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この作品には 〔残酷描写〕 が含まれています。

婚約破棄された悪役公爵令嬢は、百年戦争を始めるようです

作者:キラービー
一度は悪役令嬢ものを書いておきたいと思い、投稿しました。
どこかで見たような話かもしれませんが、読んでいただければ幸いです。
 「アンヘル! 貴公は学園内の生徒に対し、危害や脅迫を加え、この学園の秩序を乱した。その罪を思い知るがいい!」

 金髪に青い目の青年が、一人の女性を断罪する。彼の友人たちやその取り巻きである生徒たちも、彼らの主である青年と同様に、敵意ある視線でその女性を見つめている。

 一方、断罪を受けた女性の表情には、特に動揺や混乱は見られない。
 彼女の黒い瞳は、相変らず夜空の星々のようにきらめき、その滑らかな肌も色を変えず、艶やかな唇は歪むこともなく、微笑を浮かべたまま平静を保っている。

 彼女は、その長く美しい黒髪に刺した髪飾りを、数回刺し直す仕草を無言で繰り返したのち、改めて青年のほうに向き直った。

 彼女の内心の動揺、いや落胆は、その仕草に表れたのみであった。


 「お言葉ですが、マクシムさま。私には全く身に覚えのない事ですわ。何かの間違いではないのでしょうか?」
 断罪は、冤罪えんざいであると、彼女は返答する。

 彼女の名は、アンヘル・パヴィラ・オランジュ。この王国唯一の公爵家であるオランジュ公爵の一人娘であり、唯一の公爵位継承者である。

 そして、青年の名は、マクシム・サザーランド。


 「黙れ! この淫売め。お前の罪は、脅迫罪、暴行罪、姦通罪、そして反逆罪だ」
 マクシムは、その優美な姿に似合わない激しい言葉で、アンヘルを断罪する。

 彼は、サザーランド王国の第2王子であり、学園の主席生徒であり、アンヘルの婚約者であって、卒業後はオランジュ公爵家に婿入りする立場であった。



 そのはずであったのだ。今日この時までは。



 アンヘルは、その美しくも切れ長な瞳で、冷ややかにマクシム王子を見つめ返す。彼女は、罪人呼ばわりされたにも関わらず、堂々として胸を張り、無言で彼に対峙している。

 「なんだ、その生意気な目は! 罪人は、大人しく地に伏せていろ。ランバート! 居るか?」
 まるで品定めするかのようなアンヘルの視線に、腹を立てたマクシム王子は、己の腹心である護衛騎士のランバートを呼びつける。

 「ハッ! 御前に」
 ランバートが、王子の呼び出しに応じ、速やかに彼の側に躍り出る。


 今日は、貴族院附属王立学園の卒業式の記念舞踏会であり、護衛騎士は木剣のみを手にしている。そもそも、普段は学生であり非武装であって、多数の生徒やその従僕が一堂に会する舞踏会であるからこそ、学生の中の騎士候補生が、護衛騎士として木剣の帯剣を許されているのだ。

 だが木剣と言えども、婦女子を傷つけるには十分である。

 彼は、主であるマクシム王子の無言の意を直ちに汲み取ると、木剣を抜刀し、アンヘルの右膝を容赦なく打擲ちょうちゃくした。

 「・・・っ!」
 アンヘルの表情は苦痛に歪み、彼女はホールの床に膝をつく。だが、彼女は苦痛をこらえ、泣き叫ぶ事はしなかった。

 彼女の誇りが、それを許さなかった。
 何より、彼女の背後から向けられる複数の視線に対する恐れが、それを許さなかった。

 主導権を彼らに渡す訳には、絶対にいかないのだから。


 「ランバート、専横が過ぎるぞ! もう良い、下がっていろ」

 「はっ! 申し訳ありません」
 非武装の女性であるアンヘルへ暴力を振るったランバートに対し、マクシム王子が叱責をする。

 (白々しい芝居だこと)
 アンヘルにとって、二人のやり取りが『やらせ』であるのは、見え見えであった。

 王子が直接命令をして、公爵家令嬢に対し暴力を振るうことは、例え相手が罪人であったとしても、褒められた行為ではない。
 だから、王子は命令を口にしない。ただ、ランバートの名を呼んだだけである。

