転生ヒロインがとめられないっ!
高校二年、五月某日。学校。
甘い声、ショートだけど、可愛らしさを失わない絶妙なカットの髪型。低すぎず高すぎない身長、調和のとれたスタイル。学校でトップテンに入る可愛らしさを持った同学年の女の子「睦月めぐる」。
この前幼なじみの文月君とデートしたところを見かけて、文月君もやるじゃんって思った美少女だ。
彼女が不良気味の如月君に声をかけたところで、私は頭が痛くなった。
「如月くん、今度一緒にボウリングしにいかない?」
「ああ、構わないけど」
そのやりとり、その仕草、見覚えがある。
いままで多少感じていたデジャブとか予知夢とかそんなちゃちなものじゃあ、断じてない。
ああ、その動き、それも、それも、そのやりとりも……
「ねえ、七子大丈夫?」
私に声をかける幼馴染の文月君のその声も髪型も……
もっと恐ろしいものの片鱗……
「保健室に行ってくる」
私はその日、熱を出して早退した。
前世というものがあるなら現実はなんて理不尽なのだろう。
記憶を消したいという思いを抱くと同時に、知ることが出来て良かったとも思う。
なぜだかわからないけれど、この世界、この現実、前世で私が非常に好きだったゲームにそっくりなのだ。
学園系乙女ゲーム「園当里学園@イケメンら部!」。ヒロインが男性の好感度を上げて落とすという、いわゆる恋愛を疑似体験するもの。
ヒロインは頭痛の元凶「睦月めぐる」で、私「師走七子」の立ち位置は攻略対象である教師の妹。そして幼馴染の文月君も攻略対象だ。
ゲームではヒロインの選択や行動でその二人との恋路の邪魔をしたり、友達になれたりするサブキャラクターだった。
そこまではまだいい。
だけどこの世界で生きていくには問題が二つある。
一、ヒロインがとあるイベントを起こした場合、私は傷害事件で少年院にぶちこまれる。
二、ヒロインが兄を中途半端に攻略すると教師を辞めて再就職はするものの愛に生きてしまう。
一は最悪だけど、二も両親がいない私にとっては大問題だ。
現在私は兄の財力とコネをもって私立高校の園当里学園に通えている。兄が教師を辞めた場合は私は学校を辞め、一人で生きていかねばならない。今時高校中退でいい職に巡り合うのはなかなか難しいと思う。
がり勉になって奨学生になれば学費免除なのではあるけれど。私は生憎頭が良い方ではないから困ったものだ。
次の日から私は兄と文月君の説得をしようとした。
「ねえアニキ、まさか生徒に手を出したりなんかしてないよね」
「え? ああ、もちろんさ」
兄の鼻の穴は大きく膨らんでいた。嘘を吐く時の癖だ。
どうやらすでにヒロインの毒牙にやられているらしい。
くそッ、もっと早くに気づいていれば。
「アニキが変なことしたら私は路頭に迷うんだからね」
釘を刺したものの、全く堪えてないようで兄は携帯に夢中だ。頬まで染めて、もうすでに愛に生き始めてしまっているらしい。
家族愛はないのかと、これから兄のパンツは洗濯してやらないことに決めた。
もう、私、無駄かもしれないけど、勉学に生きるよ!
