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ジャンルをファンタジーにするかコメディーにするか迷いましたが、結局コメディーにしました。ご容赦ください。
プロローグ
「げひ……げひひ……」
 狂気に満ちたその男の顔には、もはやかけらも人間性は残ってはいなかった。
 無理もない。なんせこの男、5年も付き合い結婚まで約束した恋人に裏切られた挙句、ヤケクソになり居酒屋で一人朝方まで酒を浴びるように飲み続けた結果、車で家に帰る途中に交通事故を起こし、被害者は不幸にも亡くなり、飲酒運転の上に死亡事故を起こしたとして危険運転致死傷罪で逮捕され、それを会社に告げるとあっさりと解雇を通告され、そのまま刑務所行きとなったのだ。さらには、刑期を終え出所した頃には元恋人は別の男と結婚しており、子供までできている始末。傷心のうちに実家に帰ると、両親には「恥さらし」とののしられ、飼い犬にまで「ワンワンワン(出て行けこのごくつぶしがあ)!」と吠えられ、完全にいくあてを失くし、不幸のどん底にはまり込んでいるのだ。
 金も住む場所もない男は、ふらふらといくあてもなく歩き続けた。虚無のうちに過ぎていく時間は、男に自分のうちに潜む今も膨らみ続ける憎悪の原因さえ忘れさせていた。いや、すでに憎悪はその男の意識すら飲み込んでいたのだ。その結果、男は――。
「みーんな不幸になっちまえよーう!」
 ――壊れちゃったみたいだった。
 さて。男はふと目に入った古びた本屋の前で足を止めた。壊れちゃった男に、そこが本屋であることが理解できたかどうかは定かではないが、男は引き寄せられるようにふらふらとその古びた本屋の中に入っていった。
 古びた外装とは違い、店内は意外にもきれいに整っていた。店自体が狭いので、所狭しと並べられた大きな棚と棚の間には人が一人やっと通れるほどのスペースしかないのだが、肝心の棚の中に納められた本はどれもナイロンのカバーに納められ、清潔さを保っていた。
 男は店内に足を踏み入れると、入り口のすぐ脇に設置されたレジカウンターの中で、椅子に座っている老人と対峙した。
 男に気づいた老人は、まるでサンタクロースの付け髭みたいなふわふわした白いあごひげを右手でなぞりながら、銀縁の眼鏡の奥から男を神妙に見つめた。
 黙って見つめあう、男と老人。
「みーんな不幸になっちまえよう!」
 壊れちゃった男の先制攻撃! 老人は0のダメージを受けた! じゃなくて、壊れちゃった男は突然奇声を上げた。しかし、老人に動じた様子はまったく見られない。それどころか「ほう……」と声を漏らしながら、なにか意味ありげに口元に笑みを浮かべている。
「ふっこう、ふっこう、ふっこうによ〜」
「ほう……」
「みーんなふっこうになっちまえ〜」
「ほうほう……」
 老人はニタリと笑って見せた。と、そこに運悪く一人の女性客が店内に入ってきた。制服姿から察するに、おそらく学校帰りの学生だろう。彼女は、店の入り口で不幸の歌を歌いながら、踊りとも取れない不審な動きをしている男を見ると、一瞬ぽかんとした後に、きびすを返して店から逃げ出した。悲しいかな、おそらく彼女がこの店に近づくことは二度とないだろう。このことがトラウマにならなければいいが、多分なるだろうね。
 さて。老人はそんなことを気にも留めずに、カウンターの横に置かれた棚から、小さな箱を取り出した。その箱には小さな文字で「あなたに不幸お届けします」と記されていた。
 老人はその箱をカウンターの上に置くと、おもむろにその箱を開いた。
「ほっほっほ……。その恨みつらみ、わしが買い取ってやろう」
「ふっこう、ふっこう、ふっこうによ〜」
「よいか、これを誰でもよいから届けるのじゃ。そうすれば……」
 男は不幸の歌を歌ったままカウンターの上に置かれた箱を手に取り、老人の言葉を最後まで聞くこともせずに店を出て行った。男の後姿を目で追いながら、老人は「そうすれば……」と呟いた。
 目を細めながら遠くを見つめる老人。
 ――ところで、そうすれば?
「ぐ〜ぐ〜」
 ――そうすれば、なに。
「ぐ〜ぐ〜ぐ〜ぐ〜」
――このボケじじい……。
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