虫の知らせ
――誰も通らない。薄暗い夜道。
静かで、あたりはひっそりとして。なにもないことへの少しの恐怖があった。なるべく明るいところを探して、早足で歩いていた。
ふと、一台の車が後ろから走ってきた。車の音が、ゆっくりと近づいてくる。
なんだか怖くなって、小走りでここを抜けようとした。
ワゴンタイプの少し大きい黒い車だった。
車が右横を抜けていく。
車が通りすぎるのを見て少し安心した。
でも。
そのとき。
その車は、目の前で急に止まった。
金髪の男が扉を開け、掴みかかってきた。
声を上げようとしたら、何かを口にはさまれて、声を出せなくなった。
すごい力で、車に押し込まれた。
座席に倒され、覆いかぶさられ、身動きできなくなった。
押さえつけられた腕や肩を振りほどこうと懸命にもがいても、動けなかった。
「おとなしくしろっ!」
がつんと、拳で顔を殴られたみたいだった。
口の中に、鉄の……、血の味がした。
痛いとか、あまり感じなかった。
殴られて、驚いて。
今、何をされて、何をされようとしているのか、理解し始めた。
怖い。
足が、腰が、震えて。
力が入らない。
力が入らなくなった体を男が触ってくる。
胸、腰、足……。
強く握られ。
痛くて。
気持ち悪くて。
嫌!
やめて!
精一杯体に力を入れてもがいた。
でも、スカートの中に手を入れられて。ブラウスのボタンを引きちぎられて。
両腕を押さえられて。
ナイフのようなもので下着を切られて。
腰を上げて逃げようとしても、足を肩を押さえつけられた。
生暖かいものが触れた。
怖くて。
嫌で。
やめて。やめて。やめて……。
痛い!
ひどい痛みが襲ってきた。
体が裂けていくような酷い痛み。
逃げようとしても。
もがいても。
痛みはなくならなかった。
押さえつけられて、動けなくて。
痛くて痛くて。
男が、やみくもに動いていた。
引き裂かれて。
痛くて。
気持ち悪くて。
辛い。
怖くて怖くて。
この痛みから逃れたくて。
今、起こってることが、信じられなくて。
今すぐに、この痛みを終わらせて欲しい。
長い間。
ずっと痛くて。怖くて。
やがて。
中で動いていたものが、止まって。
びくっ、びくっと震えていて。
生暖かくて、気持ち悪いものが、奥で弾けていた。
――――
「佐山っ!」
がばっと体を起こしたら、暗闇と静寂だけがあった。
遠くでカエルの鳴く声がする。
俺の体は汗がびっしょりで、着ているシャツが肌につき、不快だった。
「ゆ、夢……?」
はぁはぁと、自分の息が聞こえる。
今、見ていたのは、夢だったのか?
暗い夜道を歩いていて。
急に男達に車に乗せられて。
乱暴されて……。
ぞくりと背筋が震える。
俺は男だが、そのときの感覚がすごく鮮明で、今でも俺の体のところどころで痛みを感じるくらい、リアルで、現実感があった夢だった。
しかも、その乱暴にあっていたのが……。
首を振る。
しかし、例えようの無い不安から、くしゃくしゃになった頭をかいた。
鼓動が収まらない。
落ち着け。夢なんだ。
それに、佐山はちゃんと家に入るまで送った。そんなこと、あるはず無い。
しかし、そんな夢を見るなんて。俺もどうかしてる。
ぷるるるる……。ぷるるるる……。
突然の電話の音に、驚いた。誰が、こんな時間に電話を。
部屋の明かりをつけ、机の上においておいた携帯を取り出す。
佐山の、自宅からだった。
こんな時間に、何だ……。
「もしもし」
「もしもし? 秋月さん?」
「佐山?」
「うちの、沙希、そちらに行っていませんでしょうか」
「えっ?」
酷く慌てたような口調で、声も大きくて。
佐山の声に似ていたが、少し大人っぽい声だった。
そして、沙希という名前を言うのなら。
「佐山の、お母さん?」
「はい。すみません。沙希が出かけたっきり帰ってこなくて。何の連絡も無くて……。こんな夜中にほんとすみません」
「佐山が、いない?」
「そうなんです。そちらにお邪魔していませんでしょうか」
家にいないって……。
時計を見る。2時15分。
背筋が凍りついた。
「いや、うちには来てません。さっき帰ってその後また何処かに?」
「そうなんです。忘れ物したからって。すぐ戻るって言ってたけど、それきり……。どこへ行くかも言わないで……。他の知り合いにかけてみたのですけれど、どこにもいないらしくて。私、もう心配で心配で」
「警察とかには連絡しました?」
「はい……」
「俺も探しに行きます! 佐山の行きそうなところに! お母さんは家で連絡を待っていてください!」
「すみません、すみません……」
あいつ……。
俺は濡れたシャツを投げ、暗闇の世界に飛び出した。
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