page18―A
「人を寄せ付けないこの森のさらに奥、獣も寄り付かない深奥部にその方は住んでいます。そして――」
「……?」
――そして、私の記憶もそこから始まる。
「――アイリーンさん?」
「……いえ。ごめんなさい。じゃあ、今からいいですか?」
「あ、はい」
――私の記憶の一番初めにあるのは、あの人の予言と、あの人の手のぬくもり。正直、予言なんかどうでもよくて、私が覚えているのは、初めて体感した人の手のぬくもり。予言なんて、そのぬくもりに付属している記憶の端欠けに過ぎなくて、その予言が私にとってどんなに重要なことなのか知りもせずに、私は、ただただその手のぬくもりに埋もれていたかった。
自分が何者であるのかなんて、そのときは本当にどうでもいいような気がしてた。
(いいかい。よく、聞いておいで。いつか、お前の前に人相の悪い異界の者が現れるだろう。そのときは、その者をワシの元まで導いてきておくれ。そのときが来たら、きっとお前も自分が何者なのか知らなければならなくなる。だから、そのときが来るまで、お前は何も知らなくてもいいんだ)
私の小さな手をつなぐ大きな手は、優しく優しく私を包んでくれた。
私は、なんで泣いているのかも分からずに、ただ、そのぬくもりに心を埋めた。
魔の森の深奥部、未来詠みのヨミの住処。
――多い茂る木々の葉のざわめきは、まるで来るものを拒むように。吹き抜ける風は、肌にまとわりついて不吉な悪寒を擦り付けるように。一言で表せるなら、そこはとても人が居られるような場所ではない、そんな場所。
一歩一歩森の奥に近づくごとに、勝はそれを実感していた。同じ森の中にいながら、そこだけはまるで異質な空間であることを、五感が本能的に感じ取り、前に進むことをためらわせた。そして、そんな中たどり着いたそこは、まるで、境界線を踏み越えた先にあるまったく知らない未知の世界のように勝には感じられた。
森の奥にぽっかりと開いた洞窟と化した空洞。見上げると、はるか上空には頂上の見えない途方もない高さの岩壁がそびえ、幾重にも渦巻いた蔓が天へと続いていた。地上の岩壁に刻まれた五メートルは優に超える巨大な亀裂は、まるで口をあけてえさを待ちわびている猛獣の口のような錯覚を覚え、勝は思わず洞窟の入り口の前に立ち尽くした。
「この洞窟の奥です」
先の見えない暗闇に包まれた洞窟の前に立ちながら、それでもアイリーンは顔色ひとつ変えなかった。一方、勝は洞窟内からもれ出てくる冷たい空気を感じ取り、中に入ることをためらっていた。
「勝さん。大丈夫ですか?」
「……なんとか」
「――じゃあ、入りましょうか」
「はい」
アイリーンの後に続き、勝は意を決して洞窟内に足を踏み入れた。中に入ると、冷たく湿った空気が二人の体に張り付いた。アイリーンは顔色を変えずに洞窟の奥に進み、勝は身震いしながら、アイリーンの後について歩いた。
二人の歩く足音が洞窟内を反響し、薄闇の中に吸い込まれる。やがて、五分ほど奥に進んでいくと、洞窟内は勝一人が何とか通れるぐらい狭くなり、行き止まった。
行き止まりと同時に表れたのは、古びたドアだった。空洞を塞ぐようにして洞窟内に作られたドア。そこは、行き止まりではなく、入り口らしかった。
「ここです」
そう言って勝を振り返ってから、アイリーンは前を向き直ると、軽くドアをノックした。取っ手まで木造のドアは、アイリーンが押すと、キイと小さな音を立てて二人を中に迎え入れた。
「……!」
アイリーンがドアを開いた途端、勝の視界は暗闇に閉ざされた。まるで、足場をなくしてしまったような錯覚と同時に、自分がそこにいることさえあやしく思えてくる感覚。本当の「闇」とはこういうことをいうのだろうか、と、勝はそこに足を踏み入れた途端、そんなことを考えていた。しかし、そんな考えも、突如近くから響いてきたアイリーンの悲鳴にかき消された。
「きゃあ!」
「え……アイリーンさん!」
方向感覚も奪う暗闇のどこかで、バタン! とドアの閉まる音が響く。勝は嫌な予感を感じて、手探りに手を伸ばした。
「ア、アイリ――」
――瞬間、まるでかき消されるように空間を押し包んでいた暗闇がパッと消えた。
「――ーン……さん……?」
唐突に明かりに照らされた部屋。なにか、電灯のスイッチらしきものに手を伸ばしているアイリーン。そのアイリーンのお尻に手を当てている謎の老人。そして、アイリーンの胸をむんずとつかんでいる勝。
――ほんのわずかの間だけ、時間が凍りついた。
そして、状況を把握できない勝が、条件反射で、わしゃわしゃとアイリーンの胸を揉んだ。それから、点にしていた目をゆっくり自分のつかんでいるものに向けてから、アイリーンと目をあわす勝。
目を見開きながらも、何も言えず顔を真っ赤にするアイリーン。ひょっひょっひょ、と楽しそうに笑いながら、アイリーンのお尻をなでる老人。ダラダラと顔中から汗を垂れ流しながら、そっとアイリーンの胸から手を離す勝。
も、もしかしたら、スルーしてくれるのでは……? と裸見られて気にするなっていうぐらいだもんね、と都合のいいことを思いつつ、アイリーンの「気にしないでください」の一言を待つ勝。しかし、アイリーンは胸を隠すように両手を胸の前で組んでから、無言でうつむいた。
――暗黙のうちに、都合のいい考えはあえなく撃沈された。
「す、すすすすすすいません! 申し訳ございません! ごめんなさい!」
そして、勝は弾けたように、思いつく限りの謝罪の言葉を叫んだ。
――しかし、むしろ、「気にするな」待ちのほうへの謝罪だった。
「ひょっひょっひょ。胸をまさぐったぐらいで、なんとも純情な男じゃのう。まあ、気にするな、若いの」
「……なんですか、その自分の所有物みたいな物言いは。っていうか、いつまでお尻さすってるんですか!」
「ひょ? おお、すまん、すまん。しかし、ちょっと見ないうちに、また成長したのう、アイリーンや」
「だから、いい加減その手を離してください!」
平謝りを繰り返す勝を放置して、二人はしばらく言い合いをするのだった。
ネット小説ランキング>異世界FTコミカル部門>「私をゲームの世界につれてって!」に投票
ネット小説の人気投票です。投票していただけると励みになります。(月1回)
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。