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――そこは、深い暗闇の中。体の感覚はない。ただ、意識だけの僕に、意識だけが語りかけてくる。
(出せよ……)
前にもこんな感覚があったような気がする。
(ここから出せ……)
――君は誰?
(俺はお前さ……)
――君は僕?
(そうさ……。お前は俺だ……。なあここから出せよ……)
――出せってどこから?
(ここからさ……。そうすれば守ってやる……)
――まもる?
(ああ……。お前も……。お前の望むものも……。みんな守ってやる……)
――ほん、と、う、に?
(本当さ……。なあここから出せよ……)
――ま、も、っ、て、く、れ、る、?
(守ってやるさ……。その代わり……)
――……。
(今から俺がお前だ)
――エリシア村、西の丘の広場。
降りしきる雨は勢いを増し、その場にいる者全てを濡らしていた。しかし、公開処刑を前に、誰もが傘も差さず、やがて訪れる残酷な光景を息を呑んで待っていた。そして、セイントセイダースの面々はそんな村人たちをよそに、この公開処刑の重大なミスにうろたえていた。
「た、隊長! 大変であります!」
「なんだ、どうした!?」
「この雨で火種が全て消えてしまいました! これでは火あぶりの刑が行えません!」
「な、なにい!?」
――揃いも揃って馬鹿だった。
「ぬうぅ……! 仕方がない。ならば、ワシ自らその娘の首を切り落としてやるわ!」
というわけで、火あぶりの刑は打首に切り替わり、椅子にふんぞり返っていたマクスウェルは、その重い腰を上げた。
「皆の者、見るがいい! これから、セイントセイダース第27支部隊長、マクスウェル・ノイズが憎き人間の敵ドールめに正義の裁きを下してくれる! そう! 正義は我にあり! 神がドールを裁かぬというなら、正義の名の下にこのマクスウェル・ノイズが天に代わって――」
――無駄に口上が長かった。
やがて、無駄な口上を終えたマクスウェルが、腰から剣を抜き、アイリーンの元へ歩み寄った。一歩一歩マクスウェルがアイリーンに近付くごとに、その場の空気は緊張し、張り詰めていった。雨音だけがその場の空気を支配し、村人たちはあまりの恐怖にある者は目を覆い、ある者は磔柱から目を逸らしていた。そんな村人たちをよそに、いよいよマクスウェルは、アイリーンの目の前に立ち、手に握った剣を振りかぶった。――その時だった。
ガシャアン!
雨音を劈くけたたましい音が、唐突にその場に鳴り響いた。剣を振りかぶったマクスウェルは、その音に驚き、その手を止めた。
「た、隊長!」
「なんだ、何事だ! せっかくのワシの見せ場――」
「大変であります! 先ほどの若者がまた暴れ出しました!」
「馬鹿者! だったら、さっさと取り押さえろ!」
「い、いえ、それが――」
と兵士が異常を伝えようとした瞬間、兵士は背後から吹き飛んできた別の兵士に激突され、吹き飛ばされた。
「な、なにい!」
自分めがけて飛んできた兵士二人を避けようとしたマクスウェルだったが、あまりの反応の遅さに、回避行動が間に合わず、あえなく部下とともに吹き飛ばされた。五メートルほど吹き飛ばされ、兵士二人の下敷きとなったマクスウェルは、頭を抱えつつ何とか上半身を起こした。
「ぬう……い、一体、なにほがあ!」
またもや吹っ飛んできた兵士がマクスウェルに激突した。
「う、うぐううう……い、一体何だべば!」
またもや吹っ飛んできた兵士がマクスウェルに激突した。
「ぅおんのれえ〜! 一体何事だあ!」
気絶した四人の兵士を押しのけ、立ち上がるマクスウェル。そして、マクスウェルはその光景を目にし、あんぐりと口を開けた。
屈強な兵士たちを、まるで紙の束のように次々となぎ倒していく勝の姿がそこにはあった。その形相は、先ほどまで必死にアイリーンを助けようとしていた勝のものとは百八十度違っていた。暴力を愉しみ、優越に浸る笑い声は、不気味に雨の中に溶け込み、屈強な兵士たちを次々と吹き飛ばしていく。鉄の鎧さえ素手で砕くその力は、もはや人間業ではなかった。
そして、次々と兵士を叩き潰しながら、勝はマクスウェルの下へ歩み寄った。
「……おい」
「……」
――すかさず死んだふりをしたマクスウェルだったが、人間相手にその手は通じなかった。
「三秒以内に起きねえと、ほんとに死なすぞ」
勝の冷徹な言葉に、マクスウェルは一秒以内に起き上がり、正座の格好を取った。
「ははー! 御見それいたしました!」
そう言って、勝の足元で土下座をするマクスウェル。
――ものすごい変わり身の早さだった。
「――と見せかけて、死ねぇい!」
土下座から一転、地面に落ちた剣を拾い、勝の足を斬りつけるマクスウェル。が、至近距離の不意打ちにも関わらず、勝はあっさりと片足で剣を踏み潰し、その攻撃を防いでのけた。
――それにしても、これが先ほどまで正義は我にありと謳っていた人間の行動とは、とても思えなかった。
勝の豹変振りに戸惑っていた村人たちは、マクスウェルの行動を見て、すっかり興醒めしてしまっていた。一方、苦し紛れの奇襲に失敗したマクスウェルは「あわわわ」と泡を食いながら尻餅をつき、後ずさった。そして、そんなマクスウェルを勝は無表情で見下ろしながら、声を出した。
