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『孫子の兵法』
中華帝国の成立以前、後世の中国大陸が、中世ヨーロッパの如く小王国の割拠する時代の軍師にて兵学者、
孫武の残した兵法書。
現代日本でも、戦国武将の用いた「風林火山」の旗印などで有名。
実は、後世に残る「孫子の兵法」は、曹操が復刻して残した書であり、
曹操が実践して天下を取る寸前まで行ったから、有名になったとも言えます。
(私見)日本の武将で、一番「孫子」らしきものは、実は一番曹操ぽい織田信長では。
―起―
講釈の四『治世の能臣官命を受け 乱世の姦雄野望に焼ける』
後漢帝国の帝都洛陽、未だ、乱世はこの繁栄する都市の表面までは、現れていない。
だが「魚は頭から腐る」
乱世の原因は、紛れも無くこの帝都の、それも中央にそびえる皇宮にあって、天下にばらかれているのだ。
誰にも増して、それが見える、彼女の目には。
曹操孟徳(真名)華琳は、しかし、そんな胸中の感慨を表にもださず、自分を呼び出した相手の元に赴いた。

黄巾の乱が切欠で、武官職を中心に多くの人事が行われた。その筆頭は、自ら大将軍となった外戚、何進だろう。
同時に「西園八校尉」と呼ばれる皇帝「親衛隊」を名目とする武官が新設された。
華琳は、名族出身で昔からの悪友袁紹などと共にこの8人の内に選ばれたのである。

直接の上官は大将軍になる。そのため、先ずその執務室に赴く事になるが、その用件は何の滞りも無く済ませた。
問題は、受けた命令の内容である。
黄巾賊の跋扈は、この帝都がある司州に隣り合った予州や兗(えん)州にも及んでいる。
というより、他州より人数としては多く、もしかしたら賊軍の主力かも知れない程だという有様で、
すでに、皇甫嵩・朱儁といった将軍が派遣されている。
八校尉としての華琳の初仕事はその援軍だった。

華琳は、城外に待たせておいた兵たちの屯所に戻った。
沛国から曹家と親族の夏侯家の部曲の私兵の内、後の治安が悪くならない程度で、
連れて来られるだけを連れて来ている。志願兵を募集する権限も貰って来たから、早速、官兵ということになる。
引率してきたのは、華琳と弟の曹仲徳、従姉妹の夏侯惇(真名)春蘭と夏侯淵(真名)秋蘭などの親族たちである。
――― ――― ――― 
仲徳にとって、この「世界」は記憶にある限り2度目の世界だった。
21世紀初頭の日本で、20代初めまで生きた。大学生として、ごく普通な日々を送っていた。
そして、平和なあの時代の日本では、彼ぐらいの若者の死因としてはベタな事故にあって、
そして、次の記憶では、ものごごろつく頃の幼児になっていた。
当然、最初はERかどこかに自分の体はあって、脳内で幻覚を見ているのだと思った。
しかし、幻覚にしろ妄想にしろリアル過ぎる事をやがて認めざるを得なかった。
一言「やれやれ」とつぶやいて
その時「家族」は祖母と両親と姉がいた。
その「姉」華琳にさんざん可愛がられて育つ事になる。
――― ――― ――― 
「まず、手近な賊軍は、予州潁川郡で朱儁将軍を手古ずらせている、賊将波才とやらの一党ね」
…  …  …  …  …  
仲徳の「前世記憶」をその地名が刺激する。
『予州潁川郡』
曹操の建国する「魏」その最初の拠点となる地方だ。
この地方を荒らし続けていた黄巾の「残党」制圧が「魏」帝国の始まりだったのだ。
まず、当然ながら、黄巾を追い払った後にこの地方に拠点を構えた。それだけではない。
曹魏の軍師たち、荀彧(いく)・郭嘉・程昱(いく)らは、いずれも潁川の名士か、
それとも名士同士のネットワークによって、潁川グループに推挙された者たちであり、
むしろ、曹操の方が、彼ら「潁川の名士」によって担がれた、とも言える。
また、許緒・楽進・李典・于禁・典韋といった武将たちも、
潁川を含む予州から隣の兗州にかけて、
こうした名士や豪族の用心棒とか、自警団として村々を守っていたとかしていた、
そういう豪傑たちをスカウトしたり、名士に推挙させたりしたのである。
ここまでが「質」なら「量」の点でも。実はこの時の「黄巾」は青州地方から流れてきた難民だったのであり、
その降伏を受け入れた「青州兵」によって、曹魏の兵力は充足した。
まさに「潁川王国」とも言うべき、地方軍閥から、曹魏は出発したのだ。
ただし、仲徳が知る「正史」では「現時点」より10年近く「未来」の事である。
…  …  …  …  …  
「では、まずこの波才とやらの一党を成敗して」
「ええ、それも朱儁将軍の尻拭いを私たちがする形が望ましいわ」
「そうして、曹孟徳の名を上げる」
「その通りよ。乱世の姦雄には相応しい計略じゃない。治世の能臣なら、そんな不純な事を思わないでしょうけどね」

