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page8―A
「う……さ、桜……ごめん……許して……いや……つい出来心で……許して……気功だけは許して……いや……ああ……あいやああああああ!」
「きゃあ!」
 ベッドの上に寝かされていた勝は、悪夢にうなされながら目を覚ました。唐突に大声を上げながら上半身をすごい勢いで起こしたものだから、ベッドの脇に置かれた椅子に座って、心配そうに勝の顔を覗き込んでいた人物は、驚いた拍子にバランスを崩して地面にしりもちをついてしまっている。
「――え……きゃあ?」
 まだ完全に目が覚めていないらしく、間の抜けた顔をしてベッドの脇に目を落とす勝。一方、地面にしりもちをついた人物は勝と目が合うと、恥ずかしそうにあたふたと立ち上がった。
「お、お、んな……の子?」
 立ち上がった女の子を見上げながら、目をぱちくりする勝。
「あ、あの。だいぶうなされてたみたいですけど……だ、大丈夫ですか?」
「へ?」
 勝はきょとんとしたまま、しばらく女の子の顔をじっと見つめた。それから、周りに目を向けてみて初めて、勝は自分がベッドの上にいることと、ここが見知らぬ家の中であることを理解した。
「え? あれ? え? こ、ここって――」
「あ、あの」
 女の子は落ち着きなく家の中を見回している勝におずおずと声をかけた。
「あなた、森の中で倒れていたんです」
「え……」
「……覚えて、ませんか?」
「……」
 勝は目をつぶって眉間にしわを寄せ、記憶の糸を手繰りだした。本人は必死に考え事をしているだけなのだろうが、眉間にしわを寄せたその顔は常人なら思わず目を逸らしてしまいたくなるだろう。しかし、女の子は目を逸らすどころか、心配そうに勝の顔を見つめていた。
「あ!」
 やがて、勝は何かをひらめいたように声を上げた。どうやら、ここに至るまでのすべてのことを思い出したらしい。
「なにか――ひう!」
 女の子がなにか思い出しましたか、と言い切る前に勝はガバっと女の子の両肩を勢いよくつかんで「た、大変だ!」と声を上げた。
「え? え?」
「CDコンポからオッサンの声が! いや、それは不幸の小箱の中に入ってたCDで! CDなのにひとりでにしゃべりだしたと思ったら、桜の気功も通じないで逃げることもできずにグッドラック!」
 ――内容がごちゃごちゃだった。
「あ、あの、落ち着いて。なにを言ってるのかさっぱり分かりません」
「だ、だから! その……グッドラックって! グッドラックって言ってた! グッドラックって! グッドラック!」
 ――肝心なところはすべて抜かされた。
「ぐ、ぐっどら……っく?」
「そ、そう! グッドラック!」
 ――しかし、それはオッサンの決め台詞に過ぎない。
 しばらく、ピクリとも動かずに(動けずに)見つめ合っていた二人だったが、やがて女の子のほうから、おずおずと「あ、あのう」と声を出した。ちなみに、勝は女の子の両肩をつかんだままだ。
「は! え? うわ!」
「は」で我に返り「え」で状況を理解し「うわ」で両手を女の子から慌てて引っ込めた勝。
「す、すいません! い、いきなりつかみかかったりして!」
「あ、いいえ。気にしないでください。それより、落ち着きましたか?」
 うろたえている勝の様子を見て、女の子は怯えるどころかおかしそうにクスっと笑って、落ち着いた声を返した。勝にいきなりつかみかかられておいて、悲鳴をあげて「犯されるうー!」と泣き叫びながら逃げ惑わないとは、どうやら女の子は相当な兵のようだった。
 ――ちなみに勝はそれに似たことを経験した悲しき過去があった。
「あの、私アイリーンって言います。あなたは、お名前は?」
「へ? ア、アイリーン?」
「はい」
 笑顔でうなずいてアイリーンは勝の顔を見つめた。疑問が頭の中にいくつも浮かびながらも、勝は自分の名前を慌てて口に出した。
「さ、西条です。西条勝」
「サイジョウマサル……さん。変わったお名前ですね」
「はあ……」
 ――勝もアイリーンという名前に対して同じことを思っていた。
「あ、ごめんなさい。気を悪くしないでくださいね」
「あ、いや、別に……。あの、それよりここは一体――」
 勝はそう言って、改めて周りを見回した。
 木造の一軒家というよりは、むしろ、何年も放置された物置のような印象の屋内の中には、勝の座っているベッドを除けば、小さなテーブルに椅子が三つ、それに、ほとんど食器の収められていない食器棚があるぐらいのものだった。壁のところどころは、乱雑に積み重ねられた木材が腐りかかっており、何もしないでも時折ぎしぎしと今にも崩れてしまいそうな耳障りな音を立てている。テーブルの真ん中に置かれた蜀台に立てられた蝋燭は、おそらく電灯の代わりなのだろう。部屋のどこを見回しても部屋の中に電灯らしきものはなく、電気も水道もこの家には通っていないようだった。
 女の子の一人暮らしというには、到底似つかわしくない家だ。しかし、当の本人は平然と「ここは、私の家です」と声を出している。
「正直、驚きました。水を汲みに森の中を歩いていたらあなたが倒れていたから」
「え。倒れてた? 森の中で?」
「はい」
「あの……それって、どこの森……ですか?」
「どこのって言うか、ここがその森の中なんです。町の人は魔の森なんて呼んでここには近づかないんですけど」
「……」
「? どうかしました?」
「ちょ、ちょっと気分が――」
「大丈夫ですか? なんだか顔色が悪いみたい。横になってたほうが――」
「お、お構いなく……」
 勝の頭の中で、意識の遠のく前に聞いたおっさんの言葉とこの非現実的な状況がつながっていく。そして、それは次のアイリーンの言葉で確固たるものとなった。
「あ、あの。つかぬ事を伺いますが……」
「はい?」
「ここって、その……日本……ですよね?」
「ニホン? いいえ。ここは、エリシアですけど……ニホンってなんですか? あ、なにかの本ですか?」
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