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第四十九話 教会の英雄

 老龍ヴイーヴルとの話をエルフの集落に伝えると一度は戸惑ったものの、ヴイーヴルを受け入れる方向で話が進んだ。もっとも受け入れざるを得ないといった感じではあったが。

 コーネリアは彼女の父親と和解し、その過程でコーネリアと仲良くなりハボックたちと同じように彼女のことをネルと呼ぶようになった。

 その後彼女の父親の結婚式も無事に終え、俺たちはエルフの集落を後にし、クレルモンへと帰還した。


 エルフの集落で過ごしている間に夏休みは終わりを告げ、すでに二学期が始まっている。夏休みの課題こそ何とか終わったものの、その代わり休み明けに行われた試験では少しだけ成績が落ちていた。


 まあ無理もないか。この夏は衝撃的なことが多すぎて、ずっとあっちの世界に掛かり切りで勉強のことなんかすっかり忘れていたんだから。傍目から見たらゲームばかりやっていて遊び呆けていたように思えるが、現実はそうじゃない。


 クレルモンに戻るとロズリーヌは既にクレルモンに帰還していた。俺たちの帰還を待たずにコミューン北東部の平定が終わっていたのである。


 ヌムル公爵領およびコミューン北東部の領土にいた吸血鬼たちはヌムル公爵の要請を受けたカスタル王国軍とコミューン連合国およびヴァイクセル帝国の連合軍によってすべて駆逐され、ようやくコミューンは平穏を取り戻した。


 これだけ早く片付いたのも吸血鬼が本格的な活動をしていなかったことと、三国が連携し圧倒的な兵力で押しつぶしたのが功を奏したらしい。


 平定したあとの残務はヌムル公爵に任せ、ロズリーヌは息をつく暇もなくクレルモンに帰還。国内の情勢が落ち着き、国主不在の不安定な状況では国政も滞るということでロズリーヌは正式な国主、つまり女王となるために戴冠式(たいかんしき)を行うことになった。


 それに合わせて今回の吸血鬼との戦いに勝利した式典が行われるのだという。その場で吸血鬼の戦いに特に活躍した人物に英雄勲章が授与されるらしい。これはコミューン連合国だけではなく国籍を問わず吸血鬼討伐に協力した人物が対象になる。


 つまるところ、クレルモン奪還に功績を上げたとされる俺もその式典に出なければならないそうだ。またあのヴァイクセル帝国の皇帝クラスの国家の要人と謁見(えっけん)しなくちゃならないのかと気が重くなるけれど、貴族にさせられるよりはましだ。あと唯一の救いは知り合いも式典に参加することぐらいだろうか。


 アレクシア様も勲章を授与されることが決まっている。もっとも彼女はヴァイクセル帝国の列席者になるだろうから俺の近くにはいない。


 攻めてきたばかりのヴァイクセル帝国の人間に栄誉ある勲章が授与されるのだからクレルモンの住人は複雑な心境ではあるだろう。政治的な意味合いも含んでいるのだろうが、アレクシア様は勲章を(たまわ)るだけの資格がある。何故なら彼女はコミューン北西部の吸血鬼との戦いに貢献し、コミューン北東部の戦いにも貢献していたらしい。


 あの茶会のあとアレクシア様はロズリーヌとともにコミューン北東部に赴き、ヴァイクセル帝国軍を率いて活躍したそうだ。

 逆にハボックたちは勲章こそもらえないが、代わりに褒賞はもらっているようだ。俺もそれぐらいで十分なんだけどな。


 戴冠式はつつがなく進行した。コミューン連合国の臣下一同、ヴァイクセル帝国やカスタル王国の要人の立会いの下、教会の大司教が神の祈りを捧げ、ロズリーヌが宣誓したあと大司教から王冠を授けられた。その瞬間、ロズリーヌは名実ともにこの国の女王になった。


 つい最近まで仲間として行動を共にした彼女が目の前で女王に即位した瞬間を目撃すると否が応でも身分の差を思い知らされる。遠くから彼女を見守ることしかできない自分が少しだけもどかしかった。


 コミューンから吸血鬼がいなくなって平和になり、女王になったロズリーヌもいる。逃げてしまった吸血鬼の黒幕のことは気になるが、ヴァイクセル帝国から協力を得られている以上、そう簡単にやられることはないだろう。ラウルさんとの約束もひと段落ついたと思う。


 だからもう俺は必要ない。


 ひとまず目的にしていたことは終わりそうだ。『Another World』が異世界につながっている真相を突き止めようにも手がかりもなく調べようもない。


 あれ、当面の目的はないのか?


 他の目的がなくて宙ぶらりんになっていることに気づかされた。自分の馬鹿さ加減に頭が痛くなる。……これからどうしよう。


 思考に埋没していたら、戴冠式は終わり勲章の授与へと話が移っていたらしい。戴冠直後の熱気は冷めていた。


「此度の吸血鬼との戦いで我が国は建国以来の未曾有(みぞう)の危機に瀕しました。ですがヴァイクセル帝国およびカスタル王国に多大なる支援を得て、我が国は立ち上がり両国と手を取り合って戦い、吸血鬼の魔の手を打ち払うことができました。両国の支援を心より感謝します」