「月旦評」そんな故事成語を、後世に残すほどに、人物評価での名声があった「名士」
それが、若き日の曹操をこう評したという。
『治世の能臣 乱世の姦雄』
およそ「三国志」原作作品であれば、作中での曹操の登場場面に使われるのがお約束である。
ただし、弟としてみる限り「治世」なら「能臣」でし、
しかし「乱世」になれば「姦雄」の名を残してやる。その程度の態度だった。
だが、実際に乱世が近付くにつれ、少しずつ何かが変わっていた。
彼女なりの理想と現実の間で、何かを決意しつつある。
その決意を言わば「発酵」させている様だったのが直近の「療養」の日々だった。
・  ・  ・  ・  ・
華琳たちが潁川に到着すると、朱儁の反応は消極的歓迎というところだった。
曹夏侯一族は、祖母華恋の代からの権勢家であり、
部局の私兵といってもそれなりの人数もいれば、それなりに練兵もされており、装備も官軍らしく揃えてある。
しかし、朱儁の期待した援軍にはまだ不足している上、率いているのが実績のあやしい「小娘」ばかりとあっては。
それでも一応、それらしい歓迎の態度は示した。

さて、朱儁との挨拶を終えると、華琳は仲徳や春蘭、秋蘭たちを連れて、出かけた。
まるで、目的地が近くにあるという風に。
その目的地に来ると「ふんふん」などと1人納得している。
彼女たち以外の人影も無い、取り入れ後の麦畑を見下ろして。
「ねえさん、どうしたの」
「何よ、仲徳も手伝ったじゃない、孫子兵法の注釈を。第十二は何だった」
「(火攻篇…)」
「しかし、どうしてこの地形を」
「秋蘭たちにも見せてあげたわよね。第十三は」
「用間篇」
「では、事前に間者を」
「春蘭の言うような間者じゃなくって、ここの「名士」に話をつないでおいたのよ。
 地形についての情報ももらったけど、それだけじゃないわ」
「それだけじゃ?姉さん、いったい他に何を」
「ただ勝つだけじゃないつもり」
・  ・  ・  ・  ・
まさしく『侵掠如火』初陣とも思えぬ華琳の火攻めにあった、
それも朱儁の官軍と正面衝突しているタイミングを見図られて。
「うえ……」
焼き殺され、逃げ惑う群衆を、詳しく述べても食欲を無くすだけだろう。
「平和ボケ」の前世持ちには、かなりキツい光景。
それでも、この「世界」で十何年も生きていれば「天の国」からいきなり落ちて来た、
どこかの「天の御遣い」に比べれば、まだ免疫があった。
・  ・  ・  ・  ・
賊将波才の黄巾軍は、潁川から逃げ散った。将軍朱儁の官軍は尚もそれを追って行く。
その朱儁に、あっさり華琳はこの一戦の手柄を譲った。
その代わり、賊の逃げ散りかつ、官軍の転進した後の潁川の守備を請け負った。
さらに、朱儁の添え状を貰って、帝都に報告を送る。

「うふふ」
朱儁の転進した後で、華琳は弟たちに明かした。何を報告したかについて。
「まず、後任の太守を至急決めて欲しいと、言ってやったのよ」
この潁川の太守は任地を捨てて逃げていたわ。誰にとっての幸か不幸か。
「ねえさん、まさか」
「私は誰が太守になりたいとか、書いてないわよ」
ただし、地元の名士一同から、私の知らない処で、推挙の嘆願がされるかもね。
それから、降参した賊兵は、実は青州あたりで本当の賊に捕まって、そのまま無理やり賊兵にされていただけから、
官兵に入って、罪を償えるように、とかね。
それから、前太守と一緒に逃げた文官の補充とか、くだんの降参兵の指揮とかで、人材が必要だから、
現地採用の権限をある程度、とかね。
「(ちょっと、それ、10年早い。いや、からかっているんじゃなくて歴史的に)」
「まあ、ちょうど、朝廷では銭がばら撒かれているわけだし、私への余禄も校尉だけでなくともね」

華琳、仲徳の母、華恋の娘にあたる人は、
この当時、三公(後漢における臣下最高位とされる3つの役職)に就任するべく、帝都で運動中であり、
それは、皇宮の現状では、金銭による工作にならざるを得ない。華琳の八校尉もこの件と無関係ではない。
ちなみに彼女は、華恋が夏侯家から迎えた婿との間に生まれた娘で、
華恋が女性が当主となる事の先達となった曹家の後継であり、
同じ両親から生まれた他の子が夏侯家を継いだ、その娘が春蘭、秋蘭である。

「(まさか…そういえば、華琳ねえさんや、麗羽さん(袁紹の真名)が八校尉になったのも、黄巾の乱の後の筈)」
歴史が繰り上がっている?まさか、俺がいるせい?もしかして、俺、どこかで「未来」をしゃべってしまった?
――― ――― ――― 
予州潁川郡の郡城「許昌」
その太守公邸での祝宴の席上。
華琳もとい曹操は西園八校尉の1員はそのままに、潁川太守の兼任に任じられた。その祝いである。
宴席には、潁川周辺の「名士」「豪傑」が一堂に会していた。

