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第十四話 ジンジャークッキーの場合

*****


「――――ってな訳で、降ってきたのは虫だと思ったら蝉の抜け殻だったんだよ。あー、ホントにウケた!」


 仕事の手伝いが終わるなり、私は家のリビングで放課後の出来事をママに報告した。

 蝉の抜け殻をばら撒いたのがルルちゃんだと決まった訳ではないけれど、彼女以外には考えられない。

 テーブルで紅茶を飲む私を背に、ママは珍しくエプロンなんてして台所でカチャカチャと作業をしながら「じゃあ、そのルルちゃんにお礼をしないとね」と、楽しそうに笑った。ママはこういった痛快な話が大好きなのだ。


「ルルちゃんってホント、面白い子なんだよ。前にさ、わたしの事を、ずーっと睨んでくるってママにも言ったじゃん」

「ええ、幽霊みたいなオバケみたいな子ね」

「うん。相変わらず幽霊みたいだけど、最近はオバケじゃない感じなんだよね」

「ねえ、前にも聞いたけど、幽霊とオバケはどう違うの?」

「え? あ~幽霊は~こう、色が白くて透けてる感じで不幸そうな? オバケは、え~っと……まあ、いいでしょ、それは」


 幽霊とオバケの違い。明日、ルルちゃんに訊いてみよう。


「でね、ルルちゃんに、なに見てるの? って聞いたら、わたしの頭なんだって! 金色でふわふわで柔らかそうで大スキなんだって、大スキ。このクセっ毛がだよ。ホント、面白い」

 

 私はポニーテールを解いた自分の髪をグシャグシャと掻き回した。たぶん、雌ライオンみたいになっていることだろう……あ、雌にはタテガミないか。


「あなた、その友だちを一生大切にしなさいね」


 ママは包丁を握る手を止めて、真剣な顔で私の目を見詰めて言った。


「へ? 大切にしてるよ。今度さ、一緒に魚釣りに行くんだ」

「ナナエル。その子は、あなたの一番素敵な所を褒めるんじゃなくて、好きって言ってくれているのよ」

「ん? 好きだから褒めるんじゃないの?」

 

 好きだから褒める。当たり前じゃない? 褒めるから好きって事は無いと思う。


「ルルちゃんは、あなたの最も魅力的なパーツを好きだと言っているの。それは本当にあなたの事が好きだから言えること。あなたはルルちゃんのどんなところが好きなの?」

「え? ルルちゃんの好きなとこ? うーん……頭が良いところ、かな?」

「じゃあ、それを言葉にして、ちゃんと伝えなさい」

「えぇ? それって難しいな……」

 

 ――――わたし、ルルちゃんの頭良いトコが好きだよ!

 うーん、なんか変じゃないか?


 私は「好き」という単語に、ふと、担任の顔を思い浮かべた。

 なんだろう? 胸が、喉の奥がツンとする。


「ママ……あのさ、わたし、好きな人が出来たかも……」

「あら、おめでとう。好きになった人って、もしかしてセニング君?」

「それは無い。それだけは無い。あれは弁当の絡みがあるだけの知人だから」

「酷いこと言うわね。あなた、セニングのお嫁さんになるーって宣言してたのに」

「ママ、それは保育園の頃の話。あの頃は幼すぎて、唐揚げとセニングの区別がついていなかったの」

「あなた、唐揚げのお嫁さんになるつもりだったの?」

「セニングの嫁になるくらいなら、わたしは唐揚げに嫁ぐ……あ、そうだ。唐揚げといえば、明日遠足だった。今日のうちに買ってこようかな」


 夕食も兼ねてセニングん家に弁当を買いに行こうと立ち上がりかけた私に、ママは「ねえ、ナナエル。さっきから母が何してるか分からないの?」と言って、泡だて器を私に突き付けた。


「え? 新しいカラー剤の研究?」

「台所でそんなことするか。あんたの明日の弁当じゃ」

「うそ! ホントに!? やだ、嬉しい! 食べられる物かな!?」

「あなた……ちょこちょこヤル気を削いでくるわね。才能かしら」


 ママは苦笑いをして、ボールに泡だて器を突っ込んでガチャガチャいわし始めた。


「ねえ、ママ。どうしたの? いきなり弁当作りなんて」


 私は、ママの後姿を見詰めながら、テーブルに肘を突いた。


「あなた、高校行かないで髪結いになるつもりでしょう?」

「そうだよ。通信に通うから」


 そう。中学を卒業したら、働きながら通信教育を受けるつもりだ。それが髪結いになる最短コースだから。


「そうなると、母の弁当を食べる機会は残りわずかなのだ。分かるかね? ナナエル君」

「ママ……」


 私は立ち上がって、台所に立つ母の背中を、ぎゅうって抱きしめた。

 いつの間にか、母はこんなに小さくなってしまった。あ、違うか。私がデカくなり過ぎたんだ。

 そっか……「大好き」って思った相手を抱きしめるんだ。じゃあ、ウチの担任は私を……あわわ。


「ナナ、どうしたの?」

「んーん、何でも無いよ。ねえ、わたし、何か手伝おっか?」

「うーん……食べれる物が食べれない物になるかも知れないから、遠慮するわ」

「なにそれっ! ひっどーい! ヤル気削がれたっ!」


 私は傷ついたフリをして母から離れ、テーブルの上にワザとらしく倒れ込んだ。


「ねえ、ナナエル。どんな人を好きになっても反対はしないけど……分かっているわね」

 

