デートインザヘヴン
「デートインザドリーム」「デートインザズー」の続編です。
あれは、夏のいつごろだっただろうか。
体育の合同授業で、ロングヘアをなびかせながら一生懸命走っていた彼女を見たのは。
あの時、なんだかふわふわしたような、胸が締め付けられるような、そんな不思議な感じを覚えた。
あれが初恋というものなのだろうか。しかし、あの輝いていた彼女の姿は、あれ以来見ていない。
いや、恐らくどこかで見ているのだが、正確に思い出せない。僕は一体、彼女のどこに惹かれたのだろうか。
田上健二は朝のホームルームが終わると、小走りで高校の屋上へと急いだ。
「一体どうなってるんだ?」
ホームルームでの担任の先生の言葉。
「三組の、佐藤有子さんが亡くなりました。金曜日の殺人事件の被害者であったことが――」
どう考えても納得がいかない。行くはずが無かった。
有子とは日曜日に動物園にデートに行ったし、今日の朝も会っている。土曜日だって、一緒に部活から帰っている。なのに、何故死んだことになっているのだろうか。
もう少し考える。例えば、同姓同名の人がいたとしたらどうだろう。同学年の生徒の名前なんて、全員覚えていない。
いや、それは無い。もし同姓同名の人がいるなら、先生だって出席番号だの所属する部活だので、どの「佐藤有子」が死んだのかをはっきりさせるはずだ。
単純に、自分の彼女が死んだと言うのならそれはそれで悲しいことだ。しかし、今回は悲しいより先に、わけが分からない。
事実を確かめなければ。すぐさま三組に向かえばよいが、それよりも彼女との朝の約束がある。
「ホームルームが終わったら、屋上に来てくれないかな」
もし彼女が死んでいなければ、彼女はそこに来ているはず。そこで確かめればよい。
二年六組の教室から、階段を早歩きで進む。一限目開始まではあと十五分。それまでに、真相を……。
屋上の扉のドアノブを握ると、健二はゆっくりとドアノブを回す。ぎぃっと、いう音と共に、ゆっくりと開かれる扉。
高校の屋上は安全のために高い金網、そして有刺鉄線で囲まれている。課外授業や昼休みにも利用するため、基本的に屋上はいつでも誰でも出入りが出来るようになっていた。
健二がドアを開ききると、屋上にきれいに配列された白いタイルに、取り囲まれた金網、そして青い空が目の前に広がる。同時に、冬の冷たい空気が吹きぬけ、健二は身震いをした。
一歩、また一歩と歩いていく。見える範囲に、人はいない。まさか、今日の朝、さらに土曜日と日曜日に会った有子は幽霊だったのだろうか?
「こっちよ、健二君」
そう思った刹那、開けた扉のほうから女性の声が聞こえた。ゆっくりと振り向くと、黒髪でストレートヘアの生徒が壁によりかかってこちらを見て立っていた。
間違いない。健二の彼女である、佐藤有子の姿だった。
「健二君も聞いたでしょ? 朝のホームルームで」
「聞いたよ。有子、どういうことだ? 君は今目の前にいる。生きているんだろ?」
近寄りたくてもどうも近寄れない。何故だろう、体が動く気がしない。
「うん、私は生きてるよ」
有子は、あたかも当然と言った感じの笑顔で言った。
「佐藤有子さん、君は一体……」
もはや、目の前にある事実が現実なのか、それとも朝のホームルームで聞いたことが現実なのか、健二には分からない状態である。
「健二君、私は……」
小さく、ともすれば聞き逃しそうな声で有子は語る。
「私の苗字は、佐藤じゃないよ」
「え?」
突然告げられた言葉に、さらに困惑する健二。一体どういうことなのだろうか。
「私の名前は加藤有子。佐藤有子は私の親友だったの」
佐藤、いや、加藤有子は、少しずつ健二のほうに歩みながら、親友佐藤有子との思い出を語り始めた。
「ねえ、佐藤さん、私と同じ名前なんだよね、友達になってよ」
「え、う、うん、いいけど……」
「やった! じゃあ、私は佐藤さんのことをユッコって呼ぶから、佐藤さんは私のことをユウって呼んで!」
二年生で一緒になった加藤有子と佐藤有子は、名前が同じだからという理由で友達として付き合うことになった。
とても人懐っこい加藤有子とは対照的に、非常におとなしくて目立たない佐藤有子。この二人のコンビは、「ダブル有子」という安易なネーミングで、クラスではちょっとした話題となっていた。