荀彧(真名)桂花、許緒(真名)季衣、郭嘉(真名)稟、程昱(真名)風、楽進(真名)凪、李典(真名)真桜、
于禁(真名)沙和、典韋(真名)流琉
いつの間にか、華琳たちと、真名で呼び合っている。
すなわち、それは「同志」の証(?)というには、微妙な空気まで漂いだしている。
「やれやれ…真名か。姉さん、弟の字以外を覚えているかな)」
――― ――― ――― 
真名。この世界の女性が名乗る「姓」「名」「字」以外の名。己が認めた者にのみ呼ぶ事を許す「まことの名」
もっとも「字」を名乗る年頃までは、真名のみで、家族の中で育つ。
逆に言えば、字を名乗っている成人を真名で呼ぶ事は、下品に言えば「このガキ」よわばりという事だ。
だが、華琳は「孟徳」を名乗る頃から、弟を「将来の」字以外で呼ばなくなった。
そのくせ、自分の事は「華琳姉さん」以外の呼び方をさせない。
要は「仲徳」とは「孟徳」の弟だと、いう事。
「そのおかげで、従姉妹の春蘭さんや秋蘭さんですら「仲徳」以外、忘れているんじゃないかと疑うこともあるんだがな」
やれやれ……
――― ――― ――― 
「白蓮ちゃ―ん」「桃香―」ハイタッチで、再会を喜ぶ。
「いいですね。同門の友というのは」
「(…聖フランチェスカ学園に帰りたい。やっぱり…いや、自分で「天の御遣い」を選んだんだ)」
…  …  …  …  …  
その晩は両軍の兵士が混じっての無礼講となった。
北郷一刀は「天の衣」をこの時代での目立たぬ服装に着替え、その中に混じっていた。
旧友の再会を邪魔しないためでもある。
ところが、なぜかメンマを肴に1人飲んでいた、美丈夫に捕まってしまった。
さて「天の国」では、まだ一刀は、飲酒を許されていない。当然、自分の酒量など知らない。その結果、どうなったか?
「天の御遣い」の威信の問題だとかで、隠蔽された様である。
――― ――― ――― 
潁川から転進した、将軍朱儁の官軍は、黄巾の主力を追っている事もあって、華琳たちに代わる援軍を必要とした。
その「官命」による要請に応えて、南からまた、1軍が動き始めた。
掲げる旗は「孫」に「呉」
――― ――― ――― 
一方、華琳たちも、潁川だけを守っていればいい訳でもなかった。
元々、受けた「官命」は黄巾の討伐である。
それに、内部事情もあった。
兵の大部分は降参したばかりの青州兵、
それを率いる武将や、主将を補佐する文官、軍師はここ、潁川で仕官したばかり。
それが実質を伴って、曹操の「魏」軍となるためには、実戦を経る必要があった。
戦う相手には不足しない。潁川の周辺は、まだまだ黄巾だらけだ。だからといって、闇雲に戦うだけでも、意味は無い。

華琳が桂花たち軍師と情報を検討した結果、
どうも、皇甫嵩・朱儁らの官軍とぶつかっている、黄巾の「主力」は、「ただの賊」らしいとの結論が出た。
自分たちが「官軍」だからというのではない、
いつでも治安が悪くなれば、変なやつらがウロウロするものだが、
その変なやつらが黄巾に便乗して集まっているだけの様だ。
元々の黄巾党と変なやつらとの違い、それは、カリスマとなる首領を担いでいる事。
つまり、問題の「主力」は首領、張姉妹を伴っていない。官軍も主力をぶつけている、そこから避難しているのだろう。
では、どこにいる?

「怪しいのはここね」
荊州南陽郡城、例によって、太守が黄巾に追い出されたか、逃げ出したか、
その後の情報が官軍にとっては途絶えがちだが、しかし、
華琳は「青州兵」の中から信頼もでき、機転も利きそうな者を選抜して、かつての仲間の中へ送り込んでいた。
その間者からの情報がどうも怪しい。

大手柄の好機。何といっても、賊党の首領以上の手柄などない。
つまり、この潁川の拠点をいよいよしっかり朝廷に認めさせるだけの手柄。
それが「主力」となる大人数とも離れて、この許昌から手が届くかもしれない所にいる。
曹魏軍にとっては、出撃を躊躇ためらう理由は無さそうだった。

しかし、華琳たちや、潁川「名士」グループだけが情報を特権的に握っていたわけではない。
――― ――― ――― 
南陽郡といえば、荊州襄陽郡とは隣の郡。当然、襄陽「名士」グループからの情報を得た軍もあった。
・  ・  ・  ・  ・
さらには、長江の水上交通からの情報を得た軍もある。

知らず知らず、英雄たちは互いに呼び合い始めていた。
「呉」ファンの皆様、なかなか出番をつくれなくて、すみません。

それでは続きは次回の講釈で。
次回は講釈の五『役萬姉妹は大吉を歌い 英雄達は賊の城を前につどう』の予定です。


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