―起―
講釈の二『再びの天のお告げは伏竜鳳雛 三顧之礼にて魚は水を得る』
「これからどうする?」
ここは幽州涿(たく)郡近郊の村の1つ、この村の豪族である簡擁の屋敷のいわば「会議室」
いわゆる「桃園の誓い」とその「2次会」のドンチャン騒ぎもあけて、さて、とりあえず真面目な会議をしている。
先ず、現状だが、簡擁の「部曲」(この時代の豪族が私的に囲っている農民や私兵)とか、
すでに涿郡近辺なら結構あった劉備の人望とか、
関羽と張飛がここまでの旅の途中で出会った人たちとか、
数十人から数百人程度の義勇兵と、当座の軍資金の当てはあった。
とはいえ、そこから先の戦略構想となると、身もフタもなく言って、途方にくれるというところだった。
「(そもそも何で俺はこんな会議に加わっているんだ?)」
北郷一刀は、その『お告げ』によって「桃園の誓い」を成立させてしまったため、
すっかり「天の御遣い」にされてしまっていた。
「(これからどうする?だって。そんなこと孔明にでも聞いてくれよ)」
「一刀さま、いま何と」
「ええ…つまりそれは…(どこまで口に出ちまったか)」
孔明?なんて今のこの子達は知らないよな。なんせ「三顧の礼」は20年ぐらい未来の話なんだから。
少なくとも俺の知っている「正史」なら。
だが、待てよ。
あの見学者は、何て言ってたけな。
「こんな時代はさっさと終わるべきだったのよ」
人口5000万が500万になる様な時代が20年縮んでしまうなら。歴史を変える、変えないがそんなに大事だろうか。
少なくとも、今この時代を生きているこの子たちはこんなに一生懸命じゃないか。
それこそ、本物の「天の御遣い」とかでもない限り、むしろ黙っている方が傲慢なのかも…
「俺が知っている話だと」
「天の国の予言ですか」
「天下に人知れず天才がいる」
知る人は伏竜鳳雛と呼び、その2人の内1人でも仕官させれば天下をとる事も可能だという。
劉備玄徳は三顧の礼を持って臥竜を招き、まさに水を得た魚の様に自らの求めた軍師を得る。
そして、その軍師の英知によって自らの王国を建てる事になる。
「まことですか。やはりあなたは「天の御遣い」なのですね」
またかよ。
「それで、その伏竜鳳雛とやらはどこに」
「俺が知っている話だと「三顧の礼」の場所は荊州襄陽の近くの…」
「(絶句)」「(絶句)」「(絶句)」「遠いのだ」
当然の反応だろう。
ここ幽州はおおざっぱにいえば「現代」の北京あたり。後漢帝国の版図では、長城にも近い北東の端に近い。
一方、荊州は「帝国」の中心より南よりあたり。
ここから、軍師を迎えに行くなら、ほぼ、国内を横切る事になる。
おまけに今、その国土は黄巾賊が暴れ回っているのだ。
実のところ「正史」の劉備一党は、流浪の傭兵隊としてあちらこちらで戦う事20年、
その結果、荊州に近寄っていたのだが。
「行きましょう」
「え?」「ええ?!」
「伏竜鳳雛を迎えれば、人々を救えるなら、行きましょう」
それに、愛紗や鈴々は旅をしながら、この国や民の現状を見て来たのでしょう。
「この旅はその意味もあると思います」
まるで、天竺へ行くと言う三蔵法師だった。
・ ・ ・ ・ ・
やっぱり、祖母華恋の用件は、黄巾がらみだった。
沛国周辺にまで、黄巾の乱に便乗した変なやつらがウロウロし始めたらしい。
当面、部曲の私兵に警戒させることになった。が、問題は「官」にもあった。
もう引退している祖母はともかく、
現在、療養名目で帰郷しているが、その直前まで帝都で仕官していた華琳には、
討伐の官命が 下る可能性が少なくない。
そうなると、仲徳もどうやら、連れて行かれそうだ。
「やれやれ…最近「前世記憶」がいよいよはっきりしてきたんだよな。この時期にってのも偶然じゃないんだろうな」
ともすれば、西暦21世紀初頭の日本の大学生、という意識になってしまう、曹仲徳なのであった。
・ ・ ・ ・ ・
ここは荊州襄陽の城内(中国での城とは都市そのものが城壁に囲まれたその都市)「水鏡女学院」の門前。
一刀の知る「演義」の知識でも、
伏竜もとい諸葛亮孔明と鳳雛もとい鳳統士元は「水鏡先生」の弟子、以上の手がかりは実のところ無く、
下手をすると「天の御遣い」も信用を失ってここまでかと、思いはした。
ところが、来てみると「水鏡女学院」があって、
少なくとも「伏竜鳳雛」はこの塾に出入りするものたちの間では、それなりに評判らしい。
