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ワールドブレイカーシリーズ

きみを、願う

作者:ルーラー
 三十を過ぎたいまになっても、ときおり、思うことがある。
 『あの日』に違う言葉を紡げていれば、あるいは、と。

 わかってる。
 あのとき、どんな言葉を口にし、どんな行動をとっていたとしても。
 現在いまに繋がるものなんて、きっと、ひとつも得られなかったに違いない。
 土台どだい、当時の僕には、そんな勇気など欠片かけらもなかったのだから。
 あの頃の僕は、視野の狭い、ただの中学一年生でしかなかったのだから。

 友達とは、クラス替えと共に疎遠そえんになるもの。
 恋人とは、一生を一緒に生きていくもの。
 そんな幼い価値観しか持てずにいた、十二、三歳の子供に過ぎなかったのだから。

 仮に『あの日』、どんなに僕が上手くやっていたとしても。
 中学一年生のあのときから、いまに至るまでの日々をずっと一緒に過ごすだなんて。
 そんなのは、絶対に無理だったろうと、いまは理解できているから。

 それでも、夢に見ることはある。
 目覚めのたびに、優しい切なさを感じることがある。

 そして、そんな日は。
 気づけば、いつも目で追っていた『あの』の姿を。
 遠くから見ているだけでも幸せな気持ちになれた、あの笑顔を。
 いまになってもまだ、恋と呼んでいいのかもわからない、そんな淡い感情を。
 そればかりを頭に浮かべ、嬉しいとも、寂しいともつかない心持ちのままで、一日を過ごすことになる。

 人間は、一日ごとに生まれ変わる生き物だ。
 だから、夜になって、眠って、次の日になれば、この胸の空虚くうきょさは消えてくれる。
 それからも、たまに思いだしては、少しばかりの虚しさに襲われることがあるけれど。
 『あの日』の行動によっては、もしかしたら、この胸の空洞も出来ずにすんだのかもしれないけれど。
 あるいは、あんな幸せな時間が、もう少しばかり長く続いてくれたのかもしれないけれど。

 それでも、いまの僕もやっぱり、『幸福しあわせ』ではあるから。
 ひとつの『幸福しあわせ』を、得られてはいるから。
 だから、『あの日』の選択は間違いじゃないんだって、僕は言える。
 悔いだけはないと、胸を張って言える。

 これは、悲劇じゃない。
 これは、失恋じゃない。
 だって、始めることすらできなかったのだから。
 いや、恋であると、未だに確信できてすらいないのだから。

 だから僕は、願うだけ。
 この淡い感情が恋であればいいな、と願うだけ。
 雑踏の中で偶然に、彼女とすれ違うことができたらいいな、と願うだけ。

 そして、どうか、ほんのわずかでいいから。
 本当に、ひと欠片程度でいいから。
 僕の中に、彼女の存在が未だ大きく残っているように。
 彼女の記憶の中にも、ほんのちょっぴり、僕の存在が残ってくれていたらいいな、と願うだけ。

 もちろん、それは幻想だ。
 そんなこと、現実には在りえないってわかってる。
 でも、願うだけは、自由だと思うから。
 僕が恋をしたのかもしれなかった『あの娘』に、どうか現在いまも幸せでありますようにと、願うことくらいは許されるはずだから。

 だから、あの頃の日々を夢に見た日は、それを思う。
 それを、願う。
 優しくも切ない、追憶と共に。
 本当なら、心地いいだけですむはずだった、追憶の日々と共に――。

 ◆  ◆  ◆

 友達を作るのは、どちらかといえば得意なほうだった。
 ただしそれは、あくまでも同性限定。
 相手が異性となると、事務的な会話しかできなくなってしまう。
 だから、異性と友達になるなんて、僕にとっては夢のまた夢だった。

 だからその日も、僕が話しかけたのは異性ではなく同性。
 ちょうど後ろの席になった、佐渡さわたり隼人はやとという少年だった。

「おはよう! 今日から同じクラスだね! 僕は笹川ささがわ太一たいち、これからよろしくね!」

 別に、クラスメイトがイコールで友人だと思っているわけじゃない。
 僕はもう中学生――正確には、私立硝箱しょうそう学園中等部の一年生なのだ。
 まだほんの十二年くらいしか生きてはいないけど、いじめられた経験もあれば、人には言えない持病だって持っている。それも、医者には『原因不明』といわれている類のものが。
 それから数年後には『てんかん』という名称が世間に広まり、唐突な意識の喪失そうしつといった重度のものであっても、こうてんかん薬で抑えられるようになるのだけれど、そんなの、当時の僕には知ったこっちゃないわけで。