 護衛騎士ランバートの行為の責任は、王子には存在しないのだ、建前上は。

 無論、ランバートが独断で王子の許可なく、このような事をするはずがないのは、アンヘルには承知の事。
 だから、これは王子の明確な意思で、為された暴力なのであった。

 その証拠に、ランバートが謝罪したのはマクシム王子に対してのみであり、アンヘルに対しては、一言の謝罪もなかったのだから。


 王子は、王族としては、正しい。ランバートは、護衛としては、正しい。
 身を挺して主の意を汲み、自ら泥を被る部下にして友人。王子は彼らの忠誠を勝ち得ているのだろう、自分とは違って。

 今まさに、剣の刃を渡る立場のアンヘルと、守られている立場のマクシム王子。
 マクシム王子への親愛の情が、急速に冷えていくのを感じる。

 それは、彼に対する羨望と嫉妬、そして自らに対する失望と諦念から来るモノであった。


 「やめて、これ以上はいけないわ。マクシムさま、ランバートさま、どうかアンヘルさまを許してあげて!」
 マクシム王子の取り巻きの後ろから、一人の可憐な少女が進み出る。

 「アイリス・・・」
 王子は、その可愛らしい女性を抱き留めると、愛おしそうに肩を抱いた。


 (やっぱり、こうなったのね。残念だわ)
 アンヘルにとって、ことの成り行きは予想済みであった。暴力を振るわれたことについても。
 予想できたからこそ、痛みにも耐えることができた。

 体の痛みにも、心の痛みにも。

 予想通りに事態が進んだことだけが、ただひたすら悲しかった。

 そして、これから起きるであろう事について、耐えられるか彼女には自信はない。
 しかし、もはやサイは投げられた。もう後戻りはできない。

 ならば、あとは犠牲をどこまで少なくできるか。


 (まだ、まだ暴発しないで。あと少しだから、耐えてちょうだい)
 彼女は、先のことよりも、今彼女の後方に集まっている、彼女自身の取り巻き連中の自重について、むしろ心配していた。
 ここで彼らに暴れ出されたら、今この場で主導権を確保しようとする彼女の苦労が、全て台無しになるのだから。


 「マクシム王子、この私が、いつ、どこで、何をしたというのです? 言いがかりは、例え第2王子であろうと、許されるものではなくてよ?」

 「白々しいぞ、この女狐め! お前は、全ての国民を平等に扱うべきこの学園において、貴族の権威を振りまき、平民を脅して、罪もないアイリスに対し虐めを行い、挙句あげくの果てに彼女の命を狙った」

 「言いがかりです。そもそも、婚約者であるこの私を差し置いて、王子に近づくそこのアイリス嬢こそが、非難されてしかるべきですわ。
 婚約者が居るにもかかわらず、異性を近づけることは、男であろうと女であろうと、許されざる罪ですわ」

 (例え王子であろうとも、ね)
 アンヘルは、アイリスを批判しつつも、暗にアイリスを近づけるマクシム王子の不誠実さを非難する。

 「黙れ! 貴様には分からぬか。アイリスこそ、この俺にふさわしい愛すべき女性なのだと。彼女には、俺への愛と、敬意と、献身がある。全てをこの俺に捧げる覚悟がある。だが、貴様にはそれらはない!」
 マクシム王子は、アイリスの心根を愛情を込めて褒めたたえた。彼女こそは、自分の伴侶としてふさわしいのだと。

 (そんなこと、言われなくても分かってますわ。この私が、この王子を異性として愛してはいない事なんて)
 アンヘルは、王子に親愛の情は抱いてはいたが、異性としては愛してはいない。