さて、1回目は門前払い、というより、適当な紹介もなしに押し掛けた不審人物だったろう。
まあ「三顧の礼」なんだから、2回目までの門前払いは覚悟していたが。
とりあえず、その日は城内に宿をとった。
その宿に、単福と名乗る少女、というより一刀の見た目なら大学生か社会人の年頃といった、
どことなく半分侠客で半分知識人といった感じの女性が現れた。
当然、一刀はその「正体」を知っている。
徐庶元直
若き日は侠客だったという。義理人情を重んじて知人の敵討ちをし、故郷を捨てた。
その一方、母親思いでもあり、心配を掛けた不孝を恥じて、侠を捨てた。
その後、あらためて学問を積んで出直すべく、単福の偽名で水鏡先生の門下に入る。
やがて、孔明の前に劉備の軍師として仕官するが、母を保護した曹操に飼い殺しにされる結果となる。
しかし、自分より優れた「臥竜」孔明を推薦して劉備の下を去り「三顧の礼」の切欠をつくる。
「徐元直殿」
いきなり、そう呼ばれて、思わず侠客時代のように剣に手が出かけたが、
相手からは殺気とは真逆なオーラが出まくっていた。
…私は人々を救うために、あなたの妹弟子の助力を必要としているのです。
幽州からこの荊州までの間、ずっと見てきました。黄巾の徒が唱える「蒼天已死」そのままの惨状を。
こんな世の中を変えたい。でも、非才の私にはどうすればよいのか分かりません。
もし、この女学院でその方法をお教えしているのなら、その一端なりと、お教え下さい。
伏竜鳳雛の英知で人々を救えるなら、
「あなたたちの力を私にとは言いません。この国の民人のためにお貸し下さい」
桃香の様な、魅力だけはありすぎる相手に、こんな風に言われて頭を下げられては、
余程の信念の持ち主でもない限り、グラリとぐらいはするだろう。
まして、義理人情を重んじる徐庶では、クリティカルヒットと言えた。
・ ・ ・ ・ ・
「三顧の礼」2回目。
「桃園」の3姉妹は、今回は徐庶の案内もあって、水鏡女学院の門内には入れた。
しかし、水鏡先生に「好好」とあしらわれて、伏竜鳳雛の本人には会せてもらえなかった。
「すみません、元直殿にもご迷惑を」
桃香たちを門内どころか、結果的に水鏡先生の面前まで入れた事で、後で徐庶はかなり叱られたらしい。
「構いません」
いっそ、破門という事になったらなったで、貴方様に仕えましょう。もっとも、私など臥竜に比べれば、月と蛍ですが。
・ ・ ・ ・ ・
「三顧の礼」3回目。
水鏡女学院の奥にある、水鏡先生のいわば「応接室」
妹たちを部屋の外に残し、桃香と一刀だけが、徐庶に案内された。その徐庶も退室して2人だけが取り残されて、
しばし(実のところ一刀の足がシビレだした頃)新たな人物が入室して来た。
一見、鈴々と大差無い様な「チビッ子」が2人。
「はわわ」とか「あわわ」とか言っている気弱そうな女の子たち。だが、正面から相対すれば、いかにも聡明そうな。
案の定「はわわ」が諸葛亮「あわわ」が鳳統と名乗った。
先ずは、桃香が徐庶にも言った事を繰り返す。
これに対し、はわあわ、舌をかみつつも、中華の現状を、そして将来の展望を語りだす。
「歴史」を知っている、一刀にも、流石と思わせながら。
…現在の黄巾党の騒ぎだけなら、おそらく鎮圧されるでしょう。
しかし、これからも、こうした反乱や、賊は後を絶ちますまい。
さらに、この国内の混迷を見逃さない、南蛮や北狄などの侵掠が外から来ましょう。そして、
これらの討伐を大義名分としたものたちが、賊や侵掠を退けた後を、自らの拠点として、事実上の王国がつくられ、
そうした幾つもの小王国にこの帝国は分割されていきます。
そうした、群雄の中の1人が他の群雄を倒して、新しい「帝国」をつくるまで、天下に太平は来ますまい。
もし、この時代において人々を救いたいなら、自分がその1人になるしかないでしょう。
幾つもの小王国をたてる群雄の中の1人。おそらく、それらの「王国」が3つ程にも淘汰されれば、
一時は天下も安定するでしょう。その「三分」のうちの1人。
そして「三分」もいつかは、ただ1人によって統一されるでしょう。その最後の1人。
その1人となる「英雄」にしか、結局は多くの人々は救えません。
…私には、そんな力は無いでしょう。妹たちには「一騎当千」の「武」の力はあっても。
それでも、私は何かをしなければなりません。
……。…。
力の無い人を苛める世の中を、誰かが絶対に変えなければならないのです!!