加藤有子は陸上部、佐藤有子は演劇部という、これまた全く異なった部活動に入っていたが、お互いが帰宅するのを待つほど、どんどんと仲良くなっていった。
もちろん、学校でもこれでもかというほど話をした。お互い別々に友達はいたものの、二人でいる時間のほうが断然長い。
最初は内気だった佐藤有子も、加藤有子が明るく接していたおかげで、徐々に明るくなっていった。
話題のスイーツから教師の愚痴までいろんなことを話したが、やはり一番の話題といえば恋愛である。
「ユウ、好きな人っている?」
「え、うーん、まだいないかなぁ」
「私、六組の田上君のことが好きなの」
「へぇ、あの田上君ねぇ」
弓道部に所属していた田上健二は、いつも見れるからか運動部の女子からはあまり人気が無かったが、文化部の女子からは何故か比較的評判が良かった。
どうも、運動部では健二に対して変なうわさが立っていたようだ。主に、あれだけの容姿と運動神経を持ちながらいまだに彼女がいないのは、女遊びをしているからだ、といったような内容である。
「うん。でも、私、告白する勇気なんて無くて……」
「そう。だったら、私が告白してあげようか?」
「え?」
加藤有子の突然の提案に、佐藤有子は驚いた。自分が好きな男子に、わざわざ告白するなどといったら、それは驚くだろう。
「ユッコの名前で告白してさ、しばらく付き合ってみるの。で、田上君がどんな人か、私が見極めてあげる」
「え、でもそんなのばれたら……」
「大丈夫だよ、どうせ田上君、クラス以外の人の名前なんて、覚えていないんだから」
普通の高校なら、体操服や制服に苗字くらい記載しているものだが、この高校では「人の名前を覚えてもらうため」という方針で、そういうことはしていない。名前と顔を一致させるには、必死に覚えるしかなくなるというわけだ。
ところが、健二は運動は出来ても勉強はあまり出来ないという評判も立っている。だから、どうせ人の名前なんて覚えていないだろう、と思われたのだ。
「それで、付き合ってどんな人かを、ユッコに毎日伝えるの。そしたら、付き合って後悔することなんてないでしょ?」
「そんなことして、もしばれたら……」
「大丈夫大丈夫。じゃあ、明日の放課後、告白してくるから」
冷たい風が吹くたびに、がたがたと揺れる金網が、よくわからない不安をあおる。淡々と過去の思い出を語る加藤有子の話を聞き、健二は信じられないといった顔をした。
「じゃあ、有子……佐藤さんの名前を借りて告白したってこと?」
「そうだよ。だから、告白したとき、有子って、名前で呼ぶようにお願いしたじゃない」
例えばこれが「佐藤さん」と呼んだなら、友人が聞いて変だと思うだろう。しかし、「有子」と呼ぶなら何も不自然なことは無い。
「私はね、別に最初は健二君のこと、そんなに好きじゃなかったの。ユッコ、大切な友達のために、変な人と付き合わないようにって、そう思って、恋人を演じていたの」
加藤有子と健二が「付き合う」ようになってから、加藤有子は毎日佐藤有子に、今日の健二のことを話していた。
最初はダメだしばかりで、よく佐藤有子は「いいところはないの?」と聞くことも良くあった。
が、徐々にそれもなくなり、だんだん健二との楽しかったことを話すようになっていった。
特に一回目のデートでは彼の失敗を事細かに挙げていたのに、二回目のデートの報告では、楽しかったことのほうが多いくらいだった。
「ユウ、田上君のことを話してるとき、なんだか楽しそう」
「え、そ、そんなことは無いわよ。私はユッコのために一生懸命にやってるんだから!」
あわてて否定する加藤有子の顔を見ながら、佐藤有子は「よかった、田上君のいいところを分かってくれて」と嬉しそうな顔をした。
「でもね、健二君と一緒にいるうちに、健二君のいいところや悪いところをいっぱい知って、健二君が私のことを大切に思ってくれてるってことを知って、本当に好きになっていったの」
グラウンドに目を向けて話していた加藤有子は、満面の笑みで健二のほうを向いた。しかし、健二にはかける言葉が見つからない。