 だが、この婚約は王国にとって必要不可欠なのだ。その重要性に比べたら、恋愛の情など犬にでも喰わせておけばよい。

 だから、例えそれが真実であろうとも、アンヘルが『王子を異性として愛してはいない』ことなど、口に出してはいけないのだ。
 それは、王子にとっても同じこと。


 だというのに・・・。


 「貴様に言われる筋合いはない! 貴様こそ、俺という婚約者がありながら、夜な夜な自室を抜け出して、騎士団寮に出向いているというではないか! どうせ、権力にモノを言わせて、男漁りでもしているのであろう」


 アンヘルは悲しくなった。王子の無理解を。王子の自分への怒りを。自分への信頼の無さを。
 この後の展開を、自らの運命を、王国の将来を、彼女は心の奥で嘆き悲しんだ。

 (王子の取り巻きにも、婚約反対派が居たのね。きっと彼らの告げ口を、王子は信じたのね)


 「何かの見間違いでは?」

 「いいえ、私は見ました」
 予想通り、アンヘルの反論を、一人の侍女が否定する。

 (あの娘は、確かノルディ男爵家の・・・。そういう事ね。やはり、そうなのね)

 反論の続きは、いくらでも可能ではあった。例えば騎士寮の住人に対し聞き取り調査をさせるよう申し出る。あるいは、この侍女の経歴や実家の動向について指摘する等。

 だが、アンヘルはさじを投げた。何より、後ろに控えている取り巻きどもを、これ以上抑えられない。

 (王子は、彼らのいきどおりが、怒りが、見えていないのね)
 何よりも、王子自身の鈍感さと無自覚さに愛想が尽きたのだ。このままでは、彼と結婚できたとしても、共倒れになりかねない。
 だからアンヘルは、もはや何一つ反論せず、王子から決定的な一言が告げられるのを、無言で待ち続ける。



 「アンヘル! 貴様はこの俺の婚約者として失格だ! 俺は、貴様との婚約を破棄する!」
 マクシム王子は、舞踏会参加者たちの面前で、婚約破棄を高らかに宣言した。





 「分かりました。マクシム・サザーランド候。貴公の主張は理解しました。婚約破棄に同意します。
 皆の者! ただ今をもって『ハンバーの和約』は破棄されました。サザーランド候からの申し出によって!」

 「「「おおっー!!」」」
 一斉に歓声が挙がる。アンヘルの後ろに控える彼女の取り巻きたちの大部分から。そして、マクシム王子の取り巻きたちの一部からも。

 中立派、正確には日和見派の学生たちだけが、青ざめ、不安に満ちた表情で事の成り行きを見守っている。


 王子とその学友たちは、アンヘルの宣言と、周りの歓声を聞いて、唖然あぜんとして立ち尽くしている。

 彼らは、アンヘルの王子に対する呼称が、『マクシムさま』から『マクシム王子』へ、そして『マクシム・サザーランド候』へと会話の流れの中で変わっていったことにすら、気付いていない。
 少なくとも、単なる悪口だと聞き流して、それが意味する所の重要性を理解していない。

 (いったい、何が起きているのか、理解していない顔ね)
 それとも、理解を拒否しているのか。
 いずれにしろ、馬鹿面を晒す王子たちを見て、アンヘルは覚悟を決める。



 「サザーランド公爵家の宣戦布告は、たった今成された! 立会人の数も、条約の条件を満たしている。よって、我がオランジュ公爵家は、サザーランド公爵家からの宣戦を受諾する! ヨーム、手筈てはず通りに!」

 「ははっ!」
 アンヘルの後方に控えていた彼女の取り巻き集団の中から、ヨームと呼ばれた中年の従僕が走り出し、素早くホールの裏口を開ける。
 すると、そこから完全重武装の騎士たちが進み出て、舞踏会会場内に居る全生徒と職員を取り囲んだ。

 「な、何事だ!?」
 「無礼者っ!」
 「は、反逆か!?」
 「女狐めっ!」

 マクシム・サザーランド候とその取り巻き、及び中立派と見て取れるその他の生徒たち全員が、槍ぶすまで取り囲まれ、ホール中央に集められる。
 その中には、先ほどまで宣戦布告を聞いて大喜びしていた、サザーランド派の一部取り巻きも含まれている。彼らは、先ほどまでの歓喜に満ちた表情から一転、恐怖に青ざめた表情を露わにして震えている。

