中編
目まぐるしく日々が過ぎる。
愛美子はクビをかしげながらだが段々とノリを理解してきて、客を罵倒。そして甘えと繰り返していた。
ラビは子供そのものの笑顔で「お兄ちゃん」たちに接し、元気娘の麻耶もそのスタイルで悩殺していた。
沙羅の大人の女性としての笑みには「同性」である女性客すら魅了される。
その女性客に評判がよくなってきたのがナツメの作る料理。
男性客は「色仕掛け」で連れるが女性客には通じない。
しかし味でリピーターが増えていた。
かなめも全体を見ながら店を切り盛りしていた。
忙殺されて段々自分たちが本来は男であることを忘れつつあった。
そのうえ他人には完全に女扱いされ、社会的にも女性としての地位が。
嵐のような五日間が過ぎ、二日間の休み。
その初日は検査であった。
そう。本来の「臨床実験」の目的である。
あるものはCTスキャン。あるものは血液検査。あるものは問診と診断は続く。
本格的なものは月に一度だが心電図とかは毎回とる。
「休み」というのに大忙しだった。
「だいぶ大人の女の体になってきたわね」
国近が結果を見ながら一同に言う。現在は昼食中。
「あまり嬉しくないっス」
日本人でありながら美しい金髪を地毛とする愛美子がぼやく。
「この後はもう帰っていいんでしたっけ?」
ピンクの髪の麻耶が魚をほおばりながら言う。
「麻耶ちゃん。お行儀悪いわよ」
茶色のウェービーロング。いかにも『お姉さん』という印象の沙羅が窘める。
「今日はもう少し残ってもらえるかしら? 恐らくこれから起こるあなたたちの肉体の変化について説明するから」
「変化?」
国近の言葉に言葉短く反応したナツメ。かなり短かった髪が今ではショートカットというレベルにまでなっている。
「博士。それはやはり…」
長い黒髪のメガネの女性。かなめが察した。彼女は本来は国近の助手。
いや。今も立派に助手の仕事を遂行中だ。
「もしかして? 女の子の日の説明ですか?」
目を輝かせているのは茶色のショートカットのラビだ。
彼女たちは国近も含めて、本来は男なのである。
男性を女性に変化させるシステムは国近本人が変化できること。戻れること。そして再びなれることを証明した。
新しいサンプルを採取すべくもう少し多い人数による実験を試みた。
それがこの六人である。
信用できる腹心を六人のまとめ役として送り込んだ。それがかなめだ。
国近に心酔するかなめ…むしろ本名の三ツ木裕也は国近が死ねと言えば死んだかもしれない。
ましてこの状況は国近の後を追っている形。それには何の不満もなかった。
ただ戸惑っていた。ただの実験のはずなのに、同じ立場から出てくる奇妙な連帯感。そして友情。
たんなる被験者同士という関係でなくなりつつある。
ラビは男であることを嫌がっていた可能性がある。
他の面々が「女の子の日」について嫌がっているのに対し、彼女だけは次のステップに進めたような嬉しさを感じていた。
およそ二時間にわたり生理の原理。そして対処法をレクチャーされた一同。
本来なら一生知るはずのないこの現象。
しかし肉体が女に馴染み、そして正常なリズムを刻みだしている。
既に排卵が始まっている者もいるらしいが、さすがにそれは明かされない。
元々の女でも秘中の秘。ましてや元来は男であるこの面々。衝撃は計り知れない。
それもあり特別講習となった。
それでも実感の沸かない一堂である。
一日フリーの二日目だが、いざ出ようとしても女としての行動がわからない。
愛美子。ナツメ。そして元々デスクワークの好きなかなめは家にいた。
一方、沙羅。麻耶。ラビはショッピングに。気分転換である。
休みが明けて木曜日。
「Twinkle Star」としては初日。
しかしさすがにフィーバーは一週間で去り、木曜なだけに客もまばらである。
もっとも外回りのサラリーマンや、サボった大学生。そして木曜が休みの人間などがいるので暇ではない。
たださすがにてんてこ舞いというほどでもない。
愛美子は文字通りの壁の花となっていた。
長い金髪を左右に分け、根本を派手なリボンでくくる。
華としては充分である。
彼女の「売り」は「ツンデレ」だが、この時点でそう言うのをしていいと思われる相手が来てない。
そのため接客は他に任せてもっぱら食器の片付けや、客が去った後のテーブルの掃除などをしていた。
今はその状況ですらなくボーっとしていた。
(休みあけなのになんだってこんなにボーっとしてるんだろ…風邪かな?)
