「ほう、お前1人でこの俺を倒せるとでも思っているのか?」
ダンジョンの奥深く、1人の男が巨大な魔物と対峙している。
彼の後ろには、傷つき倒れた仲間たちがいる。
魔物は、傷1つないが、対峙する男は満身創痍だ。
「まあ、焦るな。今から、俺の本気を見せてやる」
そう言う彼は不敵な笑みを浮かべている。
しかし、魔物はその態度は強がりだろうと高を括っている。
「強がりもほどほどにしておけ、人間よ。何なら、貴様だけは特別に逃がしてやってもいいのだぞ」
「何を言うのかと思えば、そんなことか。この世に未練はないらしいな。なら、始めさせてもらう」
そう言うと、彼は1粒の丸薬を飲み込んだ。
が、特に変化は見られない。
「おいっ、シュビーオ!!まさか・・・神護宝珠を使ったのか!?」
彼の仲間の1人で唯一意識のあったウォーリアーのロゼルが叫ぶ。
だが、魔物はその仲間の叫びを聞いても、特に変化のないシュビーオを見て、鼻で笑う。
「それが、貴様の本気か。笑わせてくれる。もう、俺はお前たちと遊ぶのは飽きた。まとめて地獄へ行け!!」
そう言って、魔物は1メートルはあるかという巨大な炎の玉を彼らに向かって投げつけた。
その炎の塊は、彼らに向かって逸れることなく飛んでいった。
満身創痍の彼らが避けられるはずはなかった。
だが、爆発をすることなく、その炎の玉は跡形もなく消えてしまったのだ。
「貴様、何をした!?」
そして、魔物は気づく。
自分の体が、自由が利かなくなっていることに。
魔物は、眼下の男を睨む。
だがそこで、ようやく魔物は男の変化に気づいたのだ。
男の目の色が違うということに。
「さあな。だが、もう決定的に遅い」
男の目は右目が黄金色に輝き、左目は黒く輝いている。
「まさか。貴様、それは魔眼か!?」
初めて魔物の表情が変化を見せる。
その表情は、焦りではない。絶対的な力の差を感じたときの恐怖そのものだった。
その上、男からは先程までは感じなかった、強大な魔力を感じるのだ。
激しく地面が揺れ始め、仲間のもう1人、魔導士も目を覚ます。
「い、一体・・・何が起きているの?」
彼女の問いかけにロゼルは答える。
「神薬、神護宝珠の力だ。魔力を飛躍的に増大させるんだが・・・。いや、黙って見てろ。あいつの、・・・シュビーオの本気をな」
「・・・」
泣きそうに言うロゼルに何も言い返せない魔導士の女性。
ただ、黙って彼女の前にいるシュビーオを見つめることしかできなかった。
そして、シュビーオはあるものを召喚するために意識を集中させる。
「我が名は、シュビーオ。我が呼びかけに答え、出でよ。精霊王、アクア」
簡易で呼び出せるのは、決して契約をしているからではない。
強大な魔力で強引に召喚した所が大きいと言える。
そして、そうして呼び出された精霊は・・・・。
「あなたですね。私を呼び出したのは。ですが、私はあなたと契約を交わしていません」
総じて願いを聞き届けてはくれない。
強制的に呼び出されては、精霊と言えども気分はよくないのだから。
「ああ、そんなことは知っている。だが、俺は別に頼むわけじゃない」
「・・・」
「力を以ってして命令するだけだ」
彼の傲慢な言葉にも冷静な表情の水の精霊王アクア。
彼女は、精霊王の中でも温和で人間にも寛容なほうである。
「あなたは、私と戦うおつもりですか?」
精霊を倒せば、確かにその力を手に入れることはできる。
しかし、精霊は普通の人間では倒すどころか見ることするかなわないのだ。
精霊王は、その強大な力ゆえ力のない人間でも見ることが可能なのだ。
彼女は彼の黒く輝く左目を見ると、1つだけ問う。
「あなた。その左目は・・・絶対なる闇、魔眼ブラックホールね。あなたは、それを何のために使用するの?」
