「ねえー殴らせてよう。お願いだよう」
「うっせーなあ。いやだっつってんだろう。向こういけ」
義彦はマジでうざなってきた。しつこすぎる。
「ねーねーお願い。殴らせて。殴らせて」
「いいかげんにせんと殴るぞ」
「違うよう。ボクが殴りたいんだよう」
「あーもううぜえ」
義彦はほんま殴ってやろうかという気になってきた。
「数回殴らせてよう」
「ええ! 一回じゃないの!」
義彦はほんとにほんとにほんとに腹が立ってならない。なんて図々しいヤツなんだ。殴らせてくれという気持ちはわかる。いろいろストレスをためているのだろう。しかし、数回とは何事だ。数回も殴られたらオレ倒れてしまうやないかい。
「お前なあ、そんなに殴られたらオレどうなっちまうんだよ」
「ええ? どうなるって怪我するだけだよう。大丈夫だよう」
義彦はクソッてカンジだ。怪我してる時点ですでに大丈夫じゃないじゃねえか。
「ねえねえお願い。殴らせて殴らせて数回殴らせて」
「じゃー聞く。いや、聞く権利があるのでお前はかならず答えろ」
「なーに?」
「なぜお前はオレを殴りたいんだ」
「え?」
そいつは困った表情になった。
「なぜだ。それを教えてくれなきゃ絶対に殴らせてやらない」
うーん、とそいつは腕を組んだ。
「強いていうなら」
「ふん」
「そこに君がいるからかなぁ」
なんやそれーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!
まるで登山家のようなことぬかしやがる。そこに山があるから登る? なんじゃそれは。
「ねーねー理由なんていいじゃん。頼むよ頼むよ」
「ダメだ。ダメだ。ダメだ。そんなあいまいな理由でオレの大事なイケ面に傷をつけさすわけにはいかん!」
「えー不細工じゃん」
「な。なんだと! それが人にものを頼むヤツの態度か!」
「ねーねーおねがーい」
義彦はらちがあかんと思った。こいつはイカレてる。なにを言ってもムダだ。頭がおかしいわ、こいつ。
「まぁ、カネくれるっちゅーなら話は別だけどな。殴られせ屋っちゅーのはあるわけだから」
「え?」
そいつの顔が変わった。
「ん。ひょっとしてカネ払ってくれるの?」
「いや」
そいつはひどく困惑してる様子だった。
「なんでボクがカネ払うの?」
「は?」
今度は義彦の方が「?????」になってしまった。
「だってボクが殴ったらボクの拳が傷ついちゃうわけでしょ? カネ払ってほしいのはこっちの方だよ」
なんだこいつはーーーーー!
じ、自分のことしか考えてねえ! 殴られた者の痛みってのがまるで想像できてねえ。
「まあ、カネ払うってえなら、ボク、殴ってあげてもいいけど」
「こらこらこらー。話が逆転しとるぞ。誰が殴ってくれって頼んだ」
「もういいかげんにしてよ! 殴ってほしいのかほしくないのかはっきりさせてよ!」
「殴ってほしくない!」
義彦は大声で叫んだ。
「あっそう」
そう言うと、そいつはくるりと半回転し、去ろうとした。
「あ、あれーー????」
義彦はそいつの後姿に向かって声を投げかけた。
「お、おい! どこ行くんだよ!」
そいつは立ち止まって、義彦の方を振り向き答えた。
「おうち」
「おうちってお前、まだ話は終わってねえだろう」
「だって、殴られるのいやってゆったじゃん」
義彦はカンネンした。
「わかった。わかったよ! お前には負けた。好きなだけ殴れ。殴ればいいさ!」
もう義彦はどうにでもなれという気分だった。すがすがしくもあった。
すると、そいつはまた困った顔になった。
「ん? 今度はどうした? カネの心配してるのか? 別にカネはとらんぞ。オレのサービスだ」
そいつはぼそっと答えた。
「いや、そうじゃなくて、今から好きなお笑い番組がやるからボク、もう帰らないと」
「えーーーーー???????????」
お月様がにやにやしていました。(了)
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