赤の章 6
ナント基地は、スクラン共和国東方戦線の最前線にある基地である。で、あるからには、そこに赴任する司令官は、当然優秀であろうと考えられるのだが、それは他国の軍隊の事。こと、このスクラン共和国においては、文民統制の名の下に「軍閥化を防ぐ」という名目をもって、あらゆる司令官職が持ち回りにされるのだ。平時であれば、それで十分機能するのであろが、このような戦時においてはその事は弊害以外、何も生みはしないのだった。事実、大戦勃発当初など、ベーゼル帝国に首都近郊にまで攻め込まれ、あわや無条件降伏、といった事態にまで発展した事もあるのであった。
アルベール・フォンクは今、恐れ多くも有能とはお世辞にも言いがたい上司に、鋭く詰問される羽目に陥っていた。
「つまり、わが軍の戦闘機では、敵の戦闘機に勝てない、と少佐は考えておるのか?」
ロベール少将は、わざわざ「勝てない」という部分を強調する。アルベール・フォンクは、厄介な人だな、と思ったが口にも出さず、顔にも出さなかった。
「いえ、今の戦闘機でも私であれば勝てますが、大多数のパイロットでは無理でしょうな」
アルベール・フォンクがぬけぬけと言うと、ロベール少将は、苦虫を噛み潰したような表情を作る。そして、一度、会話を区切る為に、彼の好物である「シナモン入りクッキー」を二枚、同時に口に放り込む。
「君も食べるかね」
ロベール少将は、アルベール・フォンクに会話の主導権を奪われかけていた。それをクッキーの力で自らの領土に引き戻そうとするが、その手は通用しない。
「いえ、結構です・・つまり、私が閣下に報告すべき点は二つ。敵の新型機は我が軍の戦闘機の性能を上回るものである事。第二に、敵の指揮官は黒い機体を操り、また、その技量も想像を絶するものである、という事です」
アルベール・フォンクは、ロベール少将の目を正面から見据え、半ばはき捨てる様に言った。ロベール少将とて、有能でこそ無いが、そこまで愚かではない。アルベール・フォンクの言葉の意図が何を意味しているか、という事はわかった。このままでは、制空権を完全に失う、とアルベール・フォンクは言っているのだ。
もっとも彼の場合は、制空権を失ったらスクランは敗北し、自身の権力も、財産も失いかねない、という所に恐怖感を抱いたに過ぎない。だが、それでも、アルベール・フォンクには十分だった。今回の事で謹慎にならなければ良いのだ。そうすればいつでも空を飛べるし、空にいれば今の性能差でも、一向に構わないのだ。ある意味では、互いに自身の保身の為の会話とも言えるが、決定的に違うのは、アルベール・フォンクにとっての『保身』とは、生命や財産では無く『空』なのだ。ロベール少将には、一生かかってもわからない事である。
「つまり、どうすれば良いのだ?」
ロベール少将は、僅かに目を泳がせる。狼狽しているのだ。しかし、軍司令官としての僅かばかり残った矜持が、それと悟られないようにする努力を彼に課す。アルベール・フォンクは、失笑を禁じえなかったが、それは堪えて、話を続ける。
「は‥進言を許して頂けるならば」
「かまわん、ここの防空における責任者は君以外にはおらんのだ」
「‥では‥まず、各戦闘機を順次改修する事を提案します、これにより、旋回性能をあげ、格闘戦における能力を向上させます、これは、整備班に伝えればすぐにでも可能でしょう。次に、今回の遭遇戦は、偶然では無いものと考えられます。理由は、敵が新型を導入し、エース級の人間を複数名この方面に振り向けて来たと言う事は、近々大規模な侵攻作戦が計画されているものと考えられます。従って、偵察をより頻繁に行う必要があると考えます」
「大規模な侵攻作戦!?」
さすがに、ロベール少将もその言葉には目を剥いた。アルベール・フォンクも内心「これは言いすぎだったか?」と思ったが、よくよく考えてみれば、その考えはあながち間違っている、とも言えないだろう。