それに対し、シュビーオは当然と言わんばかりに答える。
「俺の仲間を助けるためだ。それ以外に使う必要はない」
その答えを聞いた彼女はさらに問う。
「わかっているとは思うけど、あなたの体はもう限界に近いわ。それに無理に魔力を上げて、私を無理矢理召喚したから、必ず弊害が出るわ。それでも、あなたは私の力を貸してほしいと言うの?」
それは、彼女なりの相手への配慮であった。
無理矢理召喚されたとはいえ、明らかに限界を超える魔力を使うシュビーオを心配しているのだ。
それは、彼女がお人よしと他の精霊王から呼ばれる所以なのだが。
「この戦いが終われば、俺は魔法が使えなくなるだろうな。だが、それでもだ。仲間を助けるためなら、俺は喜んで、その状況に甘んじる。例え、冒険者として致命的になったとしてもだ」
彼は、誰に向かってでもなく自分に対して宣言した。
そして、アクアに命令を出す。
「俺の仲間の傷を癒してほしい」
「わかったわ」
彼女はその命令を聞くと、仲間2人の傷を癒し始める。
すぐに傷は塞がり、動かなかった体が動かせるようになる。
シュビーオは、それを見届けると魔物の方を睨む。
すでに、魔物は動きを封じられているが表情には先程よりも余裕が見える。
「その体で俺をいつまで封じていられるかな?」
魔物は余裕が出てきたせいか、シュビーオを見るとにたにたと笑う。
次の瞬間、その表情は怪訝そうな、それへと変わる。
シュビーオが、にやりと馬鹿にしたように笑ったからだ。
「右目の相対封陣はただ相手を封じるだけじゃない。こうやって、相手を・・・」
「があああっ」
彼が手を少し動かすと、魔物は苦しみ始めた。
全身が潰されるような苦しみなのだ。
「じゃあな」
そう言うと、彼は手を真下へと振り下ろした。
次の瞬間、魔物は叫びをあげることすらできずに消え去った。
「シュビーオがあれを使ったのは、これが2回目だ。だが今回は、前回とは状況が全く違う」
「どういうことなの?」
魔導士の女性は、ロゼルに聞こうとする。
が、その時。
ばたりとその場にシュビーオが倒れたのだった。
慌てて駆け寄る2人。
だが、シュビーオは全身がぼろぼろで、意識もない。
「くそっ。さっさと戻らねえとまずいな。魔導士のお嬢様は悪いが、自分で走ってくれ」
「分かっています」
かれの傷の様子を見たロゼルはシュビーオを背負うと、一刻も早く医者に見せるために走り出す。
だが、ロゼルを精霊王が呼び止める。
「お待ちなさい。彼が目覚めたら、これを渡してください。それと、応急処置程度に治療しておきましょう」
そう言って、彼女はシュビーオの傷を癒す。
そして、それが終わるとロゼルに青い石のついた指輪を渡す。
「よくわかんねえが、シュビーオにこれを渡せばいいんだな。・・・・強制的に呼び出して、本当に申し訳ない。仲間に代わって謝罪いたします。それでは、失礼致しました」
最初は、タメ口で話していたロゼルだったが、相手が精霊王だと思い出すと口調が変わった。
そして、逃げるように走り出す。
アクアは逃げるように去っていく3人組、特にシュビーオを見て思った。
あなたとは今日から契約ですね、と。
それもまた、彼女が甘いと言われる所以である。
シュビーオが目覚めると、そこは見慣れた我が家。
自分のベッドの上だった。
今まで、見ていたのは夢か。
懐かしい夢だなと彼は思う。
すでに10年以上も昔の話である。
「さてと、顔を洗って、店を開けるか」
そう言うと、ベッドの脇の箱を開け、青い宝石の指輪をはめる。
そして、彼は洗面所へと向かうのだった。
ここは、小さな田舎町。
だけど、ここには多くの冒険者が夢を見て集まります。
そう、この田舎町には監獄迷宮と呼ばれる未だに誰も最下層に着いたことのないダンジョンがあったのです。
