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ドール―迷子の音符たち―  作者: 粟吹一夢
第七章 解かれた呪縛
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 ナオは、レナに話した時と同じように、母親と妹との関係をカズホに話した。

「そうか。そうだったのか」

「レナちゃんからは、ありのままの自分になれば良いって言われました。それは分かっているんだけど、どうしても踏み出せなくて……」

「水嶋は、本当はお母さんのことが嫌いなんだろう?」

「えっ?」

 ナオは、唐突なカズホの言葉の意味が分からなかった。

 カズホは、ブランコに座りながらも、上半身をナオの方に向けて、ナオの顔を見つめながら再度問い掛けてきた。

「だから、水嶋のお父さんを奪って、自分が生んだ妹さんだけを可愛がっている、血がつながっていない今のお母さんをさ」

「……ううん。そんなことはない。お母さんは私と妹とに分け隔てなく接してくれる素晴らしい人よ。私が素直になれないだけなの」

「嘘だな」

「えっ」

「水嶋は自分に嘘を吐いているだろう?」

「そ、そんなことは……」

「俺は、俺の父親が嫌いだ」

「えっ?」

「俺の父親は妻子がありながらお袋と不倫をして、お袋が俺を身ごもったら、さっさと認知はしておきながら、俺には一度も会いに来やしない。もっとも、俺も会いたいと思ったことはないけどな」

「佐々木君……」

「血がつながっている父親だって嫌いになるんだ。水嶋が血のつながっていない母親のことを嫌いだって思っても全然自然だろ」

 吐き捨てるように言ったカズホの言葉に、ナオは全身をむち打たれた。今まで、自分の境遇に愚痴一つ言わなかったカズホの口から出た父親への憎しみ。何も飾らず真っ直ぐ投げつけられた本音の言葉。それはナオが今まで感じたことのない鋭さを持って、ナオの心に深くえぐり込まれてきた。

 しかし、ナオは、その本気でぶつけられた言葉を本気で返そうとしていない自分に気がついた。本当は酷いことを考えている自分の心の奥底を悟られまいと、言葉を取りつくろい、飾り立てようとしていた。

 ナオは認めざるを得なかった。母親に対して素直になれないというのは、母親を好きではない自分の気持ちを隠すための口実にすぎなかったことを。そして、そんな自分の酷い一面を、家族にも友達にも知られることを恐れていたことを。

 ナオは自己嫌悪に押し潰されそうになりながら、焦点の定まらない目をして、前を向いたままつぶやくそうに、口を開いた。

「そうなんだ。……佐々木君の言うとおりです。お母さんが嫌いなのに、私は良い子ぶって、お母さんを信用しているふりをしていただけなんです。……私は嘘吐きなんです」

「だったら、お母さんに『あんたなんて嫌いだ!』って言ってやったらいいじゃないか?」

「そ、そんなこと言えない! だって、……家族だから。お父さんとも妹とも……お母さんとも、……みんな一緒に楽しく暮らしたいの!」

「それじゃあ、水嶋は、これからも自分の気持ちに嘘を吐き続けて、お母さんと楽しく一緒に暮らすふりをしていくつもりなのか?」

「……」

 カズホはブランコを降りて、ナオが座っているブランコの前に立った。

「水嶋」

「……はい」

 ナオは立ち上がることもできずに、ブランコに座ったままカズホを見上げながら見つめた。

 カズホが大きく息をついた。

「俺は水嶋が好きだ!」

「えっ!」

 突然の愛の告白に呪文が悲鳴のようにナオの心の中で鳴り響いた。

 ナオは、胸が苦しくなって、胸の前で手を組みながら、少しうつむき加減になり、体を震わせることしかできなかった。

 しかし、カズホは、そんなナオにかまうことなく言葉を続けた。

「俺は、眼鏡っ娘で三つ編みの水嶋が好きになったんだ。でも、それが嘘吐きな水嶋だというのなら、……俺は、そんな水嶋は好きになれない」

 今度は、カズホとずっと仲良くなりたいと思っていた、もう一人のナオが、呪文を押し退けて出て来て、ナオに不安げな表情をさせてカズホを見つめさせた。

「……佐々木君」

「水嶋は俺にも嘘を吐いているのか? いつもドールで見せてくれていた水嶋の笑顔も嘘だったのか?」

「違う! 私は、佐々木君の前ではいつも本当の自分でいられた。時々、呪文に悩まされたけど……、でも、佐々木君には嘘なんて吐いてない!」

「だったら! ……俺がいつも水嶋の側にいるよ。家でも学校でも本当の水嶋でいられるように」

「……」

「水嶋が俺のことをどう思ってくれているのか知らないけど、俺は水嶋とずっと一緒にいたいんだ。俺がずっと一緒にいるから、お母さんに言いたいことが言える水嶋になってくれ。そして、その眼鏡をはずして、髪をおろして、お洒落で素敵な女の子になってくれ! 俺の彼女だって、学校で自慢できる水嶋になってくれ!」

 ナオの心の中で、カズホの言葉がリピートされ増幅されていった。

(佐々木君がそばにいると言ってくれた。佐々木君がこんな私を好きだって言ってくれた。……もう何も怖くない。……もう逃げちゃ駄目! 逃げたら佐々木君ともこのまま…………。嫌だ。そんなの嫌だ!)

 呪文は断末魔をあげて打ち消されようとしていた。

(私は……私は……佐々木君の隣にいつもいられる……可愛い女の子になりたい!)

 ――呪文は解かれた!

 ナオは、座っていたブランコから立ち上がると、迷うことなく真っ直ぐとカズホを見つめた。

「佐々木君。私、……もう嘘は吐かない。誰にも嘘は吐かない。そんな自分に、本当の自分に変わることができる! だって、佐々木君に勇気をもらったから……。私も佐々木君ともっと一緒にいたいから!」

 ナオは、また涙が止まらなくなってしまった。

 ずっと側にいるというカズホの言葉が嬉しかった。

 こんなに自分のことを思ってくれるカズホの気持ちが嬉しかった。

 そして、カズホと出会えたことが嬉しかった。

「佐々木君。私も佐々木君が好きです。大好きです! だから! ……ずっと側にいてください」

「……水嶋」

 ナオは、優しくカズホに抱きしめられた。ナオは声を上げて泣き出した。

「佐々木君、……ありがとう。佐々木君」

 ナオは、しばらくカズホの胸で泣きじゃくった。生まれたての赤ん坊が、その新しい生命の存在を知らしめるように。

 しばらくすると、カズホが声を掛けてくれた。

「落ち着いたか?」

「……うん」

 ナオの眼鏡は涙で汚れていた。

「こんなに眼鏡が汚れていたら、前が見えないんじゃないか?」

 カズホがナオの眼鏡をはずした。

「あっ」

 視力の悪いナオは、途端に何も見えなくなったが、すぐに目にハンカチが当てられた。カズホが涙を拭いてくれていたのだ。

 ハンカチがはずされると、ぼんやりとカズホの顔が見えた。

 突然、その顔が近づいて来て、ナオの視界を覆ったと思うと、ナオの唇に何かが触れた。何が起きたのか分からなかった。唇に触れていた柔らかいものはすぐに離れた。そして、カズホの顔が元の位置に戻った。

 カズホは、ナオに眼鏡を掛けてくれて、ちょっと照れくさそうに言った。

「自分が可愛くないという呪文には、これで二度とかからないかな?」

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