 ロズリーヌの演説が静まり返った群衆の耳朶を打つ。


「そして此度の戦いにおいて我が国を救うのに最も尽力したものに功績に見合うだけの名誉を与えねばなりません。彼らの功績を称え、我が国で名誉ある英雄勲章を授与します」


 ロズリーヌの傍に侍る臣下が勲章を手に取った。


「ヴァイクセル帝国貴族、マリー・アレクシア・フォン・ザヴァリッシュ殿」


 ロズリーヌの臣下にうながされて、アレクシア様がロズリーヌの前に出る。ロズリーヌは口上を述べた後、臣下から勲章を受け取りアレクシア様に勲章を手渡した。

 アレクシア様はこの手の儀式に手馴れているのかスムーズに進行している。ここで失敗したらひどく目立つ。大恥をかきそうだ。


 次は俺か。いかん、緊張してきた。


「正統教会カスタル神殿騎士、オリバー殿」


 予想に反した名前が上がった。……誰だろう? 一度も名前を聞いたことがない。

 教会の参列者から一人のでっぷりとした立派な服を着込んだ男が前に出る。やはり見覚えのない人物だった。神殿騎士なのだから彼は騎士なのだろうが、とてもじゃないが鍛え抜かれた騎士とは似つかわしくない体格だった。


 ロズリーヌの口上はアレクシア様のときとほとんど変わらなかったため、オリバーさんがどのように吸血鬼の戦いと関わったのかはわからないが、俺が知らないということはコミューン北東部か北西部の戦いで活躍したことになる。


 しかしどうみても最前線で戦うような人には見えないよな。教会所属ならばヒーラー、つまるところこの世界では僧侶のような立ち位置にある法術師という可能性もあるので、もしかすると味方の治療で活躍した人なのかもしれない。


「ケイオス殿」


 謎の英雄オリバーさんの登場ですっかり緊張が抜けていた。やたらと注目したせいで手順も覚えている。一応事前にロズリーヌから練習させられたけども。おかげで何とか無事に済みそうだ。


 勲章はやはり一国の代表へ授けるにふさわしいぐらいに豪華で機能性重視の地味目な自分の服にはひどく不釣り合いだった。ううん、さすがに身に着けるのもな。アイテムとしての扱いとしては装備品らしい。効果は隠し補正がない限り大したものではないが。やはり身に着けておいたほうがいいのか。


「さすがにいつも身に着ける必要はないが、権威のある勲章なんだからな、無くすんじゃないぞ」


 勲章を持ったまま持て余していた俺を見かねて、ロズリーヌは釘を刺した。式典も終わって彼女と一緒にいる。アレクシア様も一緒だ。


 ふとアレクシア様を見ると彼女は身に着けてはいなかった。


「公式の場なら身に着けるべきかもしれませんが、普段は着けないほうがいいですよ。人によっては勲章を見せびらかしているように受け取られてしまいますから。先生は功績をひけらかす行為はお嫌いでしょうし」


 そういう見方もあるのか。いらぬ嫉妬を買ってしまいそうだ。どのみち恥ずかしかったし、厄介ごとにならないうちにインベントリにしまうことにした。


「そう言えばアレクシア様は帰国してしまうの? 吸血鬼の件も終わったみたいだし」

「いいえ、私はあと数日クレルモンに滞在したら、コミューン北西部に行く予定です。先生もご一緒にどうですか?」

「コミューン北西部か」

「先生はまだご存じないかもしれませんが皇帝陛下の指示の下、軍による本格的な支援が始まっているそうです。私はその手伝いをしようかと。皇帝陛下からもそのように言葉を賜っていますから」


 コミューンの各地も復興に向けて動いているんだな。ヴァイクセル帝国がその復興を支援しているのも、政治的にも隣国を支援する意味があるのかもしれないが、きちんと有言実行しているのであれば好感を持てるし信頼できる。


 しかし、アレクシア様に流されるままでいいのだろうか。復興には俺の力は役に立たないと思う。

 俺の職業がマジシャンではなくてアルケミストであれば怪我人を回復するポーションの製作など便利なアイテムが作れる。


 だが残念ながらアバターを決める際に選んだ一次職から変更することができない。つまりマジシャンからアルケミストに変更はできないのだ。いくら課金アイテムでスキルやステータスを初期化できても職業の変更まではできないのである。


 もしアルケミストになるなら新たにキャラクターを作り直す必要があるし、高品質なアイテムを作るとなると今以上にレベルを上げなければならない。最短でも一か月以上はかかってしまうだろう。


 そうなるとできることは限られてしまうんだよな。例えば周辺の魔物を倒すとかでしか協力できそうもない。


「しかしな、ケイオスをコミューン北西部に連れていくのはまずいかもしれんぞ。ケイオスはここじゃ英雄だ。コミューン北西部はコミューンの政府に対してあまりいい感情を持ち合わせていない。理不尽かもしれないが、住人の中にはどうして救ってくれなかったとケイオスのことを逆恨みする者もいるかもしれないぞ」


 ロズリーヌは幾分渋面を作る。それに対してアレクシア様が反論する。


「お言葉ですが陛下。現地は復興へと足を踏み出したばかりで先生の噂が伝わっていないと思います。コミューンの兵士と明確に分かれば別ですが、私と一緒に行動していただきますし、先生の格好では気づかれることは無いでしょう。あくまで先生はコミューンの臣下ではなく、異国の冒険者。ここまで先生が協力されてきたのも陛下への個人的な縁があってのこと。その行動を制限する権利はコミューンにはないのではないでしょうか。これでは事実上先生を幽閉しているようなものです。クレルモンに留まっていたらまた先生を貴族にするという動きが活発になるかもしれませんよ。むしろ遠ざけておいたほうがよいのではありませんか」


 ロズリーヌは押し黙った。俺のことを貴族にしたいとか主張している連中はまだ収まり切っていなかったらしい。まだ諦めていなかったのかよ。もうちょっとエルフの集落に滞在しておくべきだったかな。