教えて下さい。私に何が出来るのかを。
… … … … …
愛紗たちが待っているのとは、反対側の部屋。
徐庶ともう1人。年齢不詳の美女。彼女が襄陽の名士「水鏡先生」こと司馬徽である。
「どうやら、どこぞで伏竜鳳雛の風聞を聞き込んできた、ただの野心家とも限っていなかったようね」
やはり「三顧の礼」とは、主君となるかも知れない相手の「志」を試すものだった。
… … … … …
「はうぅ…わ、私たちも」
「あう―…ずっと思っていました」
この私塾で学んできた知識を、困っている世の中の人たちのために役立てたいと。
それを一緒に出来る主君に仕えたいと思っていました。
でも、この乱世をもっと大きくする様な野心家に利用されるのが怖くて、
ずっと待っていたんです。この人は、民人のために戦おうとしていると、信じられる方を。
… … … … …
別室で待っていた、妹たちも加わって、あらためての自己紹介が始まった。が、
「これから私の事は、桃香と呼んでください」
「姉者、いきなり真名をとは」
そう、一刀もそろそろ理解してきた。この世界での「真名」とは、本当に心を許した相手にのみ呼ばせる事を許す、
文字通りの「まことの名前」といっていい。
「これからは仲間だよ。それに…今の私にはこれしか出来ないから」
「姉者がそこまでおっしゃるなら。・・・わが姓は関、名は羽、字は雲張、真名は愛紗。よろしく頼む」
「姓は張、名は飛、字は益徳、真名は鈴々なのだ。よろしく―っ」
「姓は諸葛、名は亮、字は孔明、真名は朱里です。よろしくお願いします」
「姓は鳳、名は統、字は士元、真名は雛里です。よろしくお願いします」
さて、この場には、もう1人いる。
「この方は、私たちを引き合わせてくれた「天の御遣い」です」
「俺は北郷一刀。俺の国には字や真名といったものがないから好きな様に呼んでくれ」
一刀には、微妙な感慨があった。ただし、それはセコイ疎外感だけではなく…
・ ・ ・ ・ ・
長江に合流する漢水を挟んで、襄陽とは双子都市の樊(はん)城。
その間を行き交う渡し舟というよりほとんど「連絡船」に向かって、
名残惜しげに手を振る少女たちと、引率する水鏡先生。
今、彼女の手元から、天に登る前の竜、おおとりのヒナ、とまで期待した愛弟子が飛翔していった。
そして、樊城から北東へと伸びる街道へ続く城門の外。
桃香、愛紗、鈴々は馬上。(それぐらいの“スポンサー”は付いている)
そして「演義」でお馴染みの「4輪車」が「2台」。
1台に北郷一刀が、もう1台には朱里と雛里が並んで乗っていた。
4輪車の側には、ここまで代表で見送りに来た、徐庶が佇んでいた。
車中の一刀に、そして馬上の桃香に、中国式の身を屈する礼で、妹弟子を託す。
「元直殿、確かにお預かりします」やはり彼女らしく、いったん下馬し、片膝を付いて礼を返す。
「「先輩、行って来ます」」
4輪は回り始めた。幽州へ、そして「歴史」を回転させるために。
・ ・ ・ ・ ・
幽州から荊州へ、そしてまた同じ道を引き返す。その途上にあるのは、まさに「蒼天已死」
21世紀の平和ボケした日本では、所詮は画面の向こうにしかなかった「現実」
焼け焦げた残骸の散らばる「村だった」場所……
城壁を破られ略奪された街……
遊びで壊された人形のような死体や、それでも命「だけ」は残ったもの……
さらには、流石に少女たちには辛いが、無くなる物が命だけではなかった同性……
そして、守れなかった家族や、恋人や、友人に許しを請い、力の足りなかった自分を呪う者たち……
そうした乱世を、自らの五感で確かめつつ、見た目は可愛い同志たちは「志」を新たにしていった。
そしてまた、一刀も少しずつ思いを固めていた。
ある日、一刀は一同を前にして、こう切り出した。
「あの…桃香、さん」
いきなり、最上位者の真名を呼んだのだから、もし、愛紗の虫の居所次第では、返答は、青龍偃月刀だったろう。
それでも、一刀は「一線」を越えなければならなかった。
そう、互いに真名を呼ぶのは「同志」の証。その中にあえて入る。
「俺が「天の御遣い」をすれば、もっと義勇兵や、支援者は集まるだろう」
特に相手があの黄巾党なんだから、結構有効なんじゃないかな。
北郷一刀が自ら「天の御遣い」として、歴史の中に現れようとしていた。
… … … … …
「一刀さん。いえ」
これからは「天の御遣い」として、ご主人様と呼ばせていただきます。私たちの事も真名でお呼びください。
やっと、前ふりとその続きが終わったと思いますので、ここまで退屈だった皆さんには、申し訳ありません。
これから、政治に戦争に「三国志」らしくしていくつもりです。
それでは続きは次回の講釈で。
次回は講釈の三『黄巾の乱賊蒼天を殺し 同志おのおの決意を新たに出陣す』の予定です。
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