「いつも一緒にいたい、ずっとこの先も。そう思っていたの」
しかし、これは付き合っている「振り」だ。いつかは、佐藤有子に告白させる決心をさせるための。
当然、この「振り」が続くはずは無かった。佐藤有子がいる限りは。
金曜日、つまり健二とデートをする二日前、いつもの通り、同じ電車に乗って帰り、同じ駅で降りた加藤有子と佐藤有子。いつもどおり、健二の話題で加藤有子は盛り上がっていた。
が、今日はいつもより佐藤有子の口数が少ない。健二の話になっても、何故か寂しそうな顔をしている。
「ユウ、ちょっとトイレ行かない?」
ICカードを改札に通すと、佐藤有子は加藤有子をトイレに誘った。
「え、うん。いいけど……」
駅前はいつもどおり閑散としている。動物園が開いている時間帯以外は、人なんてほとんど通らない場所だ。
トイレは改札からは離れているが、駅の近くにある。動物園の近くからだろうか、きれいに整備され、いつもとてもきれいに清掃されている。
その女子トイレで、佐藤有子はある決断を加藤有子に聞いてもらうことにしたのだ。別に人通りが少ないから外でも良かったのだが、何故か人目を気にしていた。
「ユウ、いままでありがとう。私、月曜日に田上君に告白する」
「え?」
突然、加藤有子の中で何かが崩れ落ちるような音がした。
もちろん、こうなることは当初の目的どおりのはずだった。しかし、今は予想外のこととしか捉えられなくなっていた。
「ユウも、田上君のこと、分かったでしょ? 田上君と付き合うと、とても楽しいんだって。だから、やっと決心ついたよ」
呆然と立ちつくす加藤有子。
「今まで、こうやって勇気を出して何かをするってことをしてこなかったの。こうやって告白する決心がついたのも、ユウのおかげだよ。ありがとう」
「……メ……」
俯き震えながら、加藤有子が何か呟く。
「……え?」
「ダメ! 私から健二君を取らないで!」
「な、ちょっと、ユウ、ど、どうしたの?」
突然の加藤有子の豹変振りに、佐藤有子は驚いて後ずさった。
と、大声で怒鳴ったかと思ったら、今度は佐藤有子の肩につかみかかってきて、個室の壁に押し付けた。
「や、やめてよ、どうしたの? ユウ、別に田上君のこと好きじゃないって……」
「違う! 違うの! 私、健二君のことが……」
突然、加藤有子の脳裏に一つのことが思い浮かぶ。
そう、私が佐藤有子ならいいんだ。健二君は、佐藤有子と付き合っているんだから……
そう思うが早いか、加藤有子はかばんからすばやくカッターナイフを取り出し、佐藤有子の胸に突き刺した。
「な……ユ……ウ……?」
カッターナイフは佐藤有子の胸に深々と突き刺さった。有子がカッターナイフから手を離すと、佐藤有子は力が抜けたように倒れ込んだ。
加藤有子は、息を荒げてその様子を見ていた。
「……ユッコ? ねえ、ユッコ?」
倒れ込んだ佐藤有子の肩を揺らすが、佐藤有子はそのまま横に倒れ込んだ。
加藤有子は落ち着きを取り戻し、今の状況を整理する。
駅の女子トイレ、目の前には親友だった佐藤有子が倒れている。胸には、自分のカッターナイフ。
「そんな、まさか、こんなことになるなんて……」
佐藤有子と同じように倒れこむ加藤有子。もはや、そこに快活だった彼女の姿はない。
もう一度落ち着いて状況を整理する。この状態からどうすればよいのか。
そうだ。自分は「佐藤有子」として生きることに決めたのだ。少なくとも、田上健二の前では。
こんな殺人事件が起これば、すぐさまニュースになる。とりあえず、彼女が誰であるかを隠さねば。
まずは傷口を便器に向け、カッターナイフを佐藤有子の遺体から引き抜く。勢いよく噴き出す血が、便器を赤く染めていく。体に付いた血のりは、洗面台で洗い流す。
次に、身元が分からなくなるように、身元が示すようなものを持ち去らねば。
かばんを開けると、財布と学生証が入っていた。その他のかばんの中を見る。佐藤有子は持ち物に名前を書く習慣がなかったので、他に持ち去るものは無いようだ。
とりあえず、金目のものになりそうなものは奪っておこう。強盗殺人に見せかけるためだ。
凶器のカッターナイフは洗ってしまっておけばいい。自分が疑われない限りは大丈夫だ。近くの百円ショップに売っているものだし、最終的に学校のどこかで処分してしまおう。
