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 広大な敷地の片隅にひっそりとたたずむように建てられた、今にも壊れてしまいそうな風情の体育倉庫の裏。まるで不良生徒のために用意でもされたようなそのあつらえた場所に、なぜか勝は複数の人間に囲まれながら立っていた。
 勝の目の前には、いかにも不良の親玉ですという雰囲気をかもし出している男が、立派なロッキングチェアに腰掛けて勝を見上げていた。勝は蛇ににらまれた蛙状態で、その男の前に立ち尽くしごくりとつばを飲み込んだ。勝の背後では八人の柄の悪い男たちが、横一列に並んで立っている。ロッキングチェアに腰掛けている男も、背後の連中も皆勝と同じブレザーを身につけているところから見ると、どうやらこの場にいる全員がこの聖バーナード学園の学生らしい。しかし、勝も含めこの場にいる全員爽やか系ブレザーが似合っていない。というか、こんな場所にロッキングチェアはいかにも不自然だったが、誰もツッコム者はいなかった。
「オス! 連れてきました北島さん!」
 勝の背後に立つ柄の悪い男Aが唐突に叫んだ。すると、その後に続いて柄の悪い男BCDEFGHも「オス!」とドスの利いた声を揃えて発した。
「おう、ご苦労だったな」
 どうやら、この連中を仕切っているらしい北島と呼ばれた男は、表情を変えずにそう声を出した。その落ち着いた雰囲気はいかにも大物っぽい空気をかもし出している。
「あ、あの……。ぼ、僕に何かご用でしょうか?」
 勝は勇気を振り絞ってのどの奥から声を振り絞った。しかし、北島は何も言わず、ただじっと勝を睨んでいる。
「……」
「……」
 さて。2人が無言で見つめ合っている間に、勝がここに至るまでの経緯を見てみよう。
「不幸の手紙事件」の誤解の解けた勝は桜と一緒に聖バーナード学園の正門をくぐった。聖バーナード学園は広大な敷地を持つ、緑に囲まれた美しい学園だ。学園内には図書館や体育館、温水プール、生徒ラウンジ、コンピューター室等が配備され、まさに快適な学生生活を満喫するには申し分ない設備が整っている。もちろん、そうなってくれば偏差値の高さも比例してくるわけで、勉強の苦手な勝がこの学園に足を踏み入れていることもさることながら、その風貌はまるでこの学園にふさわしくな――とにかく、勝がこの学園を目指すことは明らかに無謀だった。もちろん、周りからも反対されたのだが、勝はものすごい執念で勉強に励み見事この学園を突破した。そして、その理由はなにを隠そう、桜がこの学園に入学するからであり、それは本人しか知りえないことだった。
 ちなみに、当の桜はスポーツ推薦で難なくこの学園に入学している。
「スポーツ推薦なら楽して入学できそう」という理由で中学最後の空手道選手権大会前日に空手部に入部した桜は見事その大会で勝ち続け、全国優勝。とんとん拍子、といった感じで今この場所に立っている。もちろん、今後真面目に部の練習に励むつもりも本人にはないようだ。
 さて。無事に入学式を終えた2人はクラス別に教室に振り分けられた。桜と勝は違うクラスに振り分けられ、勝はがっくりと肩を落としていた。さらに、教室に入ってからは明らかに勝の風貌にクラスメイトたちが脅えてしまい、シーンと教室全体が静まり返ってしまう始末。隣の教室から聞こえてくる明るい話し声がまた、いやな感じで気まずさを引き立てていた。
 そんな最悪の時間を何とか乗り切り、担任の教師が教室に入ってくると、1時間ほど簡単な諸説明だけを済ませて、生徒は解散することとなった。担任の教師が出て行くと、またもや教室の中は気まずい雰囲気に包まれた。解散を言い渡されているにもかかわらず、誰も机の端に目を留めたまま、席を動こうとしない。どうやら、勝が教室から出て行かない限り、クラスメイトたちは解散できないようだ。と言ってもこの最悪の雰囲気の中、一人悠然と立ち上がり、無言で教室を立ち去るなんて男らしい真似が勝にできるわけもなかった。
 どれぐらい時間が経っただろう。教室の中にいる生徒全員が机の端に目を留めて動かないでいる光景は、まるで危ない宗教団体の集まりのようだ――と、そこに突然教室のドアが派手に開かれ、静まり返った教室の中にドアの叩きつけられる乾いた音が鳴り響いた。
「西条勝出てこんかい、コラア!」
 どこからどう見ても不良な人間8人がぞろぞろと教室の中に押し入り、瞬く間に勝は教室から連れ出されたのだった。
 ――そして、今に至る。つまり、勝もなぜ自分が体育館倉庫の裏で柄の悪い人間に囲まれているのかは分かっていなかった。
「まあ、そう固くなるなや」
 ロッキングチェアに身を沈めながら、北島は足組みをして低い声を出した。
 ――しかし、柄の悪い人間9人に囲まれながら「固くなるな」と言われても無理な話だ。
「あ、あの、ご用がないようでしたら、僕はし、失礼させていただきます」
 そう言って回れ右をする勝。
「こらあ! なめてんじゃねえぞてめえ!」
「北島さんに失礼だろうがよお!」
「鼻に指突っ込んで、鼻歌歌わせちゃうよお!」
 不良たちの一斉攻撃! 勝は青ざめながらもう一度回れ右をした。
 ――不良の中に若干1名、おかしな人間が混ざっているようだった。
「くっくっく。てめえ、いい度胸してんな」
 北島は剃りこんでテカテカしているスキンヘッド頭に手を当てて、愉快そうに笑った。――しかし、眉毛までそりこまれたその顔で笑っても、相手は全然笑えない。
「俺にそんなふてぶてしい態度取る奴なんて他にいねえぞ。面白え奴だ」
 ――単なる買い被りだった。
「いや……。僕はですね――」
「西条勝だっけか? いいぜ。合格だ」
「は?」
「歓迎するぜ。今日からてめえも俺の舎弟だ」
「失礼します」
 勝はすかさず回れ右をした。
「なんじゃ、てめえこらあ!」
「北島さんの言うことが聞けねえってのかよお!」
「猫踏んじゃった弾かせちゃうよお!」
 勝は青ざめながらもう一度回れ右をした。
「俺たちの世界じゃよお、力がすべてなわけよ」
 ――勝の承諾を聞かず、話は勝手に進められた。
「まあ、まずはてめえの力を見せてみろや」
「……へ?」
「別に大したことじゃねえよ。後ろの奴らと一人ずつタイマン張るだけのこった」
「そ、それはどういう……?」
「テストだよ。何人まで勝ち抜けるかのな。心配しなくても、こいつら全員に勝てたらちゃんと俺が相手してやるよ」
 ――心配の意味はまったく別の意味に履き違えられていた。
 そして、勝は恐る恐る後ろを振り返ったのだった。
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