ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
   作者:星桜なつき。
お祭り
 日が傾き、空が赤い色の線を見るようになった。
 あたりもふんわりとした赤い色に染まって、騒がしかった声もひぐらしの優しい音色に変わっていた。
 時々、浴衣を着た女性や、子連れの夫婦とすれ違う。俺と同じくらいの年齢のカップルもいた。
 さっき佐山と別れた並木道。この先の高台に、花火大会があるという神社がある。
 俺はプラタナスによりかかり、来るであろう佐山を待った。

 人通りが多くなってきた辺りを見ていると、一人の女の子が俺に近づいてきた。
 淡い水色に赤い花の模様が入った浴衣。紺の帯。黄色い巾着袋が目に入った。
 一瞬、誰だかわからなかった。

「おまたせ、鏡」

「佐山……?」

 夕焼けに霞む佐山の笑顔は、今まで見たことが無くて。浴衣に着飾った佐山は俺の知っている佐山ではなくて。
 すごく、女の子を感じて。
 俺は、鼓動が早くなるのを自覚した。

「驚いた?」

「……ああ、最初誰だかわからなかった」

 なんとなく、恥ずかしい気がして、佐山の顔を見ていられなかった。

「鏡、次のセリフ禁止」

「なんだ?」

「馬子にも衣装」

「……お前、自分でそう思っていたのか。かわいそうなやつだ」

「あーっ! しまったー!」

「策士策におぼれるってやつだな」

「うー。余計なこというんじゃなかった……」

 ふくれて、俯く。よかった。いつも知っている佐山だ。

「……でも、浴衣、似合ってるぞ」

 恥ずかしくて、声が小さくなった。でも、なんとなく、言いたくなった。

「えっ?」

「よし、それじゃ、行くか」

「鏡、今なんていったの?」

 俺の声が届かなかったようだ。佐山を褒めるなんて、柄にも無い。聞こえなくて良かった。

「行かないのか?」

「あ、待って」

 恥ずかしいという気持ちが、俺の脚を早めさせた。

「鏡、待ってー」

 後ろを振り向く。着慣れていないんだろう。佐山の歩幅が短くて、佐山が少し遠くにいた。

「しょうがないな。ゆっくり歩いてやるよ」

 俺は立ち止まり、佐山を待って。

「もー、歩くの早い」

 からころからころ音を立てて。黄色い巾着袋を振り回して。やがて、俺に追いついた。

「ゆっくり行ってよー」

 俺の着ているシャツにしがみつく。佐山の髪から、良い香りが流れてきた。

「あはは。そんなにゆっくりだと着く前に終わっちゃうぞ」

「鏡、あとで仕返ししてやる」

「あはは」

 こんな、佐山と一緒にいられるのって、何か不思議な気持ちだった。 

――――

 神社はすでに人でごった返していた。
 境内にはいろんな露店が立ち並び、その間を走り回る子供。綿菓子を持った女の子。いろんな人たちの喧騒が楽しそうに賑やかに辺りを包んでいた。
 花火大会とはいうが、なにかのお祭り、なのだろう。
 そういえば、昔、こうしたお祭りに親とかに連れて行ってたもらっていた思い出がある。
 それが、このお祭りだったのかもしれない。
 人が多くてうざったくて、良い思い出が無かったが。

「すごい人」

「そうだな、迷子にならないようにな」

「むー。それは鏡じゃないの?」

 俺の左で膨れて見上げる。

「うるさいなー。こういう人ごみには慣れていないんだよ」

「あはは。離れちゃだめだよ」

 まあ、佐山が歩きなれていないようだから、ゆっくり歩いていれば、はぐれることはないだろう。俺は歩幅を合わせて佐山の隣を歩く。

「まずは、わたがし買わないと」

「綿菓子?」

「このおまつりにはわたがしを持っていないとだめなんだから」

「なぜだ?」

 理由がわからん。

「あはは。ほら、あそこ。いこ」

 俺の問いを笑ってごまかしたようだ。
 と、急に俺の左手を掴んで引っ張っていく。

「お、おい、佐山」

「早く、早くー」

 佐山はすごくはしゃいで。子供のように。
 
 引っ張られた手が暖かい。
 そういえば、佐山の、手、繋ぐの初めてだな。
 小さくてやわらかくて。これが、女の子の手なんだな。
 なんとなく、佐山の繋いでいる手を放さないようにぎゅっと握っていた。