「おい。確かお前が隊長だったな」
「は……い、いえ……なんのことやら……私はただの通りすがりの」
「死なすぞ」
「私が隊長です」
――しかし、その資格はなかった。
「――てめえ。よくもこの俺を散々ひでえ目に遭わせてくれたな。おまけに――」
そう言って、勝は磔柱に磔にされ、気絶しているアイリーンに目を向けた。
「よくも、あいつをあんな目に遭わせてくれたな」
そう言って、勝はマクスウェルに目を戻した。
「この落とし前、どうつけようか」
「で、でで、ですが、あ、あの娘は」
「死なすぞ」
「申し訳ありませんでした」
――土下座が板についていた。
「おい、おっさん。ちゃんとあいつ見てみろ」
そう言って、勝はアイリーンを顎で示した。
「あれが、ごめんで済むと思ってんのか? ははは」
「……は、ははは」
もやは笑うしかないマクスウェル。が。
「死なすぞ」
「心からお詫び申し上げます」
勝に睨まれ、マクスウェルは頭を地面にこすり付けた。
「反省してるんだな?」
「は、はい! それはもう! この通り!」
「そうか。だったら死ね」
「……え?」
「目には目を。歯には歯を。処刑には処刑を」
――それ相応の罰で相手を許すという意味合いの言葉だったが、まったく許す気はなかった。
「は、ははは……また、ご冗談を……」
しかし、マクスウェルの言葉を無視し、勝は足元に転がった剣を拾い、マクスウェルに突きつけた。
「さっきまでの威勢はどうした。人を殺す度胸はあっても、てめえが殺される覚悟はねえのか」
「ひ、ひえ……で、ですが、あ、あ、あの娘はドールで――」
「俺が知ってるあいつは人間だ。少なくとも、てめえらなんぞよりよっぽどマシな、な」
「き、君。もうそれぐらいにしておきなさい」
二人のやり取りを黙って見ていた村人の一人が、たまらず前に出てきて勝に声をかけた。
「これ以上、馬鹿な真似は止すんだ。君が今していることは犯罪だぞ」
その青年の勇気ある行動に、広場を囲む村人たちもざわざわとざわめき、勝に非難の視線を送った。
「犯罪?」
「そうだ。君が今殺そうとしてるのは――」
「知ってるよ。――で?」
そう言って、勝はマクスウェルの喉にピタリと剣先を当て、青年を振り返った。そんな勝に、青年はごくりと息を呑んだ。
「ふん。なんだよ、その目は。今の俺とてめえらと一体なにが違うってんだ?」
「な、なんだって?」
「気にいらねえって言ってんだ。今俺を止めるなら、どうして、あいつが殺されそうになった時誰も止めなかった? あいつがこんな目に遭わされる前に、一人でもそれを止めようとした奴が今ここに一人でもいるのか?」
「そ、それは……その娘はドールなんだ」
「てめえが、あいつのなにを知ってんだ!」
そう怒鳴り、勝は青年を睨み付けた。それから、視線を広場を囲む村人たちに逸らし、また声を上げる勝。
「てめえらもだ! あいつが一度でもてめえらに危害を加えたのか! あいつがてめえらに恨まれるようななにをした!? ドール!? っは! 人のこと、そんなチンケな言葉で括って決め付けんじゃねえ!」
勝の怒号に、反論を返す者はいなかった。ただ、降り続ける雨の中に勝の声は消え、その場は静寂に包まれた。そして、そんな中、勝はマクスウェルに目を戻した。
「――さて。待たせたな、おっさん」
「……!」
勝の冷たい瞳と目が合った途端、マクスウェルはその場から逃げ出した。が、腰を抜かしたマクスウェルは立つこともままならず、匍匐全身をするように、地面を這いずった。そんなマクスウェルの背中を踏みつけ、勝は剣を逆手に握り、振りかぶった。
口をパクパク開け、声にならない命乞いをするマクスウェル。その顔は恐怖に歪み、涙さえ零れ落ちていた。
「……! ……!」
「ふん。てめえが、あいつにしようとしたことだろうが。――死ね」
「……!!」
その瞬間、村人たちの恐怖の悲鳴が広場の中にこだました。
「……」
剣は、マクスウェルの後頭部を貫かず、耳を掠めて数ミリ横の地面に突き刺さった。絶句する村人たちの中、勝は、泡を吹いて失禁しながら気絶したマクスウェルを見下ろし、吐き捨てた。
「……少しは、あいつの痛みが分かったかよ」
地面につばを吐き、勝は磔柱に歩み寄り、アイリーンを縛る縄を剣で切った。それから、そっとアイリーンをおんぶして、勝は広場の出口に向かった。
「き、君――」
先ほどの青年が勝に近づき、声をかける。が、勝は無言で青年の顔に裏拳をぶち込んだ。まともにそれを受けた青年は、骨の砕ける音とともに、地面に倒れこみ、ピクリとも動かなくなった。
「こいつは、この村から出て行く。てめえらもそれで満足だろうが」
そう吐き捨て、勝は広場を後にした。
広場の階段を下りたところで、勝は背に乗せたアイリーンがかすかに動いたことに気がついた。勝の肩に顔を預けたアイリーンは、かすかに顔を動かし、不安そうに勝の名前を呟いた。
「……大丈夫だ」
勝のその言葉に、アイリーンは勝の背中に顔をうずめ、しがみついた。
「わたし……にんげんじゃ……ないんだって……」
「……」
降りしきる雨の中、勝は何も言わずエリシア村を後にした。
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