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とあるダンジョンの商人

作者:萩人
 とあるダンジョンには、不思議な商人が出没するらしい。
 安全地帯と呼ばれるモンスターの出ない部屋で、攻略に挑む冒険者相手に回復薬や武器を売っているのだ。
 そこまでの道中には当然敵がいるので、主もそれなりに強いのだろうというのがもっぱらの噂だが、移動中の姿を見た事がある者は誰もいない。
 常にフードを被っているので、顔を見たことがある人もいない。
 格好は怪しいことこの上ないが、扱っている商品が確かなことと、決して足元を見た価格設定ではないことから、次第に冒険者達は信用するようになっていた。




 剣士が1人でダンジョンの内部を歩いていた。
 右の袖は焼け焦げて腕が露出しており、胴を守る防具も半壊している。
 致命傷はなかったが、細かい怪我から血がにじんでいた。

 最初はパーティで挑戦していたのだが、味方の裏切りによって敵の只中へ置き去りにされてしまったのだ。
 途中で決めたとも思えない手際の良さだったので、元々罠に嵌めるつもりだったらしい。
 まんまと引っかかってしまった己の目の無さを呪う。
 舌打ちをしながら、近付いてきた敵を振り向きもせずに一撃で切り捨てた。



 彼はこれまでずっと、1人で攻略をするタイプの冒険者だった。
 それだけの技量があったし、無理はしない主義だったので問題はなかった。
 事情が変わったのは、とある噂を聞いたからだ。
 そこは1人では挑めない高難度のダンジョンだった。
 遠距離から一方的に攻撃を仕掛けてくるモンスターも出没するので、剣技一筋の彼には荷が重い。

 仕方なく、冒険者の集う酒場でパーティメンバーの募集を探した。
 幸いにも似たような考えの者が多いのか、すぐにメンバーは見つかった。
 攻撃役、防御役、遠距離攻撃役の3人が揃ったバランスの良さが売りのパーティだった。
 先日4人目のメンバーが命を落としてしまい、攻撃力が今一つ足りなくなったということで、剣士である彼は歓迎された。

 浅い階層は簡単に進むことが出来た。
 元々技量としては平均よりも上だからこそ単独で挑んでいた彼だったので、いくら高難度とはいえ入口付近は普段と変わらなかった。
 パーティメンバーは大げさなぐらい褒めてきた。
 あまり得意ではない会話を交わしながら彼は奥へと向かった。

 辺りの雰囲気が変わったのは5つほど階段を下りた時だった。
 背筋がぞわりと震える。
 ダンジョンには時折強敵や大量のモンスターに出くわす事がある。
 長年の経験から、剣士はこの階層もそのどちらかだろうと判断した。
 メンバーに声をかけると、斧を持ったアタッカーが緊張した面持ちで頷いた。
 直線の通路をしばらく歩くと、明らかに不審な扉に突き当たった。
 向こう側から嫌な気配を大量に感じる。
 剣士は振り向いて、3人と目を合わせた。
 無言で頷き合って、覚悟を決めると扉を開けた。

 向こう側の壁が見えないくらい広い部屋の中には、一面モンスターがひしめき合っていた。
 リザード系やスライム系など、様々な種類が一斉にこちらに目を向ける。
 壁を背にしながら、剣士は愛用の武器を鞘から抜き放った。
 援護を頼もうとした瞬間、背中を強かに蹴られる。
 衝撃で前のめりに倒れた彼が咄嗟に振り向いて見たものは、背負っていた予備の武器と傷薬の入った袋を奪い取ったパーティメンバーの姿だった。
 下卑た笑いを浮かべている。
 それだけで、悟ってしまった。
 彼らは最初から、剣士の荷を奪うことが目的だったのだ。
 立ち上がる間もなく、入ってきた扉が閉められる。
 向こう側から、高笑いが聞こえたような気がした。

 襲い掛かるリザードの湾曲した剣を転がって避けて、足元を突き刺す。
 なんとか立ち上がって、壁に背を付けた。
 ダンジョンの特性として、こういった特殊な部屋は一度扉が閉められると、内部の敵を全滅させない限り開かれない。
 目の前には数えきれないほどのモンスターがうごめいている。
 絶体絶命とは正にこのことだろう。
 だが、剣士は笑っていた。
 ここで死ぬ気など、毛頭ない顔だった。