「わかった、アレクシア殿。ケイオスの意志に任せる。あまり長居をしないほうがいいかもしれないぞ。皇帝陛下はお前に興味を持たれていたようだし、また臣下になれと勧誘されたりしてな」

「陛下は有能な人物を好んで用いる実力主義な面がありますからね。先生の実力はヴァイクセル帝国でも屈指のもの。陛下のお眼鏡にかなうのも当然です。ですが先生が望まない限り無理な勧誘はされないでしょう」


 アレクシア様、それは過大評価だよ。胸を張る彼女を前に、俺は会談の時のことを思い出す。あのときヴァイクセル帝国の皇帝から英雄にふさわしい地位を与えるみたいなことを言われたな。


 あの勧誘はただのお世辞のようなものだと考えていたが、本気だったらどうしよう。それこそ下手に断ったら今度こそとんでもないことになりそうだ。

 しかし貴族にされてしまったらたまったものじゃない。ならばアレクシア様について行ったほうがよさそうだ。


「アレクシア様、俺も一緒に行くよ」

「本当ですか⁉ ならばそのように手配いたしますね」


 そうだ。この際二人にオリバーさんのことを聞いてみるか。


「あの英雄勲章を渡されたもう一人の人、オリバーさんってどういった人なんだ? 英雄勲章をもらったってことはおそらく吸血鬼との戦いで活躍した人だっていうのはわかるんだが」


 俺の質問にロズリーヌとアレクシア様は目をぱちくりとさせる。


「そうか、失念していた。オリバー殿と面識がなかったな。何しろ彼は北西部での吸血鬼の戦いで活躍したから知らなくても当然だ。オリバー殿は教会のカスタル神殿騎士団に所属している。普段はカスタル王国で布教活動の支援をしているらしいが、吸血鬼との戦いと聞き、カスタル王国の援軍として参戦したそうだ。カスタル王国軍と合流して以降、共に戦った。かなりの実力者だ」

「カスタル神殿騎士団? 教会にも騎士団はあるんだな。騎士団ってやっぱり騎士ばかりなのか?」


 現実世界の歴史上でも巡礼者の保護を目的とし、教会の公認で設立された騎士修道会は存在する。この世界の騎士団もそれと同じなのだろうか。


 しかし俺が抱く騎士のイメージとは異なる。カスタル王国にいたころからこの世界にいる本物の騎士にも何人も見かけたので、オリバーさんには悪いけれどやっぱり彼が騎士をやっているイメージが浮かばなかった。


「教会の騎士団は基本的に教会関係者の護衛や魔物の討伐に勤しんでいる。騎士団だから騎士もいるが、必ずしも騎士とは限らない。教会の関係者が所属しているだけに法術師も多いぞ。オリバー殿も基本的には法術師らしいのだが」


 ロズリーヌは言葉を詰まらせて、アレクシア様と顔を見合わせた。


「そうですね。法術師だそうなのですが、一般的な法術師の戦い方とはかなり違います。ある意味私と同じかもしれませんね」

「そんなに変わっているのか?」

「その、他の法術師の方のように怪我を治療したりせずに直接魔物を殴って倒すんです」


 アレクシア様はかわいらしくぶんぶんと腕を振り回す。

 しかしその答えは俺にとってそう意外な話でもなかった。


 確かに法術師、『Another World』のヒーラーと呼ばれる職業の一般的な戦い方は基本的に味方を支援することが多く、主に回復や味方の能力を上げることが大きな役割となる。


 だからといって魔物と直接戦わないわけではない。一人で戦うこともある。そんなときはごく少数ある攻撃系のスキルを使うか、メイスのような鈍重だが威力の高い武器で低い物理攻撃力を補い戦うのが基本だ。ヒーラーであるエミリアはちょうどその典型的な戦闘スタイルに当てはまる。


 だがヒーラーには典型的な戦闘スタイル以外にも別の戦闘スタイルが存在する。アレクシア様が言った直接魔物を殴る、いわゆる「殴りヒーラー」と呼ばれるものだ。


 ヒーラーは基本的に「精神」のパラメーターに依存して威力が増減するスキルが多い。だが中には「力」のパラメーターに依存して威力が増減するスキルも存在する。

 このスキルを活用するには「力」のパラメーターに割り振ることになり、本来低いはずだった物理攻撃力が高くなる。その攻撃力を活かして武器である篭手をはめ、近距離で敵を殴って倒すという戦闘スタイルになるのだ。


 つまり攻撃特化の戦闘スタイルと言えよう。


 殴るという動作はどうしてもリーチが低く接近戦を強いられるので、敵の攻撃を被弾しやすいデメリットが付きまとうが、反面素早く連撃ができるメリットがある。

 ゲームであればこのことは知られていることであり、正式サービスを開始して課金アイテムでステータスを初期化できる今日では、珍しくはあるが決して有り得ないほどではない。


 だがアレクシア様とロズリーヌの目にはそれが異常に映っているようだ。それは何故だろう。

 「精神」のパラメーターに振っているヒーラー、いわゆる「精神」型のヒーラーと比較すると回復役としては一段落ちる。何故なら回復魔法の回復量は基本的に「精神」のパラメーターに依存するからだ。


 「殴りヒーラー」が華々しく活躍できるようになるのは二次職に転職した後だ。転職することができれば、回復と攻撃を両立した強力なスキルを持つ二次職になることができる。


 しかしこの世界で二次職への転職が認知されていない。


 アレクシア様はこの世界の魔導師に当たるマジシャンの二次職であるセージに転職している。つまりこの世界の住人も二次職に転職できるはずだ。

 それでも勤勉なアレクシア様でさえ転職のシステム自体は知らなかった。少なくとも転職や二次職は一般人には知られていないのだろう。

 それにこの世界の一般的な兵士は二次職に転職可能なレベルに到達している可能性も低い。


 もしかすると二次職を知らないから、こうした戦闘スタイルの発想自体生まれなくて異様と取られているのか?


