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―蛇足―
こぼれ話(その6)『花嫁泥棒』
曹仲徳には「その」物体、純白で装飾満載の物体は、何回見直しても「ウェディング・ドレス」にしか見えない。
いや、あの「羅馬」から来た「老師」がいる以上「これ」がある自体はありだろう。

それに、姉である華琳や、その悪友の麗羽も「女の子」なんだから、
いや、こういったきれいな衣装にあこがれるという点では、
完璧な「女の子」だったから、姉たちがドレスを担ぎ込んで来たまでは理解できる。

だが、問題なのは、ドレスに「中身」があるという事だ。
ついでに、いつもにまして、意気揚々とする華琳に対して、なぜか、麗羽はボロボロになっている。
(…やってくれたな。あの「エピソード」かよ。やれやれ…)
・  ・  ・  ・  ・
「…大体、あの時、他人のフリどころか、大声で「花嫁泥棒はここだ―っ」とは、どういうおつもりですの!」
「あらあら、つまづいて転んだまま、ウンウンうなっていたのは、誰かしら」
それが、自分で立ち上がって逃げる事が出来たじゃないの。
力を尽くして戦うべき時には、あえて死地に放り込むのも兵法よ。

「だったら、そうだと、おっしゃりなさい!」
「バラしちゃったら、死地になんてならないわ。それにそんなヒマも無かったし」
今だ憤慨している麗羽だったが、仲徳にしてみれば、それどころではなかった。

「この娘をどうするんだよ?華琳姉さん」
“三国志ファン”だった仲徳にも「この」花嫁がどうなったかの、はっきりした知識は無い。
おまけに、曹操や袁紹が、華琳や麗羽になっている「世界」なのだ。

「この娘には、才能があるわ」
いくら、親の命令だからって、あんな無能者の第何夫人かで、飼い殺しなんてもったい無いぐらいのね。

意外とも、曹操らしいとも、受け取れる言い分だった。
なる程、華琳や麗羽が、曹操や袁紹に「なれる」時代なのだから、
例え少女でも、才能と実力しだいで、武将にも軍師にもなれる時代だった。

だたし、親不孝者が、親でもない主君に忠義を尽くすとは信用されない、儒教社会である事は変わらない。
不孝の評判が残ってしまえば、仕官にも差し支える。

「だから、1度は、親の命令通りに嫁いだけれど「不可抗力」で行方不明になった、が1番良いのよ」
もっともらしく、聞こえもするが、しかし、いつもの華琳の「百合百合」ぶりを考えると、
100%その通りとも、言い切れない気もする。
最近の仲徳は、密かに麗羽の貞操を心配していたりした。
(…曹操が袁紹の貞操をなんて、それこそ「歴史」がハチャメチャだよな…)
…  …  …  …  …  
いずれにせよ、華琳が「あ〜いう事やこ〜いう事」を目的としていない(?)以上、この屋敷でかくまい続けるのは、
かえってまずいだろう。
沛国の本邸や、袁家でも50歩100歩。それでは……

「この機会に、旅に出て、見聞を広めたいと思います」当人がそう言い出してくれた。
それが結局は無難だろう。ついでに、ほとぼりが冷めるまでは、偽名を使って旅をすれば、さらに無難だった。

「だけど、別な問題もあるんじゃないかな」
……この場では、仲徳だけが知っていた。
華琳などは、流石に曹操だけあって、何かを感じ取り始めているかも知れないが。
「黄巾の乱」は、数年後に迫っていた……
治安はすでに、大いに、よろしく無い。あちらこちらで、変なやつらがウロウロし始めている。

「同郷にやはり、見聞の旅に出ようとしている友人がおります」
その友が、なかなか頼もしそうな、旅の道連れを見つけたとかで。
3人で、旅に出ようかと誘われているのです。
華琳は微妙な笑顔で、その友人と道連れの「性別」を確認したが、
同時に「智」と「武」に、それぞれ期待できる人材である事も確認した。