 この発作が始めて起きたのは、僕が小学四年生の頃だっただろうか。
 そして、発作が起きるたびに病院に運ばれ、何度も何度も検査を受け、『原因不明』と言われながらもひととおりの薬を処方してもらった。……効き目は、これといってなかったけど。

 正直、幼くして僕は思ったものだ。
 これは、一種の人体実験じゃないか? と。
 珍しい病気を調べるためだけに、様々な検査を受けさせられ、色々な薬を飲まされてるんじゃないか? と。
 けれど、それはさすがに医者のことを悪く思いすぎていただけだったようで、この頃には発作もまったく起こらなくなっていた。
 でも、それで『よかったよかった』と安心できるほど、人間というものは単純ではなくて。

 だって、人生はこれからもまだまだ続くのだ。
 ここしばらくは発作が起きてなくても、またいつ起きるかは誰にもわからないのだ。
 ぶっちゃけてしまえば、発作が頻繁ひんぱんに起きていた小学六年生くらいのときのほうが、よほど精神的には楽だった。
 なぜなら、発作が一度起これば、二週間くらいは必ずといっていいほど正常な状態を保っていられたから。……もちろん、そうと医学的な根拠があったわけではないのだけれど。

 ともあれ、この持病のこともあってというべきか、それとも全面的に持病のせいなのか、僕は親や親戚以外の他人と一定の距離を置いてつきあうようになっていた。
 といっても、これは意識的なものじゃない。
 小学四年生あたりからの自分の行動というか、友達とのつきあい方というかを振り返って考えてみたら、なぜだか一定の距離を置いてつきあっていたことに気づいた、というだけだ。
 友達と一緒でも遠出はしないとか、そういう、やや『つきあいの悪い』接し方になってしまっていた、というだけだ。

 でも、これは無理のないことだと思う。
 だって、発作が起きたときに苦しいのは、もちろん自分だけれど。
 それと同じか、下手をしたらそれ以上に、周囲にも迷惑をかけてしまうのが、この『てんかん』という病気なのだから。

 だから、他人とはなるべく距離を置く。
 学園でも、自由帳という白紙のノートにマンガを描いて、休み時間を過ごす。
 いやまあ、絵は全然上手くなかったし、物語自体も全然面白いものではなかったけれど。

 さておき、そうやって自分の中だけで世界を完結させていられれば、きっとそれが、誰にとっても一番だったのだろう。
 でも、僕にはそれができなかった。
 一言で言ってしまえば、僕は人間というものが好きすぎた。
 あるいは、自分と違う思考というものが、好きすぎた。
 そしてなにより、自分でも情けないと思うほどに、寂しがりやだった。

 だから、積極的に友達を作ろうとする。
 発作のことで迷惑をかけるかもしれないとわかっていてもなお、声をかける。
 持病のことを知ったとき、それを笑わずに受け止めてくれる人かどうかを考えながら。

 誰でもいい、というわけではなかったのだ。
 僕は確かにこの日、後ろの席になった佐渡くんに即行そっこうで声をかけたわけだけど。
 彼がもっと遠くの席になっていたとしても、僕はきっと、数日中には話しかけに行っていただろうから。

 ◆  ◆  ◆

 幸運なことに、このクラスには僕の友達がもうひとりいた。

 名前を荒木あらきまさる
 中等部に上がる前からの友人だ。
 もっとも、第一印象自体は最悪で、関係性のほうも、会ったばかりの頃は『いじめっ子といじめられっ子』というものだった。
 だから、気心の知れた関係というのとは、もしかしたら、ちょっと違うのかもしれない。
 仲良くなったのだって、僕が『友達をいじめる人間はいないはず』と考え、荒ちゃんの友達になろうとしたのが始まりだったのだし。

 そう、仲良くなった人間をいじめる人間はいない。
 そりゃ、常日頃から小突かれたり、ちょっと前まではBB弾をエアガンで撃ち込まれたりはしていたけれど、いじめられること自体はまったくなくなったのだ。
 でも、仲良くなりたての頃は『親分と子分』って感じで、対等な『友達』になるのには一年近くかかってしまった。

 正直、同じクラスになっていなければ、あっさりと疎遠になっていたことだろう。
 友達っていうのは、クラス替えで離れてしまえば、会話すらしなくなるものだから。
 それに、心の底の深いことを話し合えるような友達は、ひとりだけいれば充分、とも思っていたし。