そんな小さな田舎町で趣味が高じて薬屋を開く1人の中年男性がいた。
そしてここは、とある薬屋。
客らしき冒険者が2つほど瓶に入ったカプセルを店主の親父の所へ持ってくる。
「おっさん、このデビルデッドとホーリーキラーをワンセットずつ」
「あいよっ。毎度ありっ!!」
彼の名はシュビーオ。
この薬屋『ホワイトクローバー』の店主である。
今年で、30。昔は、バリバリの冒険者だったが、それももう昔の話。
今はかつて挑み続けたダンジョン入り口の町で薬屋をやっている。
彼が言うには、いつか最下層にたどり着く強者を見届けるためらしい。
そうしているうちに、次の客がやってくる。
近所に住む、ザンガ爺さんである。
「シュビーオさん。おはよう」
「ザンガ爺さん、おはようございます。今日も、腰痛の薬ですか?」
「おおー、いつも悪いのう。ほい、これ代金。ところで、今日は美人の奥さんは店には顔を出してないのかい?」
ザンガ爺さんは、慢性的な腰痛でよくこの店に顔を出すのだ。
そして、シュビーオと他愛のない会話をして帰っていく。
「妻は、子供たちと中で遊んでいますよ」
「そうかい、残念じゃのう。折角、目の保養に来たのにのう」
「今度ザンガ爺さんが来るときは、妻に店にいるように言っておきましょう」
「楽しみしとるぞ」
そう言って、ザンガ爺さんは帰っていった。
この店、ホワイトクローバーには色々な種類の薬がある。
真紅の粉末や、カプセルの中身が蠢く謎の薬、中には開けた瞬間、爆発するものもあるという。
先程のデビルデッドは、悪魔殺し用に特別に調合したものである。
ホーリーキラーは、その失敗作だが、聖属性の魔物に絶大な効果を持つ。
そういった、魔物退治用の薬以外にも、傷を癒す薬や能力を引き出す薬もある。
粉末、飲み薬、塗り薬、カプセル、・・・座薬と種類も豊富だ。
それに風邪薬などの一般の薬も取り扱っている。
彼の店の商品は効果が高いと、遠くからわざわざ買いにくる貴族もいる。
彼は今、とある女性と結婚し、男の子と女の子の2人の子供にも恵まれた。
現在は、幸せなはずである。
「俺は、幸せなんだよな?」
思わず溜息がこぼれる。
結婚の経緯はめちゃくちゃ、半ば脅されて結婚したようなものだ。
しかし、妻とはそれなりに仲良く暮らしてきた。
彼は店の奥、つまり彼ら家族の居住区を見るとリビングの窓際にあるテーブルに妻と2人の子供が座っていた。
「私、あがりっ」
「げっ、姉ちゃん。もう上がりかよ。もっかい勝負!それに母さん、もうちょっと手加減してよ」
ブーブーと文句を言う息子に、妻は言った。
「いい、ミック。勝負はいつでも真剣にやらないといけないのよ」
どうやらトランプをしているようだ。
だが、妻は子供相手に本気で相手をしているらしい。
あまりに大人気ない光景だった。
彼はふと考える。何で、この妻と結婚してしまったのだろうと。
「国王陛下のご命令である。今すぐに、王城へ来ていただきたい」
シュビーオが冒険者を止めてから、1ヶ月。
彼が大切にしてきた3宝具を除く、彼が集めた宝、武器等を売り払い、薬屋としてようやく第2の人生を歩もうとしていた頃、彼の元に王宮から使者がやってきた。
彼自身、見当がつかなかった。
魔力が完全になくなり、冒険者を止めた自分に何の用事があるのかと。
「もしかすると、この指輪のことだろうか?」
彼は、青い宝石の指輪を見つめる。
すると、頭の中に女性の声が響いてくる。
『私にも見当はつきません。行ってみれば、よいと思いますよ』
この指輪は水精霊の指輪と言い、精霊王アクアとの契約の証である。
彼が魔物と戦い、奥の手を使い辛くも勝利を収めたものの重傷を負い、病院で目を覚ましたときにロゼルから貰ったものである。