意識すると鈍い痛みもある気がしてくる。
「あみちゃん」
可愛い妹タイプのラビが呼びかけるが目の焦点があってない。
「愛美子ちゃん」
沙羅の呼びかけもスルー。
「愛美子」
麻耶の言葉にも無反応。
「瀬能」
ナツメが苗字を呼ぶがダメ。
「金太郎!」
「は…ハイッ!? なんスか」
かなめが客に聞こえないように小声で愛美子の本名を呼んでやっと我に帰る。
大胆に見えるが、実はこの店。「Twinkle Star」は全員が本来男で、理由があって美女の姿をしている…そういう「設定」だったのである。
紛れもなく「事実」なのだが、これは信じられないでいた。
そういう設定の店と思われ、こういう行為をしても「演出」と解釈されていた。
客を引くのと、ぼろが出た場合の対処である。
「どうしたの? ボーっとして? 寝不足?」
「いやぁ。なんか夕べから調子悪くて……あの。かなめさん。ちょっと」
「はいはい。行ってらっしゃい」
にわか女たちが女性として社会生活を営めるかの実験場としてこの「メイド喫茶」はある。
実験場とはいえど飲食店には違いない。
客の前で「トイレ」の一言はまずいので、皆まで言わせず行かせた。
ドアを閉めてロック。
男でも座って用を足すことがあるので意外に早く馴染んだトイレ。
へたり込むように座る。
違和感を感じる。何かぬるつく。
気になって下を見ると、ショーツが赤く染まっていた。
『うひゃああああああっ』
トイレの中から甲高い声が響き渡る。
何事だとばかしに客が注目する。
「お騒がせして申し訳ございません」
沙羅が落ち着き払って頭を下げる。それで客の興味も消えた。
その間にかなめがトイレに。
「愛美子。開けなさい。愛美子。なにがあったの?」
激しくドアを叩く。幸い奥のほうにあるトイレなのでその様子は見えない。
しばらくしてドアが開く。泣きべその愛美子が出てきた。
「かなめさぁん…あんなところから…血が…」
それで全てを察した。
愛美子の正体は24歳の男性である。もちろんこんな「生理」を迎えたことがあるはずもない。
そりゃうろたえても無理はない。
(自分がその立場だったら自信がないな…)
完全に同情している。
「貴女が一番乗りとはね」
務めて明るい口調で言う。
実際問題、自分もまだなのである。一体どんな風に宥めていいのか皆目見当がつかない。
結局は初めてということもあり強制的にマンションに送り返すことにした。
一人でも「本物の女性」がいればアドバイスを受けるが、スタッフに生粋の女性は一人もいない。
そして「経験」した者も愛美子が最初だ。
動揺が走る。
今は事務室で安静にしている。移動しようにもこのままではまずい。
(ええと、とりあえず何がいるかしら? まず薬ね)
最初に薬に考えが行く辺りはさすが科学畑というか。
(ナプキンとタンポンじゃどっちがいいの? それに新しい下着も用意しないと)
こればかしはいくらかなめでも無理があった。
コンビニで替えの下着とナプキンを用意。取り替えさせる。ついでに帰宅に備えメイド服から普段着に着替えさせる。
これでタクシーのシートを汚す心配はないな。安心したかなめ。
「沙羅。この娘をうちにつれて帰るから、ちょっとの間お店をお願いできる?」
「わかりましたわ。店長」
暇なのが幸いして、それで何とかなりそうである。
実際の話し、どの程度辛いのかまるでわからない。
歩けるとは思うもののそれは子供の頃から付き合ってきた本物の女性なら。
この歳で初めてでは精神的衝撃も激しい。
過剰なほど「無難」にした方がよいと判断していた。
だから大通りに出ず、タクシーに迎えに来てもらった。
住所を告げ、帰宅する。
なんとか部屋に入る。意外にも女性化してからは部屋が綺麗な愛美子である。
やはり女性に対してのイメージが作用してキレイにしているらしい。
ベッドに運び服が皺になるのも構わずにそのまま寝かしつける。
服を脱がせてブラを外せば楽になりそうではあったが、とりあえず落ち着かせたかった。
横になったことで落ち着いたのか眠りに落ちる。
(病気じゃないんだけどね。でも無理ないか)
自分がなってたら冷静でいられる自信がない。
マナーモードの携帯が振動する。相手は沙羅だ。
「はい。もしもし」
『店長? 愛美子ちゃんの様子はどうです?』