 だからぶっちゃけ、彼と引き続き同じクラスになれたことは本当に幸運なのか、と思わず考え込んでしまうこともあった。
 でも、佐渡くんを交えて三人で過ごす時間はとても楽しかったから、やっぱり幸いだったのだろう。
 二人と三人では、選択できる遊びの数だって変わってくるし。

 授業や発作の心配のことも含めれば、決して楽しいだけの毎日ではなかったけれど。
 その年はまだ一度も発作が起こっていなかったこともあって、僕はとても幸せだった。
 充実した時間を、過ごせていた。
 翌年――二年生になってからは、それから三年連続で発作に悩まされることになるのだけれど、それまでは、そちら側の心配は最小限で済んでいて、友達と同じように日々を過ごせることが、ただただ嬉しくて仕方なかった。

 だから、だったのかもしれない。
 初めて僕が、異性に興味らしきものを覚えたのは。
 だって、いつ意識を失うかわからない身体じゃ、恋なんてしてられないから。
 余裕がなきゃ、きっと、できないことだろうから――。

 ◆  ◆  ◆

 いつからだったのか、なんてのはわからない。
 ただ、気がつけば僕は、その娘のことを目で追うようになっていた。

 竹谷たけたに小百合さゆり
 ショートと呼ぶには長く、セミロングと呼ぶには短い、そんな髪型の少女だった。
 彼女にも友達は割と多かった気がするのだけれど……具体的にどんな女子と話していたのかは、僕の記憶には全然残っていない。
 それほどまでに、僕は彼女のことしか見えていなかったのだろう。

 もちろん、それが恋愛感情かどうかなんてことはわからなかったし、ぶっちゃけ、考えようともしなかった。
 遠くから見ているだけで、幸せだったのだ。
 ただそれだけで、心が温かくなったのだ。
 たったそれだけのことで、満ち足りたのだ。

 だから、それ以上のことを望むなんて、頭に浮かんでさえこなかった。
 話しかけようなんて、思ったこともなかった。
 ときおり盗み見たその先に、竹谷さんがいる。
 今日も、確かに、そこにいる。
 ただそれだけで、僕の心は癒されたのだ。

 幸か不幸か、彼女とは事務的な会話をする機会がなかった。
 もちろん普通なら、不幸と思うべきところなのだろう。
 でも、彼女とは事務的な会話すらできるか怪しかったから、僕にとっては幸いだったのでは、とも思う。

 そう、きっと本来なら。
 僕と彼女の間には、接点なんてものはひとつもできず。
 僕の中には、ひとりの女の子に憧れた、という淡く優しいだけの記憶が刻まれていたに違いなかったのだ。

 でも、神さまの粋な計らいとすら感じられる、とあるいざこざが。
 彼女との間に、接点とすら呼べないくらいの些細な交差を生み出したのだった。

 ◆  ◆  ◆

 それは、ある日の掃除の時間のことだった。
 午前の授業をすべて終え、昼食をとり、大抵の男子は腹ごなしに軽く運動をしたくなる時間帯。
 掃除が終われば昼休みになって、グラウンドで思う存分遊べるだろうに、と僕なんかは思っていたものだけれど、その十数分の掃除が我慢できない男子生徒は常にいるもので。
 そう、僕の友人のひとりである荒ちゃんも、そんな中のひとりだった。

 その日に男子たちがやっていたのは、教室用の室内ボウキを剣に見立ててのチャンバラごっこ。
 当然、目とかに突き刺されば充分危ない。
 でもまあ、いくらなんでもそこまで大事にはならないだろうと、僕は離れたところで雑巾ぞうきんを片手に床を拭いていた。

「ちょっと男子! いい加減、真面目に掃除しなさいよ!!」

 そんな大声にビクッとして顔を上げれば、そこには男子たちに詰め寄る真面目な女子たちの姿が。
 これも割とよくある光景で、大抵は男子が渋々ながらも矛を収めるか、先生がやってきて両方を注意するかで、ひとまずは丸く収まるのが常だ。
 ただ、その日に限っては傍観ぼうかんしていられない事情が、ひとつあった。

 ……なんというか、その。
 なんで、竹谷さんまで勝ち気な女子たちと一緒にいるのだろうか。
 小柄で小動物的というか、守ってあげたいオーラ全開というか、とにかく、男子を注意するような光景を見たことは、一度もなかったはずなのだけれど。