 (宣戦布告が成された以上、こうなる可能性は予想してしかるべきでしょうに)
 アンへルは呆れていた。まさか、彼らは宣戦布告後に無事家に帰り、そこから『よーいドン』で戦争準備をするつもりであったのだろうか、と。

 「王子であるこの俺に対し、無礼だぞ貴様ら!」
 マクシムは、怒りのあまり顔を真っ赤にして怒鳴り散らす。

 「こ、怖いわ、なんなのよ・・・」
 アイリス嬢は、マクシムの腕の中で、涙目のまま震えている。


 「姫、おみ足は大丈夫でしょうか?」
 「やはり、サザーランドの山猿どもは、野蛮な獣ですな」
 「姫、残念ですが、あやつらとの和平も、これまでです」
 「よくぞ決断された! これで積年の恨みも張らせようぞ」

 アンヘルの取り巻きたちが、彼女の元へと駆け寄って来て、口々にはやし立てる。彼女は、忠実なる公爵家の下僕と称する彼らに向かって、手を振り微笑みを返す。
 彼女は、内心のいきどおりと怒りと悲しみを隠して、公爵位継承者として威風堂々と振る舞う。


 「サザーランド候、貴公はもはや王子ではありません。ですから『王子』の僭称せんしょうは、この私が許しません」

 「なんだと!? 狂ったか? この不敬者め!」
 アンヘルは、マクシム・サザーランド候は既に王子ではないと言う。これを聞いて護衛騎士ランバートは激怒する。

 「はぁ・・・。本当に何も知らないのですね。この学園の教育方針とはいえ、サザーランド候とそのお友だちが知らないとは、間抜けな事ですわ」
 アンヘルは呆れた。この学園の教育方針は、王国内の若年世代の融和団結のために仕方が無かったとはいえ、やはり問題がある。

 「どういう意味だ?」

 「貴公は、ハンバーの和約についてご存じかしら?」

 「馬鹿にするな! 30年前に王城で交わされた、王国建国宣言に関する条約だ」
 マクシムの返答は、半分だけ正解であった。

 「ええ、その通りですわ。ですが、それだけでは不十分です。ハンバーの和約は、我がオランジュ公爵家と貴公のサザーランド公爵家・・・とで行われた、六十年戦争の和平条約でもあるのですよ」

 六十年戦争。それは、今から90年前に、オランジュ公爵家とサザーランド公爵家の、二つの公爵家を各々の陣営の旗頭として始められた内戦であり、先代王家のジギタリス王の血統が断絶したために起きた、王位継承戦争であった。

 何十年も血で血を洗う内戦の結果、疲弊した両家は和平を結び、互いに通婚することで王国の再建と融和団結を図ったのである。



 それが『ハンバーの和約』であったのだ。



 「そんなの、俺たちが生まれる前の話ではないか! そんな過去の歴史が何だというんだ!?」

 「たった30年前のことなのよ。過去の歴史じゃなくて、今も続く歴史なのよ。まだ恨みも憎しみも全て晴れた訳じゃないのよ」

 アンヘルは思う。目の前のこの男は、恵まれていた。大切にされてきた。多くの恨み、憎しみから隔てられ、守られ、何も知らずに過ごしてきたのだ、自分とは違って。

 そして、この学園の教育方針は、過去の憎しみ、しがらみを無かったことにする。過ぎ去った歴史として、葬り去る。
 そうして、自分たちのような若い世代に、古い世代の遺恨を受け継がせず断ち切る。