そしてロゼルから、これはアクアからシュビーオに渡すように頼まれたと聞かされた。
そして、アクアと契約することになったのだ。
シュビーオが、何故、契約したのかと聞くと、あなたが暴走しないよう見張るためだと言われたのである。
実際には、アクアがただ単に魔力のなくなったシュビーオを心配しただけなのだが。
王城へは、数日の道のりだった。
比較的、王城までは安全な地域が多いため、特に魔物と出会うことなく予定よりも少々早く、夕方には着いてしまったのだ。
「シュビーオ様ですね。国王陛下がお待ちでございます」
城門へと彼がやって来ると、兵士が通してくれた。
彼は、疑問に思った。
何故、ここの兵士が自分の顔を知っているのかと。
警戒しておこう、彼はそう思った。
「こちらで、国王陛下がお待ちです。それでは、失礼します」
そう言って、通された部屋は、国王の私室であった。
そして、奥の椅子に国王が座っていたのだ。
「お主が、シュビーオ殿か」
重々しい空気の中、先に国王が口を開く。
さすがに国王ともなると威厳が違うとシュビーオは感心した。
もう50になるらしいのだが、体格はよく、視線も鋭さを感じるのだ。
もしかして、敵視されてる?と彼は思ったが、国王は次の瞬間には表情を和らげる。
「はるばる遠くからご苦労、シュビーオ殿」
「いえ、そのような労いのお言葉をいただき、光栄に存じます」
シュビーオの方はまだ国王の前ということで緊張が解けない。
それに周囲への警戒も怠ってはいない。
何か、この部屋には違和感を感じるのだ。
シュビーオが緊張していると気づいた、国王は言葉をかける。
「そう緊張することはない。今日は私からお主に頼みがあって、わざわざ来てもらったのだ」
シュビーオは、疑問符を浮かべる。
「国王陛下。俺・・・いえ、私は冒険者としては既に引退の身。そういった依頼であれば、他の方に・・・」
彼は冒険者への極秘任務だと思ったのだが、どうやら違うようだ。
国王は彼の言葉を遮ると、言った。
「いや、そういった依頼ではない。それにそう固い言葉を使わなくてもよい。私たちはもうじき家族になるのだからな」
「国王陛下?」
「グラムで構わんぞ」
「・・・では、恐悦ながらグラム様。何故、俺が家族になるのでしょうか?」
彼は、国王に当然の疑問を投げかける。
国王が答えようとすると、2人の男しかいないはずの部屋から女性の声が聞こえ、妙齢の女性が国王の背後に現れた。
「それは、私アルファがお答えしますわ。シュビーオさんは1ヶ月ほど前、魔導士の女の子と旅をしませんでした?」
「確かに魔導士の女性が1人、仲間として行動を共にしたことは事実です」
突然現れた王妃にずっと気配がしたのはこの人だったのかと納得する。
が、王妃の言葉に彼は、首を傾げる。
あの『煉獄の魔女』と旅をしたことは事実ではある。何故、この人が知っているのだろうか。
もしかして、それがまずかったのではないか。彼はそう思った。
「実は・・・その娘が私たちの末娘ユリーシアなのです」
「・・・」
衝撃の事実に、言葉もでないシュビーオ。
そして、もしかして死刑にされるのではないかと本気で焦り始める。
「今日、こちらにお呼びしたのは他でもありません。ユリーシアのことですわ」
「いったい、どのような用件でしょうか?」
彼は、唾をゴクリと飲み込む。
あの魔導士に何かしただろうかとあれこれと思い出すが、どれも当てはまりそうにもない。
もしかすると、自分では何もしてなくても王族基準では、まずいことをしたのではないか。
彼は、この場を逃げ出したくなる。
が、いきなり逃げ出すこともできずに用意された椅子に座っている。
「実は・・・」
「はい」
もったいぶった様子で言う王妃に緊張して、返事をするシュビーオ。