 でも攻撃手段に乏しいセージとは違い、「殴りヒーラー」は戦う手段を持ち合わせているから強いはずである。まあ、素手で猛獣と戦うなんて現実世界でも驚かれることだし、異世界でもそれと似た感覚なのかもしれない。


 それにしてもどうしてゲームである『Another World』とこの異世界はよく似通っているのに、転職や二次職のことが知られておらず、微妙な差異があるんだろう。


 本物のゲームをプレイできていないのであくまで攻略サイト経由の情報だが、転職や二次職はプレイヤーが偶然見つけたものではなく、NPC(エヌピーシー)から直接話を聞いて情報を集めたらしい。


 つまりゲームをベースに出来た異世界ならば、ゲームでは一般的に知られているのにこの世界の住人が転職や二次職の情報を知らないのは不自然すぎる。

 逆にこの異世界を元にゲームを作ったのだとしたら、どうやってこの世界でも一般には知られていない情報を調べたのだろうか。


 まさか、たまたま似ていただけでまったく関係のない世界?

 さすがに有り得ないだろう。ゲームのクエスト情報と同一のクエストが発生する、国名などが一緒といった類似性を無視することはできない。


 ゲームと異世界の類似性とその差異について考察すると、悩ましい疑問が生じてしまうのだ。


「ケイオス、聞いているのか?」


 どうやら思考の渦に囚われていたらしい。少し声を大きくしたロズリーヌが眉をしかめている。


「ああ、ごめん。少し考え事をしていた」

「はあ、まあいい。そうだ。ケイオス。カスタル王国の代表がお前に会いたいらしいのだが、どうするつもりだ?」

「えっ?」


 なんだそれ。初耳だぞ。


「どうやら邪神の僕の件で話がしたいそうだ」

「そう言えば、ハボックたちも言っていましたね。先生はカスタル王国でもご活躍されたと」


 大方話したいことはカスタル王国にいたころに俺が関わった件、ボスであるエルダートレントを倒した件についてだろう。ハボックたちからカスタル王国が俺を探していたことは聞いていたからわかる。


「ケイオスとどうしても面会したいようでかなり意気込んでいたぞ。断られても面会するまで帰国しないんじゃないのか」

「それって事実上一択じゃないか」


 こんなの断れるわけがないじゃないか。


「まあ、安心しろ。面会は私も同席する予定だ」

「わあ、それは心強いな」

「感情がこもってないな」


 棒読みで返したけれど、一人で会うよりは不安が少ない。相手がどのようなつもりで面会を希望しているのかわからないので、話の裏に何があるかわからない。ロズリーヌが同席してくれるならまだフォローしてくれそうだ。変なことにならなければいいが。


 カスタル王国の代表と対面することになった。

 貴賓室(きひんしつ)に入ると一人の騎士がそこにいた。どうやら彼が代表らしい。強面というよりは生真面目そうなタイプの人だ。その代表の顔に既視感を覚える。この人どこかで会ったことがあるような。


 しばらくその人の顔を見ていたら不意に思い出した。カスタル王国でエルダートレントと戦っていたときに騎士の集団を指揮していた騎士団長だ!


「ロズリーヌ女王陛下。この度は彼との面会を取り持っていただき、ありがとうございます」

「気になさらないでください。カスタル王国には吸血鬼との戦いで支援をいただいたのですから。この程度では大した労苦にもなりません」


 そうして騎士団長は俺をまじまじと見た。


「やはり遠目で見ただけで不安もあったが、やはり君か。久しぶりだな。私のことは覚えているだろうか」

「えっと、はい。お久しぶりです」


 そうか。俺を指名したのなら、俺の人相がわかる人が代表に選ばれるのが道理だ。


「ふむ、ならば話が早い。ああ、済まない。私は君の名を知っているが、君は私の名を知らないか。あの時は状況が状況だけに名乗れなかったな。私はラファエル・リルバーンという。今回の吸血鬼の討伐やオークの討伐での指揮官を務めている者だ。オークの討伐で邪神の僕であるエルダートレントの奇襲に遭い、我が軍は窮地に陥った。だが君がエルダートレントを討伐してくれたおかげで、被害の拡大は防がれた。あの時、君はすぐさま姿を消したから言えなかったが、あの時兵を率いた指揮官として礼を言わせてほしい。ケイオス殿、君の活躍で私の部下は救われた。ありがとう」


 すっと頭を下げるラファエルさん。


「私もケイオスがカスタルで活躍したという話は聞いていましたが、ケイオスはどのような活躍していたのですか?」

「それはもう英雄と呼ばれるべき活躍です、女王陛下。彼がここコミューン連合国で英雄勲章を賜るという話を聞いたとき、もし我々を救った彼ならばその資格は十分にあると疑念すら抱きませんでした。少し前に邪神の僕であるエルダートレントがオークの群れを使って我が国の領地を襲ったのです。王国軍はそのオークを討伐しようとしていたのですが、背後にいたエルダートレントの狡猾な罠にはまり軍は窮地に陥りました。それを救ったのが彼です」


 オークが大量にいたことは覚えていたけど、そんな裏の事情があったのか。俺はマップからオークを避けるルートを選択して、ボスであるエルダートレントがどのぐらいの強さか挑んでみたかっただけだったりする。