 それは、未来志向という観点、新たな王国の再建という観点からは、正しい。
 しかし、それは世代間の断絶を招いた。火種を消した訳ではなかった。

 むしろ、恨みを忘れられない人々からすれば、それはサザーランド王家とオランジュ公爵家に見捨てられたのと同義であった。そういう観点では、間違っていたのだ。



 アンヘルは、可能ならば婚約破棄などしたくはなかった。両家の婚約は、ハンバーの和約の核心を成すモノ。
 それを破棄するということは、ハンバーの和約を破棄して継承戦争を再開するということ。実際、そのように条文にも記載されている。

 だからこそ、婚約破棄を防ぐ事は困難であると判断したアンヘルは、今回の婚約破棄騒動を逆用して、一挙に王国内の膿出しをする決心をした。
 憎まれ役を買って出る決意をしたのだ。

 例え、それが自分が望んだことではないのだとしても。例え、未来の歴史に『悪』として刻まれようとも。


 「サザーランド王国成立の根拠は、ハンバーの和約にありました。ですがハンバーの和約はたった今無効となりました。よって、もはやサザーランド王国は存在せず、今やオランジュ公爵領とサザーランド公爵領があるのみ。そして、貴公は私の人質です、サザーランド候」
 アンヘルはそう述べると、予定通りの指示を出す。

 「サザーランド候の両手両足の腱を切れ! 逃げぬよう、そして二度と戦えぬように」
 (開戦の責任を、とってもらいますよ)

 彼女は自ら指示を出した。サザーランド候と騎士ランバートとのやり取りのような、茶番劇をするつもりなど、毛頭なかった。

 「ははっ!」
 彼女の忠実な僕であるヨームが、小気味よく返事をする。そして・・・。


 「は、放せ! 助けてくれ!」
 アンヘルに暴力を働いた騎士ランバートと、アンヘルが深夜に自室から抜け出している事を告げ口した侍女が、武装した騎士に連行されてくる。

 「お前たち、同じ騎士だろうに! なぜ王子に逆らうんだ!?」
 ランバートは、かつての同僚たちに問いかける。

 「愚か者め! この場に居る騎士候補生は、全員アンヘルさまの義挙に賛同済みだ。そもそも、お前らサザーランドの騎士は、すぐそこの広間で我らオランジュの騎士に囲まれているではないか」

 アンヘルが夜な夜な騎士寮に出向いていたのは、今日この日に備えての事であった。
 サザーランド系の騎士たちに対し、舞踏会への参加を勧めて、彼らオランジュ系の騎士たちが裏方に回っていたのは、万が一アンヘルの危惧が現実のモノとなり、婚約破棄がなされた際に、アンヘルが人質となるのを防ぎ、先手を打つためであったのだ。

 サザーランドの騎士が、木剣をもって我が物顔でアンヘルを拘束した裏で、オランジュの騎士は完全重武装し、本物の槍を構えて待機していたのだ。

 (ほんと、ランバートの言う通りだわ。同じ王国の騎士だというのに)
 アンヘルは、内心ではランバートの疑問はもっともな事だと思う。だが、彼女がその気持ちを露わにすることはない。
 彼女は、犠牲を最小限にするため、サザーランド系騎士の中の過激派たちから、彼らの理想の指導者であると、見なされ続ける必要があるのだから。


 「あ、アンヘルさま、お助けを! どうかご慈悲を!」
 ランバートが命乞いを始める。しょせん、彼は騎士候補生であり、ただマクシム元王子の意に忠実であっただけ。命を懸ける心構えは不十分であった。

 当然、アンヘル側の騎士たちも大部分が候補生であり、未だ人を殺める心構えは、できてはいない。

 ランバートと彼らとの違いは二つ。
 一つは、彼らは完全重武装であって、鎧兜が中の者の震えや恐れ、戸惑いを覆い隠していてくれたこと。

 そして、もう一つの違い。

 「アンヘル・パヴィラ・オランジュが命ずる! ランバートを処刑して、その首を学園の正門に晒しなさい!」

 それは、各々の指導者である、アンヘルとマクシムの、両者の覚悟の違いであったのだ。



 「ううっ・・・。なぜだ? なぜなんだ!?」
 両手両足首から血を流し、かつての王子は涙ながら自問する。

 「それは、こちらが聞きたいわ。なぜ、オランジュ公爵家とサザーランド公爵家との和平の条件である、両家の婚姻を妨害したのかしら。
 どうして、ハンバーの和約の破棄条件である、婚約破棄を申し出たのかしら。そちらの方が王家として優遇されていたのに」