次の言葉は、死刑宣告じゃないかと冷や汗が止め処なく流れる。
だが、王妃の口からは意外な言葉が飛び出した。
「娘を貰っていただける?」
「はい?」
シュビーオの疑問の言葉を、肯定と受け取った国王は彼の両手をつかむとぶんぶんと上下に振り回す。
まるで、はしゃいでいる子供のようだ。
舞い上がっていた国王はイントネーションまで聞いていなかった。
「はっはっはっ。よかった、よかった。もし、断ったら・・・」
「断ったら、俺はどうなっていたのでしょう?」
彼は、恐る恐る喜ぶ国王に聞く。
「当然、死刑ですわ」
「・・・」
その質問に王妃が間をおくことなく、はっきりと言う。
その目は、本気だった。
その傍らでは、国王も頷いている。
この人も同じなのかと、うなだれるシュビーオ。
その時、コンコンと部屋の扉がノックされ、1人の少女が入ってきた。
「お父様、お母様。失礼いたします」
そう言って、部屋に入ってきたのは純白のドレスを来た少女だった。
「おおっ、ユリーシア。いつもにも増して美しいな。妻に似て美人になって、本当によかった」
「まあっ、あなたったら。でも、よかったわね。ユリーシア。シュビーオさんも結婚を了承してくれたわ」
年甲斐もなくきゃっきゃっと喜ぶ、国王夫婦。
「シュビーオさん。突然の父と母のご無礼をお許しください。実は、シュビーオさんを呼んで頂くよう頼んだのは私なんです」
「・・・何故でしょうか?」
ようやく、彼は疑問の言葉を搾り出す。
先程からの展開に全くついて行けていない。
その疑問に、彼女は照れて赤くなりながら答える。
「笑わないで聞いてください。実はですね。あなたのことが好きになってしまったんです!!私が死んでしまいそうだった時、魔力を失ってでも全力で私を守ってくださった、あなたのことが・・・」
「・・・」
彼は、呆然とする。
確かに、目の前の少女はスタイルもいいし、美人だ。
だが、何かが決定的に違う。
そう。普通は付き合ったり、お見合いをした上で結婚をするはずである。
「もし、お断りされたらどうしようかと思いましたの。でも、了承しただけてうれしいですわ。結婚式は明後日です。楽しみですね」
さらに衝撃の事実をさらりと言う少女。
と言うよりも、まだ彼自身返事をしてないはずである。
それに彼は、かっこいいところを見せるために彼女たちを守ったわけではない。
が、断ったら死刑。
その上、彼は押しに弱いのである。
『いきなり結婚とは、シュビーオは違いますね』
「シュビーオ殿。娘をよろしく頼みましたぞ」
「シュビーオさん。娘を泣かせたりしたらわかってますね」
「あなた。末永くよろしくお願いします」
「・・・はい」
もう逃げ場はどこにもない。
今更断れる雰囲気ではないし、考える時間すら与えてはくれないだろう。彼はただイエスと言うしかなかった。
2日後、国中の人々に祝福され、シュビーオとユリーシアは結婚したのだった。
ふと妻と子供たちを見て、結婚当時のことを振り返ると、何かが普通とはかけ離れていた。
その妻は、彼が見ていることに気づくと、にっこりと微笑み、手を小さく振ってくる。
結婚して、長い月日が経つものの相変わらずの美しさである。
しかし、彼は思う。
その目は、早く仕事を終わらせろ、と言っているなと。
結婚して、もう11年である。
もう、それくらいは分かる。
「まあ、幸せだからいいか」
彼は、妻に聞こえぬように溜息をついた。
そんなある日、1人の魔導士が妻を訪ねてきた。
それが、シュビーオの平凡な1日の始まりだった。
「うわっ、すっげー。あの人、王宮魔導士だぜ」
「うそお!?あんなに弱そうなのに?」
彼の子供たちが、店ではなく家に来た客を見て騒いでいる。
もっとも、その客は子供たちからはいい評価をもらえていないようだが。