「彼は勇ましかった。エルダートレントに殴られてもびくともせず、これを撃破したのです。エルダートレントを失ったオークや眷属は統率が取れずに討ち取られ、我々は平穏を取り戻すことができました。かく言う私もエルダートレントに囚われ命を失うところだったのです。彼に助けられました。彼はエルダートレントを倒すとそのまま姿を消してしまったために、彼のことを探していたのですが、まさか彼がコミューンにいて吸血鬼との戦いに関わっているとは思いもよりませんでした」


 ラファエルさんがエルダートレントにつかまっていたとき、周辺にいた人たちはてっきり俺と同じように考えていたプレイヤーの集団だと考えていたので、そんな危険な状態とは露ほどにも知らなかった。


 その人たちが助けを求めていたから加勢したけど、相手から獲物を横取りするような横殴りにならないよう最初は手を出す気がなかったのだ。おそらくラファエルさんが死んでも救援要請がなければ加勢することは無かっただろう。


 だから偉く過大評価されているようでひどく居心地が悪い。


「コミューンでの活躍を知っているので、よほどのことではない限り驚くまいとは思っていたのですが、お話を聞くと驚きを禁じ得ませんね」


 ロズリーヌとは別ベクトルで俺も驚きを禁じ得ない。

 偶然が重なった結果だが加勢してよかった。もし助けないことでカスタル王国軍が負けていたら結構な数のオークがいたので下手をするとカスタル王国の領地に住む住人たちにも相当な被害が出ていたのかもしれない。


 ラファエルさんの過大評価はそうした面も含まれているのだろうが、いくら理由が判明しても感情面が追いつかなかった。


「しかし邪神の僕とは穏やかではありませんね。まさか邪神が再び蘇ったということでしょうか」

「それについては王国が全力を挙げて調査しておりますが、残念ながらまだ何もつかめていない状況です。ただ我が国だけではなくヴァイクセル帝国に魔物の群れが侵略してきたこと、それに今回の吸血鬼の一件。いずれも今までの魔物の動向では類を見ない行動ばかりなのも確か。同時期に各地でこれだけの異変が起きていて、それらに何の関連性もないのはいささか不合理かと。そしてエルダートレントも封印されていたと本人が言っていました。もし事実ならば封印を解いた存在がいるということ。それが邪神かどうか正体はわかりませんが、裏で糸を引くものがいてもおかしくありません」


 裏で糸を引くものか。一連の事件がつながっているのなら、そうした人物がいてもおかしくはない。でもなんだろう。違和感があった。


「吸血鬼の騒動で首謀者と思われる吸血鬼の少女は結局のところ未だ所在がつかめておりません。もしかするとその少女が黒幕かもしれません」

「吸血鬼の少女ですか。こちらでも探してみましょう。まだどこかに潜伏しているやもしれません。もしくは他国に逃げ及んでいるやもしれませんから。しかし、そのものが元凶であるとすればやはり人間の国を滅ぼそうとしているのでしょうか。どれも未然に防げてよかったです」


 そうだよな。被害はあったがどれも最悪の状況まではいかなかった。ぎりぎりでとどまったのは運が良かったからだろう。吸血鬼の件なんて本当にぎりぎりだったもんな。ヴァイクセル帝国だけじゃなくてカスタル王国も吸血鬼によって扇動されていたら、もっと被害が出ていたはずだ。


 あ、そうか。そういうことか。


「どうかしましたか、ケイオス?」

「いや疑問に思ったんですが、もしその少女が糸を引いていたとしてどうして同時に攻めてこなかったのかなと」

「同時に?」


 意味が分からないのか二人はあやしい表情を見せる。


「例えばカスタル王国やヴァイクセル帝国を襲った魔物が同じ国を連携して襲っていたらもっと被害が出ていたんじゃないでしょうか。誰かが糸を引いていて、国を滅ぼそうとしていたのなら戦力を集中して運用したほうが確実じゃないかと。どうしてそのことを考えずに、戦力を分散しちゃったんでしょうね。それができなくても同時に各国を襲えばもっと戦いは長引いたと思います」


 俺の言葉に二人は得心がいったらしい。


「それは魔物が国を落とせると判断したからではありませんか? その場合、魔物が国の重要な機密を把握していることになりますが」

「エルダートレントは地中深くに根を張り、カスタル王国の情報を探っていたようです。吸血鬼も人中に潜伏していたのならば、情報の入手は困難ではあっても不可能ではありませんね」

「それにヴァイクセル帝国に対して人間同士を争わせようとした謀略を仕掛けてきました。少なくとも協力はしているのではないでしょうか」


 ああ、そうか。そう考えるとさすがに無理があるな。誰かが糸を引いているほうがよっぽど無理がない。


 ラファエルさんは腕を組み考え出した。


「もしかすると魔物の命令系統に問題があるのかもしれません」

「命令系統?」

「軍はわかりやすく言えば命令を下す頭と命令通りに動く手足の関係のように、指揮官が作戦を考えてそれを兵に伝え実行します。これを円滑に行うためには階級、つまり明確な上下関係が決まっている必要があるのです。思い思いに動かれてしまっては団体行動など不可能ですから。魔物の眷属もいわば明確な上下関係があるのでしょう。しかし、それは自身の主に対してのみ。主の魔物たちはそれぞれが同格であり、明確な階級が存在しないのではないでしょうか。多少の協力はするかもしれませんが、行動自体は各自の判断に任せているのではないかと。そもそも魔物が同種の群れで行動するならばともかく、軍事的な集団行動ができること自体、異質なのですから」

「つまり魔物も一枚岩ではないのかもしれないということですね」

「そうです。もしこの仮説が正しいのならば人類にとって有利です。これまで通りに魔物の戦力が集中せず、今回のように三国が共闘して戦うことができればより勝算が高くなるでしょう」