「へえ…同郷の友人ね」仲徳は、質問するつもりとも言い切れない程度に、何気なく語りかけたが、
「はい。予州潁川郡の…」
「これ以上は、今は聞かない方が、彼女のためよ。どういう「名前」で旅立つつもりかも含めてね」
姉の制止にそれ以上、聞きただせなかったのが、多少は残念に思えた。
もっとも、“潁川”の地名が出た瞬間には驚いたし、その驚いた表情を、姉にたしなめられたせいに出来たのは、
あるいは好運だったかも知れない。
それほど、仲徳にとっては驚く地名だった。
あのまま、名乗らせたら、仲徳の「知っている」名前が出たかも知れなかった。

曹操の軍師たち、その大半が「予州潁川郡」の「名士グループ」の出身。それが、仲徳の知る「歴史」だった。
…  …  …  …  …  
結局のところ、彼女が「戯志才」の偽名を名乗って旅をしていると教えられたのは、ほとぼりが冷めた頃、というか、
華琳や仲徳の祖母、華恋とか、麗羽と美羽の母親の揚羽とかが、1件をウヤムヤにしてしまった後だった。
――― ――― ――― 
「♪蒼天已死♪黄天當立♪歳在甲子♪天下大吉♪」

戯志才こと稟と、同郷の風、露骨にいえば、旅の用心棒の星の3人が旅する大地は、
すでに黄巾賊が暴れ回っていた。

流石に、いくら頭の中身があっても、稟と風の細腕では、星が頼りだった。
それ程の惨状を、その耳目で確かめつつ、自らの進む道を定めようとしていた。

切欠は、風が見た「日輪を支える」夢だった。
では、その「日輪」とは誰なのか?
直近の真剣な議論の課題は、結局はそこだった。

ここで、貴重な情報源となっていたのは、いま1人の「同郷の友」からの連絡だった。
「桂花は、とうとう袁家を退散して、潁川に帰郷した」
名目は、黄巾に荒らし回られている故郷を何とかする、という事だが。

それが、真っ赤な嘘でもないから、もはや乱世だった。

「なる程「四代三公」の蓄積は大したものだ。だが、それだけに、人材が居過ぎる」
桂花が居てさえ、議論、議論で、決断にたどり着かない。
これでは、上に立つ主君には、余程の統率力と決断力が要るだろう。

「そして、もっとまずいのは、派閥抗争だ」
やはり、姉妹の母である揚羽様が健在であってこそ、麗羽どのと美羽どのの姉妹、
というより、その取り巻きの居過ぎる「人材」に押さえが利いていたな。

その揚羽様にご不幸があった現在、確実に、姉妹の取り巻きに2分、
いや、現在の袁家の当主は、揚羽様の弟で、帝都に居る「四代」目の「三公」だが、
この3者に分裂する。確実に。
いまから袁家に仕官しても、この派閥抗争に巻き込まれる事になるだろう。

桂花からの情報と、稟の分析に、風と星も同意した。

「それで?稟はどうしたいかな」星はさらに踏み込んだ。
「桂花からの情報には続きがある」
稟たちの故郷を荒らし回っていた黄巾賊は、あらたな官軍によって、追い散らされたと言う。
その官軍の将について、桂花はともに仕官しようと誘っていた。

「私は、その御仁を知らない訳でもない。いずれにせよ、自分の目で確かめてみたい」
我々が支えるべき日輪か、そうでないかを。

「了解した。では、潁川までは送って行こう」
「星ちゃんは、一緒に仕官しないのですか?」眠そうにしていた風が口をはさんだ。

「私は、私自身の目で、私の武を捧げる主君を選びたい」
とりあえず、私も、自分の故郷の幽州に戻ってみる事にする。
その上で、私の目にかなう主君がいなかったら、その時は潁川にも、行ってみよう。その時は、よろしく頼む。
・  ・  ・  ・  ・
さらに後年「天の御遣い」から、この時の「花嫁泥棒」の顛末てんまつについて、ふとした機会に、尋ねられた事があった。
その時、曹仲徳は、こう答えたものである。

「あの時の「花婿」がどうなったかは、俺も知らんよ。確か、何なんとかとか、いったはずだが」
「それって、大将軍何進の……」
「ああ、あの後の帝都は北郷も知っている通りだったからな」
その大将軍何進と十常侍と「董卓」でドタバタしたからな。
いったい、どうなったやら。
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