幼馴染の文月君にも一応睦月さんが他の男とデートの約束をしていたことを伝えた。
「睦月さんはただのお友達です」
文月君は少し顔を赤くして言うばかりだった。君はそう思っていないんだろ? まるわかりなんだけど。
まあ、特定のイベントを起こさない限りは関わりもないので、さびしいけれど文月君と関わり合いになるのをやめた。
もともと薄くなりかけの縁だったし。
邪魔をしなければ、特にヒロインも私に関わる必要もないだろう。
ヒロイン睦月さんはその日も次の日も……毎日別の攻略対象とのふれあいに忙しそうだった。
毎日のように特別なイベントが起きる。この人ひょっとしたら逆ハーレムねらいかもしれない。
そういえば、前世を思い出す前に「師走さんって師走先生の妹なの?」って話しかけられたことがあったっけ。
誰にも教えてない情報だったし、珍しい名字だとしても親戚かなにかなのって聞くのが普通じゃないだろうか。イケメンすぎる兄とはそんなには似ていないし。
ひょっとしたら睦月さんも前世でこのゲームをやっていた人なのかも。
考えると少しぞっとした。
とりあえずこちらからふれあうのも邪魔になるだろう。下手に動くとうらみを買いかねないので、友情ルートは消えたかな、と思う。
安全ルートの一つだったけど、まあ、正直私だって気の多い女の子を友達にしたくはない。彼氏が出来たときにとられかねないもの。
情報キャラの神無月カスミちゃんはよく睦月さんと友達でいられらるなあ、と思う。
実はカスミちゃんの彼氏、下津木君も隠しの攻略対象だったりする。ちゃんと別れたあとに付き合うみたいだけどね。
私は二人とまあまあ仲がいい。さりげなく睦月さんの情報を手に入れるのには役に立ちそうだ。
月曜日。
「はあ……疲れた」
朝早めに家を出ると、通学路でなぜだかぐったりしている下津木君に出会った。彼はまだ私に気づいていないようで、なにやらブツブツ言っている。
「……睦月の奴、いくらヒロインだからって俺にまで粉かけてこなくても……十分モテモテなのに……」
はあ、と下津木君はため息をつく。
そういえばカスミちゃん達は昨日睦月さんとダブルデートに行ったんだっけ……
いや、いや……それよりも!
「今、下津木君なんて言った?」
「え!? 師走、どうかしたか? 怖い顔をして」
「今、睦月さんのことヒロインって……むぐっ」
下津木君は私の口を押さえると、腕を引っ張り、近所の公園に連れてこられた。
下津木君はベンチどっかりと座りこっちの様子をうかがっている。
私は人気が無いのを確認して口を開いた。
「下津木君も睦月さんがヒロインだって知っているの?」
下津木君は静かな声で、ああ、と肯定した。
攻略対象だけあって憂いの表情を浮かべる下津木君はとてもかっこいい。
下津木君は男らしい手をあごにあてた。
ドキリと思わず胸が高鳴った。カスミちゃんゴメン。
「そういうお前も知っているんだよな」
「うん。と言っても思い出せたのは最近なんだ」
同志を得られるかもしれない興奮も相まって、私の心臓がうるさい。
「ここが『園当里学園@イケメンら部!』の世界ってことで、あってるか? 俺は前世でプレイしてた」
下津木君の前世は女性だったが、記憶が蘇ったのは二年前で身体も心も正真正銘男だと語った。
「私ももとプレイヤーだよ。仲間がいて安心した」
「俺は絶望した」
下津木君の表情は暗い。
「俺の妄想じゃなくて現実だって確定したからな」
「でも、下津木君は隠しだからいいじゃんか」
「良くねーの! 睦月から寄ってくるのにカスミがヤキモチ焼いて、睦月に近寄んないで! って破局の危機なんだぜ?」
はあ、そうですかとしか言いようが無い。確かにゲームなら数行で表現される別れだって当事者にとっては大問題だろう。
「カスミちゃんは確かに友情に関して盲目的なところあるからねー。特に睦月さんには甘かったっけ」
「そうなんだよ! そこも可愛いんだけどな。俺、カスミに本気で惚れてるからよお」
下津木君の言葉に私の胸の奥がきゅうっと締まった気がした。
「リア充爆発すればいいのに」
「そんなこと言わないで協力してくれよ」
「二人の愛があれば大丈夫だよ!」
テヘという謎の擬音が出そうな勢いでふざけながら励ますと、下津木君は叫んだ。
「そうだよな! ありがとう師走!」
「うん?」
「俺、カスミにどんと正面から当たってみるよ!」
どうやら下津木君は転生によって熱血君に変わっていたみたいだ。ゲームの時も少しだけ素養はあったっけな?
