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「こ、これは……」
ルークが小屋から出て行って三十分後、テーブルの上に振舞われたそれを目の当たりにして、勝は思わず目を丸くした。しかし、アイリーンはそんな勝のリアクションの意味に気づかずに「どうかしました?」とこちらも同じく目を丸くして勝を見ている。
状況説明をするなら、ルークが出て行ってから、アイリーンが採ってきた山菜を調理し、今まさに「いただきます」をするところだった。しかし、皿に盛られた山菜料理はどれも人間の食べ物の領域を飛び越え、その様はまさに地獄絵図。ひとたび口にしてしまえば、腹を壊してしまうこと必至、よく言ってもゲテモノ料理だなこりゃ、と美食家が裸足で逃げ出してしまいそうな料理の数々がテーブルの上に並べられているのだ。
「勝さん?」
テーブルの前に腰を下ろしながら、アイリーンは突っ立って言葉を失っている勝にもう一度声をかけた。そこで、ようやく勝は我に返り「あ、す、すいません」と言ってアイリーンの向かいの椅子に腰を下ろした。
「どうかしました? なんだか顔色が悪いみたいですけど」
「そ、そんなことないですよ……」
――しかし、その顔は青ざめていた。
「そうですか? じゃあ、そろそろ食べましょう。勝さんもお腹すいてるでしょう?」
「それが急に食欲が……」
「ふふ。お客さんに料理をご馳走するなんてルーク以来なんですよ。なんだか、緊張しちゃいますね」
――しかし、勝の声はアイリーンには届いていない。
「そ、そうですか……」
「お口にあうといいんですけど」
そう言って、アイリーンはなんのたくらみのない笑顔を勝に向けた。その顔を見て、勝は、ああ、これは冗談やボケの類ではないな、と悟った。もっとも、アイリーンがそんなボケをかますとは勝も初めから思ってはいなかったが。
しかし、これまで見てきたアイリーンの行動や性格から、この手の心配をまったくしていなかった勝にとって、これはイタイ出来事だった。性格がよく、面倒見のいい女性すべてが料理もこなせるとは限らないが、男なら誰もができるものだと思い込んでしまうだろう。例え、それが外れて形の崩れた目玉焼きや、しょっぱい玉子焼きが出てきたとしても「まったく、こいつうー」と笑って済ませられそうなものだが、アイリーンのそれはそのレベルをはるかに凌駕している。
例えるなら、形の崩れた目玉焼きではなく、真っ黒こげになり白身も黄身もなにもかも焼き尽くした目玉焼き。しょっぱい玉子焼きではなく、真っ黒焦げになり、白身も黄身も――以下同文――。
しかし、さすがにアイリーンがせっかく作ってくれたのだから「こんなもん食えるわきゃっねーだろっ!」と本音を口に出すわけにはいかない。しかし、分かってはいるが勝は差し出された箸を手にしたまま動くことができなかった。
「あの、勝さん? 食べないんですか?」
「へ? あ、い、いえ! いただきます! もちろん!」
――しかし、その気配は一向に見られない。
一方、アイリーンはドロドロした緑色の流動物や、見た目納豆のように糸を引いている「これ腐ってんぞ、おい!」とツッコみたくなる、見たことのない形をしたキノコと惣菜のごちゃ混ぜになったものを平気な顔をして口に運んでいる。どうやら、口にしても死ぬことはないらしい。というか、それを食べているアイリーンに勝は絶句した。
しかし、いつまでも無言で固まっていては「こんなもん食えるわきゃっねーだろっ!」という心の声をアイリーンに悟られてしまう。そう思った勝はとにかく会話を交わし、少しでも料理から自分を遠ざけようと試みた。
「そ、そういえば、ルーク君ですけど」
勝の唐突な言葉に、アイリーンは勝に目を向けた。自分から振っておきながら、アイリーンと目が合うと、その先の話題が浮かんでこない勝。しかし、勝とアイリーン共通の話題などルークのことぐらいしかないのだから、仕方ない。
「え、えーと、あの……。そう! いい子ですよね、あの子! なんていうか、すごく!」
――しかし、その具体例は挙げられなかった。
「そうですか?」
そして、疑問符で返すアイリーン。
「へ? あ……はい」
――さすがに、いいえとは言えなかった。
「でも勝さん、いろいろあの子にひどいことされてるでしょう? おまけにあの子、生意気だし、口も悪いし、それでもいい子だって思います?」
「は、はあ……」
――今さら、思いませんとは言えなかった。
「――でも、その……ルーク君の言動は全部アイリーンさんのこと心配してのことですし、他人のためにあそこまでできる人間は、そうそういないんじゃないかと……」
「……」
「思います……けど……」
黙って聞いているアイリーンに対し、自信なげに言葉を濁す勝。そして、アイリーンはそんな勝をしばらくの間無言で見つめていた。それから――。
「へえ……」
そう呟いて、うれしそうな表情を浮かべ、うつむくアイリーン。そんなアイリーンを見て、勝は内心ドキっとしながら「へえ?」とバカみたいな声を返した。
「勝さん、あの子のいいところにちゃんと気づいてくれてるんだ……」
「は? はあ」
――しかし、ただの成り行きだった。
「あの子、生意気だし、口も悪いし、そんなだから友達なんて一人もいなくて……。でも、本当はすごく優しい子なんです。私なんかのこと心配して、毎日顔を出しに来てくれますし、衣服や食料だって、定期的に持ってきてくれて――」
「……そういえば、ありがとうってアイリーンさんに言われた時、ルーク君すごくうれしそうでしたね」
勝のその言葉に、アイリーンはくすっと小さく笑った。
「あの子、大人ぶっててもまだ子供だから」
「――ですね」
勝は、アイリーンにつられてくすっと笑い返した。
アイリーンの言葉の端々に感じられる、森の中、一人でこんな古びた小屋に住んでいるアイリーンの境遇。どうして、とは思いながらも、それを勝が口にだすことはなかった。そこまで踏み込むのは悪い気がしたし、何より、アイリーンも勝に対して何も詮索はしてこないのだから。
そして、二人して笑いながら、勝は、今までの自分の人生を振り返っていた。これまでの人生の中で、こんな風に女の子と笑いあったことなど一度だってない。まさに、今は勝にとって夢のような至福の時だった――が、それもアイリーンの次の一言で、粉々に打ち砕かれることとなった。
「じゃあ、遠慮しないで勝さんも食べてください。早く食べないと冷めちゃいますよ?」
「……ど、どうも」
そして、勝は未知の領域に足を踏み入れた。
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