そうやって、静かにトイレから立ち去る。大丈夫、この駅は人がめったに通らない。もし人がいたのなら、最初の言い争いの時点で誰かが駆けつけるはずだ。
「さよなら、ユッコ」
トイレで横たわっている佐藤有子に別れを告げ、加藤有子は何食わぬ顔で帰宅した。
「……なんてことを……」
聞いているだけで吐き気がする、加藤有子の行った行動。
「でもね、私、ユッコが健二君と付き合わなくて良かったって思ってるんだ」
あれだけの残酷なことをしておきながら、決して笑顔を崩さない加藤有子。その笑顔は、まるで悪魔のようにも見えた。
「健二君、もしあの時、私以外の人から告白されてても、きっと断ってなかったよね。知ってるよ。健二君は、好きな女の子と付き合いたいんじゃなくて、ただ女の子と付き合いたいだけだって」
そういわれ、確かにそうだと思った。本当に好きな人と付き合いたいのではなく、彼女がいるということだけにあこがれていたのだ。しかし、今は違う。
「加藤さん、いや、有子、僕はそうは思ってないよ。たしかに付き合ったころはそうだったかもしれない。でも今は、そうじゃない。だから……」
健二はゆっくりと加藤有子の前に歩いていく。そして、加藤有子の目の前まで近づいた。
「自首してくれ。僕は、有子が罪を償うまで、待っているから。『加藤有子の彼氏』として」
確かに、彼女の名前は偽りだった。最初の告白、そして彼女の気持ちも。しかし、有子と過ごしたあの日は嘘ではない。健二は、ただの一人の女の子ではなく、加藤有子という一人の女性として、向き合おうと思っていた。
「もう遅いよ、健二君。健二君は、本当のことを全部知っちゃったんだから。だから」
ふと、健二の後ろから、殴られたような衝撃が走る。そして、目の前が真っ暗になる。
「さようなら、健二君。大好きだよ」
彼女の声を遠く、健二は意識を失った。
ようやく思い出した。
あの夏の日、体育の合同授業のときに見た彼女の正体。よく考えれば、何度か彼女を見たことがあるではないか。
そう、あそこにいたのだ。有子を迎えに行ったときに、あの場所に。体操着と制服では印象が違ったから、分かりにくかったのだろう。
そして気が付けば、ここは体育の合同授業のときにいたグラウンドの真ん中。ふと前を見ると、白いワンピースに白い帽子、風になびく茶色のロングヘアの少女がいた。何度も夢で見た、あの女性だ。
「佐藤有子はこの前の殺人事件で……」
彼女が言い終わるのが早いか、健二は彼女に向かって歩き出した。
「やっと分かったよ。いつも夢に出ていた君は……」
すべてが一本に繋がった。夢に出てくる人物は、どこかで見たことがある人物である。確かにその通りだ。
「私の名前は佐藤有子。あなたの彼女だった加藤有子とは親友だったのです」
やはりそうだったか。よくよく考えれば、三組の教室で加藤有子と話していた女性に似ている。
「君が、本当の佐藤有子さんだったんだね。よかった。君と話をしたいと思っていたところだったんだ」
加藤有子から真実を聞き、自分のせいで佐藤有子という女性が殺されてしまったことを、心の中で後悔していた。
「私が、もっと早くから告白する決意をしていれば、こんなことにならなかったのです。私が、もっと勇気を持っていれば……」
今まで丁寧な口調で、遠くを見ていたような佐藤有子の目から、涙があふれているのに気が付いた。
「ぼ、僕も、気が付かなくてごめんよ。ちゃんと、君の気持ちに気が付いていれば……」
突然の女の子の涙におろおろする健二。こういう場面には弱いのだ。
「いえ、それはさすがに無理ですよ。田上君のことを好きだった人は、たくさんいますから」
そういわれると、健二も少し照れたような表情を見せる。佐藤有子は涙こそ流しているが、その表情は無に近い。
「思えば、私はユウに殺されることを覚悟していたのかもしれません。だから、誰も通らないあのトイレで、田上君に告白することを、ユウに言ったのです」
遠くを見ていた目を健二のほうに向け、佐藤有子は話を続ける。