でもこんな風に愛されちゃうなんてカスミちゃんがうらやましいな、と思った。
九月
下津木君が転生者だと発覚してから、私はちょくちょく彼と話す機会ができた。
最近ヒロインは逆ハーレム狙いが激化してきたのか、好感度をあげるのに忙しくて下津木君に関わることが減ったそう。
なんとかカスミちゃんとのお付き合いも維持できているらしい。
ちなみに私の兄は何人かの好感度を上げるとデレやすいので、すでになかなかデレデレである。
下津木君はすべての攻略対象キャラに嫌われず、好かれすぎないように調整して攻略するキャラで、逆ハーレムには加えることができない。
うっかり他キャラの好感度を上げすぎた場合だと、ヒロインに瓜二つの睦月誠一という従兄に身代わりで登校させ無理やり好感度を下げるという荒業もあったっけ。
今のところヒロインが男子に対して奇妙な行動を取ったという噂は聞かないので、睦月誠一が入れ替わってきていることもまず、ないだろう。
ということでターゲットから外れた下津木君には最近、私に協力させてばかりという状態にある。
「今度、なんかおごるから、睦月めぐるの情報を教えて?」
私は下津木君が好きなチョコレート菓子を譲渡しながらねだった。
面倒がりながらも下津木くんは話し始める。睦月に関わるのは面倒そうだけど、こういうことで買収できるから可愛いものだ。
たびたび二人でこうして話すことにちょっぴりカスミちゃんに罪悪感を感じてしまう。
仕方ない、仕方ない、そう思いながらもこの関係が好きだったりするから、私という女は始末に負えない。
「それがよ……最近睦月がいじめられてるって噂がたっているんだけど、おかしいんだよな。同じクラスの女子と関わり合いのある女子とはさ、すっげー仲良く見えるんだ」
「うーん、どういうことなんだろう」
「いじめは、教科書ボロボロになってたりするんだとよ」
「まじかー本格的だよね」
「女だってそんなあからさまな裏表ってあるのかなあ」
ない、とは言い切れないなあと思うものの、なんとなく違和感は感じる。
「睦月もそういうものを発見されたあとも普通に女子と接してるし、わけわかんねーよ」
「それはにおうね」
自作自演という言葉が私の頭をかすめた。
運命の十月某日。
『今日の放課後、屋上にこい。来なければお前の大事な人を社会的に殺す』
いまどきどうして?と思うような新聞の文字を切り貼りした犯行予告が私の下駄箱に入っていた。
今日はヒロインへのいじめの犯人が発覚する日にちだ。場所は屋上。
「文月君に近づかないで!」とナイフで脅し、激情した私が勢い余って、ヒロイン睦月めぐるを刺しかける。そこを文月君が助けるというイベントがあるのだ。
逆ハーレムには好感度が足りないから無理やり上げるつもりなのだろうか。
確かに文月君の様子を見るに『なんとなくいいな』状態から進んでいないようにも見える。
社会的に殺す……大事かどうかはさておき、私はヒロインのハーレム入りを阻止できなかった兄のことを思い、胸を痛めた。
「あの女絶対許さない」
兄と文月君に忠告したことは、あった。けれどそれは最初のうちだけで、後半は彼女と関わらないように尽力してきたつもりだ。
遭遇しないように前世知識を尽くしてきた。
だというのに、彼女はどうしても私を悪者にしたいらしい。
兄が社会的に死んでは、両親が行方不明の私にこの先いい進路はない。
いいだろう、お前の手に乗ってやる。
だけど、私だってゲームの知識を持った転生者だ。お前の思い通りになるなんて思うなよ。
爪が食い込むほどこぶしを握り締めて、私は放課後の計画を立てた。
「やあ、師走七子ちゃん。待ってたよ」
「あなたは、睦月さん」
「やっぱり知ってるんだ」
「有名人だもの。学園のイケメンたちの憧れの的。そのあなたが最近いじめられていることも知っているわ」
睦月はにっこりと頬を染めて蠱惑的な笑顔を作った。
「会えてうれしい」
その表情は近くで見るとぞっとするくらい美しくって、ああ、兄が勝てないのも仕方がないな、と思った。
でも私は負ける訳にはいかない。
兄が教職を失うのも、私がいじめの主犯にされて退学や前科者になるのもまっぴらゴメンなのだ。
「私に何の用」
「うふふふ」
睦月は一歩二歩と近づいて来る……。
大丈夫。
カメラは四方と上方向から撮影している。
それに、いざとなったら下津木君に助けに入ってもらう手はずにもなっている。
間合いまでもう少し。
睦月の右手を見る。
なにもない。
左手を見る。
なにも……ない?
