祐介の、童貞卒業ガイドライン
「ちゃうんすよ〜刑事さん。僕ら全然悪くないんすよ」
狭い交番の中に、横一列に座らされた俊樹達は厳ついおっさん警官3人に取り囲まれていた。
「悪いのは逃げてったあの男二人組なんすよ。ね?」
机を挟んで向かいに座る、一也に罵られたおっさん警官が難しそうな顔をして「むむぅ...」と唸る。
「つまり、その子を助けるためにした、と?」
「そうなんすよ〜」
完全にごますりと化した俊樹が内心イラッとしながらすりすり擦る。
おっさんは視線を机の上に戻し「むむぅ...」とまた唸った。
机の上には、俊樹達から取り上げた所持品が並べられてあった。
「ほんまにこれで全部なんやろな?麻薬とか隠し持ってへんな?」
おっさんは一也を見ながら言う。
一也のラリった演技が余程うまかったらしく、おっさんは滅茶苦茶疑っている様だ。
「そっすよ〜持ってねぇズラ」
一也は明後日の方向を向いて言う。
おいッ軽いなお前ッ。ほんでバカにし過ぎやッ。
とにかくちゃんとして欲しい俊樹は肘で一也を突いた。
けれど一也は嫌やとばかりに顔を逸らす。
一也は未だ警察と言うものに嫌悪感を持っているらしい。
まだ一也が幾分純な心を持っていた小学生の頃、警官に万引き犯と勘違いされて二時間くらいこってり絞られたことがあった。それからと言うもの、あの時のことを根に持っている一也はポリスと名のつくモノ全てが嫌いだった。
「そやけど、お前等何か口に含んでたやろ?」
おっさんは歯を食いしばりながら、一也の馬鹿にした態度にキレそうなのを何とか飲み込んで、訪ねてくる。
中々に出来たおっさんだと俊樹は思った。
「これ舐めてただけです。良くあるミント味のタブレットなんすけどね、一個食べてもらったら判りますって」
俊樹は机の上に置いた箱を手に取ってかしゃかしゃと振った。
「いや、まあそうなんやけどな......」
おっさんは得体の知れぬ物を口に放り込むのを躊躇っているのか、中々食べようとしない。
そのことに痺れを切らせた一也が、タブレットを口に含む。
「クヒヒヒ......」
その一也の顔を見た警官は俄に顔を曇らせた。
ラリった顔つきをし続ける一也にいい加減俊樹がキレた。
「お前、エエ加減にせぇよ!!」
周りを憚らず、机を「バン!」と叩く。
「はぁ?いい加減にすんの、コイツらやろ!」
「やかましいわ!大体お前が大人しくしとったら済んだ話しやろ」
あの後、俊樹と一也が取っ組み合いを始めて、いい加減げんなりしてきた警官に交番の外に放り出された。
不問に処すと引き攣った顔で告げるおっさん警官に、香奈は、大阪府警これでいいのか? と疑問を投げかけてやりたかったけど、これ以上騒ぎを大きくしたくなかったし、千佳と一緒にバカ二人を路地先きへと引っ張って行った。バカ二人に関わってしまった警官も災難だったろうけど、こいつらに一日中振り回されている自分はもっと最悪だと思った。
「で、ズケら今どこおるん」
俊樹は乱れたコートの襟を正し、サブの計画書に目を通す千佳に訪ねた。
千佳は袖のひらひらを風に揺らして
「多分、今は堀江の方に向かっている頃と思われます」
と若干疲れた顔で答えた。
一同、アメ村を離れ堀江へと足を伸ばす。
道に沿って立ち並ぶビル群に遮られた空は狭く、黒と橙のコントラストを描く夕暮れは次第にその様子を夜の顔へと変えていった。
堀江はオフィス街と若者が闊歩する街が見事に合わさって、特異な雰囲気を醸し出していた。
「予定通りなら、もうお店に入ってる頃だと思います」
四ツ橋を左に抜けて路地を進む。軽快なラテン音楽が鳴り響き、ご飯時も重なって、辺りには食欲をかき立てる匂いが漂っていた。ほどなく路地を進んだ辺り、周りとは一風変わった建物の前で立ち止まる。
ここは日本だと言うのに、店先には大々的にフランス国旗を掲げている。煉瓦造りの外壁は雨露に朽ちて、趣き深い色合いだった。
金塗りのノブを回し戸を開ける。カランと乾いた音が響き、俊樹はおずおずとした面持ちで中へと入った。入るなり目に飛び込んできたナポレオンの肖像画が如何様にも威厳を放っている。
程なくして、店奥から執事風の格好をしたウェイターがやってきた。おそらく俊樹達と同年代か、年は若く髭など生やしていないが、しっかりキシードを身に着ける姿は、どこか気品が漂っていた。
場違いな所へ来てしまったか……。
自分には全くの不釣り合いだと顔を顰める俊樹へ、ウェイターは微笑み「いっらしゃいませ」と、深々と腰を折った。
「ご予約のお客様にございますか?」
そう問われ、俊樹は慌てて千佳を見る。千佳は曖昧な笑みのまま首を振った。
「あの、俺ら予約してないです」
「左様にございますか。当店は完全予約制になっておりますが、本日は予約のお客様も少なく、席は空いております。是非宜しければ、お食事なされてはいかがでございますか?」
