俺はUFOに攫われた。
今作は弥生 祐さまの企画、『第四回 5分企画』参加作品です。
浅川正は部活を終え、午後七時過ぎに学校を出た。
奇妙に赤い色の月が浮かぶ空に、あまり星は見えない。日中、空を覆っていた雲が、日の沈んだ今もまだ残っているらしい。
正は夜が苦手だった。何故かと言えば、でそうだからである。
幽霊なんて大嫌いだ。
灯りの届かない電柱の後ろからぬっと腕が突き出し、おいでおいでをしている気さえする。高校生にもなって情けないが、怖いものは怖い。
恐ろしい想像を振り払うように、街灯の少ない夜道を小走りに進んでいた時だった。
突然、視界の隅に強い光が映った。上からやってきた光が、猛スピードで正を捉えたのだ。
刹那、意識を失った。
気付くと制服を着たまま、自室のベッドで横になっていた。
きっとあれはUFOの光だ。あの後、一度だけ意識が戻ったのを憶えている。診察台のような所に寝かされ、人に似た生物が正を見下ろしていた。
その記憶は、宇宙人に人体実験された事を物語っている。
何故なら、この間テレビでやっていた『実録 宇宙人はいた』で放映された映像そのものだったからだ。
彼は部屋を出ると、母に昨夜の出来事を語った。
しかし母は聞いているのかいないのか。忙しそうに洗い物を終えると、家を出て行ってしまった。
学校へ行っても、誰一人関心を示さなかった。
鈍い正でも一週間経てば、クラスの全員から無視されていることに気付いた。
UFOを見たのは嘘ではない、本当の事だ。
なのに、真実を告げる正を除け者扱いする友人達。
正は教室の入り口に立ち、俯いた。
「おい、邪魔」
背後から突然声がかかり、正は飛び退いた。久しぶりに、話しかけられ驚いたのだ。もの凄く不機嫌な声だったが、それでも嬉しい。
彼に声をかけたのは、クラスの中でも飛びぬけて浮いている人物、柊優人だった。柊は変人として有名で、オカルトマニアという異名を持ち、黒魔術にも精通していると噂の人物だ。
正としては、絶対にお近づきになりたくない相手である。
だが今は、柊が希望の光に見えた。
気付けば、教室中の視線が柊に集まっている。正に話しかけたせいだろう。異質なものを見るような目だ。
しかし、彼は気に留める様子もなく、真っすぐ正を見据えた。
「お前、帰れば?」
冷たい声音に、冷たい視線。整った容姿をしている柊に、無表情で見つめられると妙に怖い。
だが、正は勇気を振り絞って柊と目を合わせた。
「俺、お前と話がしたい」
後半、声が裏返る。柊は思い切り嫌そうな顔をした。
月の無い夜だった。坂道を下った先が、柊との待ち合わせ場所だ。世に言う丑三つ時。幽霊に出会う確率が増すこの時間に、出歩くなんて普段では考えられないことだ。
自分の話を聞く人がいる。その思いが恐怖に勝った。
何故この時間なのか。何故、この場所なのか。
それを聞くのは怖いのでやめておいた。何せ相手はオカルトマニアである。きっと意味があるのだ。
「浅川」
どこか疲れたような声音に振り返れば、分厚いコートを着た柊の姿が見えた。それ程寒くもないのに、大げさな奴だ。正など、上着すら着ていない。
「結局、帰らなかったのか」
柊は、白い息とともに呟いた。
制服を着ているからそう思ったのだろうか。家にはちゃんと帰ったのだが。
街灯の下に来ると、柊の肩に黒猫が乗っていることに気付いた。綺麗な青の瞳が正に向けられる。手を伸ばすと、威嚇されてしまった。
「オカルトマニアのペットはやっぱ黒猫か」
柊は、冷たい一瞥を正にくれた。
「ナーはペットじゃない。友達だ」
やっぱりこいつ変。
そう思ったが、UFOの話を聞いてくれそうなのは、もう彼だけだ。話相手が変人だって構わない。
一通り、正は語った。彼が正の話に相槌を打つ。それがたまらなく嬉しかった。
「UFOに遭遇した場所って、ここだろ」
話し終わった後、唐突に柊が言った。
その言葉に惹かれたように、辺りを見回す。
そうだ、そうかも知れない。何故、今まで忘れていたのだろう。
正は寒気を覚えて、柊に目をやった。
奥底まで見透かすような、黒く澄んだ瞳が正を捕らえる。その瞳の中に街灯が映って見える。
柊が不意に腕を上げた。彼が指差したのは、坂道の方。先程、正が下ってきた道だ。
「お前は、坂道を猛スピードで下りてきた車に跳ねられたんだ」
一瞬、柊の言葉が理解できなかった。
「嘘だ」
乾いた声が唇から洩れた。
そんな筈はない。あれから一週間、学校へ通っていたのだ。
「光に襲われたって言ったな」
柊の声が耳に届く。
だが、あれはUFOの光だ。
「車のヘッドライトだよ。宇宙人なんていない」
「お前、オカルトマニアだろ」
「皆が勝手に言ってるだけだ」
信じたくない。
「足、見てみろ」
柊に言われるまま、視線を下ろした。
息を飲む。
片足が膝から下、まるで背景に溶け込むように見えなくなっていた。
「俺、死んだのか?」
車に轢かれて。
だから、寒くないのか。
だから柊の瞳の中に、正面にいる正は映っていないのか。
「人は、この世に頭から産まれて来るんだ」
突然話が飛んで、正は面食らった。
「逆にあの世へは足から行く。大抵の人はな」
「だから、幽霊には足がない?」
あの世へ向かっているから。
正のように。
黒猫が正解だと言うように、ナーと鳴く。鳴き声が名前の由来だろうか。そんな事を思う。
「お前は今、あの世に片足を突っ込んでる状態だ」
暗い気分で俯いた。そんな正の前から、溜息が聞こえる。
「昼間返れって言ったろう? お前は辛うじて生きてる。早く体へ返れば問題ない」
問題ないと言われても、返り方が分からない。
青くなる正の横で、柊は面倒臭げに猫を呼んだ。
「ナー。こいつを連れて行ってやってくれ」
柊の肩に乗っていた黒猫が、しなやかに路面へと着地した。ついて来いとでも言うように、尻尾を振る。
「ナーが体まで導いてくれる」
「あ、ありがとう」
安堵と共に歩きだした正は、不意に足を止めて振り返った。
「柊って、一体何者?」
柊は一度目を見開き、そして微笑んだ。
「さあね」
彼はさっさと行けと、正に手を振った。
正の姿が見えなくなると、柊はこちらに目を向けた。
「丑三つ時は、あの世とこの世の境が曖昧で、行き来がしやすくなる。気付いてないだけで、君の足も消えてるかもしれないね」
彼は再び微笑み、闇の中へ姿を消した。
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。
久しぶりの投稿作品となりました。前描きにも書きました通り、今回は弥生 祐さま主催、5分企画出品作品になります。総勢15名の作家様が『夜』をテーマに作品を出品されます。どんな夜の世界が待っているのか今から読みに行くのが楽しみです。
今回はかなり趣味に走った気がします。やってみたかったことなどをやってみました。どのあたりかは内緒で。
このお話が少しでも皆様のお気に召すことを祈りつつ。
今回はこの辺で。
それでは、またお会いできることを願って。
愛田美月でした。