 常に三国の共闘を維持できるかはわからないが、共闘できるならそれが一番望ましい。ただでさえ人間同士戦わなければならない状況があったのだ。協力できるに越したことは無い。


「以前、三国で魔物に対する軍事同盟の締結に関して我が国から貴国へ親書を送ったのですが、ご存じありませんか?」

「いえ、残念ながら。おそらくは吸血鬼が同盟の件を握りつぶしたのだと思います」

「そう言えばそちらの返答はまだでしたね。あのころは吸血鬼が国王に成り代わっているとは思っていませんでした。国王が同盟締結に消極的だったのをいささか不可解に思っていましたが、吸血鬼が三国に同盟を結ばれたくなかったのかもしれません。同盟の話を進める必要がありますね」


 人的リソースの被害が大きかったコミューンが同盟できれば、国防の不安を解消できる。人同士の戦いなんてこりごりだし、お互い協力できればいいけれど、それは彼らが決めることだ。


 それにしても改めてラファエルさんから話を聞いて思ったが、俺が行くところで大事件が起きているような気がする。それはたまたまなのだろうか。


「同盟に合意していただけるのであればこちらとしては願ってもないこと。改めて我が国より交渉の使者を送りましょう。大分話がそれてしまいましたな。今回の要件に話を戻しましょう。ケイオス殿、カスタル王国は君から受けた恩を是非とも返したい。君を我が国に招きたいのだ」


 ん、これってどこかで聞いたことがあるような。まさか。


「カスタル王国はケイオスを国のお抱えの魔導師として招聘(しょうへい)したいということでしょうか」

「それは私にもわかりかねます、陛下。私個人としては彼を招聘することは賛成なのですがあくまで国王陛下が望まれているのはケイオス殿との対話。おそらくエルダートレントを討伐した褒賞を渡すことも含むのでしょうが、その場でそうした話が出ないとは断言できかねます」


 いったいどんな話をする気だろう。どういう意図があるかはわからないが、もし行くことになるなら用心したほうがよさそうだ。


「私もすぐに帰国する予定で、このままケイオス殿が一緒に同行してもらえるとありがたいのだがさすがに急な話か」


 俺は首を縦に振った。


「今は君の所在が分かっただけでも良しとしよう。しばらくはまだこのクレルモンにいるのだろうか?」

「コミューン北西部に行くかもしれませんので、確約はできませんが」


 とっさにアレクシア様との約束を思い出し言い訳に使わせてもらったが、できればこのまま逃げ出したい気分だった。


「そうか、国王にもその話はお伝えしておこう。是非一度訪れて欲しい。我が国はいつでも君を歓迎するぞ」


 どうやら逃す気はないようだ。ああ、本当にどうしよう。今後のことを考えると胃がもたれそうになる。


「やや、そこにいるのはロズリーヌ女王陛下ではありませんか?」


 ラファエルさんとの話が終わり別室に戻り際、真後ろから声をかけられ誰だろうと振り返ってみると、そこには例のオリバーさんがいた。


「これはオリバー殿。してどうされたのです?」

「いや、日課の神への祈りを捧げるために教会へ足を運んでいたのですよ。さすがはクレルモンの御聖堂。カスタル王国とはまた違った趣がありますな」


 一度ヴァイクセルの町で教会に訪れたことがあるが、この世界の教会は一見の価値がある。それ目当てに訪れてみたくなるが、大騒動になるかもしれないのでやはり王宮に引きこもっていたほうがいいのだろう。


「おや、彼は。もしやケイオス氏ではありませんか?」

「ええ、そうですが」

「やはりそうでしたか! いや、同じ英雄勲章を授与されたものとして一度は会って話してみたかったのですよ。小生はオリバーと申します。ケイオス氏の活躍は耳にしていますよ」


 オリバーさんはにこやかに笑う。単なる社交辞令なのかどうか判断がつかなかった。


「ゆっくり話したいところではありますが、いかんせんこの後も用事がありましてな。残念ですが、後日またゆっくり話しましょうぞ!」


 そう言って、オリバーさんはそのまま去って行った。あの人、また会いに来るつもりなのかな。あと数日したらコミューン北西部に行くからクレルモンにはいなくなるんだけど。オリバーさん知っているんだろうか。


 そんな俺の懸念(けねん)杞憂(きゆう)だった。何故なら、オリバーさんは俺たちと一緒にコミューン北西部へ行くことになったのである。




 コミューン北西部。ここはコミューンを襲った吸血鬼が好き勝手に蹂躙(じゅうりん)したせいでもっとも被害が大きかった地域である。


「聞いていたより、住人たちは理性的みたいっすね」


 リーアムが呟く。吸血鬼の被害とコミューンへの恨みもあってもう少し殺伐としているかと思ったが、そんなことはなかった。


「吸血鬼から解放されて結構時間が経っているし、何より復興を優先しているみたいだから。余計なことを考えていないだけじゃない」


 とネルが言った。リーアムたち一行も俺と同行している。彼らはロズリーヌが雇った俺の護衛である。


 でも聞いていた通りコミューンへの恨みや怒り、より正確に言えばどうしてヴァイクセル帝国が復興支援をしているのに、コミューンの軍が来ていないのかといったやるせなさみたいなものは感じているようだ。


