引くなんて、考えられない」
「どうしてその人がそんなことできるの?」
片岡弁護士は皆をなだめるように、笑顔で答えた。
「加賀美さんが資産の一部を提供され、業者にはマンション建設のため別の場所に土地を誘致されました。加賀美さんはこの商店街の方に大変な恩義を感じていらっしゃり、今回ぜひ、このような形で恩返ししたいと申されまして……」
一同、キツネにつままれたように顔を見合わせた。
けれども、僕は、そしてきっと母さんも、みんなとはまったく違ったところで、驚きに震えていた。
ふと横を見ると、母さんは涙ぐんでいた。
会場のいたるところで、皆、顔を突合せボソボソと相談しあっていた。
「その加賀美さんとやらに、会うことはできないのかい? 恩義を感じてるって言われても……俺たち、誰も心当たりねぇんだけど」
伊吹のオヤジがそう言うと、片岡弁護士は静かに答えた。
「残念ながら、その詳細は私の口からはお話できません」
「そんな……」
次の瞬間、僕は立ち上がった。
「あの!」
「はい?」
「あなたはその人の弁護士だから話せないかもしれないけど、僕はその人と何も約束してないから、話していいですよね?」
「は? どういう意味でしょう?」
「僕は、全部わかりました。加賀美麗子さんという人の正体も、ここの人に『恩がある』の意味も」
片岡弁護士は困った顔をして、黙りこくった。
母さんは横でうんうんと、首を縦に振った。
「止められても、話します」


あの日、アキばあちゃんから見せられたもう一通の手紙。
小切手に添えられていたメッセージカードと筆跡が同じと思えるその手紙は、『サンクスレター』と言われているもので、3年前にばあちゃんに届けられたものだった。
『サンクスレター』
それは、臓器移植で命を救われた人が、故人となったドナー(臓器提供者)・またはその遺族に匿名で送る手紙だ。
亡くなった陽子さんは、臓器提供意思表示カードを持っていたのである。
それによって、事故で脳死状態になったとき、彼女の臓器は移植を待つ患者のもとに運ばれたのだ。それはもちろん、アキばあちゃんも承知の上のことだった。
サンクスレターは、陽子さんから心臓を提供された女性からのものだった。
「大切なお命をお贈りいただいて、3年になります」
そんな書き出しで始まる手紙には、今は亡きドナーの陽子さんと、大きな哀しみの中で移植を許可してくれた家族への、深い感謝の想いが綴られていた。
「同じ人の字だと思うな。その人が陽子さんの7回忌に大金を送ってくれたんだよ、きっと」
僕がそういうと、アキばあちゃんは「やっぱりそうだよね」と、つぶやいた。
「でも、どうして私が陽子の親だってわかったんだろう。あれはお互い、どこの誰だか明かさない決まりになってるんだよ」
「どうにかして調べたんじゃないかな」

