掌編――風
空が青い。
どこまでも青いその光があまりにまぶしくて、私は目を閉じた。
さえぎるもののない屋上に降り注ぐ、もう春とはいえないほど強くなった日差しを全身に感じる。
制服を通して感じるコンクリートの冷たさが心地よい。
風が髪をなでていく。
……好きな人、いるんだ。
ズキン、と心に氷の槍が刺さる。
世の中はこんなに春で、こんなにあったかいのに、私の心は冬のままだ。
「アキラ、ここにいたんだ」
親友のマキの声。うっすら目を開けるとポニーテール姿の影が空を切り抜いていた。
「元気出しなよ。何があったか知らないけどさ」
「……まぶしいよ、マキ」
腕で影を作ると、マキの姿も、見たくない青い空も見えなくなった。
布ずれの音。声が近くなる。
「あたしにも話せないこと?」
「ほっといて」
「岡部くんのこと?」
「ほっといて!」
何にも聞きたくない。マキに背を向けるように寝返りを打つ。
「図星、か。一年生の美少女振ったの、噂になってるもんね。あんた、その場にいたの?」
「ほっといてってば!」
髪の毛のきれいな一年の子が片思いしてるのは知ってた。部活の見学によく来てて、差し入れしたり、終わるまで待ってたりしてたのも。
あの日、朝練に遅れなければ、あんな場面に立ち会わずに済んだのに。
「岡部、心配してたよ。健康優良児のあんたが朝練も部活も休んでるから。知ってる? この一週間、昼休みにあんたを訪ねて来てたの」
「副部長だからでしょ」
ため息が聞こえた。分かってる。私、今とっても醜い。
「岡部ね、好きな人いるって」
「知ってる」
いじわるなマキ。わざわざ言わなくてもいいのに。もう一度ため息。
「ねえ、岡部が剣道始めた理由、知ってる?」
「知らない」
「小さいとき、いじめられてた時に助けてくれた子が胴着着てたんだって。それから自分も強くなろうと始めたらしいよ」
いやな予感。話の展開がなんとなく分かった。
「その助けてくれた子がね、ちっともかわいげがないし、振った子よりも美人じゃないし、気立てがいいわけでもない。でも、その子じゃないとだめなんだって」
ズキン。氷の槍が増える。
そんなの、なんで今の私に聞かせるの。惨めになるだけじゃない。鼻がツンと痛くなった。
「こんなの、見限っちゃえばいいのにねぇ」
「……何のこと?」
「そういうところもひっくるめて、好きなんだけどな」
聞きなれた声。飛び起きると、すぐ近くに顔があった。ぐりぐり目でさらさらストレートで、童顔。
「部室で初めて会ったときに気がついたけど。女だとは思ってなかったから、びっくりしたよ」
「な、な……」
マキの奴っ! いつの間にか姿を消してるし。……今度会ったらシメてやるっ。
「で、返事を聞かせてくれる?」
風が、若い葉を鳴らしてクスクス笑った気がした。