 やがて、綿菓子を売っている露店の前に来た。

「鏡、ちょっとまっててね。何処かに行ったらだめだよ」

「うるさいなー。どこにもいかねぇって」

「あはは。うん」

 佐山は露店へ綿菓子を買いに行った。 
 握っていた左手をじっとみる。緊張していたのか、少し汗がにじんでいた。

「秋月じゃないか。お前も来ていたのか」

 ふと、俺の右横から声がした。

「吾妻じゃないか」

 人ごみの中に、白いストライプが入った黒い甚平を着たクラスメイトの吾妻がいた。

「と、いうことは、佐山さんもいるわけだな」

「どういうわけだよ」

「ちょい見せろよ」

「なんでだよ」

「このお祭りで女の子と来ると言ったら浴衣だろ。あの佐山さんの浴衣姿。見ないと男としてもったいなさすぎる」

「はぁ?」

 まるで佐山が浴衣であることを当然のように言う。
 まぁ、こいつはクラスでも有名な女たらしだが。

「知らないのか? このお祭りはな、ある言い伝えがあってだな」

「言い伝え?」

「ああ。このお祭りではな、女の子が浴衣を着て綿菓子を持って……」

「浴衣? 綿菓子?」

「鏡。はぐれたらだめだよ」

 後ろから佐山の声がした。振り向くと綿菓子を食べながら歩いている佐山がいた。

「おおっ。佐山さん! やっぱり浴衣姿!」

「うわ」

 すんごい嫌そうな顔をする佐山。俺の後ろに隠れようとする。

「うおおおお。なんと、なんと可憐! 綺麗! そしてかわいい! てめぇ秋月! 後でおぼえていろよ」

 持っていた閉じた扇子を俺に向ける。

「だから、なんでだよ」

「我が校一のかわいい女の子の心を射止めているんだからな。まぁ。おまえだから仕方が無いという声もあるが。うらやましいことは確かだ」

 手を組んで、うんうんと頷く仕草を見せる吾妻。

「言っていることがわからんぞ。日本語で話せ」

「まあいい。わからないのはお前だけだ。佐山さん、大事にナ。マジかわいかったぞ」

「おい」

「じゃあな」

 そう言いたいことだけ言って人ごみに消えていった。
 なにがしたかったんだ、あいつは。
 浴衣とかの話、聞いてないぞ。
 ……まあいいか。

「……私、あの人苦手」

 後ろから佐山がつぶやいた。

「そうなのか? 別に害はないと思うが」

 わけがわからないけどな。

「うん。そうなんだけどー。苦手」

「まあ、吾妻はあんな性格だしな」

 両手で綿菓子を持って俯いている佐山。
 吾妻が佐山のこと、可憐とか綺麗とかかわいいとか言っていたが、なんとなく、わかる気がした。

「綿菓子、買えたようだな。よかったな」

「うん。おまけももらっちゃった。鏡にもあげる」

 綿菓子をちぎって俺に渡そうとする。

「おいおい、溶けるだろ」

 佐山の手からぱくりと綿菓子を食べる。甘い砂糖の味が口にいっぱい広がった。
 近くで見た佐山の手は綿菓子のように白くて。
 嬉しそうな笑顔を俺に向けてくれて。
 自分でも知らなかった気持ちが現れてくる気がした。

 そのとき、大きな音がした。

「わぁ……」

 俺の後ろを見つめる佐山。歩いてきた階段の向こうに、丸い赤や紫、黄色い光が浮かぶ。
 神社のある反対側は高台なので空がある。その先には川が流れていて。そこで花火が打ち上げられているようだ。
 神社から見ると正面に花火が広がって見える。

「なるほど。ここから見るとほんと神社で花火をしているような感じだな」

「綺麗……」

 どーん、どーんと大きな音とともに大きな花が咲く。
 花火の光に照らされた佐山の横顔は、大きな瞳がキラキラと輝いていて。
 俺はなんとはなしに、佐山の左手を握って。
 佐山は優しく握り返して。指を絡ませていた。


+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。