ホワイトクローバーを訪ねてきたのは、王宮魔導士だった。
シュビーオの妻、ユリーシア・アルト・レイディアは王女として国王にかわいがられ、また生粋の天才魔導士なのである。
今でも、年に1度は国へ里帰りをしている。
そして、元々彼女は王族の生まれであり、その証拠として姓を2つ持っているのだ。
平民は姓を持つことは許されていない。つまり王族、貴族の特権ということになる。
もし離婚しようものなら、首が飛ぶであろう。
浮気もまた然り。
また、魔導の天才である彼女を恐れた人々はこう呼んだという。
『煉獄の魔女』と。
その名のとおり、炎魔法を得意とする彼女。
炎魔法では、右に出るものはおらず、時折王都から是非とも教授してくれないかと誘いがある。
優秀な魔導士である彼女に魔法を教えてもらいたい人は、数え切れないほどいるのだ。
たまに、わざわざ教えてほしいと直接頼みに来る人もいるくらいだ。
もっとも彼女はそれを、とある理由から拒み続けているのだが。
シュビーオの妻は黒の美しいショートヘアに燃えるような真紅の瞳、目鼻立ちはぱっちりしており、出るとこは出ており、引っ込むとこは引っ込んでいる。
その上、料理も上手でとても家庭的なよくできたこれ以上何を望むのかという完璧妻である。
そして、町の人たち、主に男たち、からも町一番の美人妻として評判が高い。
何故こんな男にこの妻なのかという疑問の声は多い。
今でも、夫がいるにも関わらず求愛をする男がいるくらいだ。
が、その男たちは彼女に例外なく丸焦げにされるのだが・・・。
別に、シュビーオは彼女の容姿を嫌っているとかそういうことではない。
むしろ、好みのタイプだ。
彼は、別に妻が嫌いなわけではない。
「ユリーシア様。是非、このグラム様の調査に加わっていただきたいと思いやって参りました」
彼女の父、グラムは数年前に王位を息子に譲り引退。
今では、趣味の遺跡調査を妻と楽しんでいるらしい。
そして、今回。娘夫婦に一緒にどうだと使者を送ってきたのである。
「うーん、遺跡調査ねえ・・・」
「是非、ご協力いただきたいのです」
「ちょっと、待っていただける?」
そして、彼女は立ち上がると夫のいる店の方へと顔を出す。
「あなたっ。一緒に遺跡調査に行きましょ!!」
そう、彼が妻を苦手とする理由。
それは、毎日のように旅や冒険、遺跡調査に誘うことである。
元々、冒険者の彼は決して弱いわけではない。
「いや、仕事が忙しいから・・・」
「ええっ、いいじゃない。1日くらい休んだって」
「1人で行ってきていいぞ。俺は魔法が使えないから役には立てん」
この世界で魔法が使えないこと。
それは、冒険者としては致命的とされる。
魔法が使えないということは、魔力がないということに等しい。
ダンジョンに潜む魔物は総じて魔法を使うため、魔法が使えなければ魔法を防御することはできない。
そのため魔法が当たれば重傷を負うことは避けられない。
「・・・いいのよ。あなたは私の後ろにいれば、それだけでいいのよ」
「・・・」
彼は魔法が使えないのである。
本人もそれを自覚しており、魔法が使えなくなった日、彼は冒険者を止め、今の仕事を始めたのである。
そして、彼女が王都からの誘いや魔法を教えることに消極的なのは、魔法の使えない夫に対する配慮でもある。
それにどうしても、単身で王都に行く必要が出てくる。彼女がいなくなったら誰が夫を守るのか、そう考えている。
また、シュビーオは薬屋としてこの町にすっかり根付いている。
その彼が絶対に町を離れることはないだろうから。
そして彼女は、夫の魔力がなくなったのは、自分のせいだと思っている。
また、夫がそこまでして守ってくれたことに対し、好意を寄せたのだ。離れて暮らすことなど考えたくもないのである。
