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勝の背後では不良ABCDEFGHが円になって楽しそうにじゃんけんをしていた。どうやら、勝とのケンカの順番を決めているらしい。
「じゃんけんぽん! あいこでしょ! あいこでしょ! あいこでしょ! あいこでしょ! しょ! しょ! しょ!」
 ――8人ではなかなか勝負がつかなかった。
 その気になれば今のうちに逃げられそうだったが、今逃げても後のことは目に見えているので逃げることのできない勝。結局、じゃんけんで順番が決まるまで、勝は延々と待たされることとなった。
 ――しかし、柄の悪い人間が楽しそうにじゃんけんをしている光景はどこか気持ち悪かった。
「よっしゃあー。俺が1番だぜー!」
 どうやら、順番が決まったらしい。じゃんけんで一番になった不良は嬉しそうに勝と向かい合った。その後ろでは一列に並んで不良が順番待ちをしている。
「あ、あのー……」
「ルールは特にねえ。相手が起き上がれなくなるまで潰したほうの勝ちだ」
「つ、つぶ……」
「始めろ」
「おっしゃあああ! いくぞ、こらあ!」
「えええ!」
 不良Aはボキボキと拳を鳴らしながら、人相の悪い顔をさらに歪めて勝に詰め寄った。二人の距離が縮まり、不良Aが勝に殴りかかろうとしたその時だった。
「ちょっと、勝! こんなとこで何やってんのよ!」
 突然割り込んできた怒鳴り声に不良Aの動きが止まる。勝も後ろから聞こえてきた声に驚いて振り返った。
「さ、桜? なんでこんなとこに?」
 腕組みをしてこの場に立っている桜を見て、目を丸くする勝。一方、桜はそんな勝と不良たちを一瞥してから面倒くさそうにため息をついた。
「あんたがそこのバカたちに連れてかれたって、あんたのクラスメイトが話してるの正門で聞いたのよ」
 ――桜は本人たちの目の前で堂々と不良たちをバカ呼ばわりした。
「ちょ、ちょっと、桜……」
「授業終わったら、正門のとこで待っててって言っといたでしょ。それが、なあに、この状況。っていうか、私を待たすなんてあんた何様のつもり?」
 ――それは桜にこそ問いたかった。
「おうおう、譲ちゃん。えらい、威勢がええのお!」
「つうか、誰がバカだって? ん?」
「状況見て物言えよ、こら!」
「そのかわいい顔、ベチャベチャにしちゃうよお!」
 一列に並んでいた不良たちがぞろぞろと桜に歩み寄り、瞬く間に桜は不良たちに取り囲まれた。しかし「おう、ちょっと待てや」という北島の声が響き、桜を取り囲んだ不良たちは、北島に桜の姿が見えるように道を開けた。
「譲ちゃんよお。俺の舎弟になんか用でもあるんか?」
 突然割り込んできた桜の存在にも動じた様子のない北島。一方、桜はいかにも気に入らないといった感じで、北島に挑戦的な視線をぶつけた。。
「は? 勝があんたの舎弟ですって? ふざけんじゃないわよ!」
 桜の台詞に、勝は嬉しそうに「桜……」と呟いた。
「なんや。なんか文句でもあるんか?」
「あるに決まってんでしょ! 勝は私の舎弟――」
 ――桜はうっかり本音を口にした。
「――友達よ! 勝手にあんたの舎弟にしてんじゃないわよ!」
「桜……」
 ――勝の周りにだけ、肌寒い風が吹き抜けた。
「北島さーん。コイツやっちゃっていいっすか?」
 痺れを切らした不良たちがもう一度桜を取り囲みながら、北島の機嫌を伺う。北島はロッキングチェアにふんぞり返ると、いやらしい笑みを桜に向けてから「好きにしろ」と言い放った。
「なあに? 大の男が8人がかりでよってたかって女の子をいじめる気?」
「なんじゃあ! 散々でけえ口叩いといて今更怖気づいたんかい、コラ!」
「もう詫びいれてもゆるさねぞ、ああ!」
「やったら、ヤッちまうかあ!」
 桜を取り囲んでの不良たちの一斉攻撃! しかし、相変わらず桜に動じた様子はまったく見られない。
「ったく……。なんであんたたちみたいなクズがこの学園に入れたのよ」
「なんじゃ、こらあー!」
 殺気立つ不良たち。
 ――しかし、いまだに手を出すものはいなかった。
「ったく、もお。めんどくさいなあ」
 そう言うと桜は制服のポケットから髪留めゴムを取り出し、肩まで伸びたしなやかな髪を、後ろで一つに結わえた。ポニーテールの髪型になったところで、右手に持ったカバンを勝に向けて放り投げ、静かに息を吐き出して脱力する桜。両腕をだらりと横に垂らし、うつむき加減のその様は、まさにノーガード状態。不良たちにしてみれば、なめきられているとしか思えない状況だ。ちなみに、勝は桜のカバンを胸で抱きしめて、その様子を傍観している。
「おい、こら。なめてんのかてめえ」
 桜の背後に立つ不良Dがそう言って、おもむろに桜の肩に手を置いた。その瞬間、瞬きする暇もなく不良Dは「う゛」と低い声を漏らし、地面に崩れ落ちた。予備動作なく繰り出された桜のひじ打ちが見事に不良Dの下腹部を打ち抜いたのだ。
 不良たちは一斉に地面に崩れ落ちてピクリとも動かない不良Dに目を落としてから「え?」とマヌケな声を出した。それを見て取った桜はすかさず「あー!」と声を上げた。
「なにあれ! 流れ星!」
 そう言って、空を指差す桜。呆気にとられていた不良たちは、反射的に全員桜の指差した方向をマヌケ面をして見上げた。
