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部屋から出られない男 2

作者: 会津遊一

 俺は、部屋から出られなくなった。

 といっても、別にドアの鍵が壊れているワケじゃない。更に言えば、これから重要な用事があるワケでもないし、誰かに監禁されているなんていう理由でもなかった。ただ、出かけようとしてアパートのドアを開くも、そこから先に行けなくなっていたのだ。

「……まあ、なに言ってるのか、よく分からないよな」

 安心しろ。

 俺も自分で言ってて、自分で分からん。

 ただ、もう少し具体的に言えば、薄い透明な幕みたいなのが入り口にビッシリと貼ってあった。そこに手を突っ込むと、自分の手が返ってくるんだよ。まるで、切断された腕の一部が、此方に向かって飛んでくるような感じでた。そして、着ていた服だけが「向こう側」にいって、空中で垂れ下がっていたのだった。

「……なんなんだこりゃ」

 俺は呆気に取られた。

 昨日まではフツーの部屋だったハズである。ところが、今朝、バイトに向かおうとしていたら、こんな風になってしまったのだった。しかも、変なのはドアだけじゃない。いくら窓を殴っても割れないし、アパートの壁を叩いても鉄みたいに固くなっていたのだ。そりゃ、ただ混乱するしかないだろう。

 俺は口をぽかーんと開けつつ、ズボンのポケットをまさぐった。

「……ま、まあ、とりあえず、とっとくしかないか。こんなの滅多にないし」

 かしゃ。

 俺は取り出した携帯電話で今の超常現象を撮影し、その画像をネットにアップした。こんなの初めてだから取り乱していたという気持ちもあったし、この驚きを誰と分かち合いたいという気持ちもあったのだ。どーだ、俺スゲー事になってるだろ、と誰かに言って貰いたかったのかもしれない。

「えーと、俺は未来人になったのかなう、っと」

 バカみたいなコメントと共に、俺は画像をツイッターに投稿した。

 すると、瞬く間に反応があったのだ。少ない知り合いからや、まったく見ず知らずの人から多くの返信が寄せられた。殆どリプライなんてされた事がなかった俺は、みなの反応を見て少し喜んでしまっていた。

「ん?」

 ふと、ニヤニヤとした顔で携帯を動かしていた俺の指がピタッと止まる。ウケるや、ウソや、ハッタリだとかいう皆のコメントに混じって、ある1つの意見が俺はどうしても気になったのだ。

 それは、こう書かれていた。

『まあ、こんな画像加工、今の小学生なら簡単にできる品。ただ、これが仮に本当なら、動画にしてアップすればいい。YouTubeで3億再生された学生が年収にして数千万ぐらい稼いだのは有名な話しだろ』

 と。

 俺に向けて返信された。このコメントを考えた人は、どうせ偽物の画像だろ、という皮肉の気持ちを書き込んだのだろう。普段の俺だったら、ウゼー事をわざわざ言ってくるなよ、と愚痴りながらブラウザを閉じている。いや、間違いなく今の楽しい気分を害していたハズだった。

「……でも、今はありがたいぜ」

 いつの間にか、俺はニヤッとよこしまな笑みを浮かべていた。


 ※


 恵まれない人生が逆転する、なんて事は殆ど無い。

 たまに幸運を勝ち取るヤツはいるけど、そんなのはごく限られたケースだけだ。1%の人間は人生が変われても、他にいる99%の人間は不幸のまま死んでいく。それなのに、世間では努力すれば幸福になるなんて言ってるんだぜ。アホだろ。あんまりないケースを例を出してさ、全ての人間に人生が変わるチャンスはあるなんていうのはゴマカしさ。それを正論のように感じるのは、みんな幸運になる事を夢みて不幸の味を誤魔化したいだけだって。

「……そう、ずっと思ってたわ」

 自分の部屋の天井を見つつ、そう俺はほくそ笑んでいた。

 すると、今の声に反応するように、隣で白い人影がモゾモゾと動いたのである。

「ん、なに?」

「……なんでもねぇーよ」

「そうなんだ」

 と答えると、名前も知らない美しい彼女は眠たそうに目を擦り、直ぐに微かな寝息を立てていた。スラリとした手足を俺の体に巻き付け、1つしかない布団の上で睡眠を取っていた。2人とも裸のままだ。さっきまで燃え上がっていた雄と雌の濃い体臭が部屋の中で充満している。俺は、それを満足そうに吸い上げると、再びほくそ笑んでいたのだった。

 変わった。

 本当に、人生が変わったんだ。

 あれから、俺は全てが一変した。偶々、部屋から出る事が出来ないという超常現象が起こったおかげで巨万の富を手に入れた。初めは、ネットで動画を上げた事により微々たる広告費を稼いでいたのだが、それを直ぐにテレビ局の人間が買い取ってくれたのであった。

「……あ、どうも初めまして。私、○○テレビ局の○○と言います。失礼ですが、貴方、YouTubeに不思議な動画を上げていますよね」

 何処で調べてきたのか。

 ある時、そういう連絡が俺の携帯電話にきた。

 そりゃ、最初は信じがたい話しだと思っていたけど、出演料が30万にもなるという話しを聞いて俺の態度はコロッと変わった。これが詐欺かも知れないという不安はあったが、不思議と迷う事はなかった。今の俺なら、どうなっても大丈夫という変な核心があったのだ。以前の俺だったら間違いなく信じなかっただろうけど、それが人生勝ち組に変わっていく者の心境なんだろう。

 そして、テレビで放送される事により日本中に知れ渡り、それが世界にまで広がっていった。その後はもうとんとん拍子さ。数多くの研究機関が俺に大金を払ってまで、俺と部屋を調べたいと申し出てきたし。いろんな企業が広告塔になってくれと、列を作って待っているし。名前も知らない女が何人も訪ねてきては、今みたいに体を預けてくれる。