 どれくらいの時間が経っただろう。
 剣士はついに、最後のミノタウロスを切り捨てた。
 血のりを振り払うように剣を振ると、切れた息を整えるように深呼吸をして、左腕で汗を拭う。
 ぼろぼろだが、五体満足で生きていた。
 彼は笑う。
 置き去りにしたパーティメンバーを見返すように笑っていた。

 剣士は気配が尽きた広い部屋を見渡すと、入ってきた扉とは反対方向へ向かった。
 元々の目的はこの先にあるのだから、戻るよりも進んだ方が良いと判断した。
 入口を目指すにしても、待ち伏せがないとも限らない。
 彼が生きて戻れば、騙し討ちをしたパーティの悪事が発覚し厳しく処罰される。
 用心深く生死を確かめる可能性は高かった。

 簡単な火属性の魔法でリザードの死体を焼いて、湯気の上がる身を剣で剥がす。
 そしてそのまま、ためらいもなく噛みついた。
 1人で潜っていれば不慮の事故で、持ち込んだ食料以上の期間ダンジョン内に滞在しなければならない事もよくある。
 モンスターを食料とすることは、彼にとってはそう珍しいことではなかった。
 決して美味いものではないが、食べられなくはない。
 剣士にとって魔物とはそういう存在だった。



 大部屋の先は、単調な通路が続いていた。
 時々モンスターと出くわすが、目にも留まらぬ速さで振りぬかれる剣は全て一刀両断にしてしまう。
 油断なく歩いていた剣士は、やがて階段のある部屋にたどり着いた。
 下がどうなっているのか分からないほど先が暗い階段の前に、その人物は陣取っていた。
 目の前に大きな布を地面に広げて、十数種類の商品を並べている。
 噂通りフードをかぶった人間が座っていた。

「いらっしゃい」

 場違いな明るい口調で、その人物は剣士に話しかけてきた。

「……あんたが、ダンジョンに現れるという商人か」
「お、噂になってるのか。俺も有名人の仲間入りかな」

 商人は唯一露わになっている口元を釣り上げて、楽しそうに笑った。
 剣士は無言で近づいて、品物を見るためにかがむ。
 どれも品質は良好だった。

「こんな所で商売が成り立つのか?」
「どんな商売も、最初は常識の範疇外から始まるもんさ」
「そういうものか」

 あいにくと商才がない剣士には、どうでもいい話だった。

「モンスターに襲われないのか」
「そこは企業秘密ってやつでさあ」

 高難度のダンジョン奥深くにも関わらず、商人の服は汚れ一つ見当たらない。
 何か秘密がありそうだが、根幹とも言える部分をそう簡単に教えてくれるわけはなかった。
 知れば真似する者も現れて、商売あがったりだろう。
 剣士もそこまで期待して聞いたわけではなかったので、なるほどとばかりに頷くだけだった。

「それよりお客さん、何か買わないかい。傷薬なんかどうですか?」
「そうだな……」

 荷物は奪われたが、別で持っていた金貨は無事だ。
 値札は付いていないが、噂が本当ならそこまでぼったくりではないだろう。
 だが、剣士は目の前にある傷薬は手に取らなかった。

「吸血鬼を直す薬はないか?」
「吸血鬼……ですか?」

 商人の声色が少し低くなった。
 剣士は構わずに頷く。

「ああ。ここは見たこともない薬を売ると聞いたことがある。もしかしたら、私の吸血鬼化を解く薬もあるかと思ってな」

 剣士は口を開ける。
 人間ではあり得ないほど尖った犬歯が2本露出した。

「……あんた、面白いなあ。見ず知らずの俺にそんな秘密を教えていいんですかい?」
「積極的に公表することでもないが、隠しているわけでもない」

 実際によく利用する酒場のマスターや古い知り合いなどは、剣士の正体を知っている。
 ただ、教会の関係者などはモンスターに属する吸血鬼を忌み嫌っており、発覚すれば殺されかねないので誰にでも言っているわけではない。