反射的にベッドの愛美子を見る。静香に寝息を立てている。
とてもではないが元が武骨な男と思えないほど愛らしい寝顔だった。
「寝たわ。自分の家で落ち着いたのかもね」
『よかったですわぁ』
演技とは思えない安堵の様子。
「店はどう?」
『今日は暇ですね。だから用があったら呼ぶので、そのまま愛美子ちゃんについていて上げてください』
「わかった。そうさせてもらうわね」
小声の会話を打ち切る。愛美子の眠りを妨げない配慮だったが、やはり女の声は響くようだ。
「かなめさん…?」
「起こしちゃった? ごめんね」
自分でも驚くほど女らしい口調。
(やはり優しくすると女らしくなるかな)
分析をするのは男のサガ。
「すんません…自分のために…」
「いいから寝てなさい。今日はもうそのままでいいから」
いわれて無言のまま目を閉じる愛美子。
不安なのが理解出来たので、完全に寝付くまでそばにいると決めたかなめである。
「かなめさん…」
かなめの方がうとうとしてきた。ベッドの愛美子の呼びかけで瞬時に戻る。
「あら…ごめんなさい」
寝入っていたことに恥じ入り、かすかに頬が染まる。
「いえ…疲れてるんスね…女の体になっての毎日に」
確かに想像を絶していた。
「自分…本当に女なんスね。これって子供できる証拠なんスよね」
厳密には違うが、女性にしかおきないのは確か。
「愛美子……」
いつか自分にも訪れる「女の証」。そのときは同じようなことを思うだろうなとかなめは考えた。
「女って凄いスね。こんなの毎月やってるなんて…」
「今はそれを考えなくていいわ。寝ていなさい」
病気の子供を寝かしつける母親だな…自分でそう思うかなめであった。
愛美子が呼び水になったわけではあるまいが、それから2~3日おきに一人ずつ「初潮」を迎えていた。
個人差も激しく、愛美子は重いほうだったらしい。
面白いというと不謹慎だが、女の肉体を望んでいたラビが一番軽い症状だった。
自分でサニタリーショーツの履き心地を経験した麻耶は
「この体だから理解出来た」と喜んでいた。若干「強がり」もあるが。
また沙羅の場合はまるで周囲はわからなかった。
後にして思うとちょっと化粧が濃いなと言う時があったが、それがどうやらその期間だったらしい。
見事な「演技力」であった。
「気のせいかしら。女になってから痛みに強くなった気がします」
それも道理。出産の時は死にそうな痛みに耐えるのである。多少の痛みはガマンできるようになる。
ナツメは意地で休まなかった。
自分が休んだら調理担当がいなくなる。それは料理人のプライドに関わる。
そしてそんな「女そのもの」の行動をとりたくなかったのもある。
その騒動も落ち着き五月。
ゴールデンウィークは再びてんてこ舞いに。
それを要領よく捌けることができてきた。
動きは必然的に女の肉体にあったものへと。服装の影響もあり仕草がますます女性的になる面々である。
そして女性として社会的に認められていることもあり、愛美子とナツメ以外は女言葉が特別でなくなってきていた。
この店のメイドたちは本来は男だが現在は女になっている…そういうのが売りであるメイド喫茶・Twinkle Star。
しかしそういう嗜好の客ばかりではない。
サイトを見ないでたまたま可愛らしい看板からメイド喫茶と判断した客もいる。
それがリピーターになることも少なくなかった。
メイドたちは全て演じているのは確か。
ただし女が考える『男の理想の女』ではなく、本来は男である彼女たちの考える『男の理想の女』なのである。
だからそこには「理想の優しいお姉さん」の沙羅や「理想の可愛い妹」のラビ。
理想の「エッチで元気な女の子」の麻耶。理想の「知性派お姉様」のかなめがいた。
求めるものがそこにある。男性客を中心に店は繁盛していた。
愛美子だけは演技ではなく、本気で「自分より年下でサボりの大学生」や「営業途中でウェイトレスにうつつを抜かすサラリーマン」に対してきつい態度で出てしまう。
そのたびに「あれはなかった」と埋め合わせで可愛い態度でを見せる。
天然のツンデレである。
しかも本来は男なのだ。
それが美少女と化して、男にでれっとした態度を見せる。
これはもう究極のツンデレといえるのではないだろうか?