「あははははは」

 いやぁ、天国だったね。

 宝くじがあたったなんてレベルじゃないんだぜ。見知らぬ人間から土地を貰い、そこから石油が噴き出してきたようなもんだ。こんなの自分の話じゃなかったら信じない。ありえねー、とバカにしたくなるぐらいのラッキーだった。

 ―――でも、俺の顔色は優れない。

 ほくそ笑みを浮かべるものの、心の底からは楽しくなかった。

「……やっぱ、外に出たいよなぁ」

 俺の暗い呟きが部屋から漏れる事は無かったのだった。


 ※


 君も、考えてもみてくれ。

 目の前に、自分の身長よりも高く、札束が積み上げられているんだぜ。もう部屋の中は、印刷されたインクの濃い臭いで充満している。むろん、それは全て君の物だ。どう使おうと問題はないし、目の前にしただけでも自分だったら何に使おうか色々と考える事だろう。

 それが人間だ。

 しかし、その代わり、自分の部屋からは出られない。有り余る大金を利用して科学者達に状況を解明させようとしても分からない。みな揃って、どうしようも無いと言ってくるだけだ。つまり、一生使い切れない金はあっても、一生同じ所に居続けなければならないんだぜ。そんなの、チョー辛いじゃん。

 っていうか。

 大金のある男だったら、世界中の名所に行ってみたいと思う。世界中の上手い料理を食べたいし、世界中の女を抱きたいし、その世界から宇宙にだって飛び出してみたいと考えるだろ。これが部屋の中で燻ってるだけの以前の俺なら、一カ所にいるのは苦痛じゃないと考えているかもしれない。

 しかし、今は全てを変える事が出来る金を手にしているのだ。

「……だから、やっぱり部屋から出たいよ」

 俺はいきり立った。

 もう狭くて、カビ臭いアパートの一室にいるのは我慢できなかった。

 幸い、俺の部屋の状況は、科学者達が調べ尽くしてくれたのでデータは揃っている。今更、状況を調べる必要はないだろう。なんでも、この部屋から、人間、水、電気、空気、動物、プラスチック、食料、排泄物など、全ての物質が通過する事は可能なのだそうだ。そういえば、こんな状況になった初日も、自分の服だけが外に出ていたっけ。そして、入り口以外の壁は中から壊せず、外側のアパートは普通なのである。

 ただ、俺だけが例外だ。

 どうしても俺だけが部屋から出られない。

「……問題は、そこだよな」

 世界中にいる何千人という科学者が考えても、答えは分からなかった。ただ、それは原因を調べる事ができなかったというだけであって、俺が部屋から出る方法が無いというワケではない。俺が部屋から出られなくなった理由なんて、どうでも良い。ただ、全ての原因である俺の部屋を無くしてしまえば、俺も外に出られるハズなのだ。

「へへ。中から壁は通せない。でも、外からはフツーだ。そして、俺以外の物質が通るのなら、火だって可能だよな。つまり―――この部屋の入り口の辺りから燃やしてしまえば良いって事さ」

 俺はライターを握りしめたまま、黒い笑みを浮かべていた。


 ※


「っと、まあ、ここまでの理屈には問題がないと思ってたワケよ。もちろん、原因が分からないんだから壊すと事故になるリスクはあったけど、こっちが助かる可能性だってある、って信じ切っていた。それが勝ち組の理論なんだ、ってね」

「ふむ」

「俺ってバカだよなぁ」

「いやいや、そうでもないよ」

「そうかぁ?」

「人間の欲望に限りはない。お金があるなら、こうしたい、ああした、そう思うのが自然だろ。ほら、宝くじが当たっても、その後、身を崩す人が多いって話しを聞いた事がないかな。みんなお金がありすぎると、どこか狂ってしまうものなんだよ」

「けど……」

「まあ、反省する気持ちも分かるよ。ただね、どんな人間だってバカやるだろ。でも、その時の事を後で反省できるか、できないかで大きく変わると私は思うね。大事なのは、いま何を考えているかだよ」

「……はい」

「よし、後は静かにしていろよ」

 と言って制服を着た男は、何処かに消えてしまった。

 1人残された俺は、ゴロンっと床に寝そべった。そして、灰色の天井をボーッと眺め続けたのである。このまま就寝時間までゆっくりしているのが最近の日課である。まあ、これぐらいしかする事が無いのだから、日課は変かもしれないけど……。



「なんで、こんな事になったんだか」

 俺は深いため息を吐いた。

 あの日、俺は自分の部屋から出るため火を付けたのだ。古い木造のアパート建物だったので、それはあっという間に広がっていった。パチパチと激しい音を立てて壁が溶け出していった。そして俺は、いつでも飛び出せるよう濡れたタオルに身を包み、燃えさかる炎の中でジッと耐え続けた。

 後は、崩れた所から飛び出すだけだった。

 この無謀とも思える作戦は成功する。

 結果だけいえば、俺は自分の部屋から出られたのだ。

 ―――しかし、考えていなかった

 とうぜん、アパートは他にも部屋があり、他の住人は逃げ遅れ……。

 警察だってバカではなく、出火原因である大本を捜さないわけはなく……。

 俺は人殺しの罪で捕まった。

 そう。

 一度は出られたかもしれないが……。

 俺は再び、檻という部屋から出られなくなっていたのだった。



 

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― 新着の感想 ―
[一言] 久しぶりの会津さんでした(ちょっと意味不明) 『3』の方も読んだんですが、珍しくコメディでないこちらの方が好みでしたね。 偶然に端を発する展開からオチまで、主人公の人となりが実に素直に伝わっ…
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