 この町も被害が大きかった。家屋や城壁は壊れて修復している最中だし、作業者の中にも包帯姿の怪我人も多い。そして未だ寝たきりの人も多かった。

 復興の手伝いも終わり休憩に入ると、見覚えのある人を見かけたのでその人の後を追いかけた。


「おじさん、僕の足治るのかな?」


 ベッドに伏せたまま、足を怪我した少年が不安そうに尋ねる。


「もちろんですぞ! 小生が保証しましょう! 君の足はちゃんと治りそして駆け回ることができると!」


 少年の頭をなでてオリバーさんは治療に入る。優しく照らすような光を少年の足に当てると傷は少しずつ治っていく。


 少年はくすぐったさを我慢する表情をして、やがて光が止むとすでに傷はふさがっていた。少年はおっかなびっくり何度か傷のあった患部をなでて、痛みが消えていることを確認するとゆっくりと立ち上がろうとした。


 それをオリバーさんが支える。少年はおそるおそる立ち上がった。じんわりと涙を浮かべる少年。


「ありがとう、おじさん!」


 オリバーさんは笑顔で応える。

 オリバーさんは回復魔法の能力も凄い。てっきり「力」特化のヒーラーだと思っていたが違うようだ。

 足を怪我したまま動けない子供に手を差し伸べる彼の姿はまさしく聖職者と思えた。


「おや、ケイオス氏。このようなところで奇遇ですな」

「いやちょっと休憩になったから様子を見に来たんだ」


 道中で何度か話したこともあり、お互い気兼ねなく話している。かなり年上の人だが温厚な人で人当たりも良い人だ。


「そうですか、ならば小生も少し休憩をしますかな」


 そう言ってオリバーさんは患者たちから離れた。


「教会から応援要請を聞いてこの地に来ましたが、ここには本当に救わねばならない人々が多いですな」


 苦々しい表情をするオリバーさん。コミューン北西部で活動していた教会の被害が大きく、教会関係者にも死者が出ているそうだ。そこで急きょ応援として彼が駆けつけたのである。他にも教会の要請を受けた法術師は数多くいるらしく、各地を回っているらしい。


 被害のあったすべての町や村を復興させるにも時間がかかる。ヴァイクセル帝国も手を尽くしてはいるが、どうしても人口の多い町や村を優先する。コミューン北西部全体に支援物資が行き渡るにはまだ時間がかかりそうだ。


 そして治療も十分ではない。ゲームでは回復し続ければHP(ヒットポイント)満タンになって問題はないが、怪我の程度によっては継続して治療を受けなければならない人もいるそうだ。一人でできることは限られている。その無力感がオリバーさんの胸中を苛んでいるのだろう。


「英雄だなんだともてはやされて、小生はうぬぼれていたのかもしれませんな。実際に小生が出来ることと言えば、ほんの一握りの人を助けることしかできないだなんて」

「でも、救われた人たちもいる。その人たちは他の誰でもないオリバーさんに救われたんだよ」


 この村を訪れてからも、オリバーさんは数多くの人の傷を癒してきた。痛みで眠れない日々を過ごしていた人たちも今は穏やかに眠っている。さっきの子供もそうだ。彼がいなければまだベッドの上で怪我が治るのをじっと耐えなければならなかったのだから。


 そんな彼らを助けるのに英雄であるかどうかなど関係ない。自分の傷を癒し救ってくれるオリバーさんが必要だったのだ。

 だから自分を無用に卑下する必要はない、と言外に含めた。


「そう、そうだといいですな。いけませんな。法術師ともあろうものが、救わなければいけない人々を前にして弱音を吐いてしまうなど。まだまだやらねばならぬことは山ほどあるというのに修業が足りないようです。このことはケイオス氏の心の中に留めておいてくだされ」


 オリバーさんは少しだけ明るく振舞って見せた。


「それで、ケイオス氏のほうは順調なのですか?」

「アレクシア様の護衛や支援物資の運搬を手伝っているだけだから順調だな」

「アレクシア様の人気はすごいですな。小生も何度かお会いしたのですが、あれほどまでに民衆の支持を得ている人もそうはいないですぞ」


 アレクシア様は慰問するために町を回っている。ここではアレクシア様の人気はすさまじい。吸血鬼から解放してくれたヴァイクセル帝国軍の中では知名度が高く、そうでなくてもかわいい少女が慰問に訪れるのだ。差し詰めアイドルを中心にして興奮している熱狂的なファンの雰囲気である。


 まあ、うん。アレクシア様かわいいもんな。俺だって相手の立場になったら舞い上がってしまうに違いない。彼女に話しかけられてデレデレする男どもの気持ちはわかるけど嫉妬してしまいそうだ。


 アレクシア様とは対照的に俺のことは注目されていない。その代わりアレクシア様を護衛しているときはいつも若い男性から嫉妬の視線を浴びる羽目になっているが。まあ、クレルモンでの扱いとどちらがよかったかと言われると悩むところではある。


 しかし、アレクシア様の傍にいるのは手が空いているときだけだ。普段は支援物資の運搬が主である。こういうとき疲れないこの体は頼りになる。


「それに支援物資が民衆に行き渡っているので、ヴァイクセル帝国の兵士にみな感謝しておりましたぞ。それはケイオス氏の活躍もあってのことでしょうな」


 コミューン北西部の中央に位置する町で支援物資を受け取り、それをこの町まで運搬してきた。

 やはり一つの町に救援物資を運ぶとなるとかなりの量を運ぶことになる。しかもただ支援物資を町まで持ってくるだけではなく、これを効率よく住人たちに配らなければならない。これが結構な重労働になる。何日かかるかわからなかった。


 そこで活躍したのがインベントリだ。個数制限、重量制限はあってもアイテムであるならば基本的にどの大きさでも持ち運びできるため、木箱などにまとめられた支援物資も大量にインベントリに格納して運搬できてしまった。