袖はまくりあげられて……ナイフを隠すところはない。
私は混乱した。
刺されたフリをするんじゃないの?
間合いに入ったと思った瞬間ぐんと腕が伸びてくる。
「捕まえた」
そうか、腹に仕込んで……
やられた!
睦月は私を抱きしめた。
協力者の下津木君が走ってくる。
文月君も通りかかって不思議そうな顔をする。
しかし睦月に変化はなく、一体この女何のつもりなんだ。
「会いたかったんだ。ああ、いい匂いがする」
気持ちの悪い事言わないで欲しい。
抜け出したいのに力が強く、びくともしない。
睦月はこの中性的な声で女の子たちをも魅了していたのか。
「ねえ、僕のこと嫌い?」
……女?
私だってバレーボールをやっていて並みの女子より筋力はあるはず。
身長は同じでもこいつみたいなゆるふわに勝てないとは思えない。
私達を遠目で見ていた文月君は「演劇かなんかの練習かなあ」と一言つぶやいた後、私達から離れたところへ行って、遠くを見ながらお菓子を食べ始めた。
なんというマイペース!
あんたが主役のイベントだっていうのに!
睦月のこと好きじゃなかったのかよ!
「睦月っ、師走から離れろ!」
「嫌だ」
下津木君が私達を引き離そうと、睦月を控えめに引っ張る。
下津木君はこんな時でもフェミニストだ。
「ねえ、七子ちゃん。僕と仲良くしてよ」
「なんで……」
「好きだから」
睦月は熱い瞳を私に向ける。
「お前、どうして」
「逆ハーレムねらいで、女子とは関わらないんじゃ……」
「君が逃げるからいけないんだよ。それにめぐるはね、先生が好きだよ」
たしかに隠しキャラに近い兄のルートは何人もの好感度も必要だ。
だったらなんですでにデレデレな今、文月君のイベントを起こしたの?
頭の中が謎でいっぱいになった。
「ねえ、キスしてもいい?」
兄が好きだと言いながら、こいつは一体どういう思考回路をしているんだ。
「いやっ」
下津木君が謎の展開にどん引きしている。
「助けて……」
私は声を絞り出した。
ガン、と屋上の重いドアが勢いよく開いた。
「誠一兄ちゃん! なに勝手なことやってんの!?」
ドアの向こうにいるのも……ヒロインの睦月めぐるだった……。
ええっ?
「大丈夫。大丈夫。文月君の好感度はあげてないから」
目の前の睦月が言った。
「ならいいけど」
入ってきた睦月がふくれっ面で言う。
誠一……?
「みんなの好感度はあげなきゃだけど、文月君はヤンデレだから、変わりに兄ちゃんの好感度使ってるのに、台無しにしたら許さないから」
「ふふふ、大丈夫だよ」
下津木君が目を大きく見開いた。
「睦月誠一!」
「そう、今気づいた? 僕は隠しキャラの誠一だよ。僕も転生者なんだ」
すっかり見落としていた。
逆ハーレムルートでは邪魔になるばかりのヒロインに瓜二つのいとこ。
彼を変装させ、変わりに学校に行かせることで彼の好感度が上がり、他の攻略対象の好感度が勝手に下がってしまう行動を取るお邪魔キャラ兼特殊攻略キャラ。
みんなの好感度が高すぎるとクリアできない隠しキャラの下津木君を攻略するときと、誠一本人の攻略でしか関わる必要のない……睦月誠一……?
「もう、バラしちゃうの?」
「ふふっ好感度は足りてるでしょう?」
誠一はめぐるに微笑んだ。
誠一の瓜二つの顔は少し赤く染まっていてヒロインに対して好き状態にあることがわかる。
「そだね。私はもう行くけど、お兄ちゃん。勝手なことしないでよ?」
「うん、今までもいたずらせずに、ただ僕の好感度が上がるだけだったろう」
つまり、誠一はめぐるの協力者だった……?
めぐるは私に手を振った。
「七子ちゃん! 私はちゃんと卒業まで先生の事、我慢するから安心して!」
めぐるからの唐突な兄ルートハッピーエンド宣言。
一体何?