 そして、さらに悪いことに、男子と女子の口論はどんどんヒートアップしていくわ、先生がやってくる気配は全然ないわで……。
 これはマズい。このままだと、ちょっとした弾みで男子も女子も実力行使に出かねない。
 幸いなのは、男子の中で熱くなっているのは荒ちゃんくらいのもの、というところだろうか。
 彼が『馬鹿馬鹿しい』とでも言って掃除に戻れば、あるいは別のことに気でも逸れてくれれば、他の男子たちも白けてくれそうな雰囲気があるのだ。

 となれば、あまり気は進まないけれど、やるしかない。
 自分が痛い思いをするのは嫌だし、男子と女子がケンカをするのも基本的にはかまわないのだけれど、それに竹谷さんが巻き込まれるとなれば話は別だ。
 僕は掃除用具入れから竹ボウキをひとつ取り出し、

「ほらほら、荒ちゃん。こっちこっち」

 と、ペシペシと荒ちゃんの持つホウキの柄の部分を叩きにいった。

「なんだよ、いきなり。――おっ、イッちゃんも珍しくやる気になったか?」

 そして荒ちゃんは快活に笑い、かなり本気でホウキを振るってくる。
 や、痛いです。すごく痛いです。もうちょっと手加減ってものを……!
 でもまあ、小突かれたりドカドカと攻撃されること自体はよくあることだ。
 中等部に上がってから回数が減ってはいたけれど、決してゼロにはなっていなかったし。

 僕はヘラヘラと笑いながら、荒ちゃんが女子たちから離れるように「痛い痛い」と逃げ回る。
 そして顔だけを向け、そっと竹谷さんのほうを盗み見てみた。
 僕が思わずドキリとしてしまった会話が飛び込んできたのは、まさにそれとまったくの同時。

「ねえねえ、小百合。もしかして笹川、あんたに気があるんじゃない?」

「――ええっ!?」

 いやいやいやいや、『ええっ!?』は僕のセリフだ。
 ただ、図星を突かれたからか、どうしても頬は緩んでしまった。
 それを隠すために、女子たちから顔を背けて、

「ないない! そんなことないっ!」

 焦りからか、思わず大声を出してしまった僕。
 しかし、女子たちの反応は皆が皆、「だよね~」みたいなものだった。

 いや、もうちょっと突っ込んで訊いてくれてもいいんじゃないかな……。
 そうなれば、『いやまあ、そんなこと、ちょっとはあるのかもしれないけど……』みたいなことも言えたかもしれないのに。
 まあ、ものすごく自分勝手なこと思ってるって、わかってるけどさ。

 そのあとにも荒ちゃんから、

「イッちゃん、あいつのこと好きなのか?」

 なんて訊かれたけれど、僕は首を横に振って否定の言葉を返した。

「そんなわけないじゃない。僕にはそんな余裕ないって、荒ちゃんならわかるでしょ?」

「まあ、それもそうか」

 中等部に上がる前からのつきあいであるため、荒ちゃんは僕の発作のことを知っている。
 というか、彼の家で意識を失ったことも二、三回あった。
 だから、だろう。僕の否定を荒ちゃんはあっさりと信じてくれた。
 うん、こっちに関しては本当によかったと断言できる。
 突っ込んで訊いてこられても、無駄にからかわれるだけだったろうし。

 ちなみに、これは昼休みが終わる頃になってから知ったことなのだけれど。
 さっきの一件、どうも荒ちゃんが竹谷さんに向かってホウキを振るおうとするかしないかくらいの寸前で僕が止めに入ったらしい。
 女子が数人いる中で、どうして『竹谷さんに気があるのでは?』なんて言われていたのかが少し疑問ではあったのだけれど、なるほど、そういうわけだったのか。
 そして荒ちゃん、いくらなんでも相手を選ばなさすぎだよ。
 まあ、毎度のことではあるけどさ……。

 ◆  ◆  ◆

 それからは、穏やかに、特筆すべきことはなにもないまま過ぎていき。
 本当に、これといったことはなく、僕たちは進級のときを迎えようとしていた。

 進級すれば、クラスは替わる。
 この学校では、終業式直前に新しいクラス割りのプリントが配られ……僕は荒ちゃんとも佐渡くんとも、そして竹谷さんとも違うクラスになってしまった。
 これで、間違いなく三人とは疎遠になるだろう。
 いや、疎遠もなにも、竹谷さんとは実質、ちっとも親しくなんかなれずにこのときを迎えてしまったわけなのだけれど。