 「知らん! そんなもの知らない! どうして教えてくれなかったんだ!」
 元王子の疑問も、もっともだ。学園の教育方針がどうであれ、彼の周りの者が教えて然るべきだと、アンヘルも思う。

 (きっと、私の周りだけでなく、彼の周りの大人たちも、この婚約が破棄されることを望んでいたのね、たぶん)
 アンヘルの推測ではあるが、こういう事なのだろう。

 既に亡くなった者たちは、恐怖と憎しみを抱いて死に、今はもう居ない。

 従軍世代の生き残りである老人たちや、父であるオランジュ公や元サザーランド国王は、戦争が心底嫌になっていた。厭戦気分に染まっていた。戦争未体験者であっても、指導者層は戦争被害を耐えがたく、避けるべきモノだと考えていた。

 マクシムを初め、若者たちは、そもそも戦争は過去のモノ、書物に記載された歴史上の出来事だと思っていた。以前の自分が、そうであったように。


 戦争を望んだのは、大人たち。つまり、終戦当時の子供たちだ。
 戦場を知らず、それ故に戦争の恐怖を知らない。
 だが、荒れ果てた故郷と、遺族たちの憎しみを知っていた。

 中途半端に、戦争の記憶を持っていた。恐怖は知らず、恨みは知る者たち。
 そして、彼らに感化された一部の若者たち。

 しかも、あれは内戦だった。外国との戦争なら、終戦後は交流を制限したり、往来を制限したりできる。
 国内で一致団結することもできる。

 しかし、内戦は終わった後も、しこりが残る。
 30年前まで殺し合っていた相手と、同じ国内で一緒に暮らすのだ。
 なかには、仇同士が隣り合うこともあるだろう。今日の舞踏会のように。

 例えば、たった今首を切り落とされたランバートの隣で、悲鳴一つ挙げず、むしろ喜びに満ちた表情をしていた侍女。
 アンヘルのことを告げ口した娘。ランバートと同じく処刑される運命なのに、全く恐れを見せない女。

 彼女は、ノルディ男爵家の者だ。

 ノルディ男爵は、あの六十年戦争末期に、父親を討ち取られている。討ち取ったのは、先代オランジュ公。
 即ち、アンヘルの祖父だ。

 あの侍女は、実家の意を受けて、今回の騒動を後押ししたのだろう。
 それだけではなく、恐らくは外国の介入もあったに違いない。我が国の混乱を望む外国勢は、今のこの状況を見てほくそ笑んでいることだろうから。

 もしかしたら、アイリスとかいうあの少女も、その同類なのだろうか。今となっては、もはやどうても良いことだが。


 (いまの大人たちが、もう少し我慢してくれれば。せめてあと10年・・・)
 しかし、アンヘルはもう悩むことは止めたのだ。

 犠牲を最小限にするために。
 オランジュ家に連なる者たちを守るために。
 国内の平民たちを保護するために。

 何より、反サザーランド派の活動が反乱まで進み、自分や愛する家族が犠牲となるのを防ぐために。

 実際、彼女自身も懇願・忠言という名の脅迫の元、旗頭として半強制的にこの場で命令を下しているのだ。
 マクシムに対し、婚約の重要性について説得しなかったのも、それができるような状態ではなかったから。

 『姫』と持ち上げられつつも、彼女の『裏切り』がないか、常に目を凝らしているのだ。彼女の取り巻きの大部分は。
 彼女が、王子との婚約が守られるよう働きかけるような『利敵行為』に走らないよう、牽制していたのだ。