「え、いや、……え?」
ウェイターに問われ、俊樹は他の3人を見る。千佳はにんまりと頷き、それに伴い一也も頷いた。香奈は惚けた表情のまま、ナポレオンの絵に見入っている。
「あ、じゃあ、食べます」
店内に通された俊樹は席に着くなり、流れに沿って来てしまったことを後悔していた。外観とは違い、内部はモダンな造りになっていて、15席ある客席のうち、半分くらいしか埋まっていなかった。
一也達が手渡されたメニューを開き、どれにしようか選んでいる中、俊樹はすっとスープに指をさした。
「スープ一杯800円って、ふざけてんのか?」
真顔で問うと、一也はやれやれと首を振った。
「まったく、これだから貧乏人は」
「うっさいわッ。お前も一緒やろ」
「君と一緒にしないでもらおうか。俺には千佳が着いてるのだぞ?」
ふふんと鼻を鳴らす一也は千佳に軽く目配せする。唖然とした千佳だったが、直ぐに頷いた。
「一也……、お前ってやつは」
どうやら千佳はひもと化している様だ。
俊樹はすっと横に視線を動かして、隣に座る香奈を見る。香奈は先程からずっと無言で、どこか遠い目をしていた。
「お前は金大丈夫なん?」
俊樹に問われ、香奈は慌てて視線を持って行く。
「あ、うん。あたしは大丈夫」
どこかおかしい香奈に俊樹は首を傾げたが、直ぐにウェイターがやって来てオーダーを伺ってきた。
「この若鶏のロースト煮込みと、キングサーモンのムニエルと――」
「――あと、ライス二つ!」
千佳の注文を遮って、一也が頼む。ライスは俺が出すから、と言う一也は懐から財布を取り出しテーブルへと置いた。如何にも金が入ってなさそうな財布である。
ウェイターがすっと視線を向けてきたので、俊樹は「お冷ッ」とフンっと鼻を鳴らした。ウェイターは一瞬面食らったが、直ぐに爽やかな笑みを浮かべた。先程、お金があると言っていた香奈も続けて水を頼んだ。
二席ほど離れた席には祐介と亜梨沙が座っていて、流れるクラシックをバックに時折弾んだ様に笑い、凄く良い雰囲気だった。
流れている音楽がクラシックメタルだったら、俺の心も幾分マシだったのにな、なんて、俊樹は幸せそうな二人を遠巻きに眺めていた。そもそも言い出したのは自分だけど、でもここまで着いて来なくても別にいいはずだと、出された料理を旨そうに食べる千佳と一也を見る。
時折お互いに口に運び合っている姿は、見ているこっちが痛くなるくらい恥ずかしい。バカップル共め。ゴスロリにオレンジと言う奇妙な組み合わせが、余計痛々しい。それに引き換え自分と香奈は水しか頼まないし、きっと周りの客は、珍妙な目で見ているだろう。そして、こんな最悪な客を掴まされた店が居たたまれない。
最後の肉を互いに口に放り込む二人に、俊樹は自然と溜め息を零した。
フランス料理家を後にした祐介達の後ろを、のろのろと俊樹達が続く。御堂筋を戻り、一同難波へ。
この後の予定は、待望のフィナーレの場所だ。
筋を幾本も逸れて、いかがわしい界隈へと入ってく。飲み屋のネオンから、ピンクのネオンへと変わる。二人が愛を育む巣まで千佳が決めたらしい。それに従う祐介もどうかと思う。
目的地の場所近くまで着いた時、祐介は急に振り返り俊樹達の元へとやってきた。
「もう、ここら辺でいいよ」
頬を赤くして、恥ずかしがっている様だ。それは当たり前だ、自分でもラブホまで尾行されたら恥ずかしい。
「最後まで確認しないと!」
目を輝かせて言う千佳に一也が手を回し、ずるずると引っ張っていく。
「うぅ〜、カズ君なにするんよ〜」
「アホ、やぼなことするもんちゃう」
俊樹はすっと見やり、
「んじゃ、後は頑張れよ」
そう言って、祐介を亜梨沙の元へ促した。祐介ははにかんだ笑みを見せ、亜梨沙と共に消えて行った。
「あ〜、やっと終わった」
俊樹は伸びをして、軽く息を吐く。実際、この計画を楽しんでいたのは千佳だったな。
「んじゃ、俺らも消えるとするか。トシ、香奈ちゃんに変なことすんなよ」
それだけを告げると一也達も消えてった。
「んなことするか……」
俊樹はちらりと香奈に視線をやる。香奈はコートのポケットから煙草を取り出し噴かしていた。
「香奈、腹減ってない?」
「ん〜、多少空いてるかな」
「んじゃ、飲みに行こうや」
一也がどう思っているかなんて関係ないし、美羽に至ってはどう思うこともないだろう。それに香奈はただの友達だし、これと言って恋愛感情があるわけでもない。自分は美羽のことを大切に思っているし、だからこれは何ともないことだ。
俊樹はぼんやりした表情の香奈を連れて、飲み屋街へと消えて行った。
フランス料理屋なんか行ったことないから、料理名チョー適当w
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