 でも、これで遠くから見ることもできなくなるんだろうな。
 それこそ、廊下で見かける機会があれば、くらいになるか。
 僕から彼女の教室まで出向くなんて、絶対にできないし。

 そんなふうに落ち込んだ気持ちのまま、終業式を終え。
 教室で帰り支度をしていた僕は、荒ちゃんからちょっとした誘いを受けた。

「春休みに、ボウリング?」

「そう、新しいクラスになる前に、このクラスの希望者だけで、な。隼人も行くって言ってるし、俺たちも行かね?」

「……そっか、佐渡くんも行くんだ」

 手渡された参加者名簿には、確かに佐渡隼人の文字が。
 ちなみに、僕が佐渡くんのことを未だに苗字で呼んでいるのは、僕が、一度定着した呼び方を変えるのを苦手とするタイプの人間であるからに他ならない。
 だから、彼のことを下の名前で呼べている荒ちゃんのことが、ちょっとだけ羨ましくもあったり……。

 もう一度参加者名簿に目を落とし、苦手としているクラスメイトがどのくらい参加しているかを確かめる。

「あっ……!」

 けれど、そうして見つかった名前はひとつもなく、逆に、女子の中ではもっとも載っていてほしかった人のフルネームがあることに気がついた。

「竹谷さんも来るんだ……」

「友達が行くからって、な」

「なんだか、僕みたい……」

「……あ、苦手だったっけ? そいつのこと」

「……ううん」

 まあ、上手く話せない相手という意味では、苦手ともいえるのかもしれないけど。

「荒ちゃんも佐渡くんも行くんでしょ? だったら、僕も行くよ」

「よし、決まりだ」

 過去を振り返ってみれば、僕はよく荒ちゃんに引っ張ってもらっていたなあ、と思う。
 それを迷惑に感じることは何度もあったし、泣かされることもしょっちゅうだったけど、このときは本当に、ありがたいの一言に尽きた。

 そして、一年生最後のイベントとして、僕たち三人は、皆でボウリングに行くことになったのだった。

 ◆  ◆  ◆

 楽しい時間というのはあっという間に過ぎていく。
 そんな当たり前のことを、僕はその日、改めて実感した。

 皆は、本当に楽しそうだった。
 荒ちゃんや佐渡くんは言うまでもなく。
 他の男子も、女子も。
 そして竹谷さんも、彼女の友人だという塚原つかはらさんも。

 ちなみにこの塚原さん、あのホウキチャンバラの一件で荒ちゃんに食ってかかっていた女子だったりする。
 道理であのとき、竹谷さんがらしくもなく最前線に出ていたわけだ。
 彼女の性格からすれば、やや乱暴そうな男子に意見する友人を放ってはおけなかっただろうから。

 と、喉がかわいた、と一番最初に言ったのは、誰だっただろうか。
 ちょうど順番待ちで手の空いていた僕は、皆に飲みたいものを訊いて、ボウリング場内にある自販機へと向かった。
 間抜けなことに、何往復もすることになったけれど。

 お金は、受けとらなかった。
 普通に考えれば受けとるべきだし、そうしなかった理由は、実は僕自身にもよくわかっていない。
 この日のことを聞いた親が多めにお金を持たせてくれていたから、きっと、単に気が大きくなっていただけなのだろうとは、思うのだけれど。
 でも、こんな変な男子がいたということを竹谷さんに憶えておいてほしかった、という下心も間違いなくあったのだろう。
 感謝されたいっていう気持ちが、あったのだろう。
 事実、「ありがとう」って笑ってくれたその瞬間を、その笑顔を、僕はいまもよく憶えているし、これからも一生、忘れずにいると思う。

 そして、解散の時間がやってきた。
 皆が名残惜しそうにしていたけれど、別に二年生に上がるだけなのだ、そこまで寂しがることじゃない。
 そう思い、すぐ明るい表情に戻るのが、普通だった。

 でも僕の考え方は、少し違う。
 クラスが替われば、疎遠になるのだ。
 もう、話すこともなくなるのだ。
 そりゃ、三年生に上がるときにまた同じクラスになれる可能性はあるけれど、それまで、僕は生きていられるのか?
 それまでに一度も発作が起こらない保障なんて、どこにある?