他ではダメでも土地柄で「こういうコンセプト」と理解した客がリピーターとなっていた。
なおメイド喫茶の賃金だが、月給百万はあくまで女性化モニターの対価。
こちらはきちんと別に支払われていた。
相場よりは安いようだが、別で支払われるとは思ってなかった一同は不満を見せていない。
ただ「飲食店」で働く女性が、思いのほか安く働いているんだなと認識した。
元に戻って飲みに行くようなことがあれば優しくしてあげようと思う者も。
六月。気温が上がり、そして蒸してきた。
最初の衣類は用意されていたが、ここからは実験もあり自分で調達しないといけない。
女として馴染んできて、環境変化に対応できるか。
もちろん愛美子にそんな経験があるわけない。
そもそも生粋の女性とて幼少時は母親が見立てて用意している。
それを積み重ねてある程度の年齢で自分で選べるようになる。
ラビはともかく、そんなシミュレーションしたことすらない面々には少々無理がある。
開店前の一時。ロッカールームで着替えながらの会話。
「あの…ラビちゃんさんか沙羅さん。洋服を買いに行きたいんスけど、付き合ってくれます?」
「あら。いいわね」
「もう夏も近いしね。夏のお洋服や水着を買いに行きたいと思ってたの」
たまたまそこにいたのがこの二人だけで、だから声をかけただけである。
かなめとナツメは早く出て準備。麻耶は用があり若干遅く来ることになっていた。
次の木曜。
デパートに来た六人。
ナツメは頑として拒んだが「料理人が汚い服を着ていていいの?」のかなめの言葉で渋々従った。
なにもいちいち団体行動をとらなくてもよさそうなものだが、同じ「肉体」を持つもの同士。
やはりそばにいると心強いのである。
きつい言い方だと女としての自立はできていなかった。
かなめや沙羅も例外ではない。
もっとも単純に「楽しい」のもあった。
女性化して自分を飾るという楽しみを覚えた。
そして買い物も。
きっかけとなった愛美子の洋服選びだか、男として女を見る感覚。女として女を見る感覚が入り混じりとんでもない状況になっていた。
「愛美子のスタイルだったらこういうミニがいいよ。脚綺麗なんだし」
これは麻耶の主張。
「あら。でもこういうワンピースも可愛くないかしら」
同様の趣味を持つ沙羅の意見。
「えー。それならこのフリフリの方があみちゃんの金髪によく合うよぉ」
好き勝手に言っていた。
結局キャミソールは他人の意見で。ショートパンツは本人の主張で購入した。
「もう脚を出すのも慣れたっス。それにこれだと涼しいしパンツ(下着)を見られる心配もないし」
スカートが制服の職場。いつしか羞恥心が女のそれになり、下着が見えないように振舞うようになってきた。
そして見えた場合のためにデザインに気を使うようになってきた。
これはたぶんに麻耶の入れ知恵もあるが。
それぞれアウターを買い込み、今度はインナー。
最初に支給されたものはかなり地味なものであった。
それに不満を抱くようになってきた。
「でもブラジャーはこのサイズだと可愛いデザインないんスね」
「そうねぇ。フリルがくどく見えるからじゃないかしら?」
Eカップのブラを見て不満そうにつぶやく愛美子。それに相槌を打つDカップの沙羅。
男時代は間違っても寄り付かなかった場所だが、女になってからは毎日つけたり脱いだりしているのである。
もはや恥ずかしいなんて感覚はなくなっていた。
貧乳組は好対照。逆に可愛い下着しかないのであった。
もちろんラビは喜び、ナツメはしかめっ面。
(こんなことになるなんてなぁ…)
売れる物を売るわけである。このデパートでは可愛い路線が売れるようである。
ぞんざいに扱っていたら支給されたブラはすっかり痛み、これを買いに行くしかなかった。
仕方なく購入する。その後、ランジェリーを丁寧に手洗いするようになったのは言うまでもない。
「やっぱBで正解だったなぁ。可愛いのもクールなのも選り取りみどり」
下着メーカーの開発員が本職の麻耶は、色とりどりのブラを前に迷っていた。
「私はクールな方がいいかな」
これは機能重視というよりかなめのシュミ。
六人でショッピングを楽しみ、食事もして、とにかくパワフルに遊び倒した。
七月。夏真っ盛り。
「早く早く」
駅で急かす愛美子。キャミソールとショートパンツ。
夏になってからはツインテールでよかったと感じていた。
「まったく。体育会系なんだから」
ピンクの髪をポニーテールにしている麻耶。
短くしたかったがメイド喫茶のメイドである以上、ビジュアル最優先で切れなかった。
「まってぇ」
茶のショートカット。サマードレスのラビが慌てて駆け込んでくる。
「まだ余裕はある」