魔法を使えない夫を積極的に旅や遺跡調査に誘うのは、出不精な夫とたまには外へ行きたいという彼女の意思の表れでもある。
夫が誘ってくれるなら、別にその辺りの散歩でも構わないのだが、あまり誘ってはくれない。
彼女が積極的にどこかへ行こうと誘うのはその不満の表れだが、夫は気がつかない。
だから、毎日どこかへ行こうと誘うのである。
「あなたが魔法を使えないのは、知っているわ。もちろん、それが私のせいだということも、十分承知しているわ。でも、私はあなたともう1度ダンジョンに行きたいの」
「ユリーシア・・・」
「あなた・・・」
2人とも見つめ合っていい雰囲気であったが、その雰囲気は次の瞬間には破壊された。
それは、彼らの子供ではなかった。
「おうっ、シュビーオ。竜鱗草持って来た・・・・ぞ。わりぃ、お取り込み中だったな。これ置いていくから、加工頼むぞ・・・」
いきなり入ってきたのは、シュビーオの親友でかつての冒険仲間のロゼルだった。
が、シュビーオ夫婦が見つめ合っていたところに入ってきてしまったために目のやり場に困っているようだ。
そして、はっと我に返ると、じゃあなと手を上げて、店から出て行こうとする。
だが、もちろんロゼルが出て行く前にユリーシアに呼び止められる。
「折角ですから、ゆっくりされていってはどうですか?」
笑顔でそんなに急がなくてもと残念そうなユリーシア。
もっとも、その目は笑っていない。
「い、いやあ・・・。き、今日はこれから用事があってなあ・・・。あはは、残念だなあ」
棒読みで嘘を言うロゼル。
シュビーオは思う。
絶対に嘘だと。そして、そんな演技で妻は騙せないと。
「そう、残念ですわ」
あたかも彼が忙しいことが残念ねと言っているようだが、そうではない。
その証拠に既に右手に魔力を溜めているのだから。
妻が言いたいことは、きっとこうだろうとシュビーオは推測する。
折角の夫を落とすチャンスを邪魔して、どう落とし前つけるんだこの野郎、と。
妻がこんな言葉を吐くとは思わないが、自分なりに表現すればこんなもんだろう。
だが、彼は同時にこう思う。
あの時、あの雰囲気の中で言わなくてよかったと。
彼はあの後、こう言おうと思っていたのだ。
『でも、俺は行かないぞ』と。
もしかすると、自分がこうなるはずだったのではないか。
もしそうならば、友の犠牲に感謝をするのが当然ではないかと。
だが、彼はその感謝の意を表面には出さなかった。もちろん、自らの保身のためである。
「・・・すまん、大人しく死んでくれ」
シュビーオは右手を胸の前でクロスさせる。
そして、今回は割安料金にするからなと、心の中で謝罪するのだった。
「エクスプロード!!」
「うわあああああっ」
ロゼルも一応、魔法を使える。
が、ユリーシアの前では、赤子も同然。
ロゼルは逃げる間もなく黒焦げにされてしまったのだった。
シュビーオは、思った。
夫婦喧嘩をしたことはあることはあるが、本気で怒らせたことはないと信じている。
今のロゼルのように、彼女に黒焦げにされたことはないからだ。
もっとも妻が自分に対して魔法を使うことは考えられないが、もしそうなったらと恐怖に身を震わせるシュビーオであった。
「あ、あのー・・・。」
初めて、ユリーシアが魔法を使う所を見た王宮魔導士も真っ青だった。
視線は、シュビーオの後ろの妻と友人に釘付けだ。
それを見たシュビーオは言った。
「今日の妻は不機嫌なようなので、後日改めていらっしゃってはいかがでしょうか?」
王宮魔導士は、首が取れるのではないかと思うくらい力強く頷くと一目散に帰っていったのだった。
「あら?あなた。お父様からの使者の方は?」
妻がようやく王宮魔導士がいなくなったことに気づく。
シュビーオは、苦笑しながら答える。
