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 四月。桜並木に暖かな陽光が降り注ぎ、小鳥のさえずりがそこかしこから聞こえてくる穏やかな春の朝。その穏やかな景色の中、新調されたばかりの制服に身を包んだ学生たちの誰もが希望に満ちた顔をして歩いている。
 高校生活初日。入学式に向かう生徒たちの足取りは軽い。
 誰もがまだ見ぬ高校生活に希望を抱き、このときだけは誰もが主役だ。
 文句のつけようのないすがすがしい朝の風景は、まるでこの先の生徒たちの未来を照らしているようだった。この瞬間、生徒たちはきっと今までの人生の中で一番輝きに満ちた道を歩んでいる。不安や、不満、そういったマイナス要素なんてどこにも彼らに入り込む余地はない。
 ――と、そんな穏やかな朝の風景にはふさわしくない大声が唐突に朝の静けさを突き破った。
まさるぅー!」
 どうやら、女の子の声のようだ。しかし、桜並木を歩く生徒たちはその声にみんな同様に振り返ったために、勝と呼ばれた生徒が誰であるかは判別できない。が、声の主はまっすぐと的確に桜並木のど真ん中をすごい速さで突っ切っていた。一人、一人と生徒の間を駆け抜けていく女の子。そして、とうとう女の子は勢いそのままに、一人の男子生徒に満面の笑みを向けて――飛び上がりざま手加減なしのラリアートをモロ男子生徒の喉にぶちかました。
「ピギャ!」
 男子生徒は避ける間もなく後頭部から地面に叩きつけられる、寸前で何とか受身を取っていたらしい。防衛本能というものだろうか。しかし、すでに瀕死のダメージを負ってしまっているのでその意味もないようだ。男子生徒は、後頭部に両腕を差し込んだ体勢で、仰向けに転んだまま、口をパクパクさせて、まるで今にも眠ってしまいそうなトロンとした目で今にもお空の上へ旅立ってしまいそうな様相だ。多分、あの笑顔からラリアートが飛んで来るとは思っていなかったのだろう。男子生徒は、女の子が自分ののどに腕を食い込ませる間際まで、彼にできうる限りの最高の笑顔を女の子にプレゼントしていたのだ。
「ちょっと、勝! 起きなさいよ!」
 女の子は仰向けに倒れた男子生徒に容赦のない言葉を浴びせかけた。
 ――しかし、倒したのは女の子自身だ。
 勝と呼ばれた男子生徒は、何とか起き上がろうと努力していたみたいだが、やがて静かにまぶたを閉じて気持ちよさそうな表情のまま動かなくなった、ところを女の子が無理やりつかみ起こした。襟首をつかまれ、前後左右にブンブン脳みそを揺らされる男子生徒。
「勝ー! 起きろって言ってるでしょー!」
 ――しかし、倒したのは女の子自身だ。
「勝ぅー!」
「……んあ?」
 奇跡的にお空の上へ旅立った途中で、男子生徒は生還して、寝ぼけた声を出しつつ、うっすらと目を開けた。どうやら女の子のおかげで生き返ったらしい。もっとも死にかかったのも女の子のおかげなのだが。
「ここはどこ? 僕はだ」
「寝ぼけてんじゃないわよ!」
 言い終わる前に、容赦なく男子生徒の頬をひっぱたく女の子。そのやり取りが5回繰り返された後、男子生徒はようやく正気を取り戻した。
「ん……あれ? 桜?」
「ったく、やっと起きたわね」
「……え? あ……え? 僕、どうしたの?」
「さあ? 誰かにラリアートでも食らわされたんじゃない?」
「……不思議と僕もそんな気がする」
 どうやら、あまりの衝撃に男子生徒は断片的に記憶をなくしたようだ。無理もない。
「桜が僕のところまで駆け寄ってきたところまでは思い出せるんだけど……おかしいなあ。どうしてもその後のことが思い出せない」
「きっと、通り魔にでも遭ったのよ。あまりの恐怖に脳が思い出すのを拒否してるのね」
 ――しかし、男子生徒の脳が認識している恐怖の対象は男子生徒の目の前にいる。
 男子生徒はおそらくまだ意識が完全に戻ってはいないのだろう。女の子のありえない説明に「そっかあ」とうなずいて、何事もなかったように立ち上がった。
「なんか、のどに違和感が……。呼吸が上手にできないような」
「通り魔の仕業ね。許せないわ」
「ラリアートを食らわす通り魔なんて聞いたことないけど」
「なによ。刃物で刺されるよりマシでしょ」
 ――女の子の言葉には妙な重みがあった。
「それはそうだけど――なんか、僕たち周りからジロジロ見られてない?」
「そりゃあ、通り魔に襲われれば目立ちもするわ」
 ――これだけの目撃者の中、女の子はあくまでシラをきり通すつもりだ。
 しかし、目立っていることも確かなのだが、周りの視線が二人に集中しているのはもっと他のところに理由があった。それがこの男子生徒の風貌だ。彼の名は西条勝さいじょうまさる。身長190センチという巨漢に、切れ長の鋭い狐目がただでさえ強面な彼の顔に一層の凶悪、もとい迫力を加えている。身に着けている爽やかタイプのブレザーなどより、学ランのほうが彼にはよっぽど似合っているというか、ネクタイなんて全然柄じゃないというか、とにかくどこからどう見ても、血の気の多い喧嘩上等というタイプの人間にしか見えないのだ。一方、女の子のほうは名を宮崎桜みやざきさくらといい、小柄でいかにも活発そうな印象の女の子だ。肩まで伸ばした髪は風が吹くとサラサラと柔らかそうになびき、パッチリとした大き目の瞳は本人の意志の強さをそのまま表しているようだが、決してそれは高圧的な働きをしているわけではなく、例えるならリスのような可愛らしさを連想させる。とにかく、桜はごく普通のかわいらしい女の子にしか見えず、とても勝のような(一見)不良と縁があるような人物にはとても見えないのだ。そんな桜が、あろうことか飛びつきラリアートで勝をノックアウトしてしまったものだから、その様子を見ていた人間はみんな桜の身を案じているのだ。
「あの子、絶対殺されるぞ……」と。
 しかし、勝は桜にいいように言いくるめられ、殺すどころか仲良く肩を並べて歩き出す始末。みんながポカンとして二人を見てしまうのも無理はないだろう。
 とにもかくにも、周りに注目されつつも二人は一緒に桜並木の中を歩いていくのだった。

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