 剣士は、元はただの人間だった。
 駆け出しの頃に挑んだダンジョンで、運悪く落とし穴に掛かり深層に落とされてしまった。
 そこで出会った吸血鬼により、眷属化されてしまったのだ。
 ダンジョンのような暗がりでも問題なく見えるし、身体能力は飛躍的に向上したが、日の光で火傷をするので日中は出歩けなくなってしまった。
 時々湧き上がる吸血衝動にも悩まされている。
 出来る事なら、元に戻りたかった。

「ふーん。でも、ダンジョンを攻略する冒険者としてはいいこと尽くめにも聞こえますけどねえ」
「否定はしない」

 商人は話を聞いて、そんな感想を呟いた。
 剣士は頷く。
 吸血鬼としての能力のおかげで、今まで生きてこられたのも事実だ。

「だが、やはりモンスターに分類されるのは嫌なんだ」
「そういうもんですかねえ」
「そういうものだ」

 吸血鬼となったせいなのかは分からないが、極端に老化も遅くなった。
 駆け出しの頃の知り合いは既に白髪が混じる年齢となったが、同じ年であるはずの剣士はいまだ青年の姿だった。
 それもまた、人間に戻りたい理由の1つとなっている。

「……まあ、一部だけなら願いを叶える薬はありますけど」

 渋々といった口調で、商人は言った。
 剣士は目を見開く。
 正直期待はしていなかった。

「あるのか。是非譲ってほしい」
「……多分、お客さんが思うような効能はないですけどねえ」

 商人は背後の袋を漁ると、小さな袋を取り出した。
 中身は丸薬のようだった。
 手を伸ばそうとしたら、さっと隠されてしまった。
 簡単に渡す気はないらしい。

「言っておきますけど、一度モンスターに分類された存在は元には戻れないんですよ」
「……そうなのか」
「ええ、吸血鬼などの一部モンスターによる眷属化っていうのは存在自体を組み替える、いわば記憶をそっくり移植した別の存在を作り出す行為なんです。お客さんが元の人間に戻ろうと思っても、土台無理なんですよ。水の中に落ちた一滴の血をすくい上げるような話ですから」

 剣士は衝撃を受けた表情を浮かべた。
 商人は話を続ける。

「まあでも、吸血衝動を無くしたり日光を浴びても平気になるぐらいなら出来ますよ。人の血を吸いたくなるのは、存在の確立が不完全で時間経過と共に徐々に失われているからなんです。不完全さゆえに外から持ってきて補完しないといけないなら、完全な存在になればいいんです。日の光に当たると火傷をしたようになるのも、不完全な部分が露出しているだけなので一気に解決できます」
「……まて、完全な存在というのはなんだ」

 剣士は嫌な予感がしながらも、問わずにはいられなかった。
 商人はにこやかに口を開いた。

「そりゃ、上位種に決まってます」

 上位種。
 それはいわば伝説級のモンスターに付けられる名称だった。
 長く生きた者、突然変異で生まれた者など発端は様々だが、平均的なモンスターとは一線を画す強大な存在だ。
 その強さたるや、自然災害と同等とも言われている。
 普通の人間が敵う相手ではなく、不用意に近付かないように周知するのが精一杯だった。
 ある国は無謀にも上位種に挑んだ結果、一夜で滅んだなどという逸話もある。
 多くの上位種が好戦的ではないので、怒りを買わなければ滅ぼされることだけはないのが、不幸中の幸いだった。

 そんな存在になれと言われても、剣士としてはどう反応すれば良いのか分からなかった。
 そもそも、薬一つで気軽になれるものではないはずだ。

「それがなれるんですよ」
「……恐ろしい薬だな」
「ええ、そうなんです。とっておきです。言っておきますけど、1つしかありませんからね」

 なぜそんなものを一介の商人が持っているのかは分からなかったが、少なくともホラを吹いているようには見えなかった。

「なら、そのままとっておけばいい。少なくとも俺は、上位種なんかになるつもりはない」

 これ以上人間からかけ離れた存在にはなりたくなかった。

「安心しました」

 商人は残念がるどころか、ホッとしたような笑いを浮かべた。

「どういう意味だ」
「ここで食いつかれたら、お客さんを殺さないといけないと思っていましたから。むやみやたらに力を求める人ではないと分かって良かったです」
「……試したのか」