「よし、わかった、そういう事であれば少佐の言を全面的にのもう。戦闘機の改修方法について、案はあるのか?それと、偵察に関しても、少佐の良いように。ただし、侵攻作戦があるとして、出来るだけ詳細にその規模を掴むように」
俺に責任を俺に押し付けようとしているな、とアルベール・フォンクは思わないでもなかったが、この際、仕方が無い。どちらにせよ、スクラン共和国が負けるような事があれば自分も無事ではすまないのだろうから。だが、この確認だけはしなければいけない。
「ところで閣下。自分は国民の血税の結晶であり、国家の財産である戦闘機を無様にも損傷させてしまいましたが・・」
アルベール・フォンクは注意して、自らが命令も無く偵察を実行した不注意は伏せた。それでいて、それで更迭だの始末書だのと言ってみろ、「敵に寝返ってやるぞ」と不貞な事も考えていたが、どうやらその考えは実行に移さなくてすむようだった。
「仕方ない、戦果も挙げている事だし、何より全軍きってのエースの無様な姿を政府や国民に報告するわけにもいかん、それこそ士気にかかわる。ただし、今後は部隊の行動予定を必ず私に提出するように」
ロベール少将にしてみた所で、この戦時下に実戦部隊の指揮官にへそを曲げられては困るのだ。失策は老後の年金額に影響するのだから。
そんな訳で、アルベール・フォンクの高尚でも粋でもない当初の目的は、見事に達成させたものの、代わりに、自らの言った事だが大規模な侵攻作戦の存在、それの確認という宿題を課せられてしまった。
「処分が無いとはいえ、自分の軽率さは認めざるをえんな」
司令官室から退出して数秒後、アルベール・フォンクは、そうはき捨てていた。
時刻は既に5時を回り、あたりの風が柔らかで心地よいものになりつつあった。
だが、金属がむき出しの外壁と、入り口が大きく開いた飛行機の格納庫兼整備工場には、そんな風も届く余裕はない。そこでは、整備兵達の喧騒が響き、高い天井から照らされるライトの明かりが、昼間の陽光に取って代わろうとしているのだった。
アルベール・フォンクは、そこで、大声を張り上げて部下に激を飛ばす初老の整備士長に声をかけた。
「よう、悪いな、おやっさん。飛行機を穴だらけにしちまって」
「全くだ、珍しいなぁ、お前さん達がこんなにやられちまうってのも。旋回性能の差だって?」
「ああ、上昇や加速はこっちが上なんだがな・・そこで相談なんだが・・羽をちょこっと短くしてくれないか?」
アルベールフォンクは事も無げに言う。
「あ!?ああ、わかった。お前のだけで良いのかい?」
初老の整備士長も事もなげに言いい、二人で顔を見合わせて、ニヤリと笑う。
「ああ、とりあえず俺のだけで。今日中に頼むよ、明日には試したい。状態が良かったら、ここにある戦闘機全部をそうして欲しいと思ってる」
「それで五分になると思うかい?」
「そいつはわからないが、少なくとも、こっちの新型が支給されるまでこのままの戦闘機じゃ、フォンク空戦隊が俺一人になっちまうよ」
「ほう、そいつは笑い事じゃないな」
そう言いながらも、二人は笑っていた。だが、整備士長は、すぐに自分のデスクに向かう。設計をする為だ。
「アルベールよぉ、一日でやっちまうんだから、明日は酒でも奢ってもらうからな!」
そういうと、整備士長は、一心不乱に紙に向かう。それを見届けてから、アルベール・フォンクは、ノエル、エドモンがおそらくは居るであろう仕官クラブへ足を向けた。
今後の事や敵の航空戦力の分析について、二人と話し合っておく必要があるのだ。ただし、アルベール・フォンクは、そんな事をしらふで話し合おう、などとは微塵も考えてはいなかった。
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