 だから、サザーランド公爵家とその一族郎党のみを抹殺して、一刻も早くこの場を終わらせるのだ。

 奴らの始末は、その後の事。


 「さて、サザーランド候。貴公の愛する、そこのアイリス嬢を渡してもらおうか」
 アンヘルには、マクシムに対する恋愛感情は存在しない。だから、アイリス個人に対する遺恨も、実は全くない。
 だがしかし、アンヘルを主と仰ぐ反サザーランド派学生たちを鎮めるために。

 アイリスの命が、にえとして必要なのだ。

 「それだけは、飲めない。例え、殺されようとも!」
 アイリスに抱きかかえられたまま、マクシムはそう静かに述べる。

 「では、代わりに貴公の取り巻き連中の中から、15名の命をもらいます。さあ、15名を選びなさい」


 「なっ!?」
 マクシムの表情は苦悶で歪み、その視線はただひたすらアイリスへと向けられている。

 「た、たすけて・・・マクシムさま・・・」
 アイリスは、マクシムに救いを求めた。

 (決まったわね)
 アンヘルの予想どおりである。マクシムは優しい。そして彼はアイリスと愛し合っている。更に、アイリスは平民。この場で頼れる者は、マクシムしか居ない。
 そして、アイリスには貴族の責務もしがらみもない。彼女は守られるべき民草なのだ。だから、安易にマクシムに助けを求める。

 でも、それは仕方がないこと。責任があるのは、平民ではなく王侯貴族なのだから。


 「・・・分かった。すまない、皆の者」
 結局、マクシムはアイリスの助命を願い、己の取り巻きから15名の生贄を差し出したのだった。

 「そんなっ!」
 「お、お助けをっ!」
 「今までさんざん尽くして来たのに! この恩知らずがっ!」
 「・・・・・」
 「同じ生徒だろうに、お前らは鬼だっ!」
 選び出された15名の元取り巻きたちが、口々に非道を訴える。

 だが、彼らは下級貴族であったり、サザーランド公爵家と疎遠であったり、口だけの無能であったり、重要人物ではないと、マクシムから見放されたのだった。

 海の怪物クラーケンは、獲物が取れず飢えた際には、自らの足を食べて当座をしのぐという。

 まさに、今のマクシムが、そうであろう。

 愛する恋人を見捨てられず、私情に走り自らの配下を売り渡す。
 その結果、売られた者どもの親族からは恨みを買い、自らの派閥内の団結にもヒビが入り、彼らの忠誠心は地に堕ちる。


 怒りや落胆を露わにするマクシムの取り巻きたち。
 そんな彼らを見て、アンヘルは反吐へどが出る思いであった。

 (なんて、浅ましいのかしら)
 アンヘルは、生粋の貴族主義者であった。彼女は、平民には一切の権限は存在しないと考えている。
 しかしそれ故に、平民には一切の責任も存在しないと考えている。

 だから、アイリスの助命を申し出たマクシムは、そういう点では褒められてしかるべきだと、彼女は思っている。
 この様な事態を招いたマクシムの取り巻き連中こそ、責任を負うべきだと、彼女は思っているのだ。


 放心状態のマクシム。もはや彼は折れた。元王子としての彼には、派閥の長としての価値は既に存在しない。
 そんな彼を、ひたすら抱きしめて慰め続けるアイリス。

 (なんて、羨ましいのかしら)
 アンヘルは、二人を羨んだ。愛する者のために全てを捨てられる、その愚かしくも美しいあり方を。

 (でも、私は違う。あの二人とは、違うのよ)
 そう、アンヘルは愛を捨てた。捨てさせられた。彼女に忠誠を誓うと言いつつ、彼女の願いを踏みにじる、彼女の取り巻きどもに。

 (父は、きっとこの私に怒りを抱くでしょうね)
 ひたすら国内の融和を図り、反サザーランド派を抑えて来た現オランジュ公爵。

 その苦労が、たった今水の泡と化したのだから。

 アンヘルは、父の見通しは甘いと結論付けていた。父は老いたのだ。
 いずれ、近い将来に反乱は起きていた。ならば、火種が小さい内に、これを燃やし尽くすしかないと、彼女は考えたのだ。