「サンクスレターと小切手の送り主の文字はそっくりで、同一人物に違いないと思った。その小切手の名義が『加賀美麗子』さんだったんだ」
僕がそう言うと、みんなどよめいた。
「加賀美さんの恩人って言うのは、アキばあちゃんですね?」
片岡弁護士は『仕方ない』という感じで、目を伏せて頷いた。
すると、今度は母さんが座ったまま言った。
「しかもその人、みんなもよく知ってる人よ」
「え?」
「その人は、カルロス王朝の末裔で、ハーバード大学を出ていて、映画に出たり、豪華客船で旅行したり、エリザベス女王と会ったり、セスナを操縦できたり、白いライオン飼ったりできる大金持ち……」
そこまで言うと、母さんは声をつまらせた。僕が続けた。
「アキばあちゃんを見つけるために銀座でホステスしながらここにたどりついて、毎日ピザを焼いて、古いデッキで『サンタルチア』とかかけてて……はは……大富豪のくせに、いまどきカセットテープだなんて」
僕は自分に言い聞かすようにつぶやき、苦笑した。
「カレンさん!?」
「カレンなのかっ?! あれ、全部本当だったのか?!」
「そこまでお分かりなら、仕方ありません,」
片岡弁護士がため息をつきながらそう言った。みんなが一斉に弁護士を見た。
「ええ、すべてこの方のおっしゃるとおりです」
会場は、水を打ったように静かになった。
弁護士はまじまじと僕を見た。
「どうして、加賀美さんとカレンさんが同一人物だとわかったのです?」
「加賀美さんのことは、ここに来るまで知りませんでした。でも、サンクスレターを書いたのは、カレンさんではないかと思ってました」
「それはなぜ?」
「カレンさんはホステスをしながら恩人を探していたそうですが、そのとき『公には探せない』と言っていたらしいので、それは臓器提供者の当事者が互いにどこの誰かを知ることはできないという決まりがあったからではと。体にあると言う大きな傷は、手術の痕。アキばあちゃんに料理を届けていたのも、恩返しの一つ。そのばあちゃんが心臓発作で倒れたとき、救急車を見送っていたカレンさんの表情は、とてもつらそうでした。自分の中に、まさにアキばあちゃんの血を引く人の心臓が息づいているのに……そんな想いだったのではと」
「よく気がつきましたね……ええ、すべてお察しのとおりです」
「先ほど、弁護士さんから加賀美さんが立ち退き業者と直接交渉したというのを聞いたとき、加賀美さんがカレンさんであることも確信しました。なぜなら、僕の母が、カレンさんと業者が会っているのを目撃していたからです」
「そうだったのですか……」
片岡弁護士は、眼鏡をくいっと上げて言った。
「加賀美麗子さんは正式なお名前を『レイコ・ソフィア・フォン=カルロ』とおっしゃいます。10年前、イタリアからお母様の故郷である日本に移り住みました。『加賀美』はお母様の姓です。その後、急な心臓病を患われ、移植をうけるしかないという状態にまで悪化、寺田陽子さんより移植を受けるに至ったのです。サンクスレターを書く際、ドナーの遺族が年老いたお母様だけだと知り、なんとかその方を見つけて支えになってさしあげたいと考えられるようになりました。自ら銀座のクラブに入り込んだのは、その店にドクターや移植事業に関わる方がたくさん出入りしていたからです。やっとアキさんの居場所は判明したものの、娘さんから移植を受けた者が近くにいると知ればアキさんはひどく動揺されるだろうと、一介のビザ屋として黙ってアキさんの側で暮らす方法を選んだのです。が、一方で、真っ直ぐな方だから、商店街の人たちにウソをつくのは嫌だとご自分の素性を包み隠さず話していらっしゃいました。私はお止めしたのですが、陽子さんの件だけは口が裂けても言わないからと。それに……」
弁護士は一息ついて、
「自分のことを正直に話して心を開かないと、本当のここの住人にはなれないから、とおっしゃって……まったく、不器用な方です」
と、微笑んだ。
『正直』
『不器用』
『本当のここの住人』
そんな言葉が胸に食い込み、今度は僕も泣きそうになった。
それまで黙って座っていた豆腐屋の秀子さんが、叫んだ。
「弁護士さん、カレンさんは今どこにいるの?!」
「それが……先週、ニューヨークにいる上のお兄様が急逝され、渡米されました。もし今日こちらにいらっしゃったとしても、ご自分が『加賀美麗子』であることは隠したまま、この会合も欠席されたと思いますが」
僕はふと思った。
僕と母さんが彼女の正体や陽子さんからの心臓移植を明かしてしまったことで、彼女は光町商店街にいられなくなるかもしれない。
もう二度とカレンさんに会えなくなるかもしれない。
伊吹のオヤジも、竹さんも、秀子さんも、武夫さんも、ツネさんも、田上さんも、その他みんなみんな、カレンさんと今までどおりつきあっていけるだけろうか。
不安だった。
そう思うと、無性に寂しかった。

みんな夢を見ていたようにぼうっとした表情で、ツネさんの食堂を出た。
ふと時計を見ると11時過ぎていた。
「今日はもう、勉強どころじゃないな」
母さんは『心ここにあらず』という感じで、「そうねぇ」と言った。
「よう」
と、声をかけられたので振り返ると、伊吹のオヤジが立っていた。
「おまえ、なかなかの名探偵じゃねぇか。大学は落っこちたくせに」
と、笑った。
三人で肩を並べて歩いた。
「どうした? 何しょげた顔してんだ」
「ベラベラしゃべっちゃったけど、あれで、よかったのかな……って」
「心配するな。アキばあちゃんには決して今夜のことは話さないって、みんなで約束したんだから」
「うん。でも、あの人はどうかな。帰ってくるかな」
「さあなぁ……」
オヤジは煙草を取り出して、火をつけた。
「しかしな、よく考えたら、あいつはやっぱり嘘つきだよ。俺たちにずっと、嘘ついてたじゃねぇか」
「嘘?」
「加賀美とか、レイコなんちゃらとかであることを隠して、自分は『カレン』だって名乗ってたんだぜ……いくら正直に話してたからって、カレンってのが偽名なら、そんなヤツは存在しないことになる」
「うん」
「ここではあいつは『加賀美麗子』でも、『レイコなんちゃら』でもねぇ。そんなヤツ、もとからここにはいなかった」
オヤジは煙をふぅーっと吐いて、ニッと歯を見せた。
「だからな、あいつはこれからも、『商店街の嘘つきカレン』だよ」
「これからも?」
「ああ、これからもずっとな」
母さんは急に足を早めて、僕たちの先を歩いた。
泣いてる顔を見られたくないんだろうと思った。
耳の奥に、カンツォーネのメロディが甦った。
僕は「商店街の嘘つきカレン」と、何度もつぶやいていた。

                                            (了)


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すぎもと恭子さんの「おはなしぽけっと」

にて、 この作品の冒頭を朗読していただきました!


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