半そでのシャツとタイトスカート。それがかなめ。黒のロングヘアを編みこんでいる。
「あ…暑いですわ…」
半そでではあるがロングスカートの沙羅。髪はアップにしてある。
「あんたも脚を晒せばよかったんだ」
女性服は嫌だったが、さすがにこの暑さに負けて露出の高いものを着用するようになっていたナツメ。
七分丈のパンツ。上はTシャツ。
全員が電車に乗り込む。
「楽しみっスよ。海なんて久しぶり」
定休日で検査が終了してから海水浴へと出かけた。
愛美子…というか金太郎以外、全員運転免許を持っていたが何しろこの姿である。
提示を求められたらややこしい。
さすがに偽造も出来ず。女性化してからは運転をしていない。
それゆえ電車で移動なのである。
一泊予定。旅館にチェックインして荷物を置く。
それから目前の海へと出向き、「海の家」に落ち着き着替えに。
「荷物なら見ててやるから」
どうやら女性用の水着には抵抗があるらしくナツメは泳ぐ気がないらしい。
その証拠に缶ビールをあけている。
真夏で冷えたビール。愛美子は喉を鳴らす。それを見逃さないかなめが釘を刺す。
「言っときますけど愛美子。ラビ。麻耶はアルコールはダメですからね」
「えーっっっ?」
「ちょっと。確かに設定は19だけど本当は…」
「肉体的には未成年女子です」
皆まで言わせずかなめがぴしゃりという。
「ましてや女性は男性よりアルコールに弱いはずです。どんな影響があるかわかったもんじゃないわ」
「そういうこった。代りに呑んでおくから、安心して泳いでこい」
アルコールのせいか普段より口が多いナツメ。
「それじゃ元に戻るまで禁酒スか?」
「うーん。ラビは別にいいかな? 元々お酒苦手だし。大人になるまでの話しだし」
「……いや、大人になるまでその体でいる気ですか?」
ナツメに荷物番を頼み五人で更衣室に。
(考えて見れば…みんなの裸は初めてっスね)
しかし既に自分の肉体で慣れてしまった。
今となっては女の裸を見ても「キレイだな」とは感じても「欲情」はしない。
もっとも欲情する機能がなくなっているわけであるが。
上が極端に大きく、下がそれほどでもない愛美子は上下で違うサイズを要求された。
結局ビキニしかなかった。真っ赤なビキニはさすがに頬を赤くさせる。
同じ胸が大きな女でも沙羅は下とのバランスがよくワンピースで大人っぽく。
対照的に子供っぽくしていたのはラビ。
紺色のワンピース。スカートつき。
麻耶は白いビキニ。彼女だけに下着のようなイメージが。
かなめは機能性重視の黒の競泳用。
彼女たちの選択は男としての好みなのか。それとも女としてのそれか?
着てしまえばもう楽しむしかない。
頭は壊滅的に悪い愛美子だが、スポーツは万能。女になって筋力こそなくなったが、技能はそのまま。
「さぁ。泳ぐっスよ。3000メートルにチャレンジ」
何しろストレスのたまる毎日である。さらに毎月きっちりと男時代になかったものが。
さすがに二度目からは徐々に慣れてきたが、それでも憂鬱なのは違いなかった。
(あれ? まさかナツメさん。もしかして)
「女同士」で考えがいたる。
海の家。しかめっ面のナツメ。
(当るなんてなぁ…)
実は泳ぎは得意なのである。
だか「当日」だったのだ。これでは水に入れない。
心配かけまいとものぐさを装っていた。
(めんどくさい肉体だよなぁ。女って。もう少し優しくしてあげないといかんよなぁ)
自分のぶっきらぼうな態度を変なところから反省していた。
「おおおおーっっっ」
モンローウォークの沙羅に、浜辺の男たちの視線が釘付け。
沙羅は悪戯心を出して、ちょっとからかいたくなってきた。
浜辺に寝そべる。そして色っぽい目つきで男どもを見る。
「どなたかサンオイルを塗ってくださいます?」
自分の色気を過小評価していた。
「俺がやります」「僕にやらせてください」「このフィンガーテクで天国に行かせてやるぜ」
「えっ? あのっ」
慌てた沙羅。男たちはみんな目が血走っている。
(や、やりすぎだったみたい)
慌てて逃げる羽目になる。
「ねぇ君。可愛いね。一人?」
定番のナンパだ。
(この…そんなんだから男は馬鹿にされるっスよ)
愛美子は無視しないで向き合う。
ところが真っ黒に焼けた肌。白い歯。程よくついた筋肉。
それを見たら胸の奥から甘酸っぱいものが。
理性というより本能的なもの。
「フェロモンに当てられた」という表現をすることもある現象。
少女の肉体の愛美子は該当をする。
(かっこいい…って。何で? ちょっと前まで自分だってこんな体してたのに? でも…女としてみるとこの引き締まった胸板がステキ…)
それが本能的なものと気がついて愛美子は恐怖する。
心まで女に。恋愛対象すら変わりつつある?