 インベントリに支援物資を収納した途端、支援物資を運んでいた人たちが目を丸くしていたが、魔法の応用ですと誤魔化したら、さすが魔法の先進国ですねと妙な納得をされてしまった。ヴァイクセル帝国に変な噂が立ちそうだけど、支援物資を届けることを優先して全力で目を背けることにした。


 そんなわけで支援物資の運搬ではかなり活躍できていると思っている。俺の知らない間に取っていた行動で英雄ともてはやされるよりも、支援物資の運搬をすることで人々から直に感謝されるほうが心地よくてよっぽど人の役に立っている実感がわいた。


 だからここでの活動はすごく充実している。


「そろそろ仕事に戻るか」

「そうですな、お互い頑張りましょうぞ!」


 お互い休憩を終えようとしていたときに、外が騒がしくなっていることに気がついた。


「おや、どうしたのでしょうな?」


 オリバーさんが首をかしげて耳を澄ませると、外から聞こえて来た慌ただしい声が耳を打った。


「魔物が入り込んだぞ!」


 魔物⁉ そんなバカな。


 いや、この町の城壁は修復中で一部は崩れたままで簡単に侵入できる。まさか、そこから侵入したのか?


「ケイオス氏!」


 俺とオリバーさんは声のする方向へと走った。

 逃げ惑う人々の波を逆らって進むと、狼型の魔物が人を襲っている。一匹だけだがはぐれた魔物なのだろうか。


「『チェインバインド』!」


 襲い掛かる狼を魔法の鎖で縛りあげる。それだけで動きは止まる。けれど、襲い掛かった狼を倒さなければ根本的な解決にはならない。この場にはハボックたちも他の兵士もいなかった。


 俺がやるしかないのか。杖を狼に合わせる。魔物を攻撃できる魔法と言えば低威力の『マナボルト』ぐらいしかない。それでもやらないよりはましなはずだ。


 でも、俺が攻撃する前にこの場にいた人物が攻撃を仕掛けた。


「見事ですぞ、ケイオス氏。あとはお任せあれ!」


 オリバーさんは服を脱ぎ捨てる。さらけ出された肉体は贅肉にあらず、筋肉が隆々と盛り上がっていた。太く見えていたのはすべて筋肉だったのか。


 先ほどまで見せていた温厚な表情はかけらもなく、憤怒の表情のまま胸を張って空気をため込むような吸気をしたあと、魔物へと駆けだした。

 魔物を掌底で空中に突き上げると息をつかせぬ連打で殴打する。話に聞いていた通りオリバーさんは殴り法術師、近接格闘に優れているのだろう。


 しかし、あのスキルは。


 連打でそのまま魔物を宙に浮かせた後、オリバーさんは飛び上がり、両手を組む。その両手が赤く光り始めると、そのままハンマーのように魔物へ振り下ろした。

 地面に叩き落された魔物は沈黙したまま動かない。HP(ヒットポイント)ゲージも真っ赤だ。もしあの技が俺の記憶にあるスキルと同じであるならば、はっきり言って雑魚の魔物にはオーバーキルもいいところである。


「ふう、怪我はないですかな?」


 魔物に襲われていた人は温厚なオリバーさんの鬼のような形相にびっくりして言葉が出ていないようだったが、どうやら怪我はしていないらしい。それは何よりだった。


 けれども俺はそれとは違う意味で驚愕(きょうがく)していた。


「先生、ご無事ですか⁉」

「ケイオス、無事か⁉」


 アレクシア様とイレーヌさんが駆け寄ってきた。


「ああ、俺は大丈夫だ」

「よかった。先生の顔色が優れていらっしゃらないので何かあったのかと心配しました」

「もしかしてオリバー様の戦い方を初めて見たから驚愕したのか?」


 イレーヌさん、それは違う。俺が驚いているのはもっと別のことだ。

 オリバーさんの使ったあの技。あれは初めて見るが二次職である『モンク』のスキルの一つではないだろうか。

 「モンク」――ヒーラーの二次職であるその職業は、「殴りヒーラー」の到達点であり、近接格闘を主体として回復も使える職業のことである。


 二次職である以上は転職しなければならず、転職しなければ当然そのスキルを覚えることができない。

 本来、ヒーラーが覚えているわけがないのだ。


「つまり、オリバーさんは『モンク』?」


 オリバーさんが二次職である「モンク」であるならば、吸血鬼との戦いでも活躍することができるし、英雄勲章を得るだけの理由も納得できる。


 転職の条件がレベル50以上であり、一般的な兵士のレベルが10~20のこの世界では破格の強さを誇るからだ。そもそも、アレクシア様と同格といった時点で相手がレベル50以上であり、二次職である可能性を疑うべきだった。


 でも、どうしてだ?

 この世界の住人は転職のことを知らないはずではなかったのか?

 もしかすると一般的には知られていないだけで特定の人ならば知っているのだろうか。


 それともこの世界じゃゲームとは違ってレベルが足りなくても転職できるのではないだろうか。あるいは一次職でも二次職のスキルが使えるのか。


 でも今までパーティーを組んだ人たちは全員二次職のスキルなんて覚えていなかったぞ。じゃあ、あのスキルはどうやって覚えたというのだ?

 この世界の住人であっても転職はできる。しかし転職が知られていないなら、どうやってそれを知ったのか。


 それを知るにはゲームであることを知っていなければならない。だとするとオリバーさんは異世界の住人じゃなくてプレイヤーということだろうか。

 様々な疑問が頭の中を駆け巡る。それと同時に今までいい人だと思っていたオリバーさんの像が不確かなものに変わっていく。


 オリバーさん、あなたは一体何者なんだ?


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