 たとえ、愛する父を敵に回すことになろうとも。愛する父を守るためには、そうするしかなかったのだ。

 (私は、歴史上の『悪役』。自分の役割を演じ続けるのよ)



 「では、そこの15名の命は、私の物。あなたたちは、これから私に仕えなさい」

 かつての盟主、かつての主であったマクシムから切り捨てられた15名。今や彼らは中立派も同然。
 だから、丸ごといただいた。

 無論、彼らは優秀とは言えない。地位が低かったり、無能であったりする。だから見捨てられた。

 だが、今のアンヘルに必要なモノは、彼女に忠誠を誓う彼女直属の部下。
 例え有能であろうと、恨みと憎しみに囚われた挙句、味方の振りをして婚約を妨害し、戦争を再開させようとする貴族どもではない。


 アンヘルの目指すもの。

 それは、二度と内戦を起こさせない体制の確立。
 貴族どもが王家や公爵家の意向を無視して徒党を組み、騒乱を巻き起こすことのない秩序。
 王家と平民が直接結びついた確固たる中央集権体制。


 即ち、『絶対王政』である。


 「ヨーム」

 「御前に」

 「あの15名と、中立派と、マクシムとアイリスを除いた、残りのサザーランド派全員を処刑しなさい。全員の首を、戦犯としてこの町の城門に晒しなさい」

 そう宣言すると、アンヘルはきびすを返してホールの出口へと向かう。

 「えっ!?」
 「どうして?」
 「ふ、ふざけるな!」
 「約束が違う!」

 たった今処刑を言い渡されたサザーランド派の学生とその従僕たちの悲鳴に満ちた罵詈雑言と、オランジュ派の学生と従僕たちの勝利の歓声を背にして、アンヘルは舞踏会会場から堂々と退出する。

 (ちゃんと言えたかしら。声は震えていなかったかしら)


 こうして、彼女の卒業記念舞踏会は終わった。
 だが、まだまだやるべき事は、山ほどある。

 父であるオランジュ公爵を、無理隠居させ自分が公爵に就任しなければ。いかにして血を流さずに行うか。
 マクシムの身代金を、どれぐらいむしり取れるか。王城を明け渡させて中立都市化できれば良いのだが。
 サザーランド派の貴族どもを、いかにして殲滅するか。この場の学生は根こそぎ始末したので、士官候補生に不足する奴らは、長期戦では不利だろうが、あとは軍に任せるしかないか。
 平民や低位貴族から優秀な者を取り立てて、直属の家臣団を作り上げねば。あの15名が、良い宣伝となればいいのだが。
 和平の邪魔となる、忠臣面をした獅子身中の虫どもを、いかにして戦場で自滅させるか。まぁ、戦意は高いからやりようはあるか。





 60年続いた後、30年の休戦期間の後に再開された内戦は、10年後に終わりを告げた。
 人々は、この内戦を休戦期も含めて『百年戦争』と呼んだ。

 何故なら、ジギタリス朝の断絶とオランジュ朝の開始との間が、ちょうど100年であったから。
 百年戦争の間は、内乱期であって、わずか一代30年しか続かなかったサザーランド朝は、正統王朝とは見なされていない。

 マクシム・サザーランド、アイリス・サザーランド夫婦のその後は、記録にはない。
 一説によると、二人は平民となり平穏に暮らしたとも、戦後に戦争犯罪人として処刑されたともいうが、確証はない。



 初代オランジュ国王ヴィラーノ・アンヘル・パヴィラ・オランジュは、父であるオランジュ公爵を幽閉すると、国内の多数の貴族を処刑あるいは追放し、その領地財産を直轄領として納め、王国の基礎を作り上げた。

 彼女は、人々の間で次のように呼ばれたという。

 国内においては、曰く『鉄血女帝』『戦姫神』『法の番人』と。
 国外においては、曰く『復讐姫』『死の天使』『オレンジ公』と。




 しかし、彼女は自らを『悪役ヴィラーノ』と呼ぶことを好んだという。

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