それを振り切るため、ことさら強い態度で挑む。
「バッカじゃない? ちょっといい体しているからって、女の子はときめいたりしないんだからっ。勘違いしないでよねっ」
もはや「ツンデレ」の時は自然と女言葉が出るようになっていた愛美子。
これも毎日の客商売で積み重ねた賜物か。
しかし店でもないのに女の子らしく振る舞い猛烈にはずかしくなる。
白い肌。頬に朱を散らして恥じらい、長い金色のツインテールを揺らめかせて、女の子走りで渚へと。
(可愛い…)
そのあまりにも可憐な姿にナンパするつもりが逆に陥落してしまった男である。
その後は「女の子」していたのを忘れるべく遊びに興じた。
しかし何をしても「女の子」そのものになっている。
女の脚力であるがなんとか振り切った沙羅。
それというのも海に逃げたからである。
何人かは泳げなくて断念。あるいはさすがにそこまでは追いかけなかった。
2~3人は本気で追いかけてきたが沙羅が潜水したので諦めた。
(振り切れたわね)
ほっとしたが準備運動もなしに泳いだためか足がつった。
(いけない)
このままでは溺れるがさすがにパニックに陥っていた。
その背後から力強く引き上げる腕が。
照りつける太陽が肌を焦がす。
沙羅はそれで目を覚ました。
「私?」
「溺れてたんだよ。大丈夫?」
日焼けした青年が傍らから上から声をかける。
それで自分が寝かされていたことに気がついた。
海水浴場だが海の家などないエリアー。その人気のない場所に横たわっていた。
「あなたが助けてくれたの?」
演技というより自然と女らしい態度が出た。
「たまたまだけどね。沖を泳いでいたら君が」
確かに追ってきた連中にこの顔はなかった。
「ありがとう。私は火浦沙羅」
「俺は千葉拓也」
自己紹介の後は休みがてら互いのことを話していた。
礼を言ってそれで終わりのはずだったのに、何故かそれぞれのことを話さずにはいられない二人だった。
「千葉さん。東京に住んでいるの」
「医者。今は帰省していて」
若いが腕のいい歯科医だという。
「私も東京に住んでいるの」
「へえ。大学生?」
ぎりぎりの年齢に見えたためOLより無難に大学生かと尋ねた。
「ふふっ。働いているわ」
「モデルさんとか?」
そう連想するほどの美人だった。
「ううん。メイド」
「えっ? メイド?」
拓也の連想したそのままである。
「へえ。じゃ火浦さんのところに行くと俺がご主人様だ」
「そうね」
言うと沙羅は立ち上がった。
優雅な身のこなしで一礼をする。
「秋葉原のTwinkle Starでお帰りお待ちしていますわ。ご主人様」
その美しさに拓也は見ほれた。
そして沙羅も一目ぼれに近かったが、さすがに本来は男である。
抵抗があった。
それでもまた逢いたいという思いが勤務先を教えさせた。
麻耶とラビはビーチボールで遊んでいた。
こちらは女の子のグループに混じってである。
同性ということもありすんなりと溶け込んだ。
そしてむ甲高い声を上げてボールを追いかけていた。
このときは自分の本来の性別を完全に失念していた。
夜。
日焼けに沁みるからと入浴を拒否した愛美子と麻耶。
しかし「潮と紫外線で髪が傷む」と言われて大浴場に。
「女の子の日」なら衛生には気を使う必要があり、入浴はタブーではないものの、その状態で大浴場にはいけないナツメは部屋付きのシャワーで。