「最初は、田上君のことを話すとき、なんだか田上君を悪者にしようと思っているような感じでした。でも、何回も話していると、どんどん田上君のことを話す時の顔が嬉しそうになっていったのです。私は不安でしたが、同時に嬉しくもありました。一緒の気持ちになれる人が、ここにいるということが」
笑顔こそ見せないが、話している顔が、なんとなく嬉しそうにも見える。
「ユウが田上君と歩いていて、嬉しそうな顔をしているのを見て、やっぱりユウは田上君のことが好きなんだなって、思うようになりました。だから、それを確かめるために、デートの直前であるあの日に、告白することをユウに話したのです」
「そうか……」
佐藤有子の決心。それは、健二に対する告白だけでなく、加藤有子に殺される決心とも言えたのだ。
「でも、おかげで田上君と話すことが出来ました。これからは、天国でずっと一緒になれるのがうれしいです」
「え、天国って?」
屋上で加藤有子と話しをしていて、そして後ろから殴られたような衝撃が走って。そこから覚えていない。ということは、加藤有子に殺されたということだろうか。
「そうか、僕はもう死んだのか」
夢だと思っていた健二は、いっそのことこの事態を割り切ることにした。今までいろんなことが頭にめぐり、考えるのに疲れていたのもある。
「バチが当たったのかな。初恋だった人がいるのに、特に好きじゃなかった人と付き合ったから」
「初恋の人、ですか」
「うん」
佐藤有子から視線をはずし、遠くを見る健二。
「夏の体育の合同授業のとき、一生懸命走っていた彼女を見て、なんだかどきどきして。それが、多分、初恋」
そこまで言って、健二は再び佐藤有子の方をみた。
「それが佐藤有子さん、君だったんだ」
「え?」
思わぬ言葉に、驚きを隠せない佐藤有子。
「だから、こうやって君にあえて、好きだって言ってもらえて、初恋が実って嬉しいよ」
佐藤有子に向かって笑顔を見せる健二。同時に、佐藤有子から、再び涙が流れ出す。しかし、その涙は、先ほどとは違う涙だった。
「ありがとう、田上君、じゃあ、改めて言わせて貰っていいかな」
「どうぞ」
健二は佐藤有子に向かってどうぞ、と手を差し出す。佐藤有子はすこし恥ずかしそうにしていたが、少しすると決心が付いたのか、ゆっくりと話し始めた。
「田上君、私は、あなたのことが好きです。たとえ魂だけの存在になっても、私はあなたのそばにいたい。だから、私と付き合ってください」
佐藤有子の一字一句が、健二の魂に染み渡る、そんな気がした。
「もちろんだよ。僕も、君のことが大好きです。たとえ、既に命が尽きていたとしても、ね」
健二の言葉も、どうやら佐藤有子の心に響いたようだ。流れる涙の量が、徐々に多くなる。
「ありがとう……。あ、一つお願いがあります」
涙声になりながら、佐藤有子はかねてからの願いを告げる。
「田上君のこと、健二君……いや、健二って呼んでいいですか?私のことは……」
「うん、もちろんだよ。これからもよろしくね、有子」
「ありがとう、健二……」
そういうと、健二と有子はゆっくりと抱きしめあった。それは、本当の意味で、魂と魂が重なる瞬間だった。
「今日の朝、グラウンドで男子高校生が血まみれで倒れているところを、同じ高校の生徒が発見しました。高校生は救急車で運ばれましたが、頭を強く打っており、病院で死亡が確認されました。警察によりますと、男子高校生は朝のホームルームの時に教室を飛び出していたことがわかり、また屋上の金網が一部破られていることが分かりました。さらに高校生の所持品から、先日なくなられた佐藤有子さんの学生証が見つかったことから、警察は事故と自殺の両面から捜査を――」
ニュースを途中まで聞くと、少女はリモコンでテレビのスイッチを切った。
「そっか。今頃ユッコ、健二君とデート中なのかな」
そう呟くと、少女は自分の部屋に戻った。途中母親に会うと、「おやすみ」と一言だけ声をかけた。
布団に入ると、今日あった出来事、そして、過去の思い出が、少女の頭の中で蘇った。その中で最後に思い出したのは、彼とのあの約束。
「健二君の嘘つき。またデート行こうねって言ったのに」
一つの物語の終わり。本当は、ここで終わっていたのですが、まだまだ続きがあります。
これは、田上健二の初恋の物語。