 二年後だの、三年後だの、そんなマクロな視点を、僕は持てない。
 数日単位でしか、考えられない。
 刹那的にしか、生きられない。
 だから、ここでの別れが、きっと、最後の……。

 そんなふうに落ち込んでいる僕の肩を、隣に座る佐渡くんがトンと叩いた。

「いいの? このままで」

 それは、竹谷さんとのことを言っているのだろうか?
 それとも、クラス替えをしたあとのことを言っているのだろうか?

「ぼくはクラスが替わっても会いにいくよ? 部活が忙しくて遊べないっていうんなら、夏休みにでも遊べばいいんだし」

「うん……」

 それでも、きっと僕は佐渡くんから離れることを選ぶだろうけど。
 だって、新しいクラスで別の友達を作ったら、そっちを優先しなきゃいけないって思っちゃうから。
 迷惑をかけるときには、せめて、できる限り少ない人数にって、思っちゃうから。

 僕にとっては、クラスが違うっていうことは、どうしようもない断絶なんだよ。
 中学一年生がなにを知ったふうなことをって、思うかもしれないけどさ……。

 でも、そう信じるのなら、なおさら。
 彼女に、声くらいはかけるべきなのかな。
 お別れの代わりに、なにか、ひとつ。

 告白なんて、できない。
 僕にそんな勇気はないし、仮に実っても、この身体じゃ色々と迷惑かけちゃう。

 これからも仲良くしてね、とも言えない。
 クラスが、替わるんだ。
 決して越えられない断絶が、できるんだ。
 そもそも、これまでの一年も別に仲良くしてもらえてたわけじゃないんだし。
 だったら、変なやつだと思われておしまいだろう。
 最後にそんな印象を持たれるなんて、絶対に嫌だった。

 だったら、僕に言えることなんて、なにがある?
 なにひとつ、ないんじゃないか……?
 なに、ひとつ……。

 ……いや、そんなことは、ないのか。
 ひとつだけ、言えることはある。
 同性の友人相手にでも言えるような、そんな言葉が。
 それは――

「竹谷さんっ!」

 立ち上がり、まだ皆がいる前で、僕は口を開いた。
 帰る準備をしているクラスメイトが何人もいる前で、口を開いた。

 僕にでも、言える言葉。
 それは――

「――元気で、ね……」

 それは、彼女の『未来これから』を、願う言葉。
 告白でもなければ、これから親しくなろうとするためのものでもない。
 そんな、彼女きみの幸せを願うための、言葉。

 それに、果たして。
 竹谷さんは、応えてくれた。
 友達に向けるような笑顔を浮かべて。
 これからの僕の記憶に、永遠に残り続けるであろう微笑みを浮かべて。

 確かに、僕に、一言だけ、返してくれたのだった――。
いかがでしたでしょうか?
今作は、僕自身の中学生時代のことを、二割のフィクションを交えながら描いてみたものとなっております。
現実には、僕は最後、なんの行動も起こせず、ただ見送るだけで終わってしまいました。
あと、ホウキチャンバラのときも、『竹ボウキを持ちだして~』なんていう余裕はなく、身ひとつで庇った覚えが……。
本当、スマートじゃありませんね。あのときの僕は間違いなく、周囲から『ただのいじめられっ子』と認識されていたことでしょう。

ちなみに、ヒロインのセリフがゼロに近いのは意図してのものです。
この物語はあくまでも『笹川太一』こと『僕』の心情を描くことに重点を置いたものであり、また、『あのとき出来なかった行動を出来ていたら』という思いで書いたものなのです。
なので、曖昧な記憶に頼って『彼女』のセリフを捏造することも、『彼女』からの返事を描くことも、敢えてしませんでした。
そもそも、それをやるのは、いかがなものかと思いません?

『虚ろを構える』と書いて、『虚構きょこう』と読みます。
僕は『少しばかりの可能性』、『自分のやりたかった行動』を書きたかったのであって、それに対する返答が欲しかったのではないのです。
そんなものは、書いたところでうつろな慰めにすらならないと思うのです。
大体、作中の最初にあるように、僕に当時の『悔い』はないわけですし。

まあ、じゃあなんで書いたんだって思う方も出てこられるかもしれませんが、端的に言えば『夢に見て、懐かしくなったから』ですね。
本当に、『なんとなく』書きたくなった。ただそれだけ。
なにひとつ叶わず、報われず、な作品ではありますが、まあ、現実というのはそういうものと思っていただければ助かります。
都合よく改変しなかった理由は、前述したとおりですね。

では、今度こそは純度百パーセントのフィクション作品でお会いできることを祈りつつ。

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