 ママはボールに指を突っ込んで、味見をしながら振り返りもしないで言った。


「私たちの一族は、それはそれは男を見る目が無いの。呪われてるんじゃないか、ってくらい男運が無いの。だけど、どんな人を好きになっても後悔だけはしないで。それは……とても辛いことよ」




*****



「晴れたー!! いー天気だー!!」


 学院都市の東門を抜け、長いながーい橋を渡りきると、そこは広いひろーい草原が広がっている。

 水の便の良い学院都市西部と違って、この辺りは水はけが良すぎて農業が難しいんだって。だから、学院都市東部は乾燥に強い背の低い植物がいっぱいなのだ。って、ルルちゃんが教えてくれた。


 残念ながらルルちゃんとは同じ班にはなれなかったどころか、何の因果かリコ料理会と同じ班になってしまった。まぁ、リコの豪華なお弁当を、ちょっとお裾分けして貰えるから、それはそれで良しとしよう!


 それでも移動中に、さりげなくルルちゃんに近づき、「ねえ、昨日のアレ、ルルちゃんでしょ?」と小声で訊いたが、彼女は相変わらず肩を小さくして微笑むだけだった。あぁ……ぎゅーってしたい。これが「好き」って事でしょう?


 東門の付近は、学院都市の風紀委員会や自治体が見回りをしているので、そんなに危険な動物はいないそうだけど、あんまり街から離れた人気(ひとけ)の無い場所には、野犬や狼が出るらしい。なので、遠足は東門からそう離れないところまで歩き、そこらに生えてる植物を調べる、ってのが遠足の目的だった。でも、それは建前。


 一番の目的は、外で食べるお弁当に決まってる! あぁ、嬉しいなぁ。私の学校での楽しみは、ズバリお昼ごはん。それが外で食べれるなんて!


 クラスメイトはみんな、持参したシートを敷いて、その上にお弁当を並べ始めた。

 私もシートの上に座り、自分のお弁当を置く。中味はなんだろな? 結局ママは中を見せてくれなかったからな。

 私はワクワクしながらキョロキョロと当たりを見渡した。すこーんと晴れた空。さわさわと草を揺らす穏やかな風。そして草の匂い。気持ち良い!

 さて、ルルちゃんはどこかな……いた。同じ班の女の子たちと楽しそうに話をしている。あ、口に手を当てて笑ってる……何話してんだろう……なんだ? これはジェラシーってやつか?


「はい! じゃあ、いただきまーす! ……って言ったらいただきますだぞー!」


 ウチの担任が古典的なギャグでスベっていたが、とりあえず笑っておいた。

 担任はクラスの男子の班に混じってお弁当を食べる様だった。……ここにも来ないかな。


「うわぁ、リコさんのお弁当、今日は一段とすごーい!」


 リコ料理会のメンバーが、リコの持参した弁当を見て歓声を上げた。ほほう、どれどれ?

 

「な、なんじゃそりゃ……」


 黒塗りに金の細工が施された弁当箱? いや、それは元々は弁当箱では無いのかも知れない。

 そして、その宝箱のような弁当箱の中には、結婚式に出てくる料理みたいなのがいっぱい入っていた。


 なんだ? そのデカいエビは。

 なんだ? そのデカい肉の塊は? 

 なんだ? その……えーっと、食べ物なのか? それキラキラは?


「すっ、凄いね……リコちゃん。美味しそうって言うか、キレイだね。ホントに凄いね」


 私は心の底から凄いと思った。たかが遠足の弁当に、良くぞここまで気合いが入れられるもんだと感心した。リコのお父さんは、本当にリコの事が好きなんだろうな。


「うれしい! ナナエルさんに褒められたあ!」


 さすがに跳ねまわりはしなかったけど、リコは本当に嬉しそうな顔をして笑った。

 リコ料理会の面々は、いつもの様に品評会を始めたが、さすがに今日は気合いの入れようが違うみたいだ。色とりどりで華やかなお弁当。みんな凄いなぁ。

 豪勢過ぎる弁当を見ているだけで、何だかお腹がいっぱいになりそうだ。私も自分のお弁当食べよう。

 包みを解いて取り出したお弁当箱は、この日の為にママが買っておいてくれた新品のピカピカだ。ママ好みのシンプルなベージュの箱を開けると、おお、私の好物がいっぱい! と、いうか、私の好物しか入っていない。