事情にやっと気がついたかなめが付き合うことにして、他の四人は沙羅に引率されるように大浴場に。
脱衣所。バスタオルを胴に巻いた状態でため息のラビ。
「やっぱ痛いスよね」
そうとるのも無理はない愛美子の一言。彼女はショーツ一枚の姿。
「違うの…もうちょっとくらい大きくすればよかったなぁって」
自分と大差ないのはナツメだけである。後は立派な胸元になっていた。
「でもラビちゃん。そういうことを気にするのは、やっぱり女の子なのね」
自宅ではない。誰が聞いているかわからないから、当たり障りのない表現で諭す沙羅。
たわわな胸はタオルで隠しきれない。
「うーん。あたしはこれで充分だけどね」
大きくはないが綺麗な形の胸元の麻耶が言う。
「さぁ、きちんと洗いましょ。ここは温泉使っていて、お肌にいいみたいよ」
スキンケアまで気を使っている沙羅であった。
女湯ではあるが愛美子たちは注目を浴びる。
人為的に作り出した肉体。信じられないほどいいプロポーションをしていたのである。
愛美子と沙羅の日本人離れした巨乳。
もっとも愛美子は金髪と顔立ちでハーフと取られ「それなら胸もそれなりにあるだろう」と偏見の納得を。
純日本人的な顔立ちの沙羅の方が女たちにとっては脅威だった。
また麻耶は大きくはないが美しい形でため息を誘っていた。
(女の目から見てもこれはいい体なんだな)
そんな実感を得た麻耶である。
そのころ。部屋でごろ寝のナツメ。
テレビをみていたが退屈して来た。
さすがに寝るにはまだ早い。それでなんとなく暇つぶしで雑誌を見ていた。
ところがかなめの持っていたのがファッション雑誌。
男性向けの週刊誌か何かを期待したが、美女の姿の自分たちがみていて違和感があるかないかをかなめが考えないはずもない。
問題がないからというより、秋物の特集号ゆえに本気で夏以降のファッションを研究していたらしい。
仕方ないからぱらぱらとめくるナツメだが、いつしか興味深くみていた。
料理人には盛り付けなどで美的感覚も要求される。そのせいであろう。
そして服よりもモデルたちのメイクに気が向いていた。
(やっぱ化粧した方が映えるか。客商売。ましてや女だから見た目も気を使わないとダメか)
そっと唇を撫でる。男のときとは比べ物にならないくらい柔らかい。
次回の休みにちょっとやって見るかと考えを変えたナツメである。
就寝。大部屋に雑魚寝。
周りはみんな美女ばかり。しかしまるで意識しない。自分も同じなのだ。
もはや意識の点でも彼女たちにとって『女』は『異性』ではなくなっていた。
疲れもあり安心しきって眠っていた。
翌日。午前中にもうひと泳ぎ。そして帰りの電車では爆睡する一同であった。
八月。
このくらいになるとそろそろ単独行動も増えてくる。
検査を終えて一人で買い物をしていた愛美子。すっかり帰りが遅くなった。
暗い夜道を一人で歩く。買い物するためみんなとは離れていた。
涼しいこともありショートパンツではなく、マイクロミニのスカート。
上も小さなTシャツだった。
髪型は相変わらずのツインテール。むしろ背中に髪が掛からず涼しくて実用的な恩恵を感じていた。
(暑いなぁ…)
思考の大半はそれで占められ、あまり物を考えられなかった。
その上、女としての危機意識が乏しく、平気で夜道を歩いていた。
かつては柔道の選手だったのも自信過剰に拍車をかけていた。
その眼前にコートの男が現れた。
(この真夏にコートっスか?)