 剣士は目を細めて、腰の愛刀に手を伸ばした。
 鯉口を切ると、商人は慌てて首を振った。

「とんでもない。薬の効能は本物です。力におぼれるような方には渡せない、危険な代物ですから」

 それもそうだと思い、剣士は柄から右手を離した。
 商人は大げさに胸をなで下ろしていた。

「ああでも、気が変わったらいつでもお売りいたしますので気軽に言ってください」
「そんな事は万が一にも起こらんから安心しろ」

 剣士は笑って答えた。
 商人もにこにこと笑う。

「とはいえ何もお売りせずに帰ってもらうのもなんですし……出会った記念にこちらをどうぞ」

 剣士は特に何も警戒せずに差し出された袋を受け取った。
 中身を見れば、見覚えのある品ばかりだった。
 先ほど騙されて奪われた荷物と予備の剣だ。

「……あいつらも、ここを通ったのか?」
「さあて、どうでしょう」

 商人は不敵そうな笑みを浮かべるばかりだった。




 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 大量のモンスターを前に、アタッカーは悲鳴を上げた。
 先ほど通った時には、こんな部屋はなかった。
 おかしい。
 階段から続く道も地図とは全く違う。
 振り向けば、来た道はなくなっていた。
 進むしかない彼らの前に現れたのは、下の階層でも見かけた大量のモンスターが待ち構える大部屋だった。

 四方を敵に囲まれ、まず一番体力の低い後衛の冒険者がやられた。
 体勢が崩れた所を捕まり、地面を引きずられモンスターの群れへと消えていく。
 泣き叫ぶ声が、途絶えた。
 ミノタウロスの無感情な瞳が、残った冒険者に向けられた。

「ひっ」

 引きつった小さな叫びが大きな盾を持った人間から上がる。
 元々彼らは、実力はそこまで高くなかった。
 だからこそ同業を狙って、身ぐるみを剥いで小金を稼ぐなどという手口を繰り返していた。
 戦うとしても、十分に安全を確保した状況しか経験がない。
 大量のモンスターを前にしたこともなければ、絶望的な状況を戦い抜く覚悟もあるわけがなかった。

「く、くるなああああ!!」

 剣を持った冒険者が、がむしゃらに武器を振るう。
 モンスターの斧にぶつかった剣が、あっけなく半ばで折れた。
 顔面が蒼白を通り越して色を失っていた。
 剣士から奪い取った武器に手を伸ばす気力すら失った冒険者に、ミノタウロスはためらうことなく斧を振り下ろした。




 叫び声がなくなり静かになった大部屋を、1人の人間が歩いていた。
 フードをかぶった彼に、ミノタウロス達は襲い掛かることはなかった。
 むしろ横へよけて、道を開けている。
 その状況を当然と受け取っているのか、モンスターの様子を気に留めることもなく、彼は目の前に出来た道を進んだ。
 やがて部屋の中央で立ち止まる。
 血だまりの横に落ちた背負い袋を拾い上げた。
 中身を確認すると、鼻歌を歌いながら右手の指を折った。

「3人か。戦果は上々だな。ああでも、下の階は全滅させられたから収支としてはマイナスか。あいつ強かったなー」

 そんな独り言を呟きながら、左手を動かして空中に文字を描く。

「部屋を元に戻して、モンスターの配置を戻して、通路も戻しておかないとな」

 左手を動かすたびに、ダンジョンの景色がいとも簡単に変わっていく。
 手を止めた時には、すっかり地図通りの風景に戻っていた。
 彼が立っている場所も、元通りの小部屋になっている。
 3人の冒険者が死んだ場所は面影すらない。
 周囲を見渡して、満足そうに笑った。

 左手をくるりと動かすと、足元に光り輝く円陣が現れた。
 複雑な紋様の中央に立った人間が、一瞬にして姿を消す。
 後に残ったのは、いつもと変わらぬダンジョンだけだった。

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