私、無事に高校卒業できるの?
だまされてない? だって、えっ?
「僕は君に会いたくってこのイベントを起こしたんだ」
めぐるを見送りながら誠一が告白した。
なんだって!?
私は睦月誠一をまじまじと見てしまった。
「君が僕をさけるからいけないんだよ。まあ、世界が悪かったのかもしれないけどね」
誠一は少し意地悪そうに顔を歪めていた。
「私だって転生者だし、元の七子とは別人なのよ!」
「知ってるよ。だから準備していたんだろう? カメラとか」
こいつ、見抜いている?
「素晴らしいよね、僕と君の出会いを逐一記録してくれているんだ!」
誠一は赤くなって、私に熱烈な視線を送る。
「やっ、やめて」
視線に焼かれて胸がドキドキしてくる。
「離れろよ、睦月誠一!」
「下津木君、君はなんなんだい? 七子ちゃんのこと好きでもないのに僕の告白の邪魔をして」
「はあ? そんなこと今関係ねえだろ!」
下津木君は少し赤くなって誠一を睨み付け、つかみかかる。
下津木君頑張って!
誠一はちょっとうるさい犬を見るくらいの顔で面倒そうに下津木君の手を払いのけ、足をかけて転ばせる。
強い。
「君は神無月カスミと付き合っているんだろう?」
「なんでお前っ!」
下津木君は自分の恋愛模様さえ把握されていることにあたふたしている。
「知ってるさ、君が思っているより彼女は有名人だよ。しっかり捕まえてないと誰かに取られちゃうかもね。さっきここに来る途中告白されているのを見かけたっけ」
下津木君はどうするべきか私と携帯電話を交互に見ている。
冷たい目で下津木君を見やった誠一は私に向き直った。
その顔は恋する男の顔だった。
ヒロインと瓜二つなのに、似ているとはもう思えない。
くるくると変わる表情が不思議と面白く感じてしまう。
「ねえ、僕好きだよ。七子ちゃんのこと」
そう、私の好きな下津木君はカスミちゃんの彼氏なんだ。
しかもアツアツの。
この睦月誠一、どうしてこんなに詳しいんだ。
私の気持ちまで……
下津木君は誠一の告白に固まってしまっている。
この場に私以外がいるというのに、堂々と告白する勇気には恐れさえ感じた。
「でも……私は」
誠一はぞっとするくらい美しくって、瞳はきらきらと輝いて私を捕えて離さない。強制的に抱きとめられていた腕もそう、悪いように思えなくなってきた。
魅了されてしまったのだろうか。
「ねえ、僕にしなよ、かなわぬ恋より」
私だけに聞こえたその言葉はどうにも甘くって……
「友達からでもいいから」
ちょっとのやさしさに私は涙を流しながら、誠一に頷いた。
「うん、それでいいよ。かわいい。七子ちゃん」
誠一は私の涙を舐めとるように頬にキスをして頭をなでた。
あれからゲーム期間も終わり、私は紆余曲折を経て、睦月誠一と彼氏彼女として付き合っている。
今日は、初めて誠一の家に泊まった。
誠一は私との出会いのビデオを見返している。
私は隣でうとうととしていたのだけど、誠一はよっぽどビデオ見返すのが好きらしい。
いつの間にか体に毛布を掛けられていて、大事にされているな、と実感する。
「この時の七子ちゃんもかわいいかったなあ」
私がすっかり寝ていると思っているのだろう。
よく、芝居がかった言い方をする誠一の素の言葉はちょっと照れくさい。
「ふふふ、最高だよ。七子ちゃん。ああ、大好きな小説『乙女ゲーム転生物語』の世界に転生できて良かった」
ぞわり、鳥肌が立つ。
「色んな『もしも』のシチュエーションを書く作家さんだったから、どう転ぶかすごく不安だったけど、やっぱり転生だと有利だな。下津木君や文月君にとられなくって本当に良かった」
この人でいいの?
胸の内から問いかけに不安を覚えた。
だけど、優しそうな彼の横顔を見ると、居心地のいい鳥かごに捕らわれた気がして、私は寝たふりをするのが、今は精一杯だった。