「うげ!」
「ぐは!」
「ぴえ!」
 空を見上げて隙だらけになった不良ABCの腹に正拳突きとひじ打ちと前蹴りをそれぞれ見舞った桜。不良ABはがくがくと足を揺らしながら2、3歩後退して仰向けに地面に倒れこみ、不良Cは2、3メートル吹っ飛んで地面に叩きつけられて動かなくなった。
「て、てんめえー!」
「クス。こんな真っ昼間に流れ星が見えるわけないでしょ」
「ぶ、ぶっ殺してやらあ!」
「バーカ」
 真正面から殴りかかってきた不良Eのパンチを身を翻してかわし、空いたわき腹にひじ打ちをねじ込む桜。続いて、背後から格好をつけて裏拳をかましてきた不良Fには、かがみこんで水面蹴りを極め、倒れこんだところを顔面を踏みつけにして意識を断ち切った。
「う、うおおおおー!」
 単体では敵わないことを悟った不良GHが雄たけびを上げながら、桜を挟み撃ちして両側から突っ込んでくる。不良2人の手が桜に届ききる直前に、桜は空中に飛び上がり、すらりと伸びた両脚を180度振り上げて、不良GHの手をかいくぐりつつ2人の顎を見事に蹴り上げた。
 鈍い音を響かせて、地面に倒れこむ不良GH。一方、地面に降り立つ直前、チェックのスカートがたなびき、きわどい線まで太ももがあらわになり「きゃ」とかわいい声を出しながらスカートを押さえる桜。足元には、無残に血を吐いて倒れている不良たちが白目をむいて転がっている。
「て、てめえ……。何者だ一体」
 たった10秒ほどの間に舎弟8人をのされた北島は目を見開いて、ロッキングチェアから立ち上がった。
「名を名乗らんかい、こら」
「あら。人に名前を尋ねるときはまずは自分から名乗るのが礼儀ってもんでしょ?」
「……お、おお。そりゃあ、そうや。俺の名は――」
「あ、私別にそんなもん興味ないから」
 ――身も蓋もなかった。
「ぶっ殺す!」
 そう言うと、北島はなぜか制服を脱ぎ捨てて上半身裸になった。どうやら、怒り心頭な心情を分かりやすく説明したかったらしい。鍛え抜かれた筋肉を見せ付けつつ、北島は桜に突進した。
「あー! UFOが飛んでるー!」
 そう言って空を指差す桜。
「んなアホな手に引っかかるか、ボケ!」
 そう言って北島は突進した勢いのまま桜に殴りかかった。桜は北島の攻撃を難なく右に飛びのいて交わしながら、悔しそうに舌打ちした。
「さすが親分。フェイントが通用しないわ」
「なめんな、コラア!」
 ――もっともな主張だった。
「あーやだやだ。人の冗談にいちいちムキにならないで欲しいわ」
 ――殴りかかってくる人間にムキになるなというほうが無理な話だった。
「おらあ!」
 北島は軽快なステップを刻みながら、ボクシングのファイティングポーズをとり、キレのあるジャブを何発も繰り出した。が、桜はスウェーとダッキングだけでそのすべてを難なくかわしている。
「へえ、あんたボクシングやってんだ」
「っく! この野郎、ちょこまかと!」
「でも、ま、所詮御山の大将の実力はこんなもんよね」
「ん、んだとコラア!」
 北島がムキになって右ストレートを繰り出した瞬間、それを予期していたように、桜は絶妙なタイミングで北島の顔面にカウンターの掌ていを打ち込んだ。避ける間もなく顎に掌ていを決められた北島は、力なく地面にひざをついた。
「う……が……」
「ちょっと。せっかく手加減したんだから、まだ落ちないでよ」
 そう言うと、桜は北島の前にしゃがみこんだ。
「いい? このこと私がやったって誰にもチクらないでね?」
「あ……う……」
「それと――」
 桜は焦点の定まっていない北島の顎をつかんで、無理やり顔を上げさせながら、北島にしか聞き取れない声で呟いた。
「今後一切勝に関わんな。今度あいつにちょっかい出したらこんなもんじゃ済まさないよ」
「は……はひ……」
 情けない声を出しつつ北島は気を失った。それを見届けると、桜は立ち上がって髪留めゴムを解き、髪型を元に戻した。さらりと伸びた黒髪が気持ちよさそうに風になびき、桜は小さく息をついた。
「相変わらず容赦なしだね」
 苦笑いしながら桜に歩み寄る勝。勝から鞄を受け取ると、桜は不満そうに声を出した。
「ちょっと。相変わらずってどういう意味よ」
「はは……」
 ――言葉どおりの意味だった。
「でも、ありがとう桜。助かったよ」
「……ん。いいよ別に。そんなことより、約束忘れてないでしょうね」
「うん。でも、この人たちどうしようか」
「ほっときゃいいわよ。死なない程度に手加減しといたから」
「いや、でも……」
「いいんだってば。こういう手合いは甘やかすとつけあがるんだから」
「はは……。きついなあ、桜は」
「それが本当の優しさってもんなの」
「それは違う気がするけど……」
 そうして、二人はその場を離れ、正門に向けて歩き出した。
「ねえ、桜。そういえば、さっきあの北島って人になに言ってたの?」
「え? ……ああ。ちょっと、忠告。あいつらの身のためにね」
「忠告?」
「……そうよ。なんか文句あんの?」
「いや、そんなことないけど」
「だったら、黙って歩きなさいよ」
「うん」
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