やはり女としての危機意識がない。その程度しか考えてない。
男はいきなり愛美子の眼前で、コートを思い切り広げた。
下には何も着ていない。
「ひっ」
女の裸に何も感じなくなった…反対に自分を含めて男の裸体を見る機会が減った。
特に下半身のものは無くしてから半年以上。
既に定期的に生理が訪れ、そのたびに自分が女と思い知らされる肉体。
職業柄でもあるが飾ることを覚え、どんどんと美しく『女』になっていく。
愛美子がこんな格好をしているのもその一部。
とにかく、久しぶりに見た…そして「女として」見た『男性自身』はとてつもなくグロテスクに見えた。
「きゃあああああっっ」
本能的な恐怖から悲鳴を上げる。そう。「女として感じた」恐怖ゆえに。
男はそれで満足しなかった。さらにその貧相な肉体を突きつける。
それで愛美子は切れた。
「しつこい!」
甲高い声で叫ぶと、男のコートの襟を取る。
簡単に重心を崩すと、遠慮なくアスファルトの地面に投げ飛ばして叩きつけた。
尻から落としたのはせめてもの手加減。
土壇場で身についていた柔道の技が愛美子を救った。
携帯電話で警察を呼び男は現行犯で逮捕。愛美子も事情聴取で同行。
それが終わる頃にかなめと沙羅が迎えに来ていた。
二人の顔を見た愛美子は、ここで始めて『恐怖』を思い出す。
「かなめさぁん…沙羅さぁん」
沙羅に駆け寄りその豊満な胸元に顔をうずめて泣いた。
女性警察官にしてみればあまり珍しくない光景のようだ。
それほど愛美子は女性化していた。
「さぁ。お家に帰りましょう」
ことさら優しい声の沙羅。
「みんな待ってるから」
かなめが続く。赤い目をして涙を溜めた愛美子は、こくりと頷き、帰途に着く。
自宅に戻り、やっと虚勢を張る元気が出てきたらしい。
ここいらはさすがに生粋の女性と違うところか。
「ちっきしょー。脳天から道路に叩きつけてやればよかったっスよ」
やっていたら過剰防衛ですむかは微妙なところ。
「あみちゃんが柔道やってたから無事だったんだね。ラビだったら…」
想像して震えるラビ。
「愛美子。いやみんな。これに懲りたら夜の単独行動は避けること。必ず複数で行動するように。何しろ私たちは女なんですから」
かなめがこのタイミングで警告を発する。
恐怖は身に染みてわかっていた。そして改めて思い知る。
自分が性欲の対称となっていることを。
それを振り払うつもりなのか。愛美子は話題を変える。
「ところで…久しぶりに見た『あれ』なんスけど…女として見ると気持ち悪いスね」
ただ単に感想を述べているのだが、女の猥談にしか見えない。
「あー。ラビそれすっごくわかる」
中学生そのもののラビが盛大に頷く。
「まぁ…あまり人のなんてみたくないよね。もっとも今は自分にもないけど」
あろうことか「あれ」の形状を忘れかけている麻耶。
男時代は小用などで日常的に目にしていたが、この肉体ではありえず。
そして当然だが「男」を相手にしたこともなく性転換してから見る機会がなかった。
「あら。そんなに嫌っちゃかわいそうよ。あれがないと赤ちゃん生まれないんだから」
「産むの!?」
そりゃ驚くであろう。沙羅の爆弾発言。
「例えばよ。例えば」
失言に頬を染めて恥じ入る沙羅。
なんともいえない色気があった。
まさしくおとなの女のそれである。
しかしこの発言の裏には彼女の現状がある。
かなめが全員に釘を刺したのは言外に沙羅へも警告していた。
夏を迎えてから休日の単独行動が多い。それも夜。
理由は単純。「夜遊び」だった。そこまでは制限されていない。
「優しいお姉さん」を演じているのだが、ストレスが多大。
それを晴らすべく休日は呑みに行くようになっていた。
敢えて他の「娘たち」とは行かないでただの女としてバーに。
その目的は男との密会だった。
「ごめんなさい。待った?」
「いや。大丈夫」
既に帰京していた拓也はTwinkle☆Starに現れた。
その場は冷静に演じて沙羅だがときめきを感じていた。
わざわざ自分を追ってきてくれた男に対して。
去り際に連絡先のメモを渡された。
それからしばしば二人で逢うようになっていた。
最初は「芝居」だった。
本来は男である。春が来れば戻らないといけない幻の女。
それまで女としての恋心を知っておくのも「芝居の肥やし」になると考えていた。
ところが「恋する女」を演じているうちに本気になってきていた。
この休日もバーで飲み、送る最中に相手の男。拓也にキスを求められた。
本来なら「同性」相手のキスである。拒絶しかない。
だがそんな気が全然起きなかった。
沙羅は自然に目を閉じ、顎を当てた。
その唇に緊張気味の卓也の唇が重なる。
「男とキスなんて気持ち悪い」とは思わない沙羅。
逆に恋が次の段階に入ったと密かに喜んでいた。
役に入りすぎ、どんどんと『女』になっていく。