「王宮魔導士様は忙しいから、失礼すると言っていたぞ。後日改めて来ると言っていた」
「まあ、そうなの?じゃあ、お昼にしましょうか。アマンダ、ミック、お昼よー」
シュビーオは、玄関にかけてあるOPENをCLOSEDに替えておく。
「アクア、頼む」
そう言って、彼は指輪をかざす。
すると、指輪が光ったと思うと、その光の中から美しい女性が出てきた。
「また、随分と派手にやりましたね」
彼女は、そう言って微笑む。
それに対して、シュビーオは苦笑いで答える。
「まあ、一応傷を治しておいてほしい」
「ふふっ、一応ね」
そう言って、彼女はロゼルの傷を癒す。
「そろそろ行かないと、丸焦げにされますよ」
シュビーオにとって、冗談とは思えない発言をするアクア。
彼にとっては、妻と同じくらい長い付き合いになる。
「そうだな。じゃあまたな」
そう言って、彼はアクアを戻す。
妻に見られようものなら、何を言われるか分からない。
妻とアクアは折り合いが悪いのだ。
と言っても、妻のユリーシアがアクアに一方的に突っかかっているだけようだが、アクアもあまり彼女のことを好意的に捉えてはいないようだ。
もっとも、シュビーオ自身は水と炎の属性的な反発だと思っているのだが。
「ああ、今行く」
彼は、そう言うとリビングへと急いで向かった。
リビングへ行くと、妻と子供たちが既に座って待っていた。
子供たちは既に待ちくたびれている様子だった。
「お父さん、早くー」
「父さん遅い」
「悪いな」
シュビーオは、これはきっと幸せなのだろうと思う。
子供がいて、妻がいて、自分がいる。
家族そろって、毎日食事ができることはありがたいことなのだと。
時折、妻に恐怖を覚えることもあるが、きっとそれも幸せの1つの形なのだと。
「あなた?ぼーっとしてないで座って」
「あ、ああ」
妻に声をかけられ、席に着く。
「いただきます」
家族で一緒に食事の前の挨拶をする。
食事をしていると、妻がシュビーオに言った。
「今度、2人でデートに行きましょ」
「・・・」
彼女はデートと言っているが、実際は野草採集のことである。
そして、彼は野草採集も妻とは行きたくない。
「どうしたの?・・・もしかして、私と行きたくないの?」
彼女は不安そうな表情で言う。
「・・・お前が来ると、魔物ごと野草も燃やすからな」
そう。彼の妻は、炎を得意とする魔法使いである。
そして、戦闘においても炎魔法を使う。
一面の草むらで、炎魔法を使えば、結果は一目瞭然。
貴重な野草は灰にすらならない。
「こ、今度は大丈夫よ!!」
妻が頬を膨らませて、抗議をしてくるのを、かわいいなとシュビーオは思う。
今回は、連れて行っても大丈夫だろう、そう思った。
「わかった。一緒に行こうか」
「うれしいー」
そう言って、夫に抱きつく妻。
が、ここは、食卓。
子供たちは、急に夫婦がいちゃつくものだから、何やってるんだという視線を両親に向ける。
その視線に気づいた夫婦は互いに顔が真っ赤だったという。
翌日。
彼ら夫婦は、野草を採集するために町の近くの丘に来ていた。
「待てっ。魔法を打つな」
彼の必死の叫びが空しく響く。
「私の前に出てきたことを後悔させてあげるわ。死になさい、カラミティ・フレア!!」
彼女の魔法が炸裂し、魔物は一瞬で消え去る。
「うわあああっ!!野草がああああっ!!!」
もちろん、貴重な野草も一緒に。
シュビーオは、もう2度妻は連れて来ないと心に誓った。
が、この誓い、何度目か分からない。
妻が、また涙目で謝ってくる。
この目に弱いんだよなと、彼は思う。そして、引きつった笑顔で彼女を許す。
結局、自分は妻には甘いのかとうなだれるシュビーオの溜息と黒焦げになった野草採集場が、そこにはあった。 |