 キノコの肉巻き、ひき肉の挟み揚げ、そして唐揚げ! あはは、肉ばっかり。でも、嬉しいなぁ。ママの手料理なんて本当に久しぶりだ。

 そっか……このふんわり玉子焼きのために、ママは、ずっと泡だて器でカチャカチャしてたんだ。

 玉子焼きとママへの感謝を噛みしめていると、真正面に座るリコが私のお弁当箱を覗き込んできた。


「あれぇ、ナナエルさん。今日もお弁当屋さんお弁当なんですかぁ?」


 私は思わず、まだ味わい足りない玉子焼きを飲み込んでしまった。「え……どういうこと?」


「ごめんなさい。ナナエルさんのお母さん、忙しいですものね」

「う、うん。忙しいけど……」

「ナナエルさんのお母さん、一流の髪結いさんですもの。そんな色の少ないお弁当なんて作りませんよね」


 体温が下がっていくような気がした。

 気が付くと、煌びやかな弁当箱を前にした女の子たちが、私と私のお弁当を意外な物を見るような目で見詰めていた。


「あ……あははっ! これさぁ、自分で作ったんだ。ほら、ウチのママ、忙しいでしょ? わたし、もー料理が苦手で苦手で……」


 私はお弁当箱の中身を隠すようにして、おかずを一気に口に放り込んだ。


「あら、じゃあナナエルさんも料理部に入ってみたら?」

「それ名案! ねえねえ、一緒にお料理やりましょう」

「ナナエルさん、器用だからすぐに上達するよ」


 これ以上の名案は無いとでも言うように(はしゃ)ぐリコたちに笑顔を振りまきながら、私は残りのおかずを水筒の水で流し込んだ。


「いやぁ、喰った喰った! さぁて、わたし、その辺を散歩してくるね」


 立ちあがり、そう(うそぶ)く私にリコ料理会の子たちは「ナナエルさん、食べるの早ーい」と、キレイなお弁当箱を(つつ)きながら言った。

 へへっ、と笑いながら、涙が零れないようにその場を離れるので精一杯だった。

 中学生にもなって、こんな思いをするなんて……くそっ! どうして、「これはママが作ったんだ」って胸を張って言えなかったんだ! どうして言わなかったんだ……

 

「おーい、あんま遠くにいくなよー」


 遠くから担任の声が聞こえた。私は「はぁーい」と愛想振りまいて、手を振っておいた。

 まだ誰も、男子すらも食べ終わっている人なんていない。立ち上がる人もいない。

 クラスの輪から離れると涙が止められなくなった。


 私の行く手に、休むにはちょうど良さそうな木が一本だけ、ぽつんと立っていた。

 そこの木陰に座り、これ以上涙が零れないように、空だけを眺めていると、ふんわりした雲が、のんびりと流れていくのが見えた。

 嗚咽が漏れないように声を殺して泣いていると、さくっさくっと、草を踏む音が近づいて来る。上を向きながら音のする方に目だけをやると、そこにいたのは……ルルちゃん?


「よう、ルルちゃん。ここ、気を付けな。蚊が出るよ」  

 

 私は泣いていたのを悟られないように、顔を掻くような振りをして涙を拭った。


「水たまりが出来ないから、ここには蚊は出ないよ」


 ルルちゃんは、いつものようにクールに言い放った。


「あ、そう? じゃあ、なんか他の虫だよ、きっと。ねえ、お弁当はどうした?」

「もう食べちゃった」

「うそ? あんた、そんな早喰いなキャラじゃないでしょ」


 私は笑ったつもりだけど、涙が一滴、二摘と零れてしまった。くそっ! 止まれ!

 でも、ルルちゃんは、どうしたの? とも、何とも言わずに私の隣りに、すとん、と座った。


「クッキー持って来たの。一緒に食べようと思って」


 そう言って、ルルちゃんは丸い、ちょっと大きめなクッキーを差し出してきた。受け取ると、クッキーの表面にはクローバーが型押しされていた。


「へぇ、なんか、かっ、可愛い、ね」


 鼻が詰まって、上手くしゃべれない。

 ルルちゃんは、そんな私に返事をしないで、両手でクッキーを持って、もくもくと(かじ)り始めた。


 私、ルルちゃんの素敵なところを見つけた。

 頭が良いなんてことよりも、もっと素敵なところを見つけた。

 ルルちゃんは優しい。私の知る、誰よりも優しいんだ。


「ルルちゃん、これ、甘くて美味しいね」

 

 ルルちゃんの優しいところが好き。って言いたかったけど、やっぱり恥ずかしくって言えなかった。

 すると彼女は私の気持ちを知ってか知らずか、「そう? これ、糖分控えめだよ」って、ルルちゃんは、やっぱりルルちゃんらしい事を言って、肩を小さくして笑った。

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