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限りなく澄んだ空に向かって
作:生田 士郎



赤の章 3


 3
 敵機の編隊は、黒い機体を先頭に、後ろに2機、その後ろに3機と、三角形を描く形で布陣している。高度は、およそ4000メートル。
 アルベール・フォンクは、自身の機体を手足の様に操り、高度5500メートルまで上げる。無論、ノエル・バジェ、エドモン・バルビエの両名も同じく、隊長機に続く。
 「頃合だ」
 アルベール・フォンクは、声には出さない。ただ、そう思うだけだ。それも、0.1秒以下の事、その刹那、操縦桿を前に倒し、高度を一気に下げる。同時に、全方位を見回し、さらに増援の可能性が無いかも探る。この時、いつもの陽気なアルベール・フォンクはそこにはいない。一人の天才的な戦闘機パイロットがいるだけだ。
 狙う標的は決まっている。「俺は、後方の中央」「エドモンが後方、右」「ノエルが後方、左」。
 何故、後方から狙うか?理由は、簡単だ。前衛の敵機を撃墜した場合、自機の上昇が間に合わず、後方から飛来する敵機に激突しては、自らの墜落も免れないのだ。とはいえ、まず、前方の敵を叩き、後続にその破片を当てる、ということを期待した作戦を立てる事も出来るが、それにはリスクが高いし、そこまで切迫した状況では無いとの判断からだ。
 距離が、縮まる。高度5000メートル。4500メートル。4300メートル。
 まず、真紅の機体から、7.7ミリの弾丸が射出され、深緑色の機体に吸い込まれてゆく。続いて、後続の2機の機体からも、同じように弾丸が放たれた。多少のブレは在るものの、やはり深緑色の機体に吸い込まれてゆく。
 フォンクが狙った中央の機体は、すぐさまエンジンから火を噴き、右翼にも火災が発生し、錐揉み状態で落下してゆく。もはや、パイロットの生存の可能性は無さそうだ。後の2機は、着弾が浅かったらしく、それぞれ、煙を上げながらも、徐々に高度は下げてゆく。戦闘不能だが、不時着出来れば、パイロットの助かる見込みはある。
 だが、そんな事にかまっている余裕など無い。敵とて、この奇襲に恐れ慄いて即座に退散と言うわけにはいかないのだ。
 フォンクが、また、一気に上昇をかける。そのまま宙返りをして、今度は、敵機の背後に出て、格闘戦に備える為だ。そして、後続の2機も、それぞれ一端上昇し、それぞれの標的に対して、格闘戦に備える。ここからは、編隊行動など出来ない。各人の技量と、戦闘機の性能が勝敗を決するのだ。
 フォンクは、「黒い隊長機を狙う」と最初から決めていた。そして、その決意は、何も言わずとも部下たちには伝わっていた。
 フォンクは、宙返りが終わると、すぐさま黒い機体の後方につけた。
 「三枚羽?ベーゼルの新型か?新型なら、新型らしい性能でも見せてもらおうか!」
 機銃の照準を黒い機体に合わせる。
 まだだ、まだ、遠い。まだ、当たらない距離だ。そう考え、加速を得るために、ペダルを踏み込んだ。
 その瞬間、黒い三枚羽の機体が、蝶の舞うように、宙返りを決めた。
 フォンクは、その瞬間、自らの頭上を通り過ぎる直前に、敵のパイロットを見た。黄金に輝く長い髪が、飛行帽の外にこぼれて、まぶしく見える。目と目が合った気さえした。
 「ちっ、俺も焼きが回ったか?」
 そんな毒づきも、言葉にはならない。後ろを取られたのだ。距離も存外に近い、きっと、あの三枚羽の旋回性能はこちらの戦闘機より上なのだろう。すぐに、後方から銃撃音が聞こえた。操縦間を下に倒し、下降すると、弾丸は、フォンクの真紅の機体の上方すれすれを通り過ぎて行く。そのまま蛇行して、敵機に射線をとらせない様にしつつ、周囲の状況を確認する。ノエル、エドモン、共に苦戦しているようだ。急上昇、旋回を敵、見方共に多用している。あのままでは燃料の消費も多いだろう。
 「助けなければ危ない」
 フォンクはそう思っていても、自機の後ろに付いた三枚羽をどうする事も出来無いのだ。
 基地に帰還出来るだけの燃料を残し、エンジンを全開にして戦える時間は、もう、1時間も無いだろう。
 そう考えてしまった時、空の上では無敵を誇っていたはずのアルベール・フォンクの背中にも冷たい汗が流れた。だが、その褐色の瞳に宿る意思の炎は、以前にも増して、燃え盛るのだった。
 
 







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