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作者: 渡守

 お隣の鈴木さんちの3人兄弟と我が高橋家の2人姉妹は、幼馴染みの関係だった。

 慎一、浩二、拓三と、名付けられた兄弟に、姉の茉奈と私。

 両親同士の仲が良かったおかげで、私達は5人兄弟のようだった。

 歳の離れた末っ子だった私は、鈴木家の兄弟から男の子がしでかす悪さを伝授されながらすくすくと育った。あの頃、流行っていたのが『忍者』だったのが、良かったのか悪かったのか。



 そそのかされて忍者修行にあけくれた私は、小猿のように高いところに登りたがり、水遁の術を身につけるべく水たまりを制覇してはうり坊ばりの泥だらけになった。本気で忍者になれると思っていた。子どもの思い込みって素晴らしい。

 今思い返しても心躍る楽しい日々を満喫していた。

 そう、小柄ながらにたくましく育ってしまったのだ。



 三つ子の魂百までもというのであろうか。女子としては、ちょっとどうかという立ち居振る舞いが身に付いた。背格好の同じ姉が持つ楚々とした風情は、私のどこにもありはしない。良く言えば、背筋がびしっと凛々しい感じ。それが恥ずかしいことだとは、思わない。

 でも忍者は忍者でも『くノ一』の修行をしていたら、楚々が身に付いていたかもと考えなくもない。



 私が忍者になっていた時、姉はお姫様だった。

 彼等にとってお姫様は、姉一人で十分だったらしい。

 ままごと、お絵描き、人形遊びをせがむ姉に付きあうことに辟易としていた彼等は、外でかけずり回って遊ぶ楽しさを、私が寝返りをし出した頃から叩き込んだ。恐るべし早期教育。

 駆けっこ、鬼ごっこ、サッカー、野球、ドッジボール、自転車の乗り方だって教えてもらった。クラスの中で誰よりも、上手かったのは彼等のおかげである。カリスマ性は皆無だったのでクラスを引っ張っていく位置にはいなかったが、外遊びの時には必ずメンバーに入っていた。

 男子達は試合に勝つために、真剣に私を取り合った。

 思うに、生涯で一番のモテ期だったといえよう。



 ご近所さんでの扱いは、私はどうみても鈴木家の四番目の男の子だった。もしくは高橋家の子どもは姉弟だと随分と長い間、思われていた。中学校の制服のスカート姿を見たとき、えっ!!という心の声が聞こえるくらいの驚きを見せてくれた。私が女の子だったと認識し直したみたいだった。



 アルバムの中の私は、姉のお下がりではなく、拓くんから回ってきた服を着ている方が多い。毎日、泥だらけになる上に、どこで引っ掛けるのか服を破いてくるのだから、着潰してもいい服をあてがわれるのは当然だった。お下がりとはいえ、姉が着ていた可愛らしい服が泥で汚れた上に破れてしまうのはさぞかし惜しかったのだろう。

 奇麗に着てもらえる子に回されて当然だった。



 物持ちが良かったのか、丈夫な服だったのか。慎くんが着ていた服を、浩くん、拓くん、そして私と順繰りにお下がりした証拠写真があって笑える。同じ服を着た彼等は、一人で写っていると区別がつかない。

 あまり似ていない兄弟なのに、写真の中の彼等はそっくりなのが本当に不思議だ。




 5人兄弟かと思われるほど仲の良かった私達だったが、やはり性差があったし、何よりも歳の差が大きかった。

 私が小学生になったとき、慎くんは既に高校生だった。考えてみれば、それまで本当によく遊んでくれたものである。

 辛うじて一番下の拓くんが小学5年生で、律儀な彼は卒業するまで一緒に登校し続けてくれた。手を繋いで登校した思い出は甘酸っぱい。



 幼馴染みの関係は、高校生になった姉が慎くんと付き合いだした時に本格的に崩れた。それよりも前に、生活時間の違いから拓くんが中学生になった時点で疎遠になりつつあったのだけれども。

 慎くんにべったりと引っ付いて回る姉は、些細なことを気にしたし。私が、慎くんはもちろんのこと、浩くんや拓くんと話しをするのを嫌がったのだ。慎くんに繋がる何もかもを、自分だけのものにしたかったみたい。


「まるで鈴木さんちのご用聞きじゃない?って、言われてるよ」


 姉の言動を友人に教えられた。身内だけにしていたんじゃなかったのかと、姉の執心の凄さに驚いた。

 子供心に鈴木さんちに申しわけなくて、更に足が遠のいた。



 高校を卒業してすぐに慎くんと結婚したがった姉に、両親達はまだ早いと説いた。社会人となったばかりの慎くんの稼ぎだとか、進学校で良い成績を修めていた姉の有望な進路とか、色々とあったようだった。両家の踏み込んだ話し合いに参加していたわけではないので、詳しくはわからない。

 記憶の中に折角、慎くんと出かけたのに硬い表情で帰宅する姉の姿がある。その頃の私と鈴木さんちとの関係は、玄関先でたまたまかち合って、慎くんと冗談を交えた軽い挨拶を交わすだけのつながりとなっていた。

 それに中学生になり陸上部に入っていた私は、ひたすらトラックをぐるぐると走り回っていた。走れば走るほどに、たたき出される記録が速くなっていくのに夢中だったのだ。



 渋々と有名大学に進んだ姉は、学生生活よりも慎くんとの付き合いに比重を置いた。しかし、姉が大学生だった四年間は、慎くんにとって仕事に忙殺されていた時期だった。

 一緒に出かける約束が、仕事を理由にして流される度に姉はおおっぴらに泣いた。そして怒りを貯めていく。



 高校生になった私は、引き続き陸上部でひたすら走り続けていた。のめり込んでいたと言ってもいい。伸び悩む記録に気持ちは追い込まれつつも、走る楽しさに振り回されていた。朝練に始まり、昼も部室に顔を出して、放課後はひたすら走り込むのを毎日飽きもせずに繰り返した。

 だから、慎くんと姉が別れたことを全く知らずにいた。

 姉が結婚間近の婚約者として紹介してくれた男性をぎょっと見つめるだけだった。


「慎くんと違う」


 決して、口に出さなかった私をほめて欲しい。後で、同じく青天の霹靂だった両親と慰労しあった。母ですら知らなかったのだから、父と私が知り得る筈がない。

 慎くんとのすれ違いに音を上げていた姉を、義兄となったその人はかっ攫っていったのだった。

 嵐のようなロマンスを、姉がうっとりと語るのを聞かされた。そんなドラマのようなできごとが、本当にあるのねと感心のため息をつくのを母と競い合う。



 身分不相応だと感じて仕方がないほど豪華な華燭の典で、身内席に座った私と両親は大わらわ。新しく親戚となった人たちが大挙して挨拶にやってくるのだ。こちらも挨拶に伺わねばならぬと思うのだが、寄ってくる人たちが途切れることがない。注がれるお酒を一口飲むだけで、父母のお腹はたぷたぶになっていた。未成年で良かった。

 それにしても、違う世界が一挙に開かれた。何とも身の置き所のない式であった。

 いろいろと考え込んでしまうものがあったんだけど、花嫁さんが大満足だったみたいだから、それはそれでおしまいにする。




 新しく義兄となった人は2人。姉の夫となった理人義兄さんは次男で、長男が貴人義兄さん。

 姉の結婚でできた2人の義兄は、私を猫可愛がりしてくれた。義妹というよりは、姪っ子の扱いではないだろうかというそれは、今でも同じだ。歳が離れすぎているからだと思いたい。決して、私が小猿みたいなペット感覚ではないと信じたい。

 理人義兄さんと私は丁度一回り差があったし。干支が一緒なの。ちなみに貴人義兄さんとは、14歳違いである。



 陸上の大会にわざわざと足を運んでくれたり、大学受験の際には評判が良くて実績のある予備校への手配をしてもらったり。

 そこそこの大学に滑り込めたのは、お義兄さん達のおかげだ。

 競技としての陸上には才能がなくて悔し泣きをたくさんしてから諦めたけれど、楽しみのために走るサークルに入って学生生活を楽しんでいた。

 それから遅まきですが、初めての恋にも。

 とても、浮かれてました。そう、なんとなんと慎くんとお付き合いをしだしたのだ。

 記録を追い求める選手としての最後の試合で、思ったような成果をあげられなくて悔し泣きをしたり落ち込んだりしていた所を、慎くんに慰めてもらったのがきっかけだった。

 親しかった幼馴染みが、側に戻ってきてくれただけでも心は舞い上がった。

 その上、大事な女の子として扱ってくれるのだ。気持ちが年上の幼馴染みに対するものでなくなってしまうのに、時間はかからなかった。



 以前ほどの忙しさではなくなった慎くんが、我が家にまた顔を出すようになって一番嬉しがったのは父だった。一度も言ったことはなかったけれど、父は慎くんのような息子が欲しかったんだと思う。

 慎くんから、お付き合いをしたいときちんと告白されて、私もと答えない筈がない。



 順調に初恋を育んで浮かれ気分の学生生活も、就活に身をいれなければならないと気を引き締め出した頃に、姉が離婚したいと家に戻ってきた。

 夫婦仲良かったんじゃなかったの?という疑問しか、高橋家の人間の頭には思い浮かばなかった。だって、夫婦仲の良い姿しかみたことがなかった。

 もっと頻繁に会っていたら、綻びに気付いたのかもしれない。



 夫婦の仲にはいろいろあるからと、両親は姉の味方についた。私も、理人義兄さんからの必死の呼び出しには応じなかった。

 だからといって、姉が私に相談するわけはなく、完全なる蚊帳の外状態だった。昔から姉のことで、私ができることなんて何もない。

 今回も絶対にない。



 ここで、幼馴染み達の登場である。



 私も二十歳を過ぎたから、幼馴染みと姉の関係を少しだけ理解できる歳になっていた。

 姉はお姫様だったのだ。誰よりも私が一番のお姫様。

 姉は、まず生まれながらの手下だったらしい拓くんに相談をしようとした。でも拓くんは、もう姉の手下ではなくなっていた。既に誰かの手下になっていた。

 売り切れていたのである。おいそれと呼び出しに応じないくらい奥さんに手綱を握られている。拓くん、幸せそうで何より。

 その次に呼び出そうとしたのは、踏み台であった浩くん。しかし浩くんは社畜化していて、以前の慎くんと同じく世界中を飛び回っていた。今すぐ来てという姉の呼び出しになど、そうそう駆けつけられないくらい遠い空の下にあった。社畜であっても、のびのびと羽を伸ばしているそうだ。



 まあ元々、姉が頼りたいのは本丸の慎くんだ。楚々としたお姫様が嬉々と寄り添っていく。



 慎くんは姉の相談事を根気よく聞き続けた。

 別れ話をしたいのか、夫自慢をしたいのか、よく分からない話しをひたすら聞く。それから相手の意思は関係なく、慎くんとの復縁話をしてくるのを遮ることなく聞く。

 相談事は毎度のことながら迷走をする。だって、お姫様だもの。慎くんはただ聞き続けるだけだ。

 それが慎くんの仕事だから。



 慎くんとのお出かけの約束が、流されていく。仕事だから仕方ないと思うのだけど、何だか腑に落ちない。


「仕事と私、どっちが大切なの?」


 決して言うつもりはない。ただその仕事が姉の世迷い言の聞き取りだから、もやもやとする。

 仕事に貴賎はないと唱えて耐える。



 姉からの相談事は理人義兄さんに逐一報告された。何故なら慎くんの上司は、貴人義兄さん。貴人義兄さんは慎くんからの報告を聞く時に、理人義兄さんを必ず同席させる。

 姉の戯れ言を、別居中の夫とその兄に、幼馴染みの元彼が報告。姉を略奪した側とされた側が、逆転するかもしれない局面展開。

 泥沼? 混沌? シュール? 



 姉が慎くんと別れたのは、理人義兄さんの強いアプローチが大きな要因だったのは間違いない。

 それで、比べたんだと思う。

 慎くんをこき使う立場にある理人義兄さんの奥さんになるのと、一介のサラリーマンの奥さんになるのとを。

 吟味して、お義兄さんを選んだのに。慎くんにその結婚生活を見せつけてたくせに。

 今更、今更だと思う。



 私が、慎くんとお付き合いをし出したから揺れている。自分が惜しいものを手放したんじゃないかって揺れている。

 慎くんとの仲を見せつけたつもりは、これっぽっちもなかった。でも姉の本心を揺さぶったんだろう。


「ぜーんぶ、茉奈の」


 ああ幼い頃、姉が清々しく言い切っていた言葉が空耳で聞こえてくる。



 でも、慎くんはお姫様じゃなく忍者を選んだんだよね。



 


 もしもの話しを聞かされた。

 もしも姉が、慎くんと復縁することになったなら。



 慎くんとの婚約が破棄されることになった私を貴人義兄さんが、貰い受けてくれるんだそうだ。家長としての責任ですと、貴人義兄さんが真面目に宣言する。

 姉が経験してきた贅沢な暮らし以上のものを用意しましょうと。姉に見せつけてやるそうだ。

 何もかも任せて下さいと、貴人義兄さんが太鼓判をおしていた。私は大船に乗った気分で構えていればいいそうだ。



 貴人義兄さん、すごく怒ってるよね。理人義兄さんのこと、とても大事な弟だと言ってたし。傷つけられた分、仕返してやらなければ気かすまないという闘志が満ち満ちている。

 理人義兄さんは、姉との将来を掴み直そうと気骨十分だけど、時折弱気で頓珍漢な妄想をしたりする。



 姉を、貴人義兄さんの奥さんとなった私つながりの義姉とするより、私と再婚しての義姉の方が近い関係じゃないだろうかと、本気で尋ねてくる。私と再婚すれば、捨てた男が惜しかったと後悔させられるんじゃないかと。

 どれだけ姉のことが好きなんだ。

 私は温厚な理人義兄さんしか知らないけれど、そうだよね。慎くんから、姉を略奪するくらいの男性だもの。揺れている姉に対して怒りを抱いて当然だと思う。

 でも理人義兄さん、頑張る方向を間違わないで。



 慎くんと理人義兄さんと、貴人義兄さんの密なる相談事が続く。何だろう、とっても悪い顔。



 どう足掻いても、私はお姫様にはなれない。でも頑張れば、くノ一になれるような気がする。

 だから、だから慎くん。二人で将来を築きたい。


 


 




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― 新着の感想 ―
[一言] 兄弟姉妹(義)であっても他人に翻弄されているようで、主人公は自分の周囲を見据えているんでしょうか? 義兄弟たちは主人公を物扱いで論外だし、慎君の出方をじっと見定めているんだろうなぁ。 縁切り…
[一言] こんにちは。 小猿忍者ちゃん、すんごく可愛い☆ 一見あちゃこちゃふりまわされているようで 全力で走る末っ子のたくましさ大好きです。 しかし 「ぜーんぶ、茉奈の」 このひと言で、おねーちゃん…
[一言] その後がどうなるのか